第190話 幕間 人喰い少女 上
冬休みも中盤だ。
新年を実家で迎えようとする生徒もけっこういるみたい。
そういう理由でか、学園都市はいつもと比べると生徒の数が少ないように思える。
「さあて、私たちも帰省するとしましょうか!」
「オレたちのは帰省……に入るのかなぁ?」
「何でもいいわ。とにかく帰るのよ」
思えば、もう地球換算で4ヶ月くらい経ってるのか。
ウスアムの街を出て、この学園に入学式してから。
「メルトさんに会いたいわね。近況報告もしたいし、ステラバックスでプリンアラモードも食べたいし……あとエルムちゃんたちに挨拶もしたい」
「思い入れあるよな、あそこには」
オレがカナンの中で目覚めてから、しばらくの間あのウスアムの街で世話になってたんだ。
メルトさんには大恩があるし、レベッカさんとは友達だし。冒険者ギルドでは顔馴染みも多く、挨拶に行ったら喜ばれること間違いない。
それに……コルダータちゃんのお墓参りもしなくちゃな。
「しかし、思えば便利な能力よね」
【罰するもの】の権能のひとつである【空間転移】。
1度魔力を設定した場所に、いつでも瞬間転移できる能力である。
これを使えば、いつでも我が家に帰ってこれるしいつでも旅の続きもできるのだ。
言うなれば【転移陣】の能力版だな。使い勝手も陣よりかなり良いし。
……と、言う訳で。
オレたちは学園都市を出て、トゥーラ王国との国境へと向かっていた。
いつかの列車に乗って、この広大な国の端の方まで移動する。軽く大冒険だ。
とは言っても、学園都市自体が比較的トゥーラ王国寄りにあったので鉄道の旅は1日で終わった。
列車を降りて今度はバスに乗る。発展した街を抜けてゆくと景色はだんだんと喉かな平原へと姿を変えた。
草原をくぐり緑の甘い香りを含んだそよ風が心地よい。
どこまでも広がっている草原の遠くの方には、まばらな森に面した村々も見える。小川も流れてて本当に良い所だ。
建物の形もどこかアジアっぽくて、日本の田舎を思い出す。
「空気が美味しいって、こういう事を言うのねぇ」
「だなぁ。ここでお昼寝でもしたら気持ち良さそうだ」
バスを降り、小春日和なこの気持ちい陽気の中、国境の検問所まで向かう。
わだちの道を歩み、若草を踏み締め進んでゆく。
遠くの方に、岩山に挟まれたそれなりに大きな建物が見えてきた。
たぶんあれが国境の検問所なのだろう。
馬車や商人が建物の前に集まっている。中には冒険者とおぼしい人も見受けられる。
しかしどうやら、並んでいる訳ではない。
喧騒にどよめく雑踏。その中心には、血まみれの冒険者が踞っていた。
今の検問所は剣呑な雰囲気に満ちていた。
「そこのお嬢ちゃん方?」
む。
振り返ると検問所駐在と思われる兵士さんが立っていた。腰に剣を差し水龍の紋様が刻まれた隊服を纏った壮年のおじさんだ。
「君たちはトゥーラ王国領へ向かっているのだろう? 申し訳ないが今ここを通るのは危険でね。悪いけど他の検問所まで向かってくれないかい?」
「何があったんですか?」
「……野盗が現れたんだよ。それもかなり手練れのね」
こんな発展した国でも、地方に行くとまだそういうのが出るのか……。物騒だな。
「少し前までは平和そのものだったんだけどね……。商隊や冒険者が襲われて殺される事件がこの辺りの国境近辺で多発してるんだ」
「それって討伐しようとはしてるのかしら?」
「してるよ。冒険者へ依頼もしてるし、国から討伐隊が派遣されたりもした。……でも、悉く返り討ちさ。あそこの冒険者も、討伐に失敗して一人だけ生き延びて帰ってきたクチさ」
