第20話 望んだもの
ただいま! 頑張って世界救ってきました!
どこからか、オルゴールらしき切な気なメロディが静かに響き渡る。
黄昏か暁かの緋色の光に照らされて、首を吊った天使を前にオレはアスターに身ぶり手振りで〝術式〟について教わっていた。
「上位雷魔弾!!!」
「うおおおっ!?」
金色の電気の塊がオレのすぐ横に炸裂し、轟音が刹那に遅れて鼓膜をピンポンダッシュしていった。夢の中なのに痛いぞ……。ちなみに炸裂した床に損傷は見当たらない。
「どーだ、今のが〝魔弾術式〟なのだ! 圧縮した魔力を飛ばす、最もシンプルかつ基本となる術式なのだ!」
胸を張ってふふんと鼻を鳴らす。
アスターは手と手の間にバチバチと金色の雷を発生させる。
金色の線をあや取りみたいに指を行き交わせ、やがて中心で形を成してゆく。
「おお、こんな形も作れるのか」
「えへへ、コマドリなのだ。応用すれば、いずれ芸術的な弾幕を放ったりできるのだ」
雷により形作られた小鳥が、パチパチと鳴きながら楽しそうに飛び回っている。
――術式とは、形である。
魔力が純粋なエネルギーとすれば、術式はそれにより動く機械だ。
力を利用して、自転車を運転したりドライヤーで髪を乾かしたりと、形は多岐に渡る。単純な力だけではできないことだ。
ただ魔力で作り出した魔法で殴るよりも、術式で捻り切る方が合理的であるという訳だ。
そんな話を聞きながら、オレは体感1日かけて氷結と闇の魔弾術式を完成させた。
コツを掴めば案外簡単だったかもしれない。
「〝上位氷結魔弾〟!〝上位闇魔弾〟!」
黒い瘴気を纏う握りこぶし大の氷が、勢いよく前方へ飛んでゆく。床に当たるとバシュンという音をたて、黒い氷の結晶が大きく枝を伸ばすように一瞬で広がった。
「凄いのだ! 明日にはさっそく応用が効きそうなのだ!!」
「明日はって事は、今日はおしまいなのか」
長かったような、短かったような。
外の時間は夕方くらいかな。そろそろ主様が帰ってくるだろうか。
……なんかアスターに聞かなきゃいけない事を忘れてた気がする。
「……そうだ思い出した。アスター? お前初めてアビリティ作った時、オレに秘密で人化とか作ったろ?」
「おぉー、なるほどどうりでその姿。
しかし残念だったな、わたしは関係ないのだ!
アビリティは本来、本人の〝願い〟から産まれるものなのだ。多分それは、カナンちゃんがキミにあってほしい姿なのだ。諦めるのだ!」
願いって……オレの幼女フォームはカナンがオレに望んだ見た目って事だったのか? 確かにこの姿で色々とアンナコトヤコンナコトされたけど。もしもカナンがオレに別の事を望んでいたら、違う姿になってたのか?
……まあ、今の見た目も案外悪くないかな。明星の女神と戦うという主様の目標の為なら、正直何をされても構わない気がするな。
「腑に落ちた、ありがとうな。あと、もうひとつ聞きたい事がある」
「何なのだ? わたしの食べ物の好みとかか?」
「いやそれは興味無いな。教えてくれ、オレの種族について」
そう、ずっとなぜか聞きそびれていた疑問だ。悪魔に近いが、悪魔ではない。なら一体何なのか?
アスターは少し顎を触って考えた後、口を開いた。
「ふふん。キミの種族か……それは、え―――」
ぶつん。
っ?!
いきなり視界が暗転して、アスターの姿も音も何も感じなくなった。
焦って辺りをキョロキョロしていると、遠くから声が聞こえてくる。
「お……ちゃん……お……て」
「あ……ぅ……?」
「おーちゃん起きてってば~」
瞼を開くと、至近距離でカナンの金色の瞳と目があった。外はもう暗くなっているようだ。
「主様……? いつの間に帰ってきたの?」
「おーちゃんのお寝坊さんめ。結構前から声かけてたのにぐっすり寝ちゃって。心配したのよ?」
「そうですよ、こんなにぐっしょりよだれ垂らして」
コルダータちゃんがオレの枕元を、机に置かれていたタオルでごしごし拭いた。見ると、湖が出来上がっていたようだ。いや出し過ぎだろ、オレの唾液腺壊れてない?
