第240話 天災を喰らう者
更新してなくてすまねぇ
2匹にとってそれは、ハエほどの大きさの吹けば飛ぶ取るに足らない下等な生物のはずだった。
……しかし、2匹の中にある本能が全力で警鐘を鳴らし始めた。
――あれは『敵』だ、と。
人類から対抗手段が無いと畏れられた自分たちすらをも殺せるのだと。喰らえるのだと。
「あっはははは!! 2匹まとめてかかってきなさい!!!」
それは、災厄という液体を少女の形の型に流し込み圧し固めたような化け物だった。
2匹の互いを殺す為に放った全力の攻撃を、この極小の怪物が消し去ったのだ。
大地の畏怖を体現する竜、嵐を駆る大鮫、災厄の化身とその影。
化け物ども三つ巴の戦いが今、始まった。
*
山より巨大な二足歩行の怪獣と、同じく巨大な空を泳ぐ鮫。見ているとまるでプランクトンにでもなったかなような気分になる。
思えばこの魔霊形態で戦うのはずいぶん久しぶりな気がする。
「おーちゃんと一緒に戦うなんて久しぶりね。ついてこれるかしら?」
『問題ない。好きなように動いてくれ。合わせるから』
言葉は必要ない。
何を考えているのか、どうしたいのか。
魂を共有するからこそ、言葉にせずとも分かるのだ。
「試しに1発殴ってみるわね。よろしくおーちゃん」
オレは主様を掴み、火砕竜へ向けてぶん投げた。そして主様は、空中で拳を振りかぶり言葉通りにぶん殴った。
『ごぉぉっ!?』
主様に殴られた火砕竜の山より大きな頭部の右半分が消し飛んだ。
「さぁどうかしら?」
見たところ火砕竜も精神生命体のようだ。物質に近い肉体を持ってはいるが、それに囚われてはいないらしい。
破壊された頭部が、大地が隆起するかのように再生してゆく。
「おっと」
火砕竜の口から熱線が主様へ向けて放たれる。
それをひらりと躱し、主様はオレの側へと戻ってきた。
「物理攻撃は一見有効だけれど、あの無尽蔵のエネルギーがある限り再生し続けると見えるわね」
火砕竜ヴォルギラド……。
見た目からして怪獣映画の主役みたいな巨大な魔物だ。
巨大な上にとてつもなくタフとくると、倒しきるのは少し苦労しそうだ。
対して――
『ディオオオォォォン!!!!!』
暴風大竜鱶が咆哮する。
ヤツとは前にも戦った事があるが、あのときは手も足元出なかった。力の差があまりにも大きかったのと、絶対防御を突破する手段がなかったのである。
だが今なら……。
しかし、暴風大竜鱶はオレたちと火砕竜の様子を窺っているのか、今のとこら仕掛けてこない。
「ふーん、それならトカゲの方から先に潰すわね」
主様は火砕竜を見下し宣言する。
『ごおぉぉぉ――!』
地鳴りのような咆哮をあげる火砕竜の足元からいくつもの爆炎が巻き上がった。
海底火山を噴火させた、のだろうか。
赤熱した火山弾がまるで雨のように降り注ぐ。しかし主様はそれらを全て回避。
オレと共に再び火砕竜の懐へと潜り込む。
近づかれまいと火砕竜は腕を振るうが……
「無駄よ」
絶対切断がその巨腕を賽の目に切り裂いた。
そして懐へ潜り込んだオレと主様は、合図も無しに同じように手を前に翳す。
――キンッ
鋭い金属音と、冷気と暗闇が辺りに満ちる。
火砕竜の巨体に無数の斬撃が走る。
主様の絶対切断だ。
その効果範囲と干渉力は、フルムを殺す以前よりもはるかに向上している。
だが……火砕竜も、ただではやられない。そのままではサイコロステーキになる所を、持ち前の魔力によって繋ぎ止めたのだ。このままではまた再生してしまうだろう。
そこで、オレの出番だ。
オレの魔法の出力も魔力量も、今やこの火砕竜とタメを張れるくらいにはある。前までは顕現時に魔力消費による時間制限を気にする必要があったが、今はそれもほぼ無視していい。魔力量と効率が大幅に強化されたのだ。
何が言いたいかって?
『ご、あ……』
火砕竜の巨体が、黒い氷に飲み込まれる。
無数の斬撃による傷が凍てつき、再生を阻む。
火砕竜の動きが、止まった。
――そう。火砕竜ごとき、オレたちの敵ではないってことだ。
「さて、トドメを――」
火砕竜へトドメを刺そうとするその時。
静観していた暴風大竜鱶が、この時を待っていたかのように動く。
超圧縮された事で液体となった大気の刃が、オレたちめがけて矢のごとく飛んできた。
『主様!』
オレは咄嗟に両腕で主様を抱え、庇う。次の瞬間、圧力を解除されたことで一気に気化した大気が凄まじい爆発を引き起こす。
しかし魔霊であるオレはノーダメージだ。魔法そのものは効くが、その副次的な物理現象は効かないのである。
「ありがとうおーちゃん、愛してるわ」
愛しの主様に傷はない。
ダメージがあってもすぐ治るとしても、大事な人が傷を負うのは好きじゃない。
「有言実行しようとすると邪魔してくるヤツっているわよねぇ」
少し不機嫌そうに、オレの腕の中で主様はトルネードシャークへ向き直る。
そして胸元のボタンを外し――
「おいで――【魔剣召喚】」
露出した胸の中央から、ハート型の魔石の埋め込まれた剣の柄が飛び出した。
主様は胸から剣を一気に引き抜く。
『お呼びですかカナちゃん!』
「ええ。コルちゃんあの空飛ぶ鮫の解析を頼むわ」
『かしこまりー!』
剣となったコルダータちゃんと共に、オレたちは今度はトルネードシャークへ向かって飛び出した。
『ディオオォォォォォ!!!』
大気を圧縮させた弾幕や広域風魔撃が飛び交う中、オレは結界を張り主様を庇いながら飛んで行く。
絶対防御――。空間の連続性を途切れさせ、不可侵の境界を作り出す能力だ。
これがある以上、いかなる強力な攻撃もトルネードシャークには届かない。
それを唯一突破可能な方法。それは――
「コルちゃん!」
『はーい!!』
主様の握る魔剣コルダータが、大きな片刃の刀へと変形する。
――絶対切断!
そして、主様はトルネードシャークの長い鼻先へ一閃。
蒼白い火花のようなものが迸る。
絶対防御に対抗可能な攻撃。それは絶対切断である。
絶対切断は空間ごと切り裂き世界を断ち切る刃。絶対防御と原理は同じなのである。
しかし……。
「通りはしたわね。けれどまだ足りない」
与えられたダメージはごく浅い。以前よりかは深く通ったが、致命傷には遠い。
『ディオオォォォォッッッ!!!!』
トルネードシャークが吠える。
大気が渦巻き何本もの竜巻がオレたちを取り囲むように発生する。
「コルちゃん」
『はいはーい! 解析完了しましたよ!!』
コルダータちゃんは、極めて高度な解析演算能力により森羅万象を解析することができる。
これによりトルネードシャークの絶対防御の情報の解析が完了したのだ。
更に、主様やオレの魂とも接続されているため、ある事を行う事もできる。
『カナちゃん、〝獲得〟しますか?』
「えぇ、よろしく」
『わかりました! ――はい、【絶対防御】の獲得、完了しましたよ!!』
――そう、相対した能力の複製である。
「おーちゃん、防御おねがい」
『了解した』
オレは獲得したばかりの絶対防御を発動させ、オレたちの周囲に展開する。
ふむふむ、なるほど。
どうやら燃費は悪いようだ。
応用やらなんやらを思い付いたりしたが、今は普通にこのまま防御する。
「あんたは後でね」
竜巻を無理やりくぐり抜け、オレたちはトルネードシャークから距離を取る。向かった先は、火砕竜ヴォルギラドの元だ。
『ご、おぉぉ……』
火砕竜を包む氷にヒビが入っている。
さすがは特級。あれで封じ込めきれたとは思っていないが、こんなにすぐに復活するとは。
『ごぉぉぉぉぉお!!!!!』
氷を破り、再び全身を真っ赤に熱く滾らせ、火砕竜は怒りを爆発させるように咆哮する。
