第211話 徒花
更新が空いてしまい申し訳ない……
「そうか。イセナが動いたか」
霊峰の頂上に建てられた魔王城――
その医務室に、一人のヴァンパイアが覚めぬ眠りについていた。
その傍らに、赤髪の少女が一人。
ルミレインは背後に立つ大海の魔王、イルマセクに目線を向けず呟いた。
「直接手を貸してくれりゃすぐ解決なんだがな、そうはいかねえんだろ?」
「まあね。けどまぁ、直接じゃなかったらある程度は融通が効く。このジョニーのために、もう一柱と掛け合ってみるよ。
あいつ、基本暇だし」
*
――誰だっけ。
ジョニーは、檻の外に佇む栗毛の少女を見て疑問に思った。
が、すぐにどうでもよくなってピアノの演奏へと戻る。
「なんでジョニーさんが檻の中にいるんだよっ……」
「ここは居心地がいい。なにも失わないから。傷つかなくていいから」
ピアノを弾く。
隣に座ってる最愛の姉の形をした何かと共に。
「それでいいのっ?! このままじゃ……このままじゃカナンちゃんが……!」
エスペランサの言葉に、ジョニーの手が一瞬止まる。
――カナン? 誰それ。
思い出せない、何か忘れているような気がする。
なんだっけ……
本当は全部わかってるはずなのに。
このままじゃダメだって。
「みんながジョニーさんを待ってる。目覚めなくちゃ、みんなが悲しむよ?」
「……」
「それに、またフルムの思い通りになっちゃうよ?」
そうだ。
その通りだ。
忘れてなんかいない。
全部なにもかもわかっている。
「でも……もう嫌なんだ! 守れないのも、苦しいのも、傷つけられるのも!! それならいっそ、幸せな夢の中で……」
強くなる為の理由は、とうの昔に死んだ。
それでも報いる為に努力して強くなった。
けれど、それでも世界は理不尽に嘲笑う。
何かを憎むのも、もう疲れた。
――でも、これでいいの?
きっとよくない。
ここで夢幻に囚われても、いずれは破滅がやってくる。
それでもここは居心地がいい。
なにも失わない。
もう、何も――
「お姉ちゃん……?」
その時、初めてジョニーの瞳に、隣に座る姉の顔が認識できた。
そこに顔などなく、あるのは黒いクレヨンで塗り潰されたかのようなぐしゃぐしゃの闇だった。
――そっか。
ここにお姉ちゃんはいないんだ。
初めから檻の中にいるのは自分だけ。
ようやく、ようやくジョニーは気がついた。
『取り残されたくない。独りになりたくない』という、己の願望を。
そして、このままでは自身がみんなを取り残してしまうという事に。
「ジョニーさん?」
「ありがとうエスペランサちゃん」
ジョニーの姿が、幼い少年のものから本来の大人びた少女のものへと変わる。
そして檻が開く。
微動だにしない『姉』を背に、ジョニーはエスペランサの手をとり檻を出た。
『大きくなったね、ジョニー……』
後ろから最愛の姉の声がする。
ピアノを弾いている。聴き馴染んだあの曲を演奏している。
けれどきっとそこにあるのはお姉ちゃんではなくて。
それでもジョニーは、つい振り返ってしまいそうになる。
『ダメだよ振り向いちゃ』
「えっ……?」
その言葉に止められ、振り返るのを寸前でやめるジョニー。
『行ってらっしゃいジョニー。もう、振り返っちゃダメだからね?』
ひょっとしたら――
――ひょっとしたら、そこにいるのかもしれない。
今すぐ振り向きたい。
しかし、それは叶わない。
背中を押してくれるのなら、それに応えなくちゃ。
「行ってくるね。お姉ちゃん」
夢幻に抗うジョニーの意志と、亡き姉の愛という名の遺志。
それが、ひとつの能力という形でジョニーの中に結実する。
その名は――
――高位能力
【眠れるもの】
*
闇の中をエスペランサと共に進む。
目覚める――にしても、何処へ向かえばいいのか。
フルムがかけた強制昏倒から逃れるのは容易ではないということか。
「外に出してなんだけど、暗すぎてさすがに不安になってきちゃった……」
「闇はワイら吸血鬼の領分やけど、これはなんだか違う感じがするなぁ」
闇――としか形容できないが、互いの姿はハッキリ見えるし固い地面の感触もある。
一体これはなんなんだ。
『上を見上げよ』
突然、闇の中から声がした。
幼い子供のような、それでいて老獪な声だ。
ジョニーとエスペランサは、警戒しつつ声の通りに上を見上げた。
「何やこれ……? 星空?」
天を切り裂いたかのように、帯状の星空が闇の大空に広がっている。
……いや、これは――
「谷の底か……?」
そうとしか形容できない光景だった。
『ここは奈落の底。底にいるから見えるものもある』
「誰やっ!?」
突然、背後から何者かにそう話しかけられた。
ジョニーはエスペランサを守るように前に出て、その声の主と対峙する。
『妾はラプラス。と言っても通じぬじゃろうな? ならばそなたでも知っておる名を教えてやろう』
「……っ」
そこにいたのは、この場所にはあまりにも不格好な少女だった。
灰色のパーカーをだぼっと羽織い、愛らしい熊の頭を模したフードを深く被っている。首筋からは紫の髪が出ており、フードの奥には隈の濃い不健康そうな顔が覗かせている。
『我は神。真なる神。
人は妾を――
――奈落の女神と呼ぶ』
と、どや顔で無い胸を張る少女。
威厳は皆無である。
のじゃロリ




