第212話 覚醒せよ
「……奈落の女神? ほんまに?」
『なんじゃその怪訝な顔はー!?』
威厳もへったくれもない声で抗議する、自称女神。
ジョニーはとてもとても困惑していた。
「神を名乗るならもっとこう、神秘的な演出とかあってもええんちゃう?」
『うぐ。だって、エフェクトとか出すのめんどくさいんじゃもん……』
「そこ認めちゃうんだ……」
『とにかく! 妾がお主に干渉したのにはちゃんとした理由があるのじゃ!!』
奈落の女神……ラプラスは、必死になって話題を逸らそうとする。
「その理由って?」
『よくぞ聞いてくれた! ジョニー・ナイト・ウォーカーよ。お主、魔王にならぬか?』
「は? ま、魔王……?」
『そうじゃ。ここ数百年、後継がおらんかった〝奈落の魔王〟じゃ』
まさかの提案に、ジョニーは押し黙る。
――憎きフルムは『降誕の魔王』。
それに対抗するには、カナンのような圧倒的な力を持つか、あるいは同じ『魔王』になるしかない。
勇者や魔王となれば、女神の力の一端を扱えるようになる。
『降誕』に与えられる力は『再誕』。1日に100回まで、死に至るダメージを無かった事にする力だ。
こちらに手札を切らせ、後出しジャンケンで対応してくる。そういう能力なのだ。
対する『奈落』の力は……
『妾の奈落の力を知りたいかのう? よいぞ、お主なら役立てるはずじゃ』
ジョニーは、目の前の女神が魔王に与える加護の力について聞かされた。
そして確信する。
――これならフルムに負けない、と。
*
狂信国は黒死姫により壊滅した。
だが、デミウルゴス教の持つ拠点は世界中に点在している。
ここもその内の一つ……。
アライリオ天空群島。
高度20000mという成層圏に浮かぶ島々は、デミウルゴス教にとって絶好の隠れ家であった。
デミウルゴス教はここでも非人道的な実験を繰り返している。フルムは無力化したカナンと魔石をここに連れてきたのだ。
「まさかあれほどの暴威を振るったカナンが、あんなにあっさりと死んでしまうとは……」
カナンから摘出した魔石を見つめ、フルムは虚しく呟いた。
カナンを手中に収められれば、他の魔王や勇者どもを抹殺する事だって夢ではなかった。
だが、失敗した。
支配できなかった。
「問題はありません……最初からカナンの支配はついでだったのですから……」
そう自分を言い聞かせる。
勇者の魔石と癒着したカナンの魔石を取り除く。
そして、コルダータの肉体を持つティマイオスの体内に移植すれば、あとは全てが事足りる。
フルムの役目はもう終わったのだ。
あとはティマイオスに任せ、その手足として働くのだ。
「私は……何が欲しかったんですかね」
フルムはぽつりと呟いた。
数百年もの間、さまざまなモノを支配し奪い、己の物としてきた。
けれども、フルムの心が完全に満たされる事は1度としてなかった。
何かが足りない。
その何かを手に入れるべく、フルムは奪い支配し己の物としてきた。
しかしフルムは分かっていなかったのだ。
自分が真に欲しかったモノの名を。それが奪う事では決して手に入らない事を。
「いや、私は……いずれ全てを手に入れる」
そしてフルムはカナンとコルダータの魔石に手を伸ばし――
「ずいぶん悲しそうな顔をしとるなぁ、叔父さん?」
フルムの背後に立っていた人物。
それは
「おやおやこれは。幸せな夢を捨てたようですなぁ、ジョニー?」
「幸せ捨ててでもあんたを殴りたくって戻ってきたで」
「おぉ、これはずいぶんとキツい反抗期ですなぁ。叔父としてもう一度教育してあげましょう」
軽薄にやり取りする二人。
だが、当然ジョニーは一人で来てはいない。
「やあ、また会ったね騎士さん」
「今度は逃がさんぞ、騎士よ」
真っ赤な束ね髪を揺らめかせ、怒りの炎を瞳に宿す2人。
そこにいたのは、最強の竜人姉妹ドルーアンとドレナスであった。
「で、しょうなぁ。ジョニーが目覚めたのは少々想定外ですが、問題ありません。三人まとめて、今度こそ潰してさしあげましょう!」
パチンッ、とフルムは指を鳴らす。
――まるで大地が恐怖に震えているかのようだった。
突如として島全体が地震のような激しい地鳴りに襲われた。
だがここは天空の島。地震など、絶対にありえない。
『ギォィィィィィ――』
その日――
