第232話 植物だからと侮るなかれ
大結界に侵入する――
そのつもりでカナンはトゥーラ王国領の結界近くの街に休憩がてら訪れた。
そこで『異常な量の魔力が街の近くの森を覆っている』『迷宮ができたのかもしれない』という話を聞く。
既にBランクの冒険者たちが調査へ向かっており、仮に迷宮だとすれば本格的な攻略が始まるのは余程の緊急性がない限り1週間は先だろう。
今日は貴重な休日。
そんなに待てる訳がない。
「七王が関わっているかもしれないわね」
というのも、嘗て〝降誕の魔王〟たるフルムの手により、七王たちは自らを核として迷宮を形成する能力を得ている。
迷宮の権能は扱い方次第では空間を越えることができ、七王はそれを利用して大結界の内部から脱出を企てている……というのがあらましだ。
先立って炎竜女王ドレナスが迷宮を外界に伸ばしたが、カナンに阻止され配下に降る。
その後少しして、他の七王たちも慎重に外界へと迷宮の根を広げていった。
「ふうん? この膨大な魔力に、擬似的な『心象』の具現化……そして植物がメイン。やっぱりイツキノミタマの迷宮かしらね?」
『核』の場所は感知能力やコルダータの魔力センサーで把握している。
「少し遊んであげようかしら?」
ぽんっ
カナンの背後から、後頭部めがけて『種』の弾丸が発射される。
――テッポウウリ
ウリ科の植物で、その名の通り種を果実から鉄砲のように勢いよく噴出するという能力を持つ。
イツキノミタマの魔力で強化されたそれは、人間の頭蓋骨程度なら容易く貫通する。
……しかし、人外には通じない。
「バレバレよ。せめて物量で来なさいよ」
種弾を振り向き様にキャッチしたカナンは、聞こえているであろうイツキノミタマへ挑発する。
「ほう? 先の獲物よりはやるようじゃな?」
迷宮の最奥で、イツキノミタマはカナンに僅かな興味を示す。
「ならばお望み通り物量はどうじゃ?」
カナンを取り囲むようにテッポウウリの株がいくつもいくつも生え繁り、果実を向ける。
ぽぽぽぽぽぽぽっ!!!!
マシンガンの如く放たれる種の弾幕。
イツキノミタマの魔力で強化され、その威力は竜すらも屠る。
身を捩る、捻る、翻す。
……カナンは、種の弾幕を全て回避してみせた。
「!!」
イツキノミタマは驚愕する。結界の外に、これほどの芸当を可能とする存在がいたこと。
「豆鉄砲。無駄よ、もっとマシなの出しなさい」
そう言ったカナンが片手を軽く振るうと、テッポウウリの弾幕も株も森すらも一気に100mほどが不可視の斬撃に切り払われた。
カナンはイツキノミタマのいる方角を見据え、指を差す。
「居場所は判ってるわ。今からそっちに向かうね。怖いならせいぜい抵抗してみなさい」
「小娘が……我が養分としてくれる!!!」
明らかに自身を見下しているカナンの発言は、イツキノミタマの逆鱗に触れた。
一歩、また一歩。カナンは迷宮の核へと近づいてゆく。
「あら?」
ふと、カナンは自身が同種の『木』に囲まれている事に気がついた。
それらは何をしてくるでもなく、ただ囲んでいる。それよりも興味深いのは、足元。
白い花畑が、森の中に広がっていた。
「さて、何をしてくるつもりかしらね?」
ぽとっ
頭上から『青リンゴ』が落ちてくる。カナンはそれを片手でキャッチすると、そのまま囓った。
「もぐ……甘くて美味だけれど、これ猛毒ね。残念だけどおーちゃんにはあげられないわね」
呑気にしているカナンの周囲に、青いリンゴの他に『カボチャのような形の木の実』がいくつも降ってくる。見上げれば異様なほどにトゲだらけの巨木から落ちてきたようだ。
カナンは、次に何が来るかを待ってあげていた。
ピシッ――
次の瞬間、カボチャ形の木の実が凄まじい衝撃波を放ち破裂した。
――スナバコノキ
樹高40mにもなるその巨樹は、幹にびっしりと悍ましいほどのトゲを備えた、悪魔のような植物である。その見た目から『猿も登れない木』の異名を持つ。
しかしその最大の特徴は幹ではない。『果実』である。
握り拳ほどの大きさのその果実は完熟し乾燥すると、なんと爆発を引き起こす。
いわば天然の手榴弾である。
その爆発の威力は、イツキノミタマの強化無しでも人間に大怪我を負わせるには十分。
内部の種をより遠くへ広範囲に飛ばすために、スナバコノキはあまりにも過激な進化を遂げたのだ。
