第209話 大海の神託
イルマセク率いる少数精鋭の部隊は、フルムらと交戦することはなかった。
敵の目的であるカナンは連れ去られ、ジョニーも眠らされ、敗北と言っても等しい状態であった。
そしてイルマセクは、突然神より啓示を受けた。
「……正気かよ?」
国へと帰還したイルマセクは、霊峰の頂上の城――その最上階のダンスホールにて、〝彼女〟と言葉を交わす。
『人類種の基準で考えるのなら、オイラはとうに正気ではないと思うけど』
その美しい少女は、人ではない。
膝まで届く透き通った水色の髪を靡かせ、腰からは魚の尾鰭が伸びている。
そして全身の所々に蒼い鱗が目立つ豊満な身体は、神秘の水の羽衣に包まれていた。
「それもそうか。人と神様とじゃ、考え方も違う訳だな。そうだよな、大海の女神様?」
『神様呼びはやめてくれよ~、今のオイラは単なる化身でしかないし~。イセナって呼んでくれよ~?』
〝女神〟はふよふよと宙を飛び回りながら、イルマセクと会話を続ける。
そこに神と呼ばれるほどの崇高なる神秘の気配はない。
意図的に自身の存在の格を人類種程度まで落としているのだ。
だがそれでも、その身体は物質的な制約を持たない上位存在のものと等しかった。
「……で、イセナ。嫉妬の蟒蛇をあんたの力で解放までするって、本気なのか?」
『本気だよ~。ん~、まあ元々嫉妬の蟒蛇はオイラの一部だったし、制御しようと思えば簡単に制御できるんだよね~』
「それでも……嫉妬の蟒蛇が解き放たれれば世界にかなりの影響が出る。
あんたにそこまでさせる程の存在なのか、カナンちゃんは? 以前にも助けたと聞いたが……」
『う~ん、〝カナン〟について説明しちゃっていいのかな~? オイラの一存で知らせちゃ他のみんなから怒られちゃいそうだよ~。
でもまあいいや、そっちにはルミレインもいるんだし~? 遅かれ早かれ知る事になるだろうしね?』
「説明するならさっさとしてくれ。俺はカナンちゃんをフルムやティマイオスのクソッタレから救いたいんだ」
『ずいぶんとカナンを気に入ってるんだね。オイラもだけど。
カナンはね、言うなればこの世界の行く末を左右する存在だよ。
嫉妬の蟒蛇が元々オイラの一部だったように、カナンはこの世界を滅ぼそうとした〝ヤツ〟から派生した存在なんだ』
イセナは空中で膝を抱えながらくるくる回る。楽しそうだ。
一方のイルマセクは、頭を抱えて何とか理解しようとしていた。
イセナから語られたその話は、恐らくは七女神だけが知る話。
だが、〝遅かれ早かれ知る〟と言った。
つまり、神性すら持たぬ存在でも知らざるを得ないほどに、状況は切羽詰まっているのだ。
「……その〝ヤツ〟とは何だ?」
『〝ヤツ〟はヤツだよ。あれに呼び名は無いんだ~。ん~、さすがにこれ以上話すとコランヴァインやラプラス辺りに怒られちゃいそうだよ~。ま、続きはそのうち気が向いたらね?』
「……ヤツとやらとデミウルゴス教は関係があるか?」
『無いよ。ヤツはティマイオスみたいな虫けらとは比べものにならないほど……待った、関係あるね。ほんのちょっとだけだけど、ティマイオスからうっすらヤツの気配を感じる。詳しくは言えないけど、気を付けたほうがいいよ』
「そうか。感謝するぜ、大海の女神様」
『イセナって呼んでって。さて、嫉妬の蟒蛇の完全支配権を一時的に君にあげるよ。事が終わったら返してもらうからね?』
そしてイセナの姿が薄れて消えてゆく。
単なる化身でさえも、世界を揺るがしかねない存在と等しい。
故に、現世への干渉が終われば、下手に世界に影響を与える前に本体の所へ戻るのだ。
「この世界が……滅ぶ?」
かつては人魔大戦で共に戦ったティマイオスが、世界に滅びをもたらす存在と繋がりがある。
今でこそ敵対しているが、ティマイオスはかつての戦友でもあったのだ。それなりにショックはあった。
その神託は、イルマセクの脳裏にこびりついて離れないのであった。
新作、『NPCなんかじゃない!』もよろしくです。影魔ちゃんとの繋がりもあります。
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