第216話 天上天下 唯我独尊
特S級指定魔物
加えて、特級生体異質物
――大怪蟲 ゼオ・フィルドス
この世界とは異なる次元に住む怪獣の一体であり、こことは異なる世界では〝災獣〟や〝界游魚〟と呼ばれしものどもと同種の存在。
亜空より次元を越えて現れし怪物。
それは、この世界において『神』と呼ばれるに値する力を持っていた。
そんな怪物に挑むは、この世界でも屈指の強者たち。
「往け! 嫉妬の蟒蛇!!」
筋骨隆々な蒼髪の大男は、大怪蟲とは別の怪物の額の上に立っていた。
――嫉妬の蟒蛇
嘗てまだ大結界ができる前の魔境において、その頂点に君臨していた怪物である。
それは三つの首を持つ大蛇であり、大怪蟲と同じほどの巨体――全長数十キロというけた違いの姿をしていた。
『ギィオオオオオォォォォォォッッッ!!!』
大怪蟲が一声咆哮するだけで、この星そのものが震撼する。
対する蟒蛇は、ちろちろ舌を出し入れしながらぎろりと大怪蟲を睨み付ける。
嫉妬の蟒蛇は、大海の女神より産まれた分身に近い存在。
故に女神の力を限定的ながら行使可能であり、その上女神の権限で大海の魔王たるイルマセクの命令を今だけは聞くという状況にあった。
「ぐおっ……! こりゃ凄まじいな」
大怪蟲が口部から極太の〝消滅の光線〟を蟒蛇へ向けて放った。
それを蟒蛇は水色のベールを纏い打ち消してみせる。
拮抗。
蟒蛇と大怪蟲は、力の大きさだけ見れば互角であった。
ただしそれは、一対一の盤面であればのこと。大怪蟲の周囲には、その幼体が跋扈している。
幼体一匹でさえ、強度階域は第八域にのぼることもある。
一匹で大国さえ破壊できうる怪物だ。
それらに対抗するのが、二人の役割。
「妹よ、この数は厳しいのではないか!?」
「ぜーんぜんへっちゃらだもん! お姉ちゃんこそどうなのさ!」
炎竜女王と炎竜姫。
2体の竜王が、無数のムカデどもを蹴散らしていた。
二人の強度階域は第七域。
八域相手に本来こうも勝てるはずがない。
しかし、ここで嫉妬の蟒蛇が活躍するのだ。
ハイドラの能力は【嫉妬】
これは、対象の能力や身体能力といったありとあらゆる力を制限し弱体化させるという権能がある。
これにより、炎竜姉妹は格上の群れを相手になんとかやりくりできているのである。
この均衡を、こちらに有利な形で崩せたならば。
嘗てこの大怪蟲を倒した時は、蟒蛇に加えて後の七王全員で辛うじて討伐できたのだ。
ジョニーもフルムの相手をしている今現在、こちらに均衡を崩し得る手札は無い。
『ギィオオオォォォォォ――!!!!』
大怪蟲が、明確な殺意を込めて再び咆哮した。
その途端、辺りの空間が凍てつくように張り詰める。
「っ! ドルーアン! 避けろ!!!」
ドレナスがドルーアンを突き飛ばした直後――
空間に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「うぐぉっ……!?」
ドルーアンを突き飛ばしたドレナスの左腕が亀裂に巻き込まれ……そして、跡形もなく消滅してしまっていた。
――大怪蟲ゼオ・フィルドスの力は『空間の破壊』である。
言うなれば【絶対切断】や【絶対防御】の上位互換のような能力。
高位能力よりも更に上位の能力である。
空間というものはひどく安定性を求めるものだ。たとえ破壊されようとも大抵はすぐに元に戻る。
だが、破壊されたことが無かったことになる訳ではない。
カナンの絶対切断もそうだ。
空間そのものをも切り裂けるのだ。そして空間を切り裂いたことで、副次的にその場の物体も硬度を無視し世界もろとも分断される。
だが、カナンの扱う絶対切断は、空間に一瞬切れ目を入れる程度のもの。無論、国ひとつ切り崩すほどには強力であるが、規模で言えばまだ大人しいほうである。
大怪蟲のそれは〝粉砕〟である。
空間を一種の薄氷のようなものと定義し、それを粉々に叩き割るのだ。
大怪蟲が全力で【空間破砕】を行えば、大陸……いや、下手をすればこの惑星にヒビが入りかねないであろう。
そうならないで済んでいるのは、フルムとの契約と蟒蛇の弱体化によるもののおかげである。
だが――
「お姉ちゃんっ! お姉ちゃんっ!!?」
ドルーアンを庇ったドレナスは、致命的なダメージを肉体に負ってしまっていた。
