第236話 災厄vs七王 その2
「うふふっ、次は?」
天竜王を大地もろとも粉砕したカナンは、首をコキっと鳴らしながら残る獲物を見据える。
背に鷲の翼を生やした灰色の雌虎、キュウキ。
姿は見えないが地中にいるであろう蟲の女王、ダニカ。
カナンはニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら、次は何をしてくるのかと待っていた。
――右腕の欠損。
それが何だ。自己再生能力と〝循環再生〟を持つカナンにとって、部位欠損は大した傷ではない。
「残念でした♡」
カナンの右腕が、めきめきと再生していた。
右腕を落として好機と見ていた残る二体の七王の内に、絶望の二文字が過る。
しかし、王としての、強者としての矜持が敗走を許さない。
「あら、隠れるのはやめたのかしら?」
カナンの目の前に、蟲の女王が現れる。
それは甲虫の黒き外骨格に身を覆う、美女。ただし腕は2対あり、体のあちこちにあらゆる昆虫の形質を備えている。
ダニカは、イツキノミタマのように魔人の姿が基本型なのだ。
「あらら?」
突如、真っ白な糸がカナンを包み縛り上げる。
ダニカはカナンを蚕の糸で捕縛し、繭を形成したのだ。
糸は斬撃により細切れにされる。しかし一瞬だが、カナンの視界を奪う。
その隙に、ダニカは自身の肉体に昆虫界最高の飛行能力を発現させる。
――2対の、細長く硝子のように透き通った翼。無駄の無い洗練されたその羽は、高速移動にホバリングに宙返り、急停止と、最高の機動力を誇る。
トンボの能力である。
ダニカは、この飛行能力をもってカナンの周囲を旋回。
まるで〝時間を稼ぐ〟かのようにある攻撃を加えた。
「うっげー、何かしらあれ?」
赤茶色い、カプセル状の何かがダニカの口からカナンへ向けて飛ばされる。
そしてそれは、カナンの手で切断されるが……その中に入っている、ある虫の〝体液〟がカナンへと降りかかった。
――ヒラズゲンセイ
唐辛子と見間違えるほどに真っ赤なその虫は、一見すると紅きクワガタのように見えるが分類上は全く別の甲虫である。
この虫の特筆すべきは、触れるだけで火傷を引き起こす猛毒であろう。
が、カナンには効かない。
「何がしたいのかしら?」
ダニカは飛び逃げ回るばかりで、ヒラズゲンセイの体内を詰めたゴキブリの卵鞘を飛ばすだけであった。
もう一方のキュウキも、様子を伺っているのか大きな動きはない。
「何を狙ってるのか知らないけど、あんまりつまんないことするならもう遊びはおしまいに……」
その時、カナンは初めて自分の肉体の異変に気がついた。
「うっ、がほっ!?」
カナンが、咳と共に血を吐いた。
あり得ない、有効打となるような攻撃を食らった覚えはない。
「これは毒……いや、違うわね……」
毒でもない。毒はカナンには効かないのだ。
そしてカナンは、コルダータに自身の内臓を解析してもらい、答えにたどり着いた。
「まさか、私の体内に虫を送り込むとはね……」
――寄生バチ
それは、数多の昆虫の中でも群を抜いて繁栄している分類郡である。
寄生バチの能力は、何と言っても寄生であろう。
成虫は極めて高い飛行・運動能力で獲物を探し回り、ようやく見つけた獲物へ針となった卵管を刺し体内に卵を産み付ける。
そして体内で孵化した幼虫は、獲物の肉を内側から食い尽くす。
――寄生バチはありとあらゆる昆虫、時には蜘蛛などにも寄生する。
その多様性は人間では分類しきれぬほどに複雑さに富み、同じ寄生バチに寄生する寄生バチすらいるほどだ。
そんな寄生バチの仲間の中には、『世界最小』とされるほど極小の種族が存在する。
その大きさ、なんと0.2mm。
ダニカは、この最小の寄生バチに膨大な魔力と〝ヒトクイバエ〟の形質を持たせた子を産むように設定し、カナンの口や鼻から体内へと送り込んだのだ。
意図せず噛み砕かれたものもいた、食道へ入り込んでしまい胃へ落ちた個体もいた。
