第194話 遥か彼方に過ぎ去りし想い出
「本当に何日も泊まらせてもらってもいいの? 以前はお金とか大変だったと思ってたけど……」
「ああ、構わないよ。こう見えて今はそこそこ稼いでいるからね、ちょっとした贅沢も許されるようになってきたんだ」
オレたちがお世話になる前、メルトさんの家計はコルダータちゃんが冒険者として稼いできたお金でやりくりしている一面があった。
かつてコルダータちゃんへ魔石を移植する際に、とある貴族に多大な借金を背負わされた経緯があったそうだ。
その後返済は何とか済んだらしいが、その貴族の嫌がらせでメルトさんはまともな職に就く事ができなくなっていたそうだった。
だからコルダータちゃんに頼らざるを得ない状態となっていたのだ。
もちろん国からの支援もあったそうだが、まあかなり火の車に近い状態だったのであろう。
そんな状況でよくオレたちを家に入れてくれたよな。
現在は貴族からの圧力も無くなり、鍛冶仕事を再開しているという。
実はこっそりと高名な冒険者なんかの注文を受けていたりするらしい。おかげでけっこうがっぽり稼げているとか。
仮にも伝説の鍛冶職人。やろうと思えば稼げるのだろう。
「さて……。何から聞きたい?」
テーブルに頬杖をついて、向かいに座るこちらに視線を向けるメルトさん。
コルダータちゃんの両親の事もそうだが、この人はとんでもない情報をたくさん持っているようだ。
「聞きたい事が多すぎるわ。それじゃまずは……
――〝明星の勇者様〟の剣を打ったって本当? その剣ってどんなだったの?」
「……本当だよ。あの魔剣はあたしの最高傑作と言っても過言ではなかった。
彼女の……ソフィア自身の魔石の一部を核とし、神の力の一端を秘めた生ける剣。それが〝心星剣〟さ」
「勇者様自身の魔石を……!?」
「ああ。自分の力に最も馴染む剣を造るためにね。
だからソフィアは己の体内の魔石の一部を切り取り差し出した。これで魔剣を作れって。
あたしは彼女に恩があったからね。当時の全技術力をもって魔剣を造らせてもらったよ」
「勇者……イカれてんな」
「そうさ、彼女はイカれてた。誰より強くて優しい、狂った人間だった。
敵でも味方でも、誰かが傷つき倒れる度に泣いていたよ。それでもすぐに立ち直って進み続けていた。ほんと、狂ってたよ……」
狂っていたから戦えたのか、戦う内に狂ってしまったのか。
どちらにせよ、世界は彼女の狂気により救われたのだ。
「そして実は……コルーの魔石はね、その心星剣の核として使っていたソフィアの魔石を移植したものなんだ」
「……やっぱりか」
なんとなくそんな気はしていた。
コルダータちゃんの魔石がかつては勇者のものだったというのは、色々と辻褄が合うのだ。
そしてそれの裏付けが取れてしまった。
「勇者様……ソフィアちゃんは、どんな人だったの?」
「ふふふ、彼女は面白い子だったよ。バルベロスとよくあたしの家に入り浸っててね……。
ああそうそう、見た目はオーエンちゃんにそっくりだった。角は無いけどね」
「そうなの? すごい偶然ね」
えぇ……。まさかのそっくりさんとは。オレの前世に何か関係があったり……はさすがにないか。
「オーエンちゃんに見た目は似ているけど、中身はぜんぜん別人さ。彼女はどちらかと言うと攻めだったしね。朝には茹で蛸みたいに紅くなったバルベロスをよく見たよ」
「どっちかと言うと私ね」
見た目はオレで、中身はカナン……。なんかすごいな明星の勇者。
てか魔王と恋仲だったのか。初耳過ぎるんだけど。
「だから二人を見てると昔を思い出してね……ふふ」
メルトさんは目を細め遠い昔を思い出すように語っていた。
「ただいま、コルちゃん」
お庭の片隅に立つ、小さな小さな墓標。この下にコルダータちゃんはいない。ただ、彼女を想い祈れる場所がここにはあった。
カナンもオレも手を合わせ、小さく祈った。
「コルーの事を大事に想ってくれて、ありがとねぇ……」
後ろからメルトさんのぐずった声が聞こえる。
思えばメルトさんが涙を流した所を見たことはなかった。
100年。いや、メルトさんの年齢はもっと上だ。数百歳は達している可能性もある。ましてや人魔大戦を経験しているのなら、多くの大切な人との別れに直面してきたのだろう。
コルダータちゃんが死んだあの日も、泣いている様子はなかった。あの時はオレたちに気を使っていたのだと思っていたが、ひょっとしたら100年以上前から、涸れ果てていたのかもしれない。
決して、悲しくない訳ではなかったんだな。
分かってはいたけれど、背後で静かに聞こえる声がそれを物語っていた。
*
――数ヶ月前。
どこまでも広がる暗闇の白い花畑の中央で、オレとカナンはピアノの椅子に腰かけた栗色のメガネっ娘と会話をしていた。
「――ねえエスちゃん。これからどうするの?」
『どうするって……』
かつて〝秩序の神〟を倒した後、オレたちは夢の中を通じてエスペランサちゃんとお話をしていたのだ。