世界が軋むような音が、大陸中に響いたという。
――特級モンスター
大怪蟲 ゼオ・フィルドス
その成虫、真なる姿が、次元の狭間より世界を震わせ現れた。
それは漆黒のようにも銀色のようにも見える次元の鎧に身を包んだ、全長数十kmにも及ぶ大百足。
――その強度階域は、第9域星災級に達する。
『その気になれば大陸を星から滅する事ができる』
人類が太刀打ちできる相手ではない。
そんな怪物が、とぐろを巻きジョニーたちを遥か天空より見下ろしていた。
「さあ、どうします?」
「行ってくるねジョニーさん」
「騎士は任せるぞ」
ドルーアンとドレナスは全く動揺する様子もないまま壁を蹴破ると、竜の姿に顕現して大怪蟲へ戦いを挑んでいった。
一方のジョニーは、フルムを見据えたまま動かない。
「ぜーんぶ予定通りや。あんたが大怪蟲を繰り出すことも、このあとあんたに吠え面かかせる事もな?」
「一人で敵うと思っているのですか? ……嘗めるなよ小童が」
フルムから軽薄さが消えたと同時に、ジョニーの周りを無数の紅い刃が取り囲む。
フルムの血液操作による【血刃】だ。そしてそれらは、ジョニーに襲いかかる――
ことはなかった。
「何……?」
「どうしたんや叔父さん? はよかかって来いや」
ジョニーがしたことは至極単純。
血の刃に含まれるフルムの魔力を、ジョニーが魔力操作で打ち消したのだ。
それはつまり、フルムの魔力の干渉力をジョニーの魔力操作の干渉力が上回ったことを意味する。
「不愉快です……獄炎っ!!」
「凍災!!」
対となる二つの属性の魔法がぶつかり合い、激しい上昇気流を発生させながら相殺する。
――互角。
ジョニーの魔力出力と干渉力は、以前とは比べ物にならないほど向上していた。
明らかに不自然な強化。
フルムは思慮に耽る。そして、ひとつの答えを導き出した。
「さては高位能力ですかな?」
「正っ解! これでようやくあんたと同じ土俵に立てたって訳や」
「ふふ……付け焼き刃の力で同じ土俵とは、嘗められたものですねぇ」
相も変わらずフルムは、己の優位を疑わない。
その理由は――
「夢幻牢獄――!!」
フルムの黒い魔力が腕のように伸び、ジョニーの頭を掴んだ。
そしてジョニーはそのまま夢幻の檻に囚われて、再び幸せな夢の世界に招かれる。
足の力が抜け、ふらりと後方に倒れ込む。
――が、しかし。
「!?」
「なんてなぁ! 光隼ッッ!!!」
刹那。
まるで大砲が直撃したかのごとく、フルムの頭部と胴体をぶち破り、巨大な風穴が空け吹き飛んだ。
――死。
しかしフルムは『再誕』の効果で即座に蘇生する。
「夢幻の檻を簡単に破るとは、驚きましたなぁ。なるほど、それが貴方の高位能力の力ですな」
――高位能力【眠れるもの】
それは、『眠り』を司る権能の能力である。
眠りを司るということは、眠りから覚める事も効果範囲の内である。
――【絶対覚醒】
それは『覚醒』という概念を与える、フルムの持つ夢を具現化させる力にも似た権能だった。
それが、フルムの夢幻を打ち消したのだ。
「さぁて叔父さん。ポケットに大事そうに仕舞っておったこれは何や?」
「それは……っ!! 返せ!!!」
ジョニーが持っていたのは、十字と赤いハート型の魔石が癒着し一体化したもの――
カナンの体内より摘出された、勇者の魔石であった。
「お察しの通り、僕があんたの夢幻を突破できたんは、【覚醒】という概念を操る能力を獲得したからや」
「待て、何をする気だ……」
「さて、それじゃあこのカナンちゃんの魔石を【覚醒】させたら、どうなると思う?」
手の中の魔石に、ゆっくりと魔力を込める。
「やめろっ……やめろジョニーっ!!!」
その内で眠るものを、呼び覚ます。
「目覚めろっ! 【絶対覚醒】っ!!!!」
その瞬間、目も開けていられないほどの眩い光が魔石が放たれた。
ジョニーもフルムも咄嗟に目を閉じ、やがて光が収まると――
「成功、やな」
そこに魔石はなかった。
だが、消滅したのではない。
あるべき場所へ、元の主の胸の内へと戻ったのだ。
「この感じ、カナンちゃんは生きとるみたいやな」
「やって、くれましたね……。この〝降誕の魔王〟を怒らせましたね」
そして旧き魔王と新たな魔王の戦いは激化していくのであった。
次回はカナンちゃん視点に戻ります