第3話 魂の契約
主人公の見た目を微調整しました。旧タイトル:ぶっ飛ばせ! マンティコア
この体は一体……。
黒いコートみたいのを着てるし、体を動かす感覚は人間だった頃と変わりない。が、どう見ても人間の姿ではない。
頭のこの骨? 冑? みたいなやつ。触ると感覚が通ってるし。
まあいいや。これで敵を倒してカナンを助けられるなら、見た目なんて今はどうでもいい。
さて、最初に下顎を握りつぶしてやったマンティコアなんだが、なかなか生命力が強く怯む様子が無い。
人に似た顔をしているが、表情だとか感情の伴うものが存在しない。禍禍しい真顔でオレを睨んでくる。
不気味の谷がマリアナ海溝だなコイツ。
「ギエエエエェェェ!!!!!」
人のものとは似ても似つかぬ獣の絶叫が、夕闇の森に響き渡った。
どうやら獲物を横取りされたと思って怒ってるようだ。瞳の奥から強い殺気を感じる。
カナン視点でのマンティコアは、子供くらい一口で呑み込めそうなほどのサイズだった。
目測で体高2mくらいだろう。……ところが、今はせいぜい大型犬くらいにしか感じない。どういう訳か、オレはそれほどまでに大きくなってしまったようだ。
「ぐロォっ!!」
マンティコアが先制して飛びかかってきた。が、オレは即座に反応し横へと回避。マンティコアの爪は虚空を切り裂いた。
『食らえっ!』
オレはそのままマンティコアの頭部へ回し蹴りをおみまいする。
ゴシャッという鈍い音を立ててマンティコアの体が宙を舞った。凄まじい破壊力が出た。一撃でマンティコアを瀕死にする程度の。
だが、これで終わりではない。
大切なのはイメージ。氷結……氷……、氷の刃で切り刻め!
地面に落下した瀕死のマンティコアへ手のひらを向ける。そして、強く〝氷の刃物が敵をバラバラに刻む光景〟をイメージした。
「ギィギャァァ!!!!!」
そして、鮮血が噴水のように噴き出した。
イメージは現実となり、四方から襲いかかる無数の氷刃によってマンティコアはバラバラになってゆく。
肉片や臓物がびちゃびちゃ撒き散らされる。
その中には人間によく似た大きな生首もあった。
『ふう、終わった。大丈夫か? 今それを取ってやるからな』
そう言って、オレはカナンの手足を拘束する鎖を指先でつまみ、ちぎった。
やはりオレが大きいようだ。カナンを肩に乗せられるサイズはある。
「あ、あ、ありがとう……あなたは……」
『オレはオウカだ。痛い所はないか?』
カナンの四肢が自由を取り戻すと、少し怯えつつ立ち上がってオレを見上げる。
「私はカナンよ……。おかげで怪我も無いし、ほんとうに助かったわ」
『そうか、なら良かった』
毛先だけ赤みを帯びた金髪の先をいじいじしながら、カナンはオレに言う。
元気そうでほっと一安心だ。表情筋があれば、微笑んでいる所なのにな。
けれど、一方のカナンの表情はまだ少し硬い。
「ねぇ、オウカちゃんって、悪魔……よね? 私の願いに応えて現れてくれた。なら、私は代償を払わなきゃならないわ。何が欲しいの?」
こ、この子すげー肝が据わってんな。この状況で見るからにヤバいバケモノと真っ直ぐに話せるとか凄いな。
『だ、代償……? いやいやんな物騒な……。あー、でも〝契約〟しなきゃいけないんだったな。時間が無いし、この場で契約してくれるか? 詳しくは後で話すから』
オレの意思で出て来れたのは、あの白髪の少女いわく今回限りらしいし。
自由に出入りできるようになる……つまりこのカナンちゃんを守るには、〝魂の契約〟とやらを交わさなきゃならないらしい。
「契約、ね。いいわ、寿命でもなんでもあげるわ。私に何を望むの?」
『いやそんな大それたもんいらねーよ……。まあ特に何か欲しいもの無いし……そうだな、じゃあ〝いつかオレにピザを食べさせろ〟これがオレの要求。今度はそっちがオレに何か要求しろ』
「ふふ、なにそれ。オウカちゃんは変わった悪魔さんね。
それじゃ私はまた大それたものを……〝明星の女神に挑み、願いを叶える夢〟を、一緒にかなえてくれる?」
『〝もちろんだ〟』
オレがそう答えたその瞬間。
胸の奥で、何かが熱くなってカチリと音を立てた。
これが、魂の契約……。胸の奥で、目の前の少女と繋がっているという強い実感が湧いてくる。
「よろしくね、オウカちゃん……ううん、おーちゃん!!」
『お、おーちゃん?!』
「嫌かしら? 可愛くて良いと思ったんだけど……」
おーちゃん、おーちゃん。おーちゃん……。
うぅ、なんだか妹の呼びかたみたいで正直イヤだな。
『すまん……』
「そう……。まあ、いいわ。じゃあ次は保留にしてた色々を話してくれる?」
『サバサバしてんな……。でも話が進むのはこっちとしても助かるな。さて、何から話そうか――』
オレは、この世界でカナンの中で意識が目覚めた所から話した。前世……というのかは怪しいが、元人間である事も。ラノベとかゲームが好きだった記憶はあるんどけどなー。
そして、〝契約〟の事もだ。あっさりピザ食いてえで済ませてしまったが、話している内に何かとんでもない事になってきたのではないかと不安になる。
そんなこんなでカナンは話を全て聞いてくれて、そして信じてくれた。ほんといい子過ぎておーちゃん泣いちゃう……。って誰がおーちゃんだ!
