第214話 祝福を 死にゆく貴女に花束を
ティアキンやってました(再犯)
「力を貸して――」
そう呟くとカナンは自分の胸に手を当て……心臓の上の位置にずぶりと沈みこんだ。
そして、胸の中から『それ』を引っ張り出す。
「――【魔剣召喚】」
それは、『カナンの為だけに存在する剣』だった。
紫がかった刀身には、紅い幾何学的な模様が血管のように張り巡り、鍔の部分にはハート型の魔石が埋め込まれて淡く紅く脈動するように光っていた。
『久しぶり、カナちゃん』
その剣は喋る。
「本当に、コルちゃんなの……?」
『そうですよ。けれど今は喜ぶよりも……』
「そうね。再会を喜ぶのはここを乗り切ってからね」
そう問答を交わす二人へと、水の刃が全方位から襲いかかる。
何度でもカナンの肉体を破壊し続ける。シオノネの中にある思考は、ただ単調にカナンの破壊のみを遂行しようとしていた。
だが……
襲い来る全ての水の刃は瞬きする間の次の瞬間、地面から舞い上がった無数の剣で打ち消されていた。
『防御はわたしがやります。カナちゃんは攻撃に集中してください』
「了解よ」
そしてカナンは一切の防御を捨て、シオノネへ一直線に斬りかかる。
警戒していたシオノネが一瞬反応に遅れるほどの速度――
刃が、青白い肌に食い込む。
だがシオノネは紙一重で回避に成功。致命傷は免れた。
「……! あれって……」
カナンが切り裂いた、シオノネの纏う襤褸。
その下から、ツギハギだらけの肌が露出した。
「洗脳……だと思ってたけれど、違うみたいね」
『あの子は、カナちゃんの友達ですか?』
「……そうね、恩人だったものよ」
『そうですか……。あの子の詳細を解析できましたが、聞きますか?』
コルダータは全てを〝理解〟している。
コルダータはかつて死の間際に獲得した能力【聖哲者】の効果により、高い解析能力がある。
それを持ってして、コルダータはシオノネの『正体』を看破したのだ。
「……聞かせてもらうわ」
『あの子は……不死者です。
それも、複数の魔人の死体を繋ぎ合わせて造られているみたいです』
「魔人……まさか」
――かつてカナンと同じく『孤児院』に暮らしていた人造複合魔人たち。
カナンとラクリスを除く全員が、己の魔力の暴走に耐えきれず焼死している。
そのカナンの同郷たち。
死後、彼らの死体は標本として切り刻まれ保管されていた。
目の前にいる〝シオノネ〟の正体……
それは――
「みんな……そこにいるのね」
人造複合魔人の失敗作ども。
その死体を継ぎ接ぎ寄り合わせて造り出された、兵器である。
『大丈夫ですか、カナちゃん?』
「大丈夫よ。もう、甘さは捨てたから」
そこにもう、かつてのシオノネはいない。
魂を喰らうカナンだからこそわかる。
既に、シオノネの魂は失われている。
「……不死者なら、コルちゃんの治癒魔法が効きそうね。今のコルちゃんって治癒魔法使えるのかしら?」
『使えますよ。むしろ以前よりも強力な魔法も使えそうです』
コルダータは生身の肉体を喪失している。
それ故、今のコルダータは魔霊のような精神生命体に近しい存在である。
しかし魔霊とは違い嘗て母の打った『魔剣』という物理的な依り代を持っている。
これは狂信国で失くしたと思われていた、未完成だった魔剣。
『〝武装夢想〟――』
その魔剣が、たった今――
――完成した。
銘は『コルダータ』。
そしてその剣そのものの〝名〟は――
――〝死生剣〟
剣は形を変え、細長い筒のようなものへと変わって行く。
……錬金術、というものがある。
時に物質そのものを魔力で生み出す魔術とは異なり、既存の物質を魔力で操り形や性質を変える魔法のことだ。
生前のコルダータの持っていた【地操作魔法】は、錬金術の範疇に属する魔法であった。
しかし現在……その魔法は進化を遂げており、以前とは比べ物にならないほどの規模を獲得した。
――【物質支配魔法】
魔力さえ通せば如何なる物質であろうとも、形や性質を自在に変えられる能力だ。
だがこの能力、使用者の知識と思考能力がなければ全く使いこなす事はできない。
物質それぞれを書き換え形を変えたとて、物質そのものを造り出す魔術の下位互換でしかないからだ。
しかし――
『術式解放……
――〝武装夢想〟』
