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第195話 霧

 久々にウスアムの街の冒険者ギルドへやって来た。

 ネマルキスのギルドと比べるとずいぶんと小さくてこぢんまりとしているように感じられる。


「こんにちはニーレちゃん!」


「はいはい、ご依頼で……おや、カナンちゃん」


「久しぶりねー?」


 受付嬢のニーレちゃんはギルマスのエルムさんの妹で、かなり真面目な女の子だ。姉とは違って耳が尖っていないけど、血の繋がりはどうなんだろ。


「お姉ちゃんから聞きましたよ、来てくれたんですね」


「うん、会いに来たわよ。元気にしてた?」


「ええ、おかげさまでね。あのあとお姉ちゃんが本部に呼び出されたりしましたけど、元気ですよ」


 うわ、ニーレちゃんの目が死んでる。

 そういえば、獣王討伐の報告を他国でやれとかいう指示をしたのはエルムさんだったっけ。それがバレてお叱りされるに至ったと。


「な、なんかごめんね?」


「いいえ、カナンちゃんはなーんにも悪くないですよ? 悪いのはいつもポテチ食ってるのに全然太らないお姉ちゃんなんですから? あーもーあのクソお姉ちゃんめ……」


 目が死んでるどころか深淵に繋がるような闇を放ってるんだけど。ヤバい、この話はここで終わりにしないと。


「そ、そうだ。この街で最近何か変わった事ってあるか?」


「変わった事、ですか。特には……あぁ、アガスさんがずいぶんと丸くなって正式にこの街の住民になった事ですね。変わりすぎて気持ちが悪いです」


「エルムちゃんからも聞いたけど本当なのねそれ……」


「ええ、本当です。見れば分かると思うけど――」


 とニーレちゃんが言いかけた所へ、突然ギルドの扉が荒々しく蹴り開けられた。


「ったくつまんねー街だなぁオイ!」


「娼館にゃ大した女がいねえし、ギルドは狭ぇし酒も不味いしよぉ! 噂の鍛冶職人はクソだしよ! お前もそう思うよなぁ!?」


「え、えっと……その」



 うわぁ、絵に書いたようなチンピラ冒険者どもだ。

 ギルド内を掃除していた職員さんに絡んでやがる。かわいそうだな、助けてあげようか。


「ああいうのって何処にでもいるのね」


「ええ、ほんといつでもどこにでもいますよね。……死ねばいいのに」


 ボソッと物騒な言葉がニーレちゃんから聞こえた気がしたんだが、きっと気のせいだろう。


 それより向こうの絡まれてる人を助けてやらなきゃ……って、連中と目が合っちゃった。


 助けるまでもなく、こっちに矛先が向いてきた。


「あぁー? なんで冒険者ギルドにガキが出入りしてんだぁ? ヒック」


 うわあ、お酒臭い。こんな昼間からこんな酒飲んで暇なのか?


