第186話 再戦は祭りとともに
テラリアやってました(再犯)
「うへへ、へへっへへへ……」
桃色の髪をした女の子が、虚ろな表情で刀の刃に頬擦りをしている。
ヨダレを垂らしその目の焦点は合っていない。フィアーノちゃんの顔はもはや、薬物中毒者のそれであった。
真剣に頬擦りは大丈夫なのかと気になるが、一応峰にすりすりしてるから大丈夫……なはず。
それより問題なのは――
「そろそろ……返してくれないかしら?」
「んぅえー? もう少しだけ、お願いもう少しだけ触っていたいんだよ!!」
メルトさんに造ってもらったたった一振りの刀を、このまま変態幼女にべたべた触らさせるのはなーんか嫌だ。
「あぁっ……!」
そうしてカナンは半ば強引にフィアーノちゃんから紅影を奪い返した。
フィアーノちゃんよ、そんな悲しそうな顔をされても困るんだけど。
「そういえば……これをもらう前にもう一本、純霊晶魔鋼の剣も造ってもらってたわね」
「なな、なんですとぉっッ!?!?」
「なー。あれ何処にいっちゃったんだろうな?」
「そうねぇ、今更ながらすごく勿体ないと思うわ」
「え……まさか、失くした? 純霊晶魔鋼を……?」
「そうだけど?」
「な、な、なにやらかしてくれとんじゃーーー!!!!!!!?」
カナンがあるがままの事実を口にしたら、フィアーノちゃんが目から血の涙を流しつかみかかっていた。
アダマンタイト……。貴重な金属をふんだんに使った剣だって聞いて、まあ凄いんだろうとは思ってたけど……。あの剣そんなにヤバい代物だったのか。
失くした経緯が経緯だし、仕方ないとは思うんだけどな。
狂信国でラクリスに敗北後に奪われ、その後は黒死姫が国ごと消し飛ばした。
ひょっとしたら今も更地になった狂信国に取り残されているのかもしれない。
まあ、そんな事フィアーノは知らないんだが。話す気もないし。
だから、カナンは鬱陶しそうにフィアーノちゃんの血