彼女の仇とも言える存在は倒したし、このままピアノに憑依したままという訳にもいかないだろう。
エスペランサちゃんは既に死んだ身である。自然の摂理に従って昇天するのか、はたまた別の道を選ぶのか。
前者こそ死者のあるべき姿――などという綺麗事を言うほど、オレたちは善の存在ではない。
『ワタシは……ジョニーさんとも相談して、もう決めたんだ。どうにかして、故郷に帰るって』
彼女とて死にたかった訳ではないだろう。
運良くその魂は〝秩序の神〟に喰われる事なく逃れられ、その先で自我を保ったまま死霊となりピアノに宿った。
姿形は変わっても、彼女の心は生前と何ら変わりは無いのだ。
『パパにもママにも、みんなにもお別れの挨拶すらできてないもん。それに……やり残した事だっていっぱいあるから。だから、まだ生きていたい』
こんな姿になっても、まだ人として生きられるのか。
帰れたとして、受け入れてもらえるのか。
本来死霊とは、生前の未練……主に憎悪をもって呪いとなった魔霊の一種である。人の肉体に憑依し、呪詛を持って生者に危害を加える不死者。
言わば魔物の一種。
彼女ほど生前の人格を残しているケースは稀であろう。
それに、肉体が無い以上今後もその人格が保てるという保証も無い。
故に、家族からも友人からも恐れ避けられてしまう可能性だってあるのだ。最悪祓われてしまうって事も……
「分かったわ。それなら、私たちやジョニーちゃんでエスちゃんの肉体をどうにかしてあげるわ。ピアノやゴーレムじゃない、生きた身体をね」
『ほ、ほんと……? そんな事できるの?』
「わからないわ。けどね、私たちには生き返らせたい子がいるの。その子はエスちゃんみたいに死霊になる余地も無いまま、魂も壊されちゃったの。
だからあの子を生き返らせるのに比べたら、魂も自我も残してるエスちゃんの蘇生は簡単だと思うわ」
と言いきったカナンだが、生きた肉体をゼロから作り出すというのはかなり難しいだろう。
可能性があるとすれば、オレのように【人化】を何らかの手段で獲得するかだ。
最悪他人の身体や死体に憑依するという手段もあるが、そっちは精神の変質という懸念がある。
『その人は大切な人だったんだね。
ワタシには家族以外にそんな人……』
「いるわよ。ジョニーちゃんってああ見えてエスちゃんの事すっごい気にかけてるわよ?」
『そ、そうなの!?』
「そうなのよ。だから、肉体を用意できるまで人格を失わないように、ジョニーちゃんと何か契約をすればいいんじゃないかしら?」
『契約……?』
「契約の力は凄いわよ。死ぬはずだった存在をこの世に留まらせられたりするしね」
『契約……ジョニーさんと契り……ふへへ、ありがとう、やってみるよ!』
「うん、頑張ってね!」
カナンと契約するというのもできなくはないが、エスペランサちゃんは多分ジョニーちゃんの事が好きだ。それならカナンとするより、ジョニーちゃんと契約させた方が本人のモチベーション的にも良いだろう。
そうしてその日はエスペランサちゃんとの会話は途切れて、そのままオレたちはオレたちの夢の中へと落ちてゆくのであった。
*
「本当にできるかな、主様?」
「やってみせるわ。コルちゃんを生き返らせる為にも、エスちゃんの蘇生を成し遂げてみせる」
数ヶ月前にエスペランサちゃんと交わした約束を思い出しながら、オレは今日も主様の暖かい腕の中で眠りにつく。
あぁ、そんなことより幸せ……。主様のぬくもりを感じられるだけでも、とてもとても幸せだ。
いつかコルダータちゃんが生き返ったら、オレと主様が結ばれた事をどう説明しようか。
今からちょっと頭が痛いな。ふふふ。
――
夜闇に紛れ、漆黒コートを纏いし銀髪の男が街を囲む壁の上に立ち見下ろしていた。
「クックック……今は幸せな夢を見ているがいい、陽光の愛子の仔よ……」
その視線の先は、カナンとオーエンの眠る家。
〝彼〟はこれからこの街に起こる喜劇に思いを馳せて、静かに、それでいて高らかに笑った。
騎士は、その口元から白く輝く犬歯を覗かせて、この夜を支配するように笑っていた。
彼の傍には、もう一人黒いコートを纏った者が立っていた。
それは子供のように細く小柄な体躯で、被ったフードの奥からひどく濁った瞳でウスアムの街を見つめていた。
その瞳の奥には、何の感慨も感情も思考すらも無い。
騎士は物言わぬ彼女を一瞥し、またも口角を尖らせ笑った。
「お前には試運転も兼ねて、大役を任せる。やるのは新年の祭りの最中だ……
――頼んだぞ、〝実験体 9番〟よ」
いろんなフラグを立てた説明回。
面白い
更新遅いぞ
カナおーてえてえ
はやく更新しやがれ
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(実は影魔ちゃん以外にローファンの新連載やろうかと考えてたり……)