「迷子ちゃんかぁ? お嬢ちゃんお名前はぁ? ギャーハッハッハッ!!!」


「つーかよぉ、受付のおねーさんよぉ! 俺たちとお茶しようぜぇ? ヒック……アヒャヒャヒャヒャ!!」


 完全に出来上がってんなこいつら……。

 氷結魔法でもぶつけて酔いを冷ませてやろうか。


「ねえ、五月蝿いんだけど?」


「あぁん? ガキの癖に楯突くとは、英雄さま気取りかぁ? おぉ?」


 息くっせぇ。

 さすがのカナンも苛立っている。このままでは怪我をさせてしまいそうだ。


 そう思った、その時だった。




「何をやっている、貴様ら」


「あーー……? あ、あ……アガスさんっ!?」


 大きな戦鎚をかついだ目付きの鋭い大男が、チンピラ冒険者どもを背後から睨みつけていた。


「白昼から目障りだ」


「はひっ! す、すいませんっ!」


「違う、俺ではない」


「へ?」


 アガスは鋭い目付きでチンピラどもを睨み付ける。たったそれだけで連中は萎縮して、冷や汗をかきながら震えている。


「謝るべきは、そこの金髪の少女だ。貴様らは彼女を愚弄した。それについて謝罪しろと言っているのだ」


「し、しかし……」


「俺の言う事が聞けんのか?」


「ひぃっ!?」


「納得できんなら教えてやろう。彼女は半年前、この俺を決闘で半殺しにした強者の冒険者だ。貴様らCランク風情が馬鹿にして良い存在ではない」


「あ、アガスの兄貴が負けた……?!」


 ……記憶にあるアガスという男と全然違う。

 あいつはもっとこう、今より高圧的で他人の事を鑑みない真性のカス男って感じだった。

 しかし今は口調も変わってるし、何より以前のような他人を見下す雰囲気が無くなっている。


 マジで何があったんだ。



「す、すいませんでした!!」


「あっそ。申し訳ないと思うなら今すぐ目の前から失せて。目障りよ」


「おおせのままに~!」


 そうしてチンピラどもはギルドからそそくさと去っていった。

 酔いも覚めただろう。


「……この程度で」


「あ?」


「この程度でお前たちに恩を返せたとは、思っていない」


「はぁ? どういう事よ? って待ちなさい!」


 アガスはそのままギルドでなにもしないまま出ていってしまった。

 恩を返すって、一体何の事だったんだ?


「彼、本当に変わったんですよね……。Aランクの栄誉を自ら捨てて、Bランクに降格したんです」


「自ら降格って、あのランクに拘ってたヤツが?」


「うん、未だに信じられませんね」


 マジで何があったんだ。というかアイツに恨まれるこそすれ、感謝されるようなことをカナンはしてないと思うのだが。


 しかし、あいつ両腕があったな。


 確かあの時、カナンが片腕をちぎって食べてしまっていたような気がするんだけど。







 *







 夕暮れが近くなり、街中で変な格好をした人を頻繁に見かけるようになってきた。

 具体的には、白いぼんぼんのついた赤い服……どことなくサンタさんを思わせる姿だ。


「ねえメルトちゃん。街で見かける赤い服を来た人たちって何なのかしら?」


「ああ、あれはこの街の慣習みたいなものだね。

 祝福を運び子供に与えるという、伝説の魔人にあやかった姿なんだとさ」


 ……それどこのサンタさん?

 絶対に異世界人が広めたよね、これ?


 大晦日とクリスマスを一緒にやろうとするとは、めんどくさかったのかもしれない。


「祝福の魔人は十字の雷と共に現れる、とか何とか聞いた事があるね」


 十字雷(サンダークロス)か……。


 ぜってー確信犯だろ。


 これ広めた異世界人は確実にふざけてたと思う。あとたぶん日本人。


「十字の雷……カッコいいわね」


 ……またカナンが悪いこと思い付いてなきゃいいけど。








 それから数時間。日が沈めばいよいよお祭りの始まりだ。


 縁日の屋台のようなお店が通りに立ち並び、お祭りの中心である噴水広場は人でごった返していた。


「すっごい綺麗ねぇ」


「ピカピカ光ってて綺麗だな」


 淡い橙に光る灯籠がいくつもそこらに浮いており、街中を照している。


 魔法によるものなのだろう。今のウスアムの街の姿はとてもとても幻想的で、地球なら世界文化遺産とかあたりに登録されてもおかしくない光景だった。


「おーちゃんおーちゃん! あそこで売ってるリンゴ飴っていうやつ、美味しそうよ!」


 主様(ますたー)もオレもふかふかのコートの上からも互いの温もりがわかるくらい密着しながら、この冬なのに夏祭りじみたお祭りを楽しんでいた。


 ちなみに、当然ながら首につけてるマフラーも共有している。恋人なんだしな。


「えへへ~楽しいね主様(ますたー)


「うふふ、そうねおーちゃん♡」


 1個のリンゴ飴を一緒に味わいながら、幻想的な街並みの雰囲気を楽しんでゆく。



「あら」


 屋台の中に『チョコバナナパフェ』なるものを売っている所があった。

 パフェと言っても、凝ったものではなく紙のカップにスポンジ生地と生クリームに、チョココーティングしたバナナを半分突き刺したものなのだが。


 問題はそれを売り出している人。


 ステラバックスの店長さんのレベッカさんだった。


 おお、行列ができてら。

 間違いなく美味しいもんな、あのパフェ。レベッカさんが作るなら間違いない。


「私たちも食べるわよ!」


「うん!」


 かくしてオレたちもその長蛇の列の最後尾に並ぶこととなった。


 そしてパフェを買えたのは、それから10分後くらいだった。


「あらら、お祭りにまでご贔屓にありがたい」


「レベッカちゃんの作るスイーツは美味しいって決まってるからね~」


「それで、2人で一個だけでいいの?」


「うん、おーちゃんと一緒に食べられるのがいいの」


「そっか。それじゃボリュームをちょっぴりサービスしてあげちゃお。二人は常連さんだしね」


 そうして貰ったパフェは、普通のよりも少しだけ多かった。


 オレたちはそれを交互に食べさせあった。甘くて甘くてとことん甘くて、それでいて幸せな味だった。



 それからパフェを食べて少しお腹が冷えたので暖かい食べ物か飲み物を買いに行ったら、冒険者ギルドが出している屋台でなんと甘酒を提供していた。呼び方も甘酒である。


 やっぱりこの街の成り立ちに異世界人関わってるよね?


