第201話 〝騎士〟と9番
ついに姿を現した〝騎士〟だが、さすがに単身ノコノコと出てきてくれるハズがなかった。
まさか初手で【高位魔弾】をぶっぱなしてくるヤツと一緒に出てくるとはな。
「やりなさい〝9番〟」
「……」
9番、と呼ばれたそいつは再びオレたちに手を向ける。
騎士と同じく真っ黒なコートに身を包み、顔は見えないが体つきから恐らくカナンと同じくらいの少女らしい。
「まさか、そんな訳……」
「どうした主様?」
「なんでも……ない」
どうしたのだろうか。あの小柄なヤツを見るカナンの表情が暗い。
なんでもないと言ってはいるが、それが嘘だと分からないほどオレは鈍くはない。
それでもとりあえずカナンがなんでもないと言うなら、あえて深くは触れないでおくが。
それよりも。
「近接がお望みかしら?」
「……」
コートの少女は応えない。
ただ無言で、空中に水を固めて透明な剣を二本作り出した。
二刀流だ。
そして水の剣を両手に持ち、カナンへ切っ先を向けた。
殺意は無い。
コートの少女からは何も感じない。
「おーちゃん。背中は任せるわよ」
そしてカナンは地面を踏み込み、コートの少女へ先制攻撃をぶちかました。
そんなカナンの背中を、宙を漂う赤い球の群れが追いかけてゆく。
しかし。
それらは、オレの作り出した氷の結界によって阻まれた。
「背中は任せろ主様。騎士……お前の相手はオレだ」
「クックック……」
とは言ったものの。
いつもより消費魔力量のコストがあまり芳しくない。
同じ威力の魔法でも普段の5倍はかかるだろう。
長期戦になれば魔力切れで戦えなくなるのは必至。
――対魔領域。
ありとあらゆる魔力の働きを阻害し、そして消し去る結界……らしい。
なるほど、魔力の塊みたいなオレはモロで影響受けてる訳か。
他の魔人なんかもこの中では動けなくなるんじゃなかろうか。
オレが一応動けるのは、体内の魔力の流れを完結させているからだ。
あるいは無意識の干渉力で対魔領域へ抵抗しているのもあるだろう。
一方、そもそも魔力に依らないカナンは全く影響を受けていない。
だから結界が張られた事すら気づいてなさそうだったが。
「【造血】【血晶弾】」
騎士が空中にいくつもの赤い水玉を作り出すと、円柱形に固まって弾丸の如くオレへ放たれた。
こりゃ血液か。血を操る能力……ジョニーちゃんと一緒だな。やはりこいつは吸血鬼なのだろう。
放った血液を媒体に遠隔で魔法を発動させたりもできるはずだ。
とはいえ血液自体は物質である。
【部分顕現】!!!
瞬間、オレの右手首から先が黒いもやに包まれて消え……それと同時に、前方に巨大なガンレットに包まれた黒い手が出現する。
そして放たれた血の弾丸を全て弾きつつ、そのまま騎士ごと薙ぎ払った。
「魔霊風情が……」
そのまま叩き潰すつもりで薙ぎ払ったのだが、騎士の身体はばらっと無数の黒い蝙蝠にばらけ攻撃を避けた。
が、これも想定内。蝙蝠化もジョニーちゃんが見せてくれた技だ。
そして蝙蝠の状態からでも魔法を放てる事も。
オレは右手の部分顕現を解除し、即座に多重結界を起動。
「【上位炎魔弾】!!」
オレの結界は今や高位魔弾だろうと問題なく防げる。
まして上位程度ならば何発でも受けられるはずだ。
しかしだ。騎士やコートの少女も恐らく魔人であろうに、全く対魔結界の影響を受けていないように見える。
なので多分、効果を及ぼす対象を選べるようになってるのかも。
現状戦えてはいるが、消費魔力量が増えている以上長期戦になれば敗北は濃厚だ。
やはり短期決戦しかあるまい。
「――【広域氷結魔撃】」
オレを中心に、ありとあらゆる全てが静かに白く凍てついてゆく。
大地も、周囲の街並みも、この霧さえも。
空気を伝搬して、騎士の蝙蝠の群れにまで達する。
『これはまずいですなぁ……』
騎士の焦るような声が聞こえる。
これは出力を間違えれば一国を永久凍土に変えてしまうような極大術式だ。
カナンのメガフラッシュと同系統のものである。
とはいえ、騎士の事だ。これだけで倒せるとは思えない。
「ならばこれはどうですかな? ――【獄炎渦】」
広域氷結魔撃へ対抗して、人型へ戻った騎士が炎の術式を自身を中心に発動させた。
地面に魔方陣が浮かび上がると、真っ赤な炎が渦を巻いてオレの術式を打ち消し合う。
能力を介したものではなさそうなのに、なんて干渉力……。
だがしかし。
オレの魔法はまだまだ出力を上げられる。
魔力消費量が増えているとはいえ、数分は続けられなくもない。
このまま一気に出力を上げて、一瞬で氷像にしてやる。
「影魔の分際でここまでとは……実にやりますなぁ。
しかし、自覚は無さそうですな。実に哀れな……」
「あ? 何の話だよ?」
「哀れな人形のお話ですなぁ~。……おや、これは隙ありですな」
「は?」
騎士からは目を離していない。
が、騎士が行った事は炎の渦の外に対してだった。
【転移陣】――
