第222話 魔王となるべく?
絢爛な窓の外は昼間だというのに空が黒く、僅かに星さえ見えた。
「……すまん、もう一度言ってくれ」
眉間を抑え苦しげに唸るイルマさんに、カナンは物理的に無い胸を張ってもう一度説明する。
「大結界に入りたいのよ。残る七王を捕まえて下僕にしようと思ってね」
「そうか~……魔王になれとは言ったが、カナンちゃんはそこまでする気なのか……」
「ダメかしら?」
「ああ、こればかりは大っぴらに許可はできん」
イルマさんにもまあ立場があるしな。
カナンもぐぬぬと唸りながらも食い下がるような真似はしない。
「許可は出せないが……だが、俺は何も知らないし見ていない事にはできる」
「へえ?」
「イセナ大結界は大海の女神様の力により造られたモノだ。大海の魔王である俺にはその結界へ出入りする権能を与えられている」
イルマさんはイセナ大結界について改めて説明を始めた。
「通常俺以外に結界を抜ける事のできるヤツはいない。しかしフルムのヤツは仕組みは知らんが結界を部分的に中和してすり抜けてやがったようだ。つまりそれなりの力量があれば無理矢理通る事はできるっつーハナシだ」
「なるほどね。つまり私が自力で結界を強引に通り抜ければいいってことね。コルちゃんにも協力してもらえばいけそうね」
「全部カナンちゃん次第だ。俺は何も知らんし敵でも味方でもない。
……だがこの国の王である手前、俺は民を守らなければならない。だからこの場で契約してくれ、この国と敵対しないと――」
――
本来ならば大結界への侵入など見過ごす訳にはいかない。
しかし、イルマセクは大海の女神から啓示という名の無茶振りを受けているのだ。
『十中八九カナンちゃんは大結界に入りたがるだろうねぇ。そうなったら最大限協力してやってあげて。明星もそれを望んでるし』
何をどう協力しろと?
大結界へはトゥーラムル王国とネマルキスおよび周辺の小国間で不可侵条約が結ばれている。
……カナンならばイルマの権能を使うまでもなく結界を無理矢理抉じ開けられるだろう。
残る4体の七王もカナンならば容易に捩じ伏せられるだろう。
仮に……カナンが結界を抉じ開けられないのであれば、秘密裏に権能を使い結界に招く事も考えられる。
無論それは条約違反であり、女神からの啓示とはいえ出来ることならばやりたくはない。
しかし自力で結界へ侵入できるのであれば、わざわざ不可侵条約を破ってまで手を貸す必要は無いのである。
カナンはどこの国にも属さない個人。故に条約違反にはなり得ないし、なったとして人外たる彼女を縛り罰せる存在がどこに居ようか。
「――うむ、確かに」
イルマセクはカナンと『契約』を結んだ。特殊な魔術紙を用いた契約は、違反した者に致命的な罰を与える……
のだが、カナンにとっての『致命的』はもはやかすり傷にも満たないために効力は弱いだろう。口約束よりはマシだろうが。
「ありがと、それじゃそう遠くない内に今度は『魔王』としてまた会いましょう?」
「ははっ、頑張れよ」
思わず乾いた笑い声が漏れてしまう。
カナンのことは嫌いではないし愛しいとさえ思っている。
しかしそれはそれとして、これから彼女を中心として発生するであろう嵐に思いを馳せ、イルマセクは胃のあたりをさするのであった。
†
オレたちはゆっくりと帰路に着く。
と言っても、転移で一瞬で寮の前へ到着だが。
そのまま自室へと向かうオレたちの脳内に、ふと声が響いた。
『カナちゃんとおーちゃん、今大丈夫ですか?』
「どうしたのコルちゃん?」
『おや、出先でしたか? ちょっと二人に共有しておきたい事がありましてね。後程また連絡しましょうか?』
「いいわよ、ちょうど出先から帰ってきた所だから」
それなら……と、オレたちが部屋に入るのを見届けるとコルダータちゃんは再び口を開いた。
『カナちゃん、おーちゃんのことをぎゅっと抱き締めたまま2人とも目を閉じてみてください』
「ぎゅ~っ♡」
「主様……」
うぅ、いつになっても主様にぎゅってされると気持ちよくて変な声になっちゃう……
しかし急にオレたちを抱き合せるなんてどうしたんだろう? オレと主様の仲良しな所でも見たかったのかな?