「ふーん?」
血まみれで踞っている冒険者を見やる。強さはBランク相当か。
「ああぁぁぁぁっ!!! あぁっ、ああああぁぁ!!! 僕だけどうしてっ……」
仲間を殺され自分だけ生き延び帰ってきた事に、怒り泣いている様子だ。周りの様子も気にせずに、怒鳴り咽び泣き苦しんでいる。
「ねぇ。その盗賊団とやら、私たちが潰してきてもいいかしら?」
「な、何を……?」
「こう見えて私、けっこう強い冒険者なのよ? おーちゃんカード出して」
言われるがままにオレはカナンのライセンスカードを出す。
カードには冒険者としての情報が刻まれており、偽造は不可能である。
「え、Sランク……!? お嬢ちゃんが!?」
「人は見かけによらないって事よ。盗賊団の居場所は?」
「い、いやしかし……君に依頼をする手続きを……いや、そもそも盗賊団は相当な実力者の集団だ、いくらSランクとはいえ……」
「問題ないわ。これは私が『自衛』として行うだけのこと。依頼料も何もいらないわ。
それに、もし私が負けるような相手だったらこの国はとっくに滅んでるわ」
カナンはそう言い切った。
オレとしても反対する理由は無いし、むしろそういう輩は潰すに越した事はない。
「……分かった。少しでも危険だと思ったら、すぐに逃げるんだよ?」
「もちろんよ。死にに行く訳じゃないんだから」
万が一の事があっても、ドレナスさんやドルーアンちゃんを召喚するし、最悪魔王を呼び出したりもできる。つまり負ける要素は無い。
さあ、片手間に悪者を成敗しに行くとしようか。
*
その男、〝ゲルズ〟は傭兵下がりの盗賊である。
いくつもの戦場を駆け、金で雇われれば昨日の味方を殺す事も厭わなかった。
彼にとって戦場は生き甲斐だった。
だが戦闘が好きというよりは、他者から奪う行為が好きだった。
戦争という場においては略奪が正当化される。
略奪が好きだ。
何も知らぬ者に拷問を行うのが好きだ。
恋人の目の前で女を犯すのが好きだ。
命乞いに応じたと見せかけ後に虐殺するのが好きだ。
弱者の絶望に染まった顔を見るのが好きだ。
弱肉強食こそが正義。
強者たる自分は何をしても赦される。
なぜなら強いから。
しかし戦争は長続きはしない。束の間とはいえ平和な時代は彼にとっては暇過ぎた。
だから、平和ボケした連中から奪う事にした。
かつての傭兵仲間と共に盗賊団『略奪の王』を結成。
各地を転々としながらならず者を子分に加え、略奪の日々を過ごしていた。
村に火を放ち、逃げ惑う村人を襲ったあの日々を。男は殺し、女子供は犯してから生きたまま炎に焚べた。
子供だけは助けてほしいと懇願する母親の目の前で子供を串刺しにしたあの時の悲鳴は、今も耳に貼り付いて安眠の助けになっている。
「ガハハハハハ!! お前らは本当に最高の仲間だ! 明後日に向けて今宵はたんと食え!!」
「お頭こそ最高でっせ! 他人から奪う楽しさを教えてくれたお頭に乾杯でさあ!!」
明後日――ちょうど新年のタイミングで、トゥーラ王国領の村を襲撃し乗っ取る計画だ。
これまで何度も辺境の村を襲撃し乗っ取りしばらく滞在し、腕利きの冒険者が派遣される頃を見計らって姿を消す。
そうやって生きてきた。
次の計画もきっと上手くいく。
ゲルズはそう信じていた。
「大変だお頭ぁっ! 冒険者の襲撃だぁ!!」
「ほう? 襲撃者の詳細は?」
「て、敵は……2人。幼い女のガキ2人です!!」
「ガキがたった2人だと? 嘗めてんのか!?