「――なるほどね、状況は把握したわ。お互い大変な事になったわね。さて、いくらなんでもオウカちゃんのその姿は目立ち過ぎるわ。うーん……私の体に戻れるかしら?」
『どうだろ、試してみる』
見た目悪魔なんだから、カナンに憑依とかできないのか?
色々とイメージしながらやってみたけど、特に変化なし。
「私もやってみるわ。〝戻れ〟」
『ん、おぉ?!』
一瞬だけ視界が暗転した、と思ったらずいぶん低い視界に戻っていた。
体の感覚も、これはカナンの……
『……もしもし、聞こえてるか?』
「うん、聞こえてるわ。……なるほどね。もう一度名前を呼べば召喚できるみたい」
どうやら外に出ていなくても、頭の中で会話ができるようだ。
『なるほど……オレはカナンに〝使われる〟立場な訳か。そもそもだ、あの悪魔みたいな姿は何なんだ?』
「そうね、あれは多分……魔霊だと思うわ」
『マレイ?』
聞いたこともないワードが出てきたぞ。オレの正体の手がかりになるか?
「魔霊はね、物質的な肉体を持たず、精神だけで成り立っている生き物の事よ。物質に影響を与える肉体が無いから、現世に干渉するには依り代となる器が必要になるらしいわ。ざっくり悪魔だとかが代表的な種族ね」
「でもオレ、あの姿でマンティコアを蹴り飛ばしたぞ?」
その話を聞く分じゃ、依り代とやらに頼らなきゃオレは動けないはず。ところが、オレはオレのカラダでマンティコアと戦ったという強い自覚がある。
「上位の魔霊は、自分の魔力で依り代を作り出すって本で読んだわ。あなたはきっと上位の悪魔なのよ」
うーむ、悪魔……なのかなあ? 実感湧かないけど、まあ今はいいか。カナンの心の中で会った少女に聞けば分かりそうだ。会える機会があればな。
『今はそれで納得しておくとする。ところで、「明星の女神と戦い、願いを叶える」
ってのが契約だったな? あれについてもう少し詳しく教えてくれ』
「あー、あれね。〝明星の女神〟に勝負を挑んで、力を認められれば一つおねがいを叶えてくれる、ってお伽噺がこの世界にはあるのよ」
「ふーむ。挑むってどうやるんだ?」
「挑めるのは女神様が認めた〝真の強者〟だけよ。
私は魔力が無いから魔法は使えないの。だから、魔法面はあなたに任せるわ。私も戦える方法探すから、一緒に最強を目指しましょ!」
なるほど、この世界では魔法を使う事が当たり前らしい。そんな中でカナンは落ちこぼれな存在なのか。
『にしても、この世界にはずいぶん太っ腹な神様がいるんだな。それでカナンはどんな願いをするんだ?』
お金か名声、それとも権力か。齢11~12くらいの金髪少女が、神に挑んで何を望む。
オレだったら特に願いたい事無いからピザをたらふく奢ってもらいたいね。
「お友達になってもらうの!」
『……へ?』
時が止まった。
満面の笑みのカナンに思わずボキャブラリーが消え失せた。
〝お前の願みか? 欲しけりゃ叶えてやる。示せ! お前の力を見せてみろ!!〟明星の女神の伝説は、人々を冒険へと駆り立てたッ!!
そんな夢とロマン溢れるお伽噺に、友達になってほしい? ジーニーに自由を的な発想かと思ったけど全然違うようだ。
「友達の頼みなら普通、できる限り聞いてくれるでしょ? つまり、私のパシリにしてやるって寸法よ!」
『お、おぉ……?』
「それにね、こんな私でも女神さまに認められるって事を証明したいのよ。今まで私を見下して馬鹿にしてきた連中を見返す為に。私が私であるために!」
なるほどな。ほんとうに強い子だ。
戦闘力的な意味ではないのは当然だが、奴隷として色々凄惨なものを見せつけられてきただろうに、心が折れていないのは相当だ。
……それに対し、契約する建前が必要だったからって何だよ。自分でそうしたとはいえ、「カナンと神に挑む代わりに、オレはピザ食べさせてもらう」って、対価が割に合わないぞ。労基も真っ青だ。
「これからはよろしく頼むね!」
『おう!』
まぁ、やるしかないな。前世の記憶も自由も無い以上、カナンの力になる事だけがオレの生きる意味だ。
あ、これ見てる君、ちょっとそこの胡椒とってくんない?