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第197話 これ以上

胸糞注意

 霧に包まれた夜闇の中は、全く見通しが悪くて方向感覚さえ狂ってしまう。

 そんな真っ白な闇の中で、オレはカナンの背中に抱きついていた。


 正確には、オレがカナンを抱き上げて空を飛んでいるのだ。

 カナンの空中跳躍よりも、オレの翼での飛翔の方が長距離移動には向いてるからな。


 黒コウモリみたいな翼をぱたぱたして、目指すは街の淵。



 ――街の外に出られなくなった。



 その話が本当なのか、確かめるためだ。



「おーちゃん」


「ああ」


 立地的にはそろそろ街の外淵の壁あたりだろうか。


 眼下にうっすらと見える黒い壁を越え、その先へ行く。

 壁の向こうへは行けたな。問題はこの先だ。




 明哲者を駆使して解析しているが、現状詳しいことは分かっていない。


 この霧、どうやら【鑑定遮断】の効果も付与されているらしい。


 それだけではなく、ドレナスさんやドルーアンちゃんとの念話も召喚も通じない。

 一応オレの蒼い竜の髪飾りを使ってイルマセクさんにも呼び掛けてみたが、通じているかは分からない。


 更にとどめとばかりに【空間転移】も、何故か使えなくなっていた。


 まるでオレとカナンを閉じ込めるためみたいに。


 一体この霧は何なんだ。



 そうこうしている内に、霧の向こうにぼんやりとした灯りが見えてきて――


 オレたちはウスアムの街に戻ってきていた。


 真っ直ぐ進んだハズなのに戻される。なるほどこれは確かに困ったな。



上位氷結魔弾(クリオガ)!」


 試しに霧の向こうへ魔弾を飛ばしてみる。


 するとしばらくしてから、霧の中から氷の弾がこちらへ飛んできた。それをカナンが刀で切り裂き打ち消した。


 さて、どうやらこの街は周囲の空間ごとねじ曲げられ孤立しているようだ。




「騎士は一体何が目的なのよ……」


「……オレたちが目当て、なのかもな」



 ただこの街の人間を逃がさないためならここまでの事はしないだろう。

 ひょっとしたら、オレとカナンを追い詰める為に……


「いや、忘れてくれ。それより、オレのことぎゅーってしてくれるか?」


「そうね……ちょっと落ち着かないとダメね。ありがとおーちゃん」


 オレはカナンに抱き締められて、カナンはオレを抱き締めて。

 お互いの温もりをほんの少し共有することで、多少は気持ちがマシになる。


 ホントならもっとベッドの中でいっぱい抱き締め合っていたはずなのに。



 あぁ、そんな事を悠長に考えてなきゃやってらんなくなってきちゃったぜ。


 レベッカさんや、顔馴染みのお店の人たち、気のいい冒険者のおじさんだとか……


 みんな、死んじゃった。


 その死に際も見れないまま、意思もない悪魔に身体を乗っ取られてしまった。


 そしてその魂すらも、輪廻に還る事さえできないのだ。罪無きいい人たちだったのに、こんなのあまりにも救いが無いではないか。




 悲しみよりも先に、強い怒りの感情が強く出ている。


 それはきっと、主様(ますたー)も一緒だ。

 否、主様(ますたー)の怒りがオレの中にも流れ込んできているのかもしれない。



 だとしたら、いやそうでなくとも。


 こういう言い方が正しいのかどうかは分からないけれど、あえて言葉にして祈ろう。






 ご冥福をお祈りします。



 ……と。











 *









 大好きだった(・・・)


 愛していた(・・)



 過去形になんてしたくはなかった。




 従者(メイド)と主人の許されぬ恋は、実を結ぼうとしていた。


 この街のお祭りを一緒に過ごしたら、夜の闇に隠れて共に何処かへ逃げよう。家も身分もそれまでの一切を捨てて。


 君さえ側にいればいい。


 お嬢様の側にいられればいい。


 少女たちのハッピーエンドは、もうすぐ成されるハズだった。







『気に入ったわ。身寄りが無いならワタシの従者になりなさい!』









 闇の底から掬い上げてくれたお嬢様。


「あ、あ……がはっ」


 心の底から、魂の全てを持ってして慕っていたお嬢様。


「や、め……」


 大好き。

 大好き。

 愛してる。


 貴女の隣にいられる尊さは、この世の全ての宝石をかき集めても足りぬ程愛してる。


「目、を……覚ま……て」





 愛していたお嬢様の白くて細くて温かくて愛おしい頸が、歪む。


 自分の両手によって。


 絞める。


 大好き。


 殺す。


 �してる。


 お嬢�様。


 殺シて


 食べル


 お��マ



 違う。


 これは(わたくし)の意思じ�ない



 お嬢様への愛に満たされた魂を、意思無きナニかが侵してゆく。


 上書きするように、あまりにも冒涜的に。



 殺せ


 食らえ




 嫌だ。やめろ。お嬢様から離れろ。





 彼女の魂は、最期まで抵抗を続けていた。


 しかし、それは肉体に涙を溢させるだけに留まるだけだった。







 ――皆がおかしくなった。


 霧が濃くなってきてから、突然の事だった。

 周りの人たちがバタバタと倒れ始めたのは。


 恋人でもある従者(メイド)も例外ではなかった。




 主人たる彼女は、従者の少女を必死で介抱した。医学知識など無いが、目を覚ましてくれるよう抱き締め続けた。


 そして、目を開けた。


 しかし彼女の歓喜は、ほんの数秒で終わりを迎える事となる。




「お、じ�様」


「あぐっ!?」



 彼女のものより一回りは大きな手が、華奢な頸を絞めつける。そして馬乗りになって、その腕に体重をかけてくる。冷たい地面に押し当てられた後頭部がひどく痛み、視界が紅く染まってゆく。