……と思っていたら
『2人とも目を開けていいですよ』
「一体どうしたのよコルちゃ……」
「えっ、え? ここどこ?」
オレたち……要塞樹の一室にいたはずだよな?
見渡せば、地平線の彼方まで限りなく白い花畑が続き、空は黒く果てしなき闇が広がっていた。
そこはまるで……〝晨星落落〟の中のようであった。
『ここは夢と現実の狭間の異空間です。カナちゃんの魂を核に作り出した世界なので、心象風景が反映されているんですよ』
「!!」
オレたちの背後からコルダータちゃんの声が聞こえた。
そこには紫色の髪を結ったコルダータちゃんが立っていた。肉体はティマイオスに奪われて存在しないはずだったのだが……どういうことだ?
「ここは夢と現実の狭間。故にわたしのような精神生命体も、擬似的に実体を持って活動ができるのです」
「なるほどね……。それでコルちゃん、あれは何かしら? お城?」
コルダータちゃんの後ろには、何やら城のような屋敷のような建物が建っていた。
「あれはですね、わたしがここで過ごしている中で造ったお屋敷です! 次元収納の肥やしになっていた物質を変換して建材に使いました!!」
「凄いな……コルダータちゃんは普段ここで過ごしてるって事なのか?」
「そうです! 頑張りましたよ!!!」
コルダータちゃんには解析演算に特化した能力に加え、コンピューター並みの記録能力もある。それを用いればこうして複雑な建物を作ることも可能なのであろう。
「ささ、2人ともお屋敷の中へ!!」
「お邪魔しまーす……」
「けっこう広いのねぇ」
内部は豪華絢爛……ではなかった。家具類は無く、まさに新築のようだ。
だが部屋数や設備はとても多く、キッチン……というか厨房はそこだけで20人は並んで寝れる面積があった。
説明しきれないが、この屋敷で100人以上は生活できるのではないかというほどだ。
家具類はこれから作ったり購入したりして増やしていく予定だという。
「凄すぎて言葉が出ないわね……。どうしてこんな凄いものを作ろうと思ったのかしら?」
「よくぞ聞いてくれました! カナちゃんってこれから魔王になるんですよね?!」
「え、ええ。そのつもりだけれど……?」
自衛とデミウルゴス教に対抗するという意味で、カナンとオレは今後魔王を名乗る予定なのだ。
「魔王といえばお城! なのでここにカナちゃん城を建設したって訳です!!」
「な、なるほど???」
「異空間なのよね? 出入りはどうするのよ?」
「心配ご無用! 〝扉〟を通じてどこでもいつでも出入りできるようにする予定です! 近日公開! 乞うご期待!!!」
テンション高いなぁ……。嬉しそうでなによりだ。
まあしかし、自由にしていい拠点があるっていうのは良いな。隣の住民に気を使わなくていいし、広い屋敷だし人を雇うことも考えられる。ホントに魔王っぽいな。
「それから!!!!」
「うおっびっくりした」
「……もうひとつだけ、二人に見せたいものがあります」
高かったテンションが嘘のように、コルダータちゃんは神妙な顔で静かにオレたちを案内する。
――向かった先は地下室だった。石の階段を一段降る度に、肌をひんやりした空気に撫でられる。
「何これ……?」
「っ!?」
そして階段を降りきった先には、奇妙なものがあった。
地下室……というよりは、洞窟のような空間。その最奥に、蒼く光を放つ透き通った水溜まりがあった。
その周囲には待雪草が数輪花を咲かせており、一種の幻想的な空気を漂わせている。
そして、水溜まりの中には……見たことの無い女の子が胸の上に手を組みあお向けに眠っていた。
「シオ……ちゃん?」
シオちゃん?
