第239話 火砕旋風
それは突然のことだった。
全身の毛穴が粟立ち、背骨に氷柱を入れられたかのような感覚が迸った。
「な、何だこれ?」
「メェ……なんか嫌な感じがするメェ」
クラス中のみんなも感じているようだ。
これは……前にも似たようなことがあったと思い返す。
あれは……そう、『秩序の神』が現れた時のことだ。
もしやまた学園の中でヤバいもんが現れたのかと一瞬思ったが、違う。
〝遠い〟のだ。
「南東に600kmあたり。恐らく特級の魔物が臨戦態勢に入ったのかしら?」
そう主様は冷静に分析している。
オレも【広域探知】を研ぎ澄ませ、更に解析を進めてみる……。
「おい! なんだあれ!?」
誰かが窓の外を指さして叫んだ。
南東に600kmに『何か』がいるのは分かったが、この位置から見えるはずがない……と思ったが。
どうやら、それは600km離れていても見えるものらしい。
「……面倒なことになったわね」
「だな。どうする主様? アレを処理しないとこっちにまで影響がありそうだ」
窓から見える南東の地平の果てに、ここからても見えるほどにどす黒い雲が広がっていた。そしてその下に……小さくて霞がかっているが、何か竜のようなものが蠢いている。
あの辺りはいつもなら大海原とそこに浮かぶ島国がうっすらと見えたはずだ。
……あそこはここから600kmは離れている。にも関わらずあの『竜』の姿が見えるということは、アレは富士山並みのサイズがあるということになる。
「ネメシス先生」
「はい、何でしょう?」
「ちょっと行ってくるわ。一時間くらいで戻るつもり」
「どうぞ行ってらっしゃい。……ご武運を」
オレと主様は、その場で現場に最も近いポイントへ『転移』した。
そして――
*
天空より焔の雨の降り注ぐなか、大怪獣は悠然と歩む。大怪獣が歩むごとに大地は燃え上がる。
ヴォルギラドが海へ浸かると、たちまち泡をたてて沸騰。そこから立ち昇る巨大な白い蒸気は、上昇気流を発生させ巨大な積乱雲を形成する。
ヴォルギラドは、『敵』の接近を感知していた。
先の一撃は確かに炸裂した感触はあった。しかし『敵』はそれでは仕留められておらず、こちらへ向かって迫ってくる。
ヴォルギラドは双眼で海の彼方を睨み付け、『敵』を迎え撃つ。
『ディィィィオォォォォォォォ!!!!』
水平線の果てより、ヴォルギラドの『敵』は現れた。
鼻部の異様に長く尖った、巨大な『鮫』。
全身は神々しいほどに白く、そして禍々しくもあった。
――暴風大竜鱶
強度階域、第8域――災禍級
一度暴れれば大陸の形さえ変えかねない、災い。
大国さえ地図から消し去れてしまう、天災のごとき脅威。
『ごおぉぉぉぉぉぉぉぉ――!!!』
そしてそれと同格のヴォルギラド。岩肌のような体表にマグマの血管の走る、山のような巨躯の『竜』。
天災と天災が今、ぶつかり合う。
トルネードシャークは、300mの体躯をヴォルギラドに対抗すべく4kmにまで巨大化させた。肉体を魔力で構成している精神生命体だからできる技だ。
そして、その巨体を蛇のようにくねらせてヴォルギラドへと噛みついた。
ミシミシとヴォルギラドの肉体をトルネードシャークの顎が締め付ける。
しかしヴォルギラドの肉体は岩盤よりも硬く、そして頑強だ。
「ごおぉぉぉっ!!!!」
トルネードシャークの口内に莫大な魔力と熱が溢れる。
これにたまらず、トルネードシャークは噛みつきをやめて距離をとる。
トルネードシャークの【絶対防御】は、空間を隔絶することであらゆる攻撃を到達させなくする能力だ。
しかしトルネードシャークは何も常時この絶対防御で守られている訳ではない。発動には魔力を消費するのだ。
そんなことをすればすぐさま魔力切れとなり、この世界で存在を維持できなくなる。
【絶対防御】は、攻撃に対して自動で発動する能力なのだ。なので何度も攻撃を浴び続ければ、やがてはガス欠となってしまう。
故に、トルネードシャークにとっても攻撃とは避けるべきものなのである。
『ディィィィオォォォォォゥ!!!』
1度距離をとったトルネードシャークは、ヴォルギラドを睨み付けながら『空』を圧縮させる。
半径500m以内の大気を10mほどのボール状に圧縮させる――
それにより生じるは、直径1kmの真空空間。それとそこへと殺到する周囲の大気による暴風である。
更に真空空間による気圧の低下により、周囲は極寒と化す。
トルネードシャークの圧縮した大気を中心に、地球では起こり得ないほどの凍てつく竜巻が大海の水すら呑み込み立ち昇り――
