第224話 食べ放題の予約をしよう
もし、もしも――
自分が死ななければ、大切な人を死なせてしまう……そんな時、あなたならどうするだろうか?
もちろん最後の手段であることは否定しない。
けれど、どうしようもないその時……オレは――
『……〝アレ〟を倒した時、カナンちゃんはともかくキミがどうなるかはわからないのだ』
ステンドグラスの塔の頂上で、オレはアスターと『真実』について話し合っていた。
オレが目覚めると忘れてしまう、このステンドグラスの塔にいるときにだけ思い出せる『真実』。
……あるいは、オレと主様の正体。
強くならなきゃ。今よりももっと、それこそ『神』すら屠れるほどに強くならなきゃならない。
そうしなきゃ、オレもカナンも死んでしまう。仮に寿命を克服できたとて、〝アレ〟を野放しにすればオレたちもこの世界も滅びうる。
……しかし〝アレ〟を滅ぼした時、オレがどうなってしまうかはわからない。最悪の場合は……
「それでも、オレは主様に生きて幸せになってほしい。たとえオレがどうなったとしても……」
『きっとカナンちゃんはすごく悲しむのだ』
「だよなぁ。まぁ……その時はその時だよ。覚悟はできてるさ」
できることならずっとずっと一緒に側にいたい。朝、隣で目覚める主様の顔を見守っていたい。
いっぱいいっぱいいろんな事をしていたい。
……避けられぬ『運命』ではあるが、それはまだしばらくは先のことだ。
この事を目覚めれば忘れてしまうのは、幸せなのかもしれないな。
*
おーちゃんが孕んで(妊娠ではない)から3日。カナンには悩みがあった。
性欲は耐えられる。むしろ1ヶ月後が楽しみなくらいだ。
しかし、『吸血衝動』はそうもいかない。
3日もおーちゃんの血を飲まなければ我を忘れてしまいそうになる、難儀な体質なのだ。
だが、今はおーちゃんからいつものように吸血する訳にはいかない。今現在はおーちゃんが料理に自身の血を数滴混ぜてくれているおかげで辛うじて耐えられているが、それもじきに限界が来る。
……学園の給食には、吸血鬼の生徒用に血液を提供してはいる。しかし質はおーちゃんの血液より遥かに劣り、吸血衝動の暴走を先延ばしにしているに過ぎない。
カナンは通常の吸血鬼とは異なり、血液を摂取せずとも死にはしない。しかし大食いであるが故にその苦しみは耐え難く、単に飢えるよりも壮絶であった。
「どうすればいいのかしら……」
放課後、カナンは一人教室でぽつりと呟いた。
まだ生徒たちは全員は帰っておらず、遠巻きに苦しげな様子のカナンを心配するクラスメートもいた。
「どけ! ワイはお兄ちゃんやぞ!!!」
そんなクラスメートを押し退け、廊下から黒髪の少女……先輩のジョニーが現れた。
「急に兄を名乗る不審者になったわよねジョニーちゃん……」
ジョニーは吸血鬼であり、生物学上はカナンの『弟』にあたる。カナンの方が年下なので『兄』を自称しているが。
「カナンちゃんや、なんやら困っとるみたいやな。その悩みお兄ちゃんに打ち明けてみい?」
「急に馴れ馴れしいわね……わざわざ来たってことはそっちにも用があるんじゃないの?」
「妹が悩んどる事を察知したんや」
「えぇ……」
やや引きなカナンだが、自身も『遠くにいてもおーちゃんの気持ちがわかる』のであまり他人の事は言えない。
それはさておいて。
「訳あって今、おーちゃんから吸血できないのよね。けれど学園で供給されてる血液じゃ、質も量も足りないの。どこかに死んでも誰も困らない屑でもいないかしらねぇ」
「えぇ……」
突然の人食いしたい発言に、今度はジョニーがドン引きである。
だがかわいい妹の悩みだ。お兄ちゃん、頑張っちゃう。
「……実はな、国際犯罪組織のこの国の拠点がこないだ見つかってなぁ。近々国の兵士さんらとAランク冒険者で奇襲を仕掛ける作戦があるんや。……幹部数名さえ生きておれば、後は原型を留めていなくとも構わんそうやで?」
「へぇ……いいわね、ビュッフェ会場ね。丁度いいわ」
カナンの吸血衝動を満たすという意味でも、おーちゃんへ魔力を供給するという意味でも『丁度いい』。
おーちゃんの持つ莫大な魔力は、本来は魔人であるカナンのものだ。
故にカナンが捕食し体内で魔力へ分解吸収したものは、カナン本人に還元されることなく心臓裏の魔石を通しておーちゃんへ送られる。
何より、カナンはやろうと思えば1度に1トンは胃袋に納めることができる。
おーちゃんがカナンの消化器官に刻んだ【空間拡張】の術式により、胃袋をはじめとしたあらゆる容量が増加しているのだ。
その上、カナンの消化器官の仕組みは常人とは異なる。
摂取した食物を消化し、吸収しきれなかった残りは排泄されるのが通常の生物だ。
しかしカナンは排泄をしない。
体内で栄養にならなかった物質も魔力へ分解することで、完全に吸収してしまうのだ。
例外は【消化耐性】を共有しているおーちゃんくらいである。
つまるところ、1人70kgとして10人も喰らえば、吸血衝動を満たせる上に700kgぶんもの魔力をおーちゃんに送ることができる。
体内で命を育んでいる今のおーちゃんには、とにかく魔力が必要なのだ。
「ありがとうジョニーちゃん、是非ともその食べ放題に参加させてもらいたいわ」
今からお腹がきゅるりと鳴いている。
「あぁ、当日おーちゃんにはおゆはん食べてくるって言わないとね」
……哀れな犯罪組織の皆々様はいまだ気づいていない。
自身らの余命はあと1週間もないということに。
そして己たちの運命が、小さな少女の腹の中で骨も毛髪1本も魂すら残さずこの世から消えてしまうということに……まだ気づいていない。
そうして食べ放題の予約を済ませたカナンは、小躍りしながらおーちゃんの待つお部屋へと帰るのであった。




