第22話 美味しくいただきました
「ギャオオオオアァ!!」
上空から赤い鱗をした一匹のドラゴンが群れから外れて襲いかかってきています。以前までのわたしなら、腰が抜けて動けなくなっていたかもしれません。
「呑み込め!」
ボゴンっ!
土が大きく盛り上がり、前方から飛来するワイバーンの体を飲み込みました。そして、穴という穴から体内へ侵入した土が、ワイバーンを内側から破壊してゆきます。我ながらえげつない攻撃方法ですね……
目の前で、ワイバーンが泥と血を吐き出しながら絶命しました。土の詰まった腹が土のうのように膨らんでいます。
「ついにわたし1人で……」
今までスライムか眠ってる大蛇くらいしか倒した事の無いわたしが、真正面からBランクもの魔物を倒したのです。感慨深いものがありますね。
そうだ、今なら教わったあの術式を成功させられるかもしれません。
「【自立土人形創造】!」
ワイバーンの肉が裂け、血を滴らせる泥が中から抜け出し空中に集まってゆきます。
これは、【地操作魔法】と【治癒魔法】の合わせ技です。
土で作った体に治癒魔法で擬似的な生命を吹き込む術式。ワイバーンの魔石を取り込む事で魔力の代謝が行われ、より本物の生命に近いゴーレムが生まれるそうです。
ちなみに見た目は術者のイメージに委ねられ――
「ア……ゥ……」
「ふふふ、計画通りです……!」
赤黒い土でできた華奢な体は、人形態のおーちゃんに細部まで似せて作り出しました。裸なのは服にまでイメージが回らなかったからです。わたしの趣味もありますけど。
まあ、初めてにしては良い方なんじゃないでしょうか。カワイイし。
「さて、名前は……『ユーナ』! やっちゃえユーナ!」
「……アゥ」
上空から3体ほどのワイバーンが近づいてきています。
わたしのユーナは、その見た目からは想像もできない速度で一匹のワイバーンに飛びかかりました。両足でワイバーンの顔に股がり、ちょっと羨ましい……じゃなくて、脳天をその手で何度も殴打して潰しました。凄まじいパワーです。
「凄いですユーナ!」
既にもう一体ワイバーンを屠ったユーナに背を向け、わたしは他にもこの魔法の活用法を模索してみます。
――
「あっははははは!! 楽しいし美味しいし最高だわぁぁぁ!!!!」
口をもぐもぐ動かしながら、カナンは【闇魔法】を纏った剣で襲い来るワイバーンを次から次へと切り刻んでゆく。長く束ねられた金色だったサイドテールが、真っ赤に染まっていた。
カナンを無視して飛んで行こうとする個体には、オレの翼から放つ【氷結闇魔弾】が穿たれ結局は死ぬのである。
一度でも【闇魔法】の瘴気に触れれば、防御力とか関係なくじわじわ体が崩壊する。当たればほとんど確実に殺せる恐るべき能力だ。この力を持つ奴を敵に回したくはねぇな。
『美味しいって、一体どんな味なんだ?』
「うーん……肉汁溢れる、のど越しの良いおまんじゅう? 似た食感の食べ物を食べた事が無いから良いたとえが見つからないわ」
小籠包か水餃子だろうか?
そもそもこの世界にそんな料理があるのかわからんし、例えが見当たらないのは仕方ないだろう。
まあそれはそれとしてだ。殺す度に口に転がり込んでくるのは良いが、もっと噛んでから飲み込んだ方が良いんじゃないだろうか。まだ腹の中でもがいてるし、生きて腸まで届かれたらたまったものじゃないだろ。
まあ、食べ物の行く末を考えても仕方あるまい。
戦いに集中しようと、カナンのグルメ事情にはこれ以上口出ししないようにと思った矢先の事。
「おーちゃん、一匹闇魔法使わずに仕留めてくれない? 【吸血姫】を試してみたいの」
魂だけでは飽きたらず、血まで啜ろうというのかこの娘は。
『あー……分かった。あまり飲み過ぎるなよ』
――【吸血姫】。生き血を啜るほど、身体能力やら諸々が強化されるという能力だ。確かに試すなら今くらいしか無いよな。
ワイバーンの喉を魔法の込めていない剣で切り裂き、噴き出す鮮血をそのまま口で受け止めた。
さてお味はと言いますと、クソマズイ。
「オェっ……あんまり美味しくない」
血の鉄っぽさはともかく、凄まじい獣臭さがある。慣れれば飲めるかもしれないが、今はこれ以上飲みたくないとカナンも思ったようだ。
「口直しよ!」
カナンは落下中のワイバーンから離れて、他の個体に襲いかかった。魔法を込めていない一撃だったものの、吸血による強化が反映されたのか一撃でワイバーンの首を叩き斬る。噴水のように舞う血をかぶってもカナンはお構い無しだ。
「グオオォォ!!」