 ちなみにここで接客やってたのは受付嬢のニーレちゃんだった。





 お祭りはまだまだ続く。




 触れると温かくなる紙を売っている所、レッドリーチ由来の成分が入ってるらしい暖かい飲み物を売っている屋台とか。


 まあ色々回った。後者のをカナンと一緒に飲んだら、お互い体がとっても熱くなっちゃって大変だった。街中で危うく聖夜が始まりかけたぜ。





 さて、お祭りはいよいよクライマックスだ。





 新年まであと10分と少し。


 噴水広場に魔道具で投影された文字がそう表示している。

 うっすら霧が出てきて少し見えづらいけど。


 次の一年はどんな事があるのだろうか。


 その次の一年は、そのまた次の一年は。



 ――カナンとオレに残された時間は長くない。


 恐らく、長くても5年。


 勘……というより確信だ。

 根拠は無いが、分かるのだ。


 カナンの……主様(ますたー)の寿命がそれしか残されていない。


 この場にいる人間の大半が、オレたちより何倍も長生きするだろう。



 けれど、オレはそれを不幸だとは思わない。



 オレは今、幸せなんだ。


 オレには自身に関する記憶がほとんど無い。からっぽだった。

 そんなオレを、主様(ますたー)は満たしてくれた。


 オレを『おーちゃん』にしてくれた。


 確かに短い時間かもしれない。カナンが大人になる所を見られないのはとても残念だ。


 それでも、側にいられるだけで、共に逝けるだけでオレは幸せなんだ。


 生きてて良かったと、最期の時も心の底から思っていられるはずだ。




 だからね。





「いつもオレのこと大事にしてくれてありがとう、主様(ますたー)


「私もよ、おーちゃん」





 この関係をどう言葉にできようか。とうに一線は超え、恋人と呼ぶ仲ではある。



 ――愛と云うには幼くて


 ――恋と呼ぶには熟れている。



 いや、愛だ。誰が何と呼ぼうとこれは愛なのだ。

 もったいつけずに伝えよう。



 愛してるって。










 霧が濃い。全てを解かすように。



 どこまでも、星影さえも呑み込んで、宵闇を齎して。




 暗い。


 暗い。


 暗い。







『そんなところにいたの? お兄ちゃん』




 誰かがオレを呼んだ。




 誰だっけ?



 思い出せない。



 けど、たぶん大事な人だった。大事な……だいじな……









 ――?





 何だ? 何が起こっている?


 なんだこの感覚は。


 カナンと一緒にお祭りを楽しんでいたハズなのに。急に、まるで眠りにでも落ちたように。




「おーちゃん……おーちゃん起きて!」


主様(ますたー)?」


「良かった、起きた……」



 オレは瞼を開ける。


 そして、目の前の状況に戸惑いを隠せなかった。




 1メートル先すら見通せない不自然なまでに濃い霧が、この町の全てを呑み込んでいた。

 お祭りの屋台や灯籠の灯りが遠くにうすぼんやりと見える。





 何が起こった?





 あれだけ人で賑わっていたのに、今はあまりにも静かだ。

 カナンはオレをぎゅっと抱きしめながら震える声で言う。


「おーちゃん……足元を見て」


「え?」


 ぼんやりとしか見えない足元を、そっと目を凝らして見てみる。


 そこには、誰かが倒れていた。


 いや、よく見ればそこらじゅうに。


 人が、みんなが、辺り一帯に折り重なるように倒れていた。


「え? 何が……」


 何が起きたか、今のオレにはさっぱりわからなかった。





 そこにあるのはただ、ウスアムの街にいた人間の半数以上が死んだという、冷たい事実だけだった。









先日またしてもレビューをいただきました。ありがとうございます。

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[良い点] ほんわからぶらぶ……ってえぇっ!?
[一言] ぬぉ!?いつの間にか話数が更新されてる!?くっそぉぅテスト勉強をしなくてもいいオツムが欲しいぜ あ、おちゃかわ!
[良い点]  サンダークロス……考えた人(作者さん)は天才だと思う。 [気になる点]  皆死んじゃったのっておーちゃんの能力かね。 [一言]  カナンの反応が気になりますな。
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