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第198話 明けない夜はある

「ジョニーさん。〝騎士〟の正体は、ナイト・ウォーカー家の者である可能性が高い」


 カナンが〝秩序の神〟を倒してからしばらくした頃の事だ。


 ネメシス……もといフェブルスとジョニーは、夕方の魔導学科の最上階にて話をしていた。


「……やはり、何となくは分かっていたんや」


 ナイトウォーカー家の何者かが敵対する……

 それはすなわち、〝真祖〟の吸血鬼と戦う事を意味する。


 忌々しき〝ナイト・ウォーカー〟の名を冠する吸血鬼は、皆生まれた時から吸血鬼の頂点たる〝真祖〟である。ジョニーもまた、例外ではない。


「本来この事を貴女にお話しする事は止められていました。しかし私は、一人の〝教師〟としてこれを伝えるべきと判断したのです」


「別に、血縁殺しに今更躊躇せえへんけどなぁ。

 ナイトウォーカー家(あいつら)が姉さんにしてきた事を思えば……」


 ジョニーの中に沸々と怒りがこみ上げて、無意識に拳を握りしめる。


 それはジョニーがまだずっと幼い頃から心に抱える失望と後悔の入り雑じったものだ。


「……で、そいつは今何処にいるんや?」


「……わかりません。判った事は、この国の上層部の一部の人間がその真祖により洗脳させられ、大海の魔王すら知らぬ間に駒として扱われていた事です」


「魔王すら欺くとは、そんな芸当できんのはアイツしかおらへんな……」


 この世で最も憎き男の顔が浮かぶ。


 あの男さえいなければ、姉は自由でいられた。共にピアノを弾いていられた。


 ――いつの日か、憎きあの男を越えるために。


「ジョニーさん。言っておきますが――」


「わかっとる。下手に首を突っ込んでかき乱すつもりはない。だがもう、何もあの男に奪わせへん。

 ()こそが、次代の〝降誕の魔王〟になるんやから」


 ジョニー・ナイト・ウォーカーは、心に強い決意を抱いた。

 かつて最愛の姉を奪った男から、大切なものを護るために。


 その脳裏には、毛先の紅い金髪の少女の姿を思い浮かべていた。








 *








 地球歴で言うならば、それから二月ほど経った頃だろうか。


 学園は冬休み。多くの者が帰省する中、ジョニーは大海の魔王イルマセクに謁見していた。


 時間帯は夜。地球ならば年越しカウントダウンをされる頃だ。


「……いい、顔を上げろ。堅苦しいのは嫌いなんだ、非公式だしいつも通りにしてくれ」


「……そうさせてもらうわ」


 ジョニーは顔を上げ、蒼い髪をした大男を見据える。


「半年ぶりくらいか、ジョニー。そっちに最近俺の妹弟子が編入したそうだが、どうだ?」


「あんたの妹弟子? 知らへんな、名前は?」


「あー、本人は言ってないのか。カナンちゃんっていうんだ。幼くして俺に迫る戦闘力がある子だぜ」


「……か、カナンちゃん!? 彼女あんたの妹弟子だったんか……というかあんたに師匠とかおったんかいな」


「ああ、一応いるぜ。……っと、丁度来たみたいだな。いいぜ、入れ」


 コンコンとノックしてから、彼女は扉を開き姿を現した。


 毛先が金色に染まる緋色の髪をサイドテールに纏めた、少女とも大人の女性ともとれる女だった。


(なんか、カナンちゃんにどことなく似とるな……)と、ジョニーは思った。



「む、先客がいたのか。君は確か……魔導学科の秀才、ジョニー・ナイト・ウォーカーだったか」


「……不躾にいかせてもらうで。ワイの名前を知っとるとは、あんた何もんや?」


「ボクはルミレイン。一応仙術学科の教員をやってる」


「ルミレイン? あんたがあの〝怪物〟を鍛えたという先生か」


 噂に聞いた事はある。


 カナンと互角に渡り合ったあの怪物(ドルーアン)よりも強いという教師の話を。


 その噂はどうやら本当だったらしい。


 ジョニーは、ルミレインを一目見ただけでその得体の知れぬ気配を感じ取ったのだ。


「……あんた、何者(なにもん)や?」


「落ち着けってジョニー。ルミレインはな、勝手にぶっちゃけちまうが〝調停者〟なんだぜ」


「おいイルマセク」


「いいだろルミレイン? ジョニーは次代の〝降誕の魔王〟になるんだからな?」


「ち、調停者……やと?」


 ジョニーは眉唾とも伝説とも言える存在を目の当たりにして、軽く目眩を覚えた。


 〝調停者〟とは、女神の加護を得る数多の魔王や勇者を加護にふさわしき人物へと鍛え上げる存在、と言われている。