だがそれだけではない。スナバコノキは樹液や果実に人を殺めるには十分なほどの猛毒を含んでいる。まさに全身凶器な驚異の植物なのである。
「面白いわねぇ、爆発する木の実なんて初めて見たわ!!」
飛び退いて爆発を回避したカナンは、少し楽しくなってきたようだ。
……仮にスナバコノキの爆発がカナンに当たっていても、無傷か大したダメージにはならなかったであろう。毒も効かないし。
が、イツキノミタマにそんな事を知るよしはない。
「油断大敵じゃぞ?」
「あらら?」
ふと、カナンの足に黄色いヒモ状の何かが網のように絡み付いていた。
――ネナシカズラ
その名の通り根を持たず、葉も持たない寄生植物である。
ネナシカズラがカナンの動きを一瞬止めたその時――辺りの空気に熱が込もっていた。
――ザゼンソウ。ザゼンソウは発熱することで自ら雪を解かす事を可能とする植物である。
そして、地面を満たす白い花畑。
――ゴジアオイ
白く愛らしく咲かせる花は香水にすると竜涎香にも似た気品のある香りを放ち、世界中で親しまれている。
聖書やソロモン王の詩にも登場し、古くから人類に愛された花と言えよう。
だが――ゴジアオイには毒すら可愛く思えるほどの破滅的性質がある。
それは――
「燃えた?!」
――自ら火事を引き起こす、というものだ。
ゴジアオイは周囲の気温が上がると、揮発性の油分を分泌――自らに着火させ、周囲の植物もろとも焼け野原にしてしまうのだ。
そして耐火性を持つゴジアオイの種子だけが生き残り、養分豊富でライバルのいない地で再び繁栄するのである。
花言葉は『私は明日死ぬだろう』
炎は瞬く間に業火となり、カナンを呑み込んだ。
イツキノミタマの魔力でゴジアオイの発火能力も、ガソリンを上回る火力を実現している。
更にダメ押しだ。
炎は辺りを囲む『青リンゴの木』にも迫る――
それは決してリンゴではない。
――マンチニール
マンチニールには種を飛ばしたり爆発させたりする力も、熱を産み出したり発火したり寄生するような目を引く能力もない、ただ純粋な『普通の木』である。
――ただ一点を除いて。
マンチニールはスペイン語で『死のリンゴ』とも呼ばれ、そして『世界で最も危険な樹』としてギネスに認定されている。
その由縁は、ただただ強力な『毒』にある。
果実はもちろん、根も葉も樹液も全てにわたって致命的な猛毒を含む。
この毒は激烈なアレルギーを誘発する物質の他、激しい炎症を引き起こす成分が複数含まれているのだ。
強力な毒だが、それだけなら食べたり触れたりしなければいい。
しかし、マンチニールが『世界で最も危険な樹』とされる理由は、『近づくだけで危険』だからである。
葉についた朝露さえ猛毒を含み、雨の日にマンチニールの木の下に立とうものならば全身がぶくぶくと腫れ上がり、悶絶することとなるだろう。
そしてこの毒素は燃やした煙にも溶け込んでいる。
「あふふふふっ! ワレを怒らせたこと、後悔しながら地獄へ堕ちるがいいぞ小娘!」
イツキノミタマは、勝利を確信する。
ゴジアオイの炎にスナバコノキの果実爆弾、遠くからはテッポウウリの狙撃も行いそしてマンチニールの猛毒を含んだ煙も吸わせた。
いくら強い存在でも、人間である以上は無事では済まない。
しかし、カナンを『人間』の範疇に含めるのは間違いだ。
「もうおしまいかしら?」
カナンに毒は効かない。毒という概念そのものに耐性があるのだ。
カナンに炎は効かない。熱の変動に極めて高い耐性があるのだ。
カナンに物理攻撃は通じにくい。肉体の耐久力は今や電磁砲すら無傷で受け止め、仮に肉体を粉々にできたとしても細胞一欠片からすら再生するからだ。
つまるところ、カナンは限りなく『不死身』なのだ。
「ば、馬鹿な……?!」
「遊びはおしまいかしら? それじゃ今からそっちに向かうね」
業火の中で涼しげなカナンは、その背に漆黒の『翼』を生やし森の上を駆けるように最奥へと向かう。
――まずい
イツキノミタマが初めて焦りを覚えた時……
「はじめまして、イツキノミタマちゃん?」
既にカナンは、彼女の喉もとに背後から指を這わせていたのであった。
ぜんぶ実在の植物。イツキノミタマさんの力で傾国レベルに強化はされている。