 突然の事に驚き戸惑い抵抗するも、明らかに人外じみた膂力に全ては無意味だった。


 けれど。




「おじょ、様ぁ……」


 己の命を奪おうとする相手の眼に涙が溢れ、取って付けたような笑顔を歪ませる。



 自分を殺すのは、この子の意思ではない。




 彼岸を渡る前にそれを理解できたのは、せめてもの救いだったのかもしれない。









 *








「待って主様(ますたー)。あそこ見て」


「どしたのおーちゃん?」


 ギルドへ戻る途中、道の端にうずくまっている一体の憑死魔(ヘルグレイブ)が気になった。


 メイド服を血で紅く染めた、後ろ姿からするに女性だったであろう人物だ。


 道中遭遇する憑死魔(ヘルグレイブ)は皆、こちらを認識すると血相を変えて襲いかかってくる。なのにあそこの個体は確実にこちらを認識しているのに襲ってくる気配が無い。


 カナンと一緒に警戒しながら、彼女の顔を覗きこんだ。





「あ……」





 この女の子は……。


 彼女はもう一人女の子を抱えて、泣いていた。

 その子は首を骨が見えるくらいに食われており、とうに生きていないのは明らかだった。


 口元が紅い。この女の子を殺して食べたのは、このメイドさんで間違いないのだろう。

 けれど彼女はオレたちが視界に入っても何もせず、ただずっと張り付けた笑顔を歪ませ涙を溢すだけだった。



 この二人は間違いない。


 数日前、橋の下で口づけをしていた二人だ。


 名前も知らない赤の他人だけれど、なぜだか他人事とは思えない。



 想いというものは、持ち主が死んだとしても……魂さえ消えてしまったとしても、遺るものなのだろうか。



「おーちゃん……」


「あぁ、分かってる」


 二人にとっての救いは、ここで終わらせてあげることだ。


 だからカナンは、刀で名も無きメイドの心臓を優しく貫いた。





 この二人も、全てが終わったら弔ってあげよう。


 二人の遺体とその側に寄り添うように並ぶ二つの魂を回収し、オレたちは進む。


 これ以上、少しでも彼女たちのような犠牲者を出さないように。


 少しでも知り合いが報われるように。



 必ず〝騎士〟を見つけ出して、報いを受けさせてやる。









 *











 ギルドへと戻ってきた。

 たぶん時間帯としては明け方くらいだろうか。うっすら明るくなってきたような気がしなくもない。


 初日の出は見れそうにないな。



「戻ったわ……よ? あれ……?」




 ギルドの扉をノックしようとしたその時だった。


 凡人並みの嗅覚のオレでも分かる、濃い血の臭い。



 中で何が起こったのか、想像に難くはなかった。

 けれど、事実を知ってしまうのが恐ろしい。



「誰か返事してくれる?」




 返事はない。




「ねぇ、冗談でもやめてよ……」



 多重結界を張ってたハズだ。

 生ける屍どもが入ってこれるハズがない。


 なのに、なんで……?




 覚悟を決めて、カナンは扉を蹴破った。


 そしてそこにあった現実を見てしまった。




 扉からさほど遠くない所で、子供たちや女の人たちが、四つん這いになり何かに群がっていた。


 ぐちゃぐちゃと水気のある音をたてて、ただただ静寂に咀嚼音を響かせる。


「どうして……」


 彼らがとうに屍と化しているのは、明らかにだった。


 そんな時、カナンは気づいてしまった。




 群がる屍どもの一人が、見覚えのある()を抱えていた。


 それは胴体から引きちぎられ、頸椎とその先の背骨の一部が露出した生首だった。


 それも、馴染み深い人物の。


「ニーレ、ちゃん……?」


 ニーレちゃんのお腹の皮膚は引き裂かれ、湯気の立つ内臓を引きずり出した誰かが、粘土で固めたみたいな笑顔で喰らう。


 ニーレちゃんはギルドの受付嬢だった人だ。人当たりが良くて、冒険者になったばかりのカナンに優しく色々と教えてくれて……


 こんないい人が、どうして……





「やめてよ……。これ以上私から、何も奪わないでよ……」




 カナンはその光景をただ呆然と見つめていた。












 ――誰も寝てはならぬ。


 誰かが小さく呟いた。

岸辺露伴おもしれー……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 殺すつもりなら最初からいいキャラなんてだすなよ……
2023/09/16 22:14 退会済み
管理
[良い点] 主人と従者、グッときました。名も無いキャラなのに想いの強さが伝わってきて、その分残酷さが際立ち、無残な中で涙を流す従者の屍の美しいこと。 素敵です。 [一言] カタキをとってくれぇ!
[一言] やめてぇ!!こんな展開悲しすぎるよぉ…かなオー成分がどうのとかの話じゃないぃ
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