ただ1匹だけ、カナンの肺に到達した個体がいた。
それが、肺胞に無数の卵を産み付けた。
孵化した無数の幼虫はカナンの肺組織を喰らって育ち、数分で成虫となる。そして更に卵を産み付け……
カナンの右肺は、もはや機能していなかった。
だがカナンにとっては未だ致命傷には程遠い、ただ『驚いた』だけ。
しかしその隙を、虎視眈々と狙う者がいた。
「がっ……!?」
突如カナンの背に、亀裂が走る。
――キュウキが、カナンに一撃を入れたのだった。
そしてカナンの肉体に、秒間数億回もの超音波破砕の振動が付与される。
「ぐっ、やるわね……」
臓器を潰し、その胴体にも通常なら即死級の継続ダメージを与えた。
このまま攻めれば勝てる。
二体の王は、カナンへ畳み掛けるように攻撃を放った。
しかし、カナンは驚くべき行動を取った。
ぶちっ
カナンの首が、取れた。自ら切断したのだ。
そして首の無い胴体は、己の頭をキュウキめがけて投擲し――
その先で、カナンの胴体が再生してゆく。
循環再生――『本体』に設定した部位から切り離された肉体を、空間を無視して〝取り戻す〟能力である。この能力は自分の『一部』と認識したパーツのみを取り寄せる事が可能だ。
これによりカナンは、服はそのままに肺の中に詰まる蛆虫と超音波を取り除き全回復の状態でキュウキに迫る。
「ごめんね? 嘗めてたわ――」
カナンはもう遊ぶのはやめにした。これ以上遊ぶとおーちゃんとイチャイチャする時間もなくなってしまうし、何より自分にここまでダメージを与えた二体に失礼。
キュウキは迫る化物に対して、音速で回避しようとする。しかし、カナンには見えている。
バツンッ――
カナンの小さな手に、灰色の虎の首が握られていた。
頭を失い地上へ落下してゆく虎の体。カナンはその頭部をムシャムシャと喰らい飲み込むと、最後に残った蟲の女王へと眼差しを向ける。
「あんたで最後ね。せいぜい抵抗するといいわ」
カナンは音速以上のスピードでダニカへと迫る。
そして拳を振りかぶり、ぶん殴った。
ダニカは、昆虫の中で最も防御に特化した種族――クロカタゾウムシの力を発現させる。
クロカタゾウムシは、昆虫界最高硬度の外骨格を誇る。
羽が癒着し飛べない代わりに、象に踏まれても無傷とされるその防御力。
その防御力はダニカの力と魔力で更に強化され、特級相当の魔物の一撃さえ受け止めるだろう。
しかし、カナンの拳はその甲を粉砕した。
絶対切断の伴っていない一撃だったにも関わらず、だ。
そして瀕死のダニカを、カナンは雷を込めた拳で地上へとはたき落とす。
「――〝広域雷魔撃〟」
逃げ場なし、絶望のみ、死あるのみ。
小国程度なら消し飛ぶような雷の津波が、ダニカを飲み込む。
ダニカは七王の中でも耐久力のある方だ。瀕死でありながら、一瞬だけ耐える――。
しかし次の瞬間にはやはり耐えきれず、炭の塊と化すのであった。
*
カナンは七王の魂と肉体の残骸を狭間の城へと持ち帰った。
「いや、あの……ワレよくあれだけで済んだな……」
映像ですべてを見ていたイツキノミタマがドン引きする。
「コルちゃん、こいつらの蘇生頼むわね」
「はいはーい! お任せをー!」
カナンの目的は残る七王を全員従えること。
しかしドレナスやイツキノミタマのように懐柔できるとは限らない。
そのため、圧倒的な武力でけっちょんけっちょんにしてプライドを折り、その上で蘇生させてから説得を試みるという手段に出たのだ。
「さて、今日は疲れたしいっぱいおーちゃん堪能しよっと」
肉体の損傷が激しいため、蘇生には1日ほどかかる。
カナンはおーちゃんを召喚すると、狭間の城を去りいつものお部屋に帰るのであった。
その後ムラムラしているカナンによりおーちゃんがどんな目に遭ったのかは説明するまでもあるまい。
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