第187話 炎竜姫
1日100話単位で色んな小説読み漁ってます。
「全く、たかが生徒同士の決闘にここまでやる必要があるのかね。金と労力の無駄に他ならないと思うのだが」
〝政治学科〟に通う貴族の男子生徒は、目の前に張られたドーム状の巨大な結界を見て呆れていた。
この【多重結界】には物理・魔法による攻撃の余波を防ぐ効果は元より、様々な効果が込められていた。
これから内部で響き渡るであろう爆音をある程度遮る【防音】や、内部の空間を広げ、カナンとドルーアンがより快適に戦闘を行えるようにする【空間拡張】など。
内部の戦闘に外部が巻き込まれないよう、徹底しているのが素人からしても察するに難くはなかった。
だからこそだ。
これほどの大結界、一体どれほどの労力をかけているのか。
「たかが生徒二人……いや、仙術と魔術の学科でも指折りの実力者同士の戦いか……。それでもこれはやり過ぎだと思うのだが。セバス、お前はどう思う?」
「わたくしめも、些かここまでする必要があるのか疑問にございます」
同伴者である初老の男がそう返す。
「そうだよな。お前も魔道具の無駄使いでしかないと思うよな」
目の前の結界は、彼らが生まれてから見たこともないほど巨大な魔力であった。だからこそ、疑問に思う。
これを構築するのに、どれほど巨大で高価な魔道具と術式を使ったのか。
魔力を確保するためにどれほどの数の魔石を集めたのか。
これを作るためにどこまでの金がかかっているのか。
そもそも、たかが生徒二人の決闘でここまでする必要があるのか。
平民とは縁遠き彼等とて、護衛の騎士や冒険者は見たことがある。
それも、Aランク以上の高い実力を誇る冒険者たちだ。
人類目線ではかなり上の強さを持つ存在を、移動する時には護衛として雇っていた。
その戦いぶりを知っているからこそ、疑問に思ったのだ。
そして勘違いもしていた。
たとえこの学園指折りの実力者であろうと、あの冒険者たちほどの強さには届かないであろう……と。
だからこそ、この不相応な大結界を鼻で笑った。
――彼等は知らない。
この決闘にかかった金は、ごく僅かであるという事を。せいぜいが協力してくれた周辺の施設への謝礼である。
なぜならこの巨大な結界は、ドレナスやジョニー、フェブルスにそしておーちゃんといった僅か4人の超越者たちが自前の魔力で造り上げたものなのだ。
更にここまでの結界でさえも、カナンとドルーアンのフルパワーの攻撃を食らえば綻ぶ事もある。
後に欲深き彼等は思い知る。
この世界には、金や権力でさえ御せぬ怪物が潜んでいるという事を。
理解の範疇から逸脱した、その冒涜的なでの姿を。
*
「「〝無拍子〟っ!!!」」
その瞬間、二人の拳の間には火花が迸った。
たった一撃の相殺。
ただそれだけで、拳がぶつかり合ったとは思えない爆音が結界の縁まで弾け当たる。
「……くっ」
カナンは顔を歪めた。
純粋な力比べでは、ドルーアンに部が上がる。
打ち合った拳が砕けかかったのだ。
一旦体勢を整える為にカナンは後ろへ退き、今度は紅き妖刀【紅影】を構える。
「前より強くなってるわね、ドルーちゃん」
「ふふーん。ぼくだって成長するんだもん!! 君と同じようにねっ!!」
以前のドルーアンは、姉の真似事をしているようなぎこちない動きだった。
しかし今は、以前とは別ものだ。
クラスメイトや友達の動きから影響を受け、様々な戦いかたを学んだ。
力比べに持っていかれればカナンでさえ劣勢を強いられるだろう。
「あははっ!!! これは楽しくなりそうねっ!!!」
カナンも負けてはいない。
スピードではカナンはドルーアンを大きく凌駕している。
ドルーアンの重い攻撃を紅影で受け流し、隙を見つけては振るい、突き、薙ぐ。
しかしドルーアンも寸前でカナンの攻撃を回避してゆく。
「ぼくたち互角だねっ!!!」
ドルーアンのドラゴンの拳とカナンの紅影が、ギリギリとぶつかり合う。
手数と一撃の重さ。
双方のアドバンテージを存分に活かし、互角の戦いを繰り広げていた。
それは、一種の膠着状態とも言う。
戦闘において、あまり好ましい状態ではない。
この膠着状態をどうにかして壊さなくてはならない。それも、自分に有利な形で。
二人の考えている事は同じだった。
だから、動くのも同時。
「【上位雷撃魔弾幕】!!」
「【炎竜衝波動砲】!!」
カナンの口からは雷の上位弾幕が、ドルーアンの口からは白い極太の熱線が放たれる。
位置関係はカナンが上空。角度的には空だ。ドルーアンは、これなら巻き込む心配はないと判断した。
カナンはドルーアンの光線を身をよじって回避する。
光線はそのまま背後の結界の縁に当たり、やがてガラスに孔を開けるように貫通し空の彼方へ消えてゆく。
さすがに結界に威力は大幅に削られかなり細くはなっていたが、それでも一般人が巻き込まれていれば大事故になりかねなかった。
しかし、そこまでしなければカナンには勝てない。ドルーアンはそう考えているのだ。
対するカナンは、手数による攻撃を選んだ。
紅い雷撃の雨がドルーアンへ殺到する。
さらにカナンは弾幕と共に間合いまで潜り込み、紅影による渾身の一撃を放つ。
――【紫電一閃】!!