……まあいい、ここまで辿り着いたって事はそこそこの腕があんだろう。適度に痛め付けて連れてこい。
記念に輪姦してやる」
ゲルズは選択を間違えた。
この時、逃げていれば。
否。もっと昔に、真っ当な生き方を選択していれば。
恐怖と絶望と後悔の化身は、すぐそこまで迫っていた。
*
「ひいふうみ……いっぱいいるわね」
上空から様子を見るオレたち。
岩山の中腹に開いた洞穴には、柄の悪そうな人間が出入りしているのが見てとれる。
ここは昔は鉱山だったらしく、盗賊団はその坑道をアジトに再利用してるようだ。
「おーちゃん」
「あい。【多重結界】」
まずは、この場から一匹も逃さないために山ごと結界ですっぽり覆う。
後はもう、カナンが好き放題やるだけだ。
アジトの入り口に降り立ったカナンは一言。
「みなさまごきげんよう。そして、さようなら」
「あ? なんだお前、ここが何処かわかっ――」
ぐしゃり
一瞬でカナンの目の前に立っていた男の上半身が消えた。
腰から上を失い、がくがくと痙攣しながら倒れる男の下半身。断面から鮮血と臓物が溢れ出た。
「は……?」
「て、敵襲っ! 殺せーっ!!!」
突然の事態に驚愕しつつも、武器を抜いてカナンに襲いかかる盗賊ども。
ふむふむ、1人1人が最低でもCランク冒険者相当の実力があるようだ。下っぱがこれなら親分はかなりの実力者だろうな。
「あーん♡」
カナンは小さなお口を大きく開け、顔を横に傾けてから虚空に噛みついた。
「は……え?」
すると、カナンに接近していた盗賊数人の身体の大半が大きく齧り取られた。
ごりゅっごりゅっ
ぐきゅぶちゅぶちち
……ごくんっ。
カナンは〝それ〟を咀嚼し、飲み下す。そして唇の間から滴る紅い雫を舌でぺろりと舐めとった。
「まあまあね。お昼ごはんには悪くない」
「ひっ……」
自分たちの行く末を理解してしまったのだろう、攻め気の強かった盗賊どもの動きが止まる。
あわよくば逃げ出そうとする輩もいるようだ。
だがカナンは、1匹も逃がすつもりはない。
1匹ずつ、確実に追い詰めて喰らってゆく。
隠れようと逃げようと無駄だ。カナンの探知能力は誤魔化せないし、逃げようにもオレの【多重結界】を破れはしない。
そうして外部に出ていた最後の1人を喰らった所で、カナンはため息をついた。
「まだまだ食べ放題は終わらなさそうね」
オレの能力に、【空間転移】や【並列空間】という空間を司る権能のものがある。
詳細は省くが、この能力のおかげでオレは【空間拡張】の術式を理解し割りとフラットに扱えるようになった。
空間拡張とは、ある程度閉ざされた空間の広さを拡大する力である。
これを使って何をしようか。オレはお部屋を広くしようと考えていた。
しかしカナンは、全く異なる事に利用したいようだった。
「ん~、まだまだ入りそうね」
カナンはお腹を擦って舌なめずりをしている。
――自身の体内に空間拡張を施すこと。
提案された時、何をトチ狂ったのかと思った。
理由を聞けば、〝敵を喰べながら戦闘できれば【吸血姫】の能力を活用できると思わない?〟との事だった。
やっぱり意味不明である。
だが、反対はしない。主様のしたい事は全力で実現させたいのだから。
なのでオレ、めっちゃ頑張った。
具体的には小人形態を駆使してな。
口の中と喉と胃袋と腸の一部に至るまで、頑張った。今のカナンの胃の容量は100人入ってもだいじょーぶ! なくらいに設定してる。
おまけにカナンが任意で体内の空間拡張を発動できるようにも工夫したしな。もっと褒めて。
ちなみにあの後吐き出してもらえず体内で1泊する事になったのも、ぜんぜん怒ってないから。ホントホント。
オレを体の中に入れると興奮するとか性癖どうなってんだうちの主様は。
はぁ……。
ま、まあおかげで大食い料理店とかで無双できるようになったし?
戦闘中の補給も敵を喰う事でだいぶ楽チンだし? カナンが摂取した栄養はオレの魔力に変換されたりもするしな。余剰の魔力はある程度はストックされるし、オレ自身の強化にも繋がってる。
継戦能力は確かに上がったとは言える。うん。
「さて、次は中の奴らを食べに行きましょうか」
「オレは食べないからな?」
「あらら、せっかく美味しいのに」
「ううぅ……オレの血とあいつらの肉、どっちが美味しいんだよ?」
「そりゃ断トツでおーちゃんよ。おーちゃんの血は甘くて芳醇で最高なのよ。だからね、このお昼ごはんのデザートにしようと思ってるの。ああぁ、想像しただけで涎が出てきちゃうわ……」
狂ってるんだろうな、カナンは。100人に聞けば100人が狂ってると答えると思う。
だが、オレはカナンの狂ってる一面さえも大好きなのだ。
だから、オレの血の方が美味しいと聞いて心底安堵している。
オレの血肉が主様にとって特別だと聞いて、心が踊るくらい嬉しくなっている。
あぁ、きっとオレも狂っているんだろうな。
この身は髪の毛から骨の髄に至るまで全て主様の物。どう扱われようとも、オレは一向に構わない。
たとえ貪り喰われたとしても、オレはきっと幸せな気持ちで受け入れられると思うんだ。