第206話 降誕
テラリアたのしい(再犯)
吸血鬼にとっての血の繋がり。
それは絆であり
祝福であり
そして呪縛である。
「さしずめカナンの事を妹のようにでも思っていたのでしょう、ジョニー?
その認識は間違ってはいませんよ」
「何を……言って――」
「カリナの遺灰から抽出した遺伝子をベースに、様々な魔物や不死者の因子を重ねて産み出した人造人間。それが、実験体17番……カナンなのですよ」
「カナンちゃんが……お姉ちゃんの?」
「そうです。生物学上、カナンはあなたの姉……年下ですから妹と言った方が正しいですかな?」
最愛の姉が死後も弄ばれていた。あまつさえ、そこから産み出された少女までもが憎き男の魔の手にかかってしまった。
そして自分は、それを前にしても何もできない。
あの時と何も変わっていない。
姉に報いるために、今まで必死に努力を重ねてきたのに。
全ては無意味だった――
「――誰かの作為か? 己の力不足か? 否。何時の時代も現世は、理不尽と不条理が罷り通り、湯水の如く湧き出る悲哀で溢れ返る。
正義も悪もさしたる差はなく、時代に君臨せしめる強者によって時々刻々うつろいゆく。
そして次の時代の強者は我々だ。
悲哀を覚悟し正義に楯突く貴様に報いて、この我が相応のものをくれてやろう」
突如としてフルムから軽薄な態度が消え失せる。
〝宵闇の王〟――彼は半死半生のジョニーの頭部を掴み持ち上げ、そして微笑んだ。
慈悲と悪意にまみれた笑みだった。
【夢見るもの】
それが、フルムの高位能力である。
「夢を――魅せてやろう。
永遠に覚める事のない、幸福に満ちた夢を――」
【夢幻牢獄】――
ジョニーの肉体が一瞬だけびくんっと跳ねると、そしてすぐに動かなくなってしまった。
ジョニーは幸福な眠りについたのだ。
幸せな夢の世界に誘われ、永遠に醒めることはない。
【夢見るもの】は、〝夢〟という概念を司る能力である。
また、相手の記憶や魂にさえ干渉可能であり、記憶を書き換えたり、素質として魂に眠る能力を強制的に覚醒させる事も可能であった。
「さて……」
動かなくなったジョニーの身体を無造作に投げ捨てると、フルムは真横に右腕を伸ばし――
「上位風魔弾!!!」
死角より迫っていた空気の弾丸を弾いた。
「あんたが、ニーレを……」
「……退けば見逃しますよ、お嬢さん?」
「許さない……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――…」
「おや、壊れてますな」
それは金髪のエルフの少女、エルムが怒りのままに放った魔弾であった。
しかしフルムは、全く痛痒も感じずそれをあっさり防いだ。
実力差は明白。どれだけ攻撃しようと、エルムではフルムにかすり傷ひとつつけられない。
「上位風魔弾ッ!!」
しかしエルムの心はもはや、思考すらままならないほど完全に壊れていた。
その焦点の合わぬ瞳には、殺意の眼光しか宿っていない。
「やれやれ、まったく次から次へと……」
壊れた人形を処理すべく、フルムはエルムに指先を向け――
「憎しみはしっかり処理しなければ、後々の悔恨に繋がりますからなぁ。
……死ね。獄炎――」
「死ぬのはお前だ」
「ッ!!?」
エルムへ向けた腕が、突如炎に包まれ一瞬で焼失してしまった。
完全に意識外からの攻撃。
それを放った者は――
「お前は炎竜姫……!」
「久しぶり、騎士さん。ぼくのご主人様たちはどこかな?」
真っ赤なトライテールを靡かせ、手足が竜のものとなった少女――ドルーアンが、フルムとエルムの間に割り込むように降り立った。
「ククク……遅かったですなぁ。もう全て終わりましたよ?」
「ふーん、カナンを殺したってこと?」
「ええ、しっかりとどめも刺しました」
「……うそつき。弱ってるみたいだけど、別に死んでないよね?」
ビシッと指さし指摘するドルーアン。
「クックック……さすがに気付かれてましたか」
「まあね。契約の繋がりが消えてないし。それに、お前ごときに殺されるほどあの御方は弱くない」
ドルーアンはカナンを信頼しているし、信望している。
自信の心を救ってくれた恩人が、この程度の雑魚に負けるはずがないのだ。
「言ってくれますなぁ。理由があって生かしてやってるのですがなぁ」
「ああそう。まあいいや、とりあえずお前ボコしてカナンの居場所を吐かせてやる」
「クックック……お姉さんの出涸らし風情が、私に勝てるとでも?」
「勝てるさ。だってぼく、あの時よりもずっと強くなったんだよ? それにね……なんでぼく一人だけだと思ったのかな?」
フルムの背後でゆらりと霧の中に、巨大な影が2つ鎌首をもたげる。
「なっ!?」
フルムが驚愕するその隙に、ドルーアンはジョニーとエルムを回収する。
巻き込まれないようにするためだ。
『ほぉ、騎士とやらの正体はお前だったか。降誕の魔王よ』
『我が主を何処へやった? 騎士よ』
「お久しぶりですなあ、〝大海の魔王〟に炎竜女王殿」
3頭の強大な竜に囲まれても、フルムは余裕な態度を崩さない。
事実、残機はあと60はある。
「さすがに3体相手は厳しいですな。退きます」
フルムの目的は果たされている。あとは【転移陣】で逃げれば勝利だ。
『逃がす訳ねーだろ、フルムのおっさんよ?』
「ええ。さすがの私も七王級2体と魔王一柱相手に勝ても逃げ切れるとも思いません。ですからね……」
パチンっ、とフルムが指を鳴らす。
「ギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュギチュッ!!」
空間を突き破り、長大な節の身体をうねらせて、ソイツは現れた。
カナン相手にもけしかけた、大怪蟲の幼体である。
しかもこの個体は他の個体よりもやや強い。
「それではまた。ごきげんよう~」
「待てッ!!」
背を向け去ってゆくフルムを追おうとするも、大怪蟲がそうはさせない。
勝てない相手ではない。
だが、無視できるほど弱くもない。
かくしてフルムは、怪物三人相手から逃げおおせる事に成功したのであった。
*
その後。
『調停者』に借りた加護により霧の結界を出入りできるドレナスとドルーアン。
大海の女神の加護の力で結界の効果を打ち消せるイルマセク。
この三人で、生存者救出作業は行われた。
霧の結界は極めて複雑な術式が幾重にも重ねられて創られており、解除には1ヶ月はかかる見込みだ。
生存者は1000人にも満たなかった。
街の人口は3万人ほど。そのほとんどの命が、失われてしまったのだ。
ちなみにこの事件の犠牲者の中には、婚約間近の領主の娘も含まれていた。
前代未聞の大事件にトゥーラムル王国は声明を発表。
デミウルゴス教による犯行と断定。
当該宗教を敵対集団に認定した。
また、各国もそれに準ずる対応を取る。
半年前――特級魔物〝黒死姫〟の降誕。
そして今回の事件。
これらはまだ、やがて訪れる災厄の序章に過ぎない。
最近ダークギャザリングというホラー漫画にハマりました。H嬢ちゃんはいいぞ……