カナンの手の内に現れた『それ』。
紅い筒状の『それ』は、かつてコルダータの命を奪った武器――〝拳銃〟であった。
コルダータには【聖哲者】がある。
解析・鑑定を行い、高度な演算を行える能力が。
〝1度でも見たことのあるものならばその場で再現できる〟ほどの思考能力が、そこにはある。
その上で、極めて複雑な術式の機構をいくつも備えている。人間ならば脳が焼き切れるほどの情報量を、焼き切れる脳の無いコルダータはあっさりと処理していた。
「合わせて、コルちゃん」
カナンは冷静に、その引き金に指をかける。
扱い方は見たことがある。なので説明の必要はない。
葛藤も、躊躇も、もう全て捨てた。
ただ何の感情もなく、かつての恩人の顔に照準を合わせそれを放った。
パンッ――
乾いた破裂音が響く。
反動はそれほどでもない。
しかし、放たれた弾丸は音速を遥かに越える弾速で――初速に限ればジョニーの光隼に匹敵する速度でシオノネの方腕を貫き吹っ飛ばした。
「……さすがにやるわね」
シオノネの頭部を吹っ飛ばすつもりで放った弾丸は、間一髪で致命傷を避けられた。
弾を放つ直前に高密度の水の障壁を作り出し、回避するほんの一瞬の隙を作り出したのだ。
だがこの弾丸は、聖銀鋼という魔法金属でできている。
その上、コルダータの治癒魔法――不死者にとって猛毒たる〝祝福〟が込められていた。
「次で仕留めるわ」
カナンのは無感情にシオノネへと言い放つ。
怒りも憎しみも悲しみも、なにもない。
無だ。虚無なのだ。
「……」
シオノネは、もはや周囲への被害を考慮することをやめた。
このカナンという敵を排除する事こそが、結果的に被害を抑える事となるだろう。感情を持ち合わせぬ合理的な判断だった。
だから――
「……【水神龍葬】」
巨大な巨大な、小山ひとつとぐろで巻けてしまうほどに巨大な水の龍が、シオノネを核として顕現した。
正真正銘、シオノネ最大出力の術式魔法である。
「コルちゃん」
『はい』
拳銃から剣の形へと戻った魔剣を、カナンは地面に突き刺した。そしてコルダータは、その地面全体に魔力を張り巡らせる……
物質の形と特性を変え、素粒子の配列すら書き換える。
唯一変えられないのは質量のみだが、大地という無数の質量がそこらへんにあるのだ。
少しして、カナンはコルダータを引き抜いた。
『いけますか?』
「無論よ」
刀身は蒼く輝き、そして元の形よりもはるかに長く伸びている。
その長さ、5m以上。カナン以外に扱えるのは巨人くらいであろう。
この刀身は全て、コルダータがこの場で土や石を元に産み出した聖銀鋼である。
「決着をつけましょう、シオちゃん」
そう言ってカナンは、【空中跳躍】で空へと飛び上がった。
『ズオオォォォォ!!!!』
水の龍は滝のような咆哮を上げ、巨体をうねらせカナンへと突進する。
都市ひとつ、下手をすれば国ひとつ滅ぼせるほどの破壊力を持つシオノネの【水神龍葬】。
カナンはそれに真正面から向き合い――
そして
――絶対切断
長く巨大な龍の胴体を、上下真っ二つに切り裂いた。
「――終わりよ」
水の龍の額の内に、赤黒い霞が滲みだす。
シオノネをも両断したのだ。
治癒魔法の込められたカナンが扱う絶対切断。
不死者に防ぐ術は無い。
「……」
水の中でシオノネの口からゴボゴボと気泡が溢れだす。
その身体は傷口からだんだんと黒い塵となり、水に溶けるように崩壊してゆく。
「――」
その時――
消えゆくシオノネの瞳に、一瞬……一瞬だが、光が戻った。
そして穏やかな眼差しでカナンを見つめると、そっと優しく微笑んだ。
――どうか幸せになって、カナンちゃん。
シオノネが完全に消滅する瞬間。
気のせいかもしれないが、そう言われたような気がした。
「バイバイ……シオちゃん」
――少女は嘗て『実験体17番』に『約束』という名前をつけた。
カナンに生きる希望を説き、夢を教えた。
カナンは祈る。
――どうか生まれ変わったら、今度こそ自由に幸せに生きてほしい。
……と。
実は夏なのでホラー短編を投稿したりしました。お読みいただけると幸いです。
カナンちゃんっぽい何かが登場したりしますよ。
https://ncode.syosetu.com/n9587ih/