一匹のワイバーンが口から炎を撒き散らしながらかぶりつこうとしてくる。
「いいわ!」
カナンは避けるそぶりもなく、むしろワイバーンの口の中に飛び込んだ。
そして、剣をその喉奥へと突き立てドリルのように強引に突き進んでゆく。
生温かい感触が全身を包む。やがて何か硬いものを砕くと同時に、ワイバーンの体外へ貫通した。
「もぐ……ん?」
『わーお……』
ワイバーンの体から出てみると、相当数のワイバーンに上下左右取り囲まれていた。その全てが、口にオレンジの炎を込めている。
なるほど、そう来たか。
「「ヴォオオオオオ!!!!」」
ワイバーンどもが、カナンへ向けて一斉に炎を吐き出してきた。赤くゆらめく炎の濁流が目の前まで迫って来る。
「――影魔召喚」
一瞬の暗転の後、悪魔形態で召喚されたオレは、カナンを腕の中に抱え背中で炎を受けた。熱は感じるも熱くはない。やはりオレの防御力ハンパないな。痛いのは嫌だけど、防御力に極振りした記憶は無いぞ。うん。
「――!?」
炎が晴れ、周囲を囲むワイバーンどもが驚愕している。何せ、いきなり黒く巨大な化け物が炎の中から現れたのだから。いつもの反応である。
『終わらせる。上位氷結魔弾幕!』
オレの翼がはためく度にあらゆる方向へ氷の弾が放たれる。
炎を吐いて防ごうとしても無駄だ。
氷弾がワイバーンに炸裂すると、巨大な氷の結晶となって肉体を刺し貫いてゆく。
ワイバーンの数が、目に見えて減っていった。
『ん……どうした主様?』
「んむ……」
ふとオレの腕の中にいるカナンを見やると、ヒマワリの種を詰め込んだハムスターみたいに頬を膨らませていた。頬の中で玉状のものがいくつももぞもぞ動いてる。
『大丈夫か? よく噛んでから……って』
「ゴクッ……ぷはぁ! 大丈夫よおーちゃん! もっとちょうだい!」
……また噛まずに飲み込んだな。
普段とは違って、こうして見ると案外カナンも可愛く見える。オレからするとリスくらいの大きさで、まるで餌をねだる小動物みたいでかわいらしい。
「……何見てんのよ?」
『いや何でもない』
さて、今の攻撃で大半のワイバーンが絶命したようだ。
眼下にはたくさんのワイバーンの死がいが転がっている。
「〝オウカ〟」
再びオレはカナンの中から翼を生やして飛翔する。
生き残って逃げ出した僅かなワイバーンも、即座に追いついたカナンに切り刻まれ、その魂を胃袋送りにされるのであった。
―――
「はー、満腹満腹! ごちそうさまー」
膨れたお腹を擦りながら、地上に降り立つカナン。
いまだカナンの体内でもぞもぞともがいている彼らの意識は、これからどこへゆくのだろうか。……なんか怖いし考えてないでおこう。
「カナちゃんにおーちゃーん! やっぱり凄いですね、あれだけいたワイバーンを全滅させるなんて!」
コルダータちゃんが、降り立った側からこちらへ駆けて来た。
って、ちょっと待て。
『な、なんだよそれ!?』
コルダータちゃんの後ろから、赤黒い人型の何かがついてきているではないか。
「〝オウカ〟」
カナンに幼女フォームを召喚してもらい、コルダータちゃんにそれは何だと聞いてみた。
「わたしが作ったゴーレムのユーナちゃんです! カワイイでしょう?」
カワイイ?
「アウ……」
近づいてよーく見てみると、これ幼女フォームのオレじゃねーか!? おまけに服着てないし。
「まだお尻や胸の辺りが本物とはちょっと違いますねー。おーちゃん、後で詳しく見せてくれません?」
「見せるかっ!?」
「それはいいとして、どうやってゴーレムを街へ持ち運ぶのよ?」
確かに、こんな裸の幼女を街に入れる訳にはいくまい。何よりオレが嫌だ。
「それは大丈夫ですよ。能力や見た目の情報は全て魔石に記録されているらしいので」
コルダータちゃんが手をかざす。すると、ユーナはさらさらと砂のように散って赤い石だけを残した。コルダータちゃんはその赤い石を拾ってポケットにしまいこむ。
「さ、帰るわ。ラテス草も十分採取できたしお腹空いたわ」
「えぇ、主様もうお腹減ったのかよ!?」
「わたしもお腹空きましたー! ルミちゃんとまたかふぇでお食事しましょう!」
そんな会話をしながらぼちぼち帰路につくオレ達。
――B級魔物であるワイバーンの軍勢という、普通なら街の一つや2つ消えてもおかしくない非常事態。
ところがオレ達はまだ、これがそこまで大変な事態だったとは露ほどに思わなかったのである。
カナンちゃんに食べられたら自我もとろけて吸収されちゃいます。やったね、美少女の一部になれるよ!