 あるいは、魔王や勇者でさえ対処できない危機に力を貸す存在とも。


 もちろん過去の女神の名を冠する魔王や勇者の全員が、調停者と関わっていた訳ではないが。


 そもそも調停者を知っている人間自体極僅かである。


 そして調停者自身が一体何処から来たのか。女神との関連性は何なのか。


 存在を知る者はいても、その真実まで知る者は彼女らに直接鍛えられた魔王や勇者を除いて存在しない。



 ……だが、ジョニーは逸話や断片的な情報から限りなく正解に近い仮説を持っていた。


 確証は無いが、恐らく事実なのだろう。

 〝調停者〟は一人だけではない。そして恐らくその正体は――。


「やめや。変な詮索はしないでおく」


「それでいい。ボク自身、ここへは調停者としてではなく一個人として来ているつもりだから」


 ルミレインの調停者としての話題はここで終わり。


 そして次はルミレインがここへ来た理由……なのだが。


「……珍しいな、ルミレイン。お前が甘味に食いつかないとは」


「ボクは一応、緊急の警告をしに来た。正直それを食したくて疼くが、今はそれどころではない」


「あんた雰囲気によらず可愛い一面もあるんやな……」


 それはさておき。

 ルミレインが持ってきた〝警告〟とは、調停者として知り得た情報であった。


「〝騎士〟が動いた。ヤツは今日の夜、カナンを仕留めるか、あるいは捕獲つもり。そして〝騎士〟ほどの力であれば、十分カナンの命を手玉に取れる」


「……は? 何やて!?」


「なるほど、ティマイオスのヤツはカナンちゃんが邪魔で仕方がないらしいな」


「か、カナンちゃんは何日か前にここを出たハズや。その行き先までも騎士は知ってたんか?」


「そうなる。ただしヤツがどのような手段でカナンとオーエンの二人を倒すつもりなのか、未知数。予測だけど、現地の住民を巻き込むつもり」


 ルミレインの話す内容は、どれも事実である。

 〝調停者〟は顔が広い(・・・・)のだ。


「場所はトゥーラムル王国インマス領、ウスアム街。ボクが提供できる情報はここまで」


「すぐにトゥーラのおっさんに連絡してえんだが……騎士め、予測していたらしい。魔導通信機があらかじめ全て壊されちまってた」


「……ワイが行く。ワイは冒険者やからな。できる事ならルミレイン、あんたにも来てもらいたいが、それは無理なんやろ?」


「そう。〝調停者〟が世界に大きな影響を与える事柄へ干渉は制約により禁じられている」


「……まあ、そうやな。それなら仕方ない。けど正直ムカついとんで。……カナンちゃんはあんたにとって何や?」


「彼女は……希望だ」


「何やて?」


「いや、こちらの話だ」


 ルミレインは想う。調停者の中でも彼女は特に人へ情が厚い。


 それを抜きにしても、カナンは重要な存在だった。


 彼女を育て上げられれば、ついぞ為せなかった「あの事」をようやく叶えられるかもしれない。


 それはルミレインにとってだけでなく、世界中の誰もが何千年にも渡り願ってきた事だった。



 けれど。

 ルミレインは情に絆されやすい。

 それは人類の庇護者としての一面であり、彼女の生来の気質でもある。


 故に、個人的な感情からカナンを助けたいと願った。


「――だから、お願いする。調停者としてではなく、一人のルミレインとして。カナンを、助けてあげて」


「言われなくてもやるで。冒険者として、先輩として。カナンちゃんとオーエンちゃんはワイが助ける。今すぐ向かうで!」


「んじゃ、俺は炎竜姉妹にこの事教えに行くわ。通信もできねえし、直接話すしかねえな」


 そしてイルマセクとジョニーは、霊峰頂上の城から去っていったのであった。

 〝騎士〟はナイトウォーカー家の者。ジョニーには血縁の者の凶行を止める義務がある。




 そして静かになった王室の天井の天窓は、満点の星空を映し出していた。



 ――明けない夜はある。


 ――明けぬ夜の星は、どこまでも美しい。同時にどこまでも残酷だ。

 ルミレインはそれを知っている。


 だからこそ独り願う。


 カナンとオーエンが、自分のようにはならないようにと。



 二人がいつまでも幸せにいられるよう、彼女は皮肉にも祈るのであった。




来年も影魔ちゃんをよろしくね。

良いお年を~

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[一言] 最終決戦みたいなシチュエーション!
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