背後に、周りに、真っ黒な影が3体オレを覗きこんできた。
カラスの顔をした上位魔将どもだ。
悪魔どもは、完全にオレの意識外から襲いかかってくる。
しかし、オレは悪魔を無視した。
なぜなら――
「おーちゃん!」
なぜなら、瞬にも満たない間に、カナンの一撃で3体とも消滅したのだから。
カナンの方は決着がついた訳ではない。
ほんの一瞬の隙を見つけ、オレを助けに来てくれたのだ。
主様ほんと大好き。愛してる。
だから、オレの今の役目は騎士をあそこに縛り付ける事と――
時間稼ぎだ。
2秒、いや3秒かな。
カナンを追ってきたコートの少女に対し、オレは両腕を【顕現】させ叩きつけてやった。
地盤はえぐれ、周囲を地震のように激しく大地を揺らす。
少女はオレの一撃をあっさりと避けたが、目的の時間稼ぎは成功したようだ。
カナンがした事は、至極単純。
騎士に向けて紅影を投げ、炎の壁を越えた先で転移しそのまま騎士を斬った。
「がふっ……さすがは、我が真祖の……」
何かを言いかけた騎士を無視し、カナンはその首を無慈悲に斬り飛ばした。
そしてついでのように心臓にも刀を突き立てて潰すと、炎の壁はあっさりと消え失せるのであった。
オレはブライニクルを解除し、すぐに合流してきたカナンの後ろからコートの少女を見つめる。
やはり、感情や思考のようなものは感じられない。
「【広域水魔撃】」
その瞬間、身体が重く動かし難くなった。
オレたちはなす術なく空中に浮かぶ湖の中に捕らわれてしまったのだ。
街の半分以上もの体積はあろうかという量の、巨大な水の塊。その中にオレとカナンは閉じ込められてしまった。
やられたな……。
だがしかし、オレたちには【窒息耐性】がある。なので溺れる事はまずない。
(おーちゃん!!)
幸い、カナンとの距離は離されていない。
すぐにカナンはオレを掴まえると、そのままぎゅっと抱き締めてきた。
何をしたいのか、するべきか、言葉にしなくても解る。
【影装】――
オレの身体が、カナンの身体と重なるようにして消える。
服の下や光の当たらない部分……果ては光の届かない体内まで。カナンの肉体にある全ての〝影〟と、オレは一体化した。
【影装】は、影を介してオレがカナンに憑依する技だ。
影装中はカナンの意思でオレの魔法や能力の一部を扱えるようになり、更に身体能力が飛躍的に向上する。
【影葬】の安全かつ簡易版みたいなものだ。
(――無駄よ!)
水流が渦を巻き、カナンの動きを阻害してくる。
圧縮された見えない水の塊が、カナンの身体を貫こうとしてきたりもする。
しかし、今のカナンにはどちらも通じない。
膂力で無理やり水流を引きちぎり、水の銛は直前で掴まえ凍らせて砕いた。
だがこの膨大な水量は全て黒コートの少女の支配下。このままではらちが明かない。何より1分という時間制限があるのだ。
だから――
「――広域氷結魔撃!!」
カナンの全身から強烈な冷気が迸り、水の塊を内側から凍てつかせてゆく。
当然カナン自身も氷の中に閉じ込められてしまう。……が。
次の瞬間、全ての氷が消え失せた。
即座に【次元収納】で全ての氷を収納したのだ。
そして解放されたカナンは、即黒コートの少女の首を捕りにゆく――
が、しかし。
――夢幻再現
【名声下名】――
「【動くな】」
「っ!?」
それはほんの一秒にも満たない時間。ただそれだけ。
しかし、黒コートの少女が反撃してくるには十分過ぎる隙だった。
「【水魔十掬剣】」
それは一見、今までも使ってきたような武器を模した水の魔法に見えた。
しかし、見ればわかる。
あれはけた違いの魔力密度だ。高位魔弾十数発ぶんもの魔力が、少女の持つ水の剣一本に圧縮されていた。
それが、ほんの一瞬の隙を縫って、カナンの腹部を貫いた。
「うぐっ……この程度でっ!!!」
口から血反吐を吐きながらも、カナンは冷静だった。
カナンとオレは、水の剣に全力で氷の魔力を流す。
同時に無理やり距離をとって腹から剣を引き抜いた。
【超再生】により、溢れ出た腸がお腹の傷口の中へ戻ってゆく。
びっくりしたが、頭を粉々に潰されたりしない限りはカナンは死なないのだ。
既に傷は塞がった。
しかし――
「おやおやおや、この私を仲間はずれにするとは寂しいですなぁ」
殺したはずの騎士がそこに居た。
カナンが確かに首を落とした上に、心臓を潰したハズだ。
解析でも死んだと表示されていた。
生き返った……? 蘇生する能力?
それならば、騎士のコートのフードが無くなっている事にも説明がつく。カナンが斬り飛ばしたからだ。
それは長い銀髪に紅瞳の美丈夫だった。
中性的でひどく美しい顔つきは、どこかジョニーちゃんやカナンにも似ていた。
まあいい。どうやって生きていようと。
「何度でも殺してやるわ」
紅影を突き付け、カナンは騎士へそう言い放った。
9番ちゃんの正体は、記憶力の良い上で何度か読み返してる読者さんなら気づいてるかもしれませんね。
お読みいただきありがとうございます。