空間の粉砕からギリギリの所で逃れ、辛うじて即死は回避できた。
それでも戦闘の継続は不可能であろう。
そして大怪蟲は、長い長い身体をうねらせて蟒蛇やドレナスたちを囲むようにとぐろを巻きはじめた。
『きさ、まなな、巻き……我、八巻き』
ビキッ……バチチッ――
大怪蟲のとぐろの中の空間から、異様な音が発せられ始めた。
空間が軋む音だ。
大怪蟲はドレナスたちもろとも数キロもの範囲の空間を押し潰そうとしていた。
「こりゃあやべえな! 嫉妬の蟒蛇! 逃げ道造れるか?!」
『……否』
ハイドラならば、耐えられるかもしれない。
だが、ドレナスやイルマセクらは即死であろう。
大怪蟲のとぐろがどんどん狭まってくる。
空間が悲鳴をあげ、亀裂が生じ始めた。
亀裂は外側から内側へとどんどん迫ってゆき、それに巻き込まれた大怪蟲の幼体たちが次々と粉々に散ってゆく。
もはやこれまでか。
八方塞がり、手詰まり。
彼らの持ち得る手段のなかに、ここから生還する方法は存在しなかった。
絶望の二文字が脳裏に浮かびかけたその時。
〝それ〟は盤外より現れた。
『い゛ぃ゛ぃ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!!!!!』
〝それ〟は耳まで裂けた口で、この星をも揺るがす咆哮を放つ。
闇より黒き無明の怪物、災厄の化身。
人間の少女にも似た、それでいて人の道から外れた異形のバケモノ。
宵闇のドレスを纏い、背からは皮膜がステンドグラスのように七色に輝く3対の翼が広がり辺りを照す。
その怪物の呼び名は『黒死姫』。
記録上、2度目の出現であった。
*
2回目の〝影葬〟は、すんなりと発動した。
というのも、1回目の時はオレも私も意識が朦朧としていたのだ。なのでよく覚えていない……のだが、今回は明確に強い意思で発動させた。
『あは、あはは……』
〝私〟はこの身体がどこまで動かせるのか確認していた。
――〝黒死姫〟
前回変身した時は自我も理性も喪失していたが、今回はどちらもしっかり残っている。
ただ、私とオレ……主様とおーちゃんの意識が融合しちゃっているみたい。
これはこれで……心と魂でまぐわっている感があって興奮するけど。
若干〝私〟の方が前に出ているかしら?
まあ今動かしているのは〝私〟の肉体がベースだしね。
こうしていろいろ考えられていられるのも、コルちゃんのおかげだな。
『大丈夫、ですか? 二人が1人になっちゃって、別人みたいになっちゃってるような……』
『大丈夫よ、多分な』
コルちゃんの【聖哲者】および【明哲者】の解析と高度な情報処理能力。並びにコルちゃんの【物質支配】を応用して、私の脳を理性と自我を奪う暴走因子から保護してもらったのだ。
これにより私は、ハッキリと意識を保ったまま〝黒死姫〟の力を振るえる。時間の制限はあるけどね。
さて……
目の前にはびっくりするほど巨大な、銀色のムカデがとぐろを巻いている。その中にはなんかでかいヘビと、イルマちゃんにドレナちゃん、ドルちゃんもいるわね。
なるほどな、ヘビは味方。ムカデは敵ね。
それじゃ、その無駄に長い図体を絶ち斬ってやるわ!
絶対切断――!
――旧来のカナンの絶対切断ならば、規模や干渉力では大怪蟲に傷を負わせる事は不可能だっただろう。
だがしかし、今の〝黒死姫〟の強度階域は――第九域、星災級。
黒死姫が魔剣・死生剣を振るったその瞬間――
『ギィオオオォォォォォァァァァァ!!!!!!!!!!!?』
とぐろを巻いていた大怪蟲の胴体が、綺麗に切断されていた。
――星災
今の黒死姫は、小さな星ならば真っ二つに割る事だって可能である。
『嗚呼っ……なんて、なんて最高の気分なのかしら!!!! もっともっーっと私に贄をよこしなさい!!!』
上から大怪蟲と呼ばれし虫ケラを見下し、黒死姫はゲラゲラとゲラゲラと邪悪に嗤う。
『うふふっ……あっはははははははははッッッ!!!!!!
――天上天下っ! 唯我独尊ッッ!!!』
黒死姫は成ったのだ。
〝神〟を除く、全ての生物の頂点に。
〝神〟すら喰らいうる怪物に。
そういえばハーメルンでも影魔ちゃんを投稿してみました。
IDは 321862 です