雷を纏った紅影が、カナンの全力で振るわれる。
紅影を下から振り上げながら、数メートルを音速を超える速さで突進する。
床に紅き線を刻みつつ、ドルーアンへとカナンの一撃が到達する。
この一撃も、背後の結界に破らないまでも大きな亀裂を作り出した。
しかしそんな結界の亀裂や孔は一瞬で塞がる。おーちゃんが裏で頑張っているのだ。えらくてかわいいね。
そして当のドルーアンはと言うと――
「驚いた……」
カナンの渾身の一撃を、なんと両腕で受け止め耐えていたのである。さすがにノーダメージではなく竜腕の中央あたりまで刃が通っていたが、その筋繊維によりそれ以上は通らない。
――【絶対切断】を用いれば斬れなくもないが、これは殺しあいではない為に封印してる。殺しあいなら今の一撃で戦いは決している。
そして刀はドルーアンの腕と拮抗する。このままでは不利な力比べになってしまう。
カナンは即座に退こうとする。
しかしドルーアンはそれを見逃さなかった。
「くっ……抜けないっ!?」
ドルーアンの竜の筋肉が紅影を引き抜かせない。
ほんの一瞬。焦った隙に、ドルーアンは反対の腕でカナンの頭を掴んだ。
「つかっ」
「しまった――」
「まえっ」
カナンを掴み持ち上げたままドルーアンは腰を捻る。
「たぁっ!!!!」
そして、投げた。捕まえたと言いながら投げた。その勢いで腕に刺さった紅影もカナンと共にすっぽ抜けていった。
しかしただ投げただけではない。ドルーアンの本気の投擲は、数百キロもの速度でカナンを結界に叩きつけた。
更に
「くあぁぁっ!! 【炎竜尾鞭】!!!」
少女の身体とはアンバランスに大きく肥大化した竜の尾が、白熱した炎を纏う。そして、怯みから復帰できていないカナンへと叩きつけられる。
爆煙。衝撃波。並みの人間が食らえば灰すら残らずに消し飛ぶ破壊力だ。
「……まさかこれで終わりじゃないよね?」
立ちこめる煙に向かって問いかける。
すると、煙の中からよろよろとカナンの姿が現れる。
かなりのダメージを受けた様子ではあるが、既に自己再生がかなり進み軽症レベルまで癒えていた。
「まだまだよ。ようやく温まってきたところ」
鼻血を拭い、余裕そうに笑う。
殺す気ではなかったものの、あの一撃を受けてなお立つとは。
ドルーアンは嬉しく思った。やはり、カナンは全力をぶつけるに値する。
そして同時に、次にカナンがどう動くか警戒した。
「さぁて、そろそろ本気出すわ」
カナンの本気――
おーちゃんによる補助が無いとはいえ、その強度階域は第七域の最上位――特級に限りなく近い。
何が起こっても不思議は無い。
ドルーアンは、決してカナンから目を離さない。何が起こっても対応するつもりで――
「――!?」
突如、眼前に〝紅影〟の紅き刃が迫る。
しかし、カナンの位置は変わっていない。
〝投げた〟のだ。唯一の武器である紅影を。
投擲された紅影は、回転しながらドルーアンの頚へと迫る。
音速を超える速度で、なおかつ【絶対切断】を纏わせた一撃――。まともに食らえばかなりのダメージを受けるだろう。
しかし、驚きはしたがドルーアンであればここからの回避は余裕である。
何が狙いなのか。武器に意識を向かせた陽動か。それとも他に何かあるのか。
何にせよ、ドルーアンはカナンから決して視線を逸らさない。
――それが仇となった。
「っ!? 消えっ――」
突然、カナンの姿が消えた。超スピードで移動した、という訳でもない。カナンのスピードはドルーアンを上回っているが、対応できない程ではなかったのだから。
一体何処へ――
刹那の中、ドルーアンは思考する。
しかし、答えを出す前にカナンは姿を現した。
「こっちよ!!」
ドルーアンの、真後ろに。投擲された紅影をキャッチした形で出現した。
そして、がら空きの背中に一太刀。
「ぐうぅぅっ!!」
――【空間転移】。
自身の魔力でマーキングした場所や物に移動する能力である。
ドルーアンにこれまで見せていた全ては陽動だったのだ。
「や、やっぱ……カナンはすごいや……」
傷は深い。ギリギリ急所は外しているものの、戦闘の継続が可能かどうかもギリギリである。
もっとも、再生能力を持たない者からすれば十分致命傷なのだが。
(これはさすがに……負けかな。ぼくはカナンに全力をぶつけられて、満足してる……のかな。わかんない。まだモヤモヤしてる気がする)
わからない。ドルーアンは、自分の中にある感情をまだ理解できていない。けれど
「頑張れ~! 負けるなドルーアンちゃん!!」
「姐さんならまだやれる!!」
「まだいけるにゃ~!! 立ち上がるにゃ~!!!」
友達の声が、仲間の声援が聞こえる。ドルーアンに勝ってほしいと、みんなが願っている。
(あぁ、そっか。ぼくは……〝負けたくない〟んだ)
ドルーアンは、自分の気持ちをようやく理解した。
(ぼくは〝勝ちたい〟んだ。何のしがらみも無く、全力をぶつけ合った上で)
そこにはもう、姉への嫉妬と渇望に囚われた少女はいなかった。
「ぼくはっ……! カナン!! 君に勝ちたいっ!!!」
笑みを浮かべ立ち上がるドルーアン。
純粋に戦いを楽しむ心を手にしたその瞳には、気高き焔が灯っていた。
殺し合いだったら即カナンちゃんが勝ってます。
『面白い』
『おーちゃんを出せ』
『カナおーてえてえ』
『更新早くしろ』
『むしろ毎秒更新しろ』
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