火砕竜の全身から炎が吹き出し、白熱し始める。
何かとんでもない攻撃が来そうだ。
「もうあんたは飽きたわ。芸がないもの」
主様はそう呟くと、火砕竜へ指を向ける。そして……
バツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツバツ――
無数の斬撃の嵐が、ヴォルギラドの全身を襲う。これがただの山ならば3秒で粉微塵になる所だが、ヴォルギラドは都度再生させ続け耐えている。
だが、もうこれで終わりだ。加減していたさっきとは違う。
『――【広域氷結魔撃】』
絶対零度の檻が、ヴォルギラドの全身を包み込む。
当初はもがいていたが、やがて動きも止まり、全身を染めていた光も消え失せた。
真っ黒な山より大きな巨岩が、海上に立ち尽くしていた。
「死んだかしら?」
『いや……』
驚くべきことに、まだ微かにヴォルギラドの内にエネルギーの揺らぎを感じる。さすがは特級モンスターのタフさだ。
放置すればそのうちまた動きだしそうだ。
ならば――
絶対防御。これは何も防御目的だけにしか使えない訳ではない。
暴風大竜鱶も、風魔法と組み合わせる事で空気の圧縮に用いたりしている。
……そう、任意の対象を囲い、圧縮することもできるのだ。
『圧し潰れろ、火砕竜』
オレは火砕竜ヴォルギラドの身体を絶対防御で包み込み、結界を狭めてゆく。
ベキベキ、ばきんっ
絶対防御の中で、巨岩が潰れどんどん圧縮されてゆく。
僅かに火砕竜の体内に残っていた熱が結界の中で吹き出し、仄かな光を放つ。
やがて――火砕竜ヴォルギラドは、ビー玉サイズの球体となるまで圧縮されていた。
「おーちゃんもまた凄いことするわねぇ」
ヴォルギラドのなれの果てをつまみ、主様はしげしげとそれを眺める。
『倒せてもあんな巨体が残っていたら、色々と邪魔だろ。復活でもされたらまた世界の危機になりそうだしな』
「おーちゃんったら優しいのね。誇らしいわ」
そんな事を言いながら、主様は口を開き……そのまま、ヴォルギラドのなれの果てをを舌の上に乗せた。
『まっ……主様!?』
「もぐ……ごっくん」
うわ、また主様が変なもの食べちゃったよ……
ヴォルギラドの肉体は一見物質体のように見えて、その実はオレと同じく魔力を固めたもので構成されている。
なので圧縮したことでヴォルギラドの肉体は形を維持できず魔力の塊へと姿を変えている。
また、純粋な魔力に質量はなく、体積も物理法則に縛られることはない。
これなら胃の中で絶対防御を解除しても、破裂したりせずに吸収されるはずだ。
とはいえ……
『なんでいきなり食べちゃったの!?』
「ごめんごめん、美味しそうでついね」
『まぁいいけどさ』
オレはヴォルギラドを圧縮していた絶対防御を解除する。
主様に変化はない。
ない、が。
凄まじい魔力が主様からオレに流れ込んでくるのを感じる。オレの魔力量がぐんと5倍くらい増えて、召喚解除が更に遠くなった気がする。
これなら召喚しっぱなしでも何年も保つんじゃないか?
「さて、お次は空飛ぶ鮫の番ね。ムニエルにしたら美味しそうじゃない?」
主様はお腹を擦りながら、暴風大竜鱶へ挑発するように剣を向ける。
……主様の内から空腹感が伝わってくる。実体なき魔力じゃお腹は膨れないのか、お腹ペコペコだ。
帰ったら竜田揚げとムニエルでも作ろうかな。
「――3枚に下ろして食べてやるわ」
そうして主様は、トルネードシャークこと風の大精霊に宣言するのであった。
……そいつを食べてもお腹膨れないと思うけどなぁ。
作者の性癖(いっぱい食べる女の子)が前に出てくる……。
別作品の話になりますが、実はアニメ化確約の大賞の最終選考に残っていたりしてました。気になったら読んでみてください。もふもふから始まるタイトルの作品です。