オレの知らない水色の髪の女の子を前に、主様は震える手を伸ばす。
「主様……その人は、誰なの?」
「私の、お姉ちゃんだった人よ。狂信国で〝飼われて〟いた時に私の心を救ってくれた人……。そして私が、自ら手にかけて殺したの……」
……。
嘗てカナンは、実験の産物として産み出された人造複合魔人だった。同様の子供は複数おり、〝孤児院〟にてそれなりに幸せに暮らしていたらしい。
しかしカナンだけは、魔法を扱えない事を理由に酷い苛めを受けていたのだという。
そんなカナンを苛めから庇い、その心を救ってくれた存在。それが〝シオノネ〟という少女だった。〝カナン〟という名も彼女がつけてくれたそうだ。
しかし彼女はほどなくして焼死。その身体は不死者として再利用され、先のフルムの手によりカナンへけしかけられたのであった。
……オレ、主様の全部を知ってるんだと思ってたよ。
けれど、まだ知らない事もたくさんあるんだなぁ。
あぁ、主様がそんな顔をオレ以外に向けるなんて……
シオノネちゃんのことを少しだけ、ほんの少しだけ『ずるい』って思っちゃったよ。
「カナちゃんと一緒にシオノネちゃんを倒した後……わたしは【魂喰】を用いて彼女の魂の断片をかき集めました。そしてそれらをなんとか繋ぎ合わせ、辛うじて意志疎通を図りました」
――カナンちゃんに、謝りたい。そして願わくば側で見守りたい。
「わたしは彼女の願いを叶えたいと思いました。……しかしシオノネちゃんの魂は損傷激しく、欠けも大きいです。辛うじて繋ぎ合わせはしましたが、それももうすぐ限界です」
「ど、どうすればいいのよ!」
声を荒げるカナン。オレは何も言えずに俯いていた。
「蘇生させるにも魂を修復しなければなりません。……方法は無い訳ではありません。しかしそれをするには、二人には……特におーちゃんには覚悟をしてもらわなければいけないです……」
覚悟か。
……恋敵、とは言えないか。今やオレと主様は夫婦同然なのだから。でも……
主様……。あぁ、シオノネちゃんに嫉妬してるのかオレは。
嫉妬はしちゃうよ。ずるいって思っちゃうよ。
でも主様が悲しむのはもっと嫌だ。
「……いいよ。オレは正直シオノネちゃんに嫉妬している。それでも主様が悲しむくらいなら、それを飲み込むさ」
「おーちゃん……ありがとう。言っておくけれど私が愛するのは生涯おーちゃんだけよ。浮気なんて絶対にしないから……!」
「わかってるって。でもそうだな……この後いっぱい〝ごほうび〟欲しいな……」
「ふふふ、いくらでもあげるわよ。私にとっておーちゃんが唯一で絶対なんだっていっぱい教えてあげる……。その体に、たっぷりね……♥」
「あ、あぅ……」
抱き寄せられて耳元で艶かしく告げられてしまい、オレはつい色っぽい声が漏れそうになってしまう。
だめだめ、そういう声を出しちゃうのは二人きりの時だけだって決めてるんだ。
「……こほん。2人ともOKという事でいいですね?」
「いいわよ」「同じく」
――後にオレは、オレたちは。この時の選択をほんの少し、ほんのちょっとだけ後悔することになる。
「ではその方法なんですけど――
――カナちゃんがおーちゃんを孕ませるのです!!」
……へ?
おーちゃんが産むんだよ。
お知らせ。今月中に新作を投稿予定です。比較的短めのローファンタジーです。よろしくおねがいします。