そこへヴォルギラドは摂氏10000度の熱線を吐き出しぶつける――
幅数kmにも及ぶ熱線はトルネードシャークを確実に呑み込むべく更に大きく拡散され、周辺の島々を蒸発させ、一帯の海底火山の活動を誘発させた。
――火砕竜ヴォルギラドは、数万年に渡る人類の大地への畏怖と信仰によって形作られた超大型の精霊である。
故に、大地の引き起こすありとあらゆる自然現象を具現化することが可能であり、俗に呼ばれる地震も再現可能である。しかしヴォルギラドは地震そのものを再現するのではない。
体内で再現したプレートの境目に歪み溜まる莫大なエネルギーを、純粋な熱として取り出す事が可能なのである。
それがこの圧倒的な熱量攻撃のカラクリなのである。
また、規模にして現在放っている攻撃は、マグニチュード7にも満たない。
惑星上で起こり得る最大級の地震――
そのエネルギーすらもヴォルギラドは再現可能であり、仮に最大出力の攻撃を放った場合はこの世界から人類は死に絶えるであろう。
――トルネードシャークの最大出力攻撃も同様だ。
中心気圧100hpという馬鹿げた台風が大地を削りあらゆる生物を死に絶えさせ、上空へ巻き上げた粉塵が星の全てを覆い隠し大氷河期を齎すのだ。
強度階域第8域――
〝大陸の一部を消せる?〟
〝大国を滅ぼせる?〟
とんでもない。
彼らは8域ではありながら、人類にとっての『世界滅亡』を引き起こしうるのだ。
『ディオオオオオオオッッッ!!』
『ごおおぉぉぉぉぉぉぉ――!!!!』
この2体の衝突に対し、各国では緊急対策会議が行われていた。
『まさか大怪蟲に続きこのような事態が発生しようとは……』
『精鋭たちによる討伐隊を組みますかな?』
『馬鹿言え! 太刀打ちできるはずがないだろう!!』
『では一体どうしろと――』
災害と災害が応酬を重ねる。
国ひとつ灰すら残さず蒸発させられる熱線と、大気を圧縮させ打ち出す凝縮された嵐たちがぶつかり合う。
全世界へ波及する大津波、大国ひとつ呑み込む大嵐……
2体の戦闘の余波だけで、世界中へと未曾有の大災害が引き起こされようとしていた。
しかし2体は互いに決定打がない。
トルネードシャークには如何なる熱量でも攻撃が到達しないし、ヴォルギラドは圧倒的な魔力量と再生能力により即座に回復してしまう。
千日手……いや、一月も戦闘をすれば決着はつくだろう。
トルネードシャークがヴォルギラドを削りきるのが先か、ヴォルギラドがトルネードシャークの魔力を枯渇させるのが先か。
しかしそれまでに恐らくこの星は滅びを迎えてしまう。
いや、滅ぶのはもっと早いかもしれない。
なぜなら――
『と、暴風大竜鱶が周囲半径20kmの大気の圧縮を開始しました! このままでは100hpを下回る巨大〝タイフウ〟が発生しかねません!!』
『こちらヴォルギラドの口内に超極大のエネルギーを確認! こ、これは……摂氏十万度……!? 放たれれば世界の危機です!!!』
観測を行っていた近隣国の監視員たちは、顔を蒼白く染めていた。
互いにとって、最も殺傷能力の高い攻撃……つまり最大威力の『攻撃』が放たれようとしている。
これが解き放たれれば……大陸は欠け、世界は数百年は太陽の射さない暗黒の時代が訪れるだろう。
しかし誰にもこれを阻止することはできない。
ただ、確実に来るであろう終わりを目の前で――
「させないわよ」
ヴォルギラドの口内の『熱』が、突然消滅した。
それだけではない。
トルネードシャークが圧縮しつつあった大気の表面が切り裂かれ、内部の空気が一気に解放される。それにより生じつつあった巨大台風の中心部は吹き飛ばされ、消滅した。
その時……監視員たちは見た。
巨躯の大怪獣たちの間に割って入った、もう一つの小さな『災い』を。
「――【影魔召喚】」
少女は『影』を喚ぶ。
少女と影は、世界を滅ぼしかねない大災獣に立ち向かう。
「トカゲと小魚め。まとめてかかってきなさい」
怪獣どもと比較するとあまりにもあまりにも小さく……象とハエほどの体格差だ。
しかしそれでも……その『少女と影』は、彼らと同格以上の――
――〝災禍〟
『ディオォォォッ!!!』
『ごおおぉぉぉぉ!!!』
――現れし〝災禍〟に、怪獣2体の利害が一致する。
「あははははっ!!!」
世界の命運は、少女の形をした災いに託された。
怪獣2体と殺戮神ちゃんに登場するナラシンハは同格です。
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