第226話 愛と肉体と魂と
「いやだ……たすけて……」
「うぅ……死にたくねぇ……」
石造りの広い地下室。『食糧庫』と呼んでいるそこに吊るされた、元マフィアの下っぱ数十人。
「これだけあれば二月はもつかしら?」
カナンは備蓄にホクホクしながら、食糧庫を後にする。
ここはコルダータの産み出した夢と現実の狭間の城。
ここでは物質的な時間は流れていないために、彼らは衰弱ことなく常に〝新鮮な食材〟として保管されているのだ。
狭間の城から現実世界へ戻ったカナンは、おーちゃんへのお土産を片手に帰路へつく。
「ふんふんふふーん♪ おーちゃんただいま♡」
「おかえり主様!!」
「ん~♡」
玄関先で互いに撫でくり回す二人。
今日はカナンは出先で食べてきたため、おーちゃんは夕飯を作っていない。
その代わりに美味しそうなお店でテイクアウトをしてきたのだ。
「……私もお料理勉強してみようかしら」
「んぇ?」
「私の料理スキルが酷いのは自覚してるわ。……けれど、おーちゃんがお料理できない時に私が作ってあげられたらいいなって思ってね」
以前にお菓子を作ろうとしたとき、カナンはあまりにも名状しがたき物体を産み出しおーちゃんとルミレインを失神させるに至った。
それ以降、カナンは料理には一切触れないという条約が締結されたのだが……
「うん、それじゃ明日は一緒にお料理しよ? オレが簡単なのから教えてあげるから」
「ありがとおーちゃん♡ 手取り足取りじっくりお願いね~?」
「あうぅ……」
そうして翌日より、カナンは料理の特訓を始めるのであった。
*
「そういえば主様、おゆはん食べてきたって言ってたけど……もしかして人間食べてきた?」
「あら、どうして分かったのかしら?」
「臭い……かな。独特な臭いが主様の体からうっすら……」
「そう? 今日はしっかりシャワー浴びなきゃね。……染みついてたらやーね」
「ん、主様こっち来て」
「なーに?」
近寄ってくカナンを、おーちゃんはぎゅーっと抱き締める。それと同時に【清浄】をカナンの全身にかけ、あらゆる汚れや老廃物が綺麗さっぱり消滅した。
「お風呂……しばらく一緒に入れてないから……」
「あらあら、ありがとおーちゃん」
いつもは互いに体を洗いっこした後に流れで色々としている二人だが、今は性的な接触は厳禁である。
そのため今現在お風呂やシャワーは別々に入っているのだが、おーちゃんはどうやらカナンと少しでも一緒にいたいようだ。
カナンを抱き締めたまま、離そうとしない。そしてカナンの体にはおーちゃんの柔らかい部位が押し当てられている。
「おーちゃん、悪いけれど離してくれないかしら? このままだとちょっと我慢できずに襲っちゃいそうよ?」
「むぅ……」
しぶしぶおーちゃんはカナンを離すも、まだ頬をぷっくり膨らませて不満げだ。
「ありがと。1ヶ月我慢できたら、たっぷり〝ご褒美〟楽しもうねー? よしよし」
「あうぅ……」
「えっちなことはできないけれど、お休みの明日はいっぱい一緒にいるからねー?」
その言葉にちょっとだけ機嫌を治したおーちゃんは、カナンの肩に頭を預ける。
――おーちゃんは私の全てを受け入れてくれる。私の良くないところも、汚いところも、ぜんぶ抱き締めてくれる。
私の気持ちは……すごく重たいよね。そのはずなのに、おーちゃんは笑って受け止めてくれる。それどころか、おーちゃんは私に色んな気持ちをぶつけてくれる。
それが、たまらなく愛しい。おーちゃんさえいれば、私はどこでだって生きてゆける。
誰にも渡さない。私のおーちゃん。私だけのおーちゃん。
ずっとずっと、死ぬまで一緒よ。
好き、大好き、愛してる――
*
1月後――
「主様……大丈夫かなぁ?」
「大丈夫よ、痛くはしないから。力を抜いて楽にしなさい」
狭間の城の中の『寝室』にて、おーちゃんはベッドの上で仰向けになり不安げにカナンを見つめる。
今日はシオノネの魂の治療が完了し、おーちゃんの内から取り出す予定日である。
『カナちゃん、ゆっくり慎重にですよ?』
「わかってるわ」
カナンの側にはコルダータが万一の事態に備え待機している。
おーちゃんは裸に近い下着姿で、お腹をさらけ出している。
「……始めるわよ」
「……うん」
カナンはおーちゃんの剥き出しの下腹部に右手を当てて、ゆっくりと探るように撫でる。
おーちゃんのお腹の奥……子宮の位置に重なるように、力強く脈打つ温かな『何か』を感じられる。
カナンはそれをイメージで『掴み』、ゆっくり引っ張り上げる。
「ん、ううっ……」
「おーちゃん……?!」
「だいじょぶ、気にしないで……」
下腹部の奥で何かが千切れるような痛みを感じ思わず苦しげにうめき声を漏らすも、おーちゃんはこのくらいの痛みなら我慢できる。
カナンも痛む胸を抑え、しっかりと最後まで引っ張り出す。
「はぁ、はぁ、終わった……?」
「終わったわよ……よく頑張ったわねおーちゃん」
カナンの右手には、水色の透き通った水晶玉のような物体が握られていた。
これが、シオノネの魂。
触れると温かく、今も脈動している。
「シオちゃん……もうすぐ会えるからね。コルちゃん、あとは任せるわ」
『はい。必ず蘇生させてみせます!』
カナンはシオノネの魂をコルダータに手渡した。
魂の治療は完了した。次は仕上げとして『肉体』の作成だ。
『改めて聞きますけどカナちゃん、食糧庫の人たちを〝素材〟の一部にしてもいいんですよね?』
「いいわよ。もう備蓄は大丈夫だし、食べ物は有効活用しなくちゃね。次元収納にあるものも何でも使っていいわ」
シオノネの魂の情報から肉体を複製することは簡単だ。しかし、それでは魔力を制御できずに熱暴走を起こす人造複合魔人のままだ。
そのため、コルダータは慎重にシオノネの新たな肉体を作り出すべく1ヶ月研究と調整を重ねてきた。
超越的な演算能力と解析能力と同化したコルダータだからこそ可能とする、神業である。
そうして、シオノネの新たな肉体は最後の調整を迎える。シオノネの人造複合魔人の体に様々な魔物の因子を更に追加した。
それでいて熱暴走を引き起こさせないべく、精神生命体が受肉する受け皿としての耐久を持たせた。更にダメ押しとして、『備蓄』の人間の肉体と魂を魔力へ分解して濃縮し注入する。
そうして完成した肉体にシオノネの魂が定着するには、更なる調整を加えもう数日かかる。
「それじゃあ私たちはいくわね。シオちゃん、また会おうね」
そうしてカナンとおーちゃんは狭間の城を後にした。
……さて、二人は1ヶ月もの間ずうっと我慢をしてきた。どちらも自身を慰めるような事は1度もせず、行き場のない欲求をずっとずっと抑え込み耐えてきた。
「おーちゃん、調子はどう? 痛んだり具合悪いなら明日にするわよ?」
「だいじょぶ、元気……! いっぱいやれる!!」
「ふふふ、それじゃ我慢はもう必要ないわね?」
胸の高鳴りが止まらない。
1ヶ月ぶりにお互いを求め合う、愛の肉体表現。
二人の夜は休日をまるごと消費するのであった。