「全く、どんな夢を見てたのよ。おーちゃんはつくづくカワイイわね」
――カナンの望む姿がオレの人化形態に反映された。
カナンはひょっとすると、誰かに頼られたかったのかもしれない。
過去に何があったのかは知らないけど、今はたっぷり頼らさせてもらうか。
……うぅ? また急に頭がぼんやりしてきて……霞がかかったみたいに思考が回らなくなってきた。カナンがオレにこうあれと望んだなら……オレは……
「ねえ主様……ぎゅって、して……」
「ど、どうしたのよおーちゃん?! ええ、ええ! 思う存分ぎゅっとしてあげるわ!」
あれ……オレ今何を言ってたんだろう。カナンに今何て……
「ず、ズルいです……!」
「ぎゅーっ♡」
なんだか主様、なんだか良い匂いがして……気持ちが良いや。あぁ、ずっとこのまま……
「あぅ……」
……
……ハッ! 何でオレ幸せそうなカナンに抱きしめられてんの?!
なんか今意識が飛んでたような気がするんだけど!?
「おーちゃんったら……」
よくわかんないけど、幸せそうだからしばらくこのままにしとこうかな。
コルダータちゃんが凄くうらめしそうに見てるけども。
―――
「さあおーちゃん、お尻見せなさいよ!」
カナンが紡錘形のお薬を片手に持って、オレの前に立ち塞がる。部屋には二人きりで、コルダータちゃんは今朝と同じく廊下で待機だ。
「くっ……」
――あれから二人はリビングで食事を取り、その後でお粥を運んできてオレに食べさせてきてくれたのだ。二人交互に匙を出して『はい、あーん♡』。
一人で食べれるとは言い難かったな。うん。
お風呂は珍しく静かに終えれた。三人で入ったけど、特に騒ぎはしなかった。体をなす術なく洗われるオレに抵抗する気力が無かっただけかもだけど……
――そして現在に至る。
なんとあの薬、1日二回服用するものだったのだ。
カナンに自分で挿れられると言っても、間違いがあったら大変だから挿れてあげるの一点張り。
自分の肉体なんだから間違えるかっての……
逃げられる気力もそもそも力も無いため、ここは潔くカナンにお尻を捧げる他無いのだ。
「あぅ……早く済ませて……」
「潔いわ。偉いよおーちゃん」
オレはパンツを下ろされ、刺激に備えて身構える。
そこで、カナンに妙なリアクションをとられた。
「何……これ? 尻尾……おーちゃんに尻尾が生えてる!!」
な、何だって!?
思わず首を回して後ろをみると、確かに視界の端で黒いものが腰のあたりにちらちら見える。
「きっと魔人として成長した証よ。おめでたいわね、じゃあ挿れるわよ!」
「はっ!? え、ちょま……」
ずぼっ!!
「終わりましたか……っておーちゃん!?」
「あうぅ……」
そっと部屋に入ってきたコルダータちゃんは、床のうえでお尻を突き上げビクンビクンと痙攣するオレを心配そうに介抱してくれたのであった。
*
「むふふふ……おーちゃんの髪、良い香りがします」
「あうぅ……」
オレは今晩、コルダータちゃんの抱き枕にされる事になってしまった。
ただでさえ体調悪いのに、寝ぼけたカナンの怪力でキュッとされたら死んでしまう。
よって、少なくとも今夜は比較的安全なコルダータちゃんに抱かれる事になったのだ。一応、ナニに手を出さない事は約束してくれてるケド……
「わたしだってぎゅーっとしてあげますよ♡」
「ん~~っ!?」
ぎゅーというか、だいすきホールド?
両手足で逃げられないようにがっちり拘束。なんか足の付け根辺りが湿ってる気がするのは気のせいだろう。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
薄暗い部屋の中、コルダータちゃんの柔らな胸から直接心臓の音が耳に届く。
「ふふ、わたしの胸の音を聞きながら眠ってね……」
「むぅ……苦しい……」
苦しいけどマジで動けない。諦めてこの体勢のまま眠るしかなさそうだ。
まあ、案外落ち着くかもこの音……
いや眠れねえわ。
昼間に寝すぎたわ、そもそも全っ然眠気が来ない。
コルダータちゃんはオレのおでこに寝息をかけながら既に夢の中。隣のベッドのカナンもぐっすりだ。
「そうですかぁ、ソコが良いんですかぁおーちゃん……ふへへ」
どんな夢を見てんだか。オレにとっては恥ずかしい夢って事は確かだな。
「……ん?」
ドクン……ドクン……ドクン
ふと、押し付けられているコルダータちゃんの胸の奥で、小さな何かが光りだした。
その光は、内臓や骨といった障害物を透過してオレの目にたどり着いているらしい。
赤く淡い光を放つそれは、コルダータちゃんの脈と連動するように明滅している。
位置は多分、心臓の後ろ辺りだ。
そういえば……コルダータちゃんはオレと同じ魔人らしい。
魔人とは、魔石という特別な臓器を持つ存在。
あれはもしかしてコルダータちゃんの……
「ふあぁ……」
しばらく明滅を続ける赤い光を見ていたら、なんだかだんだん眠くなってきた。
……あの光ハート型してるなぁ。
おっぱい!(虹色のインコがぐねぐね踊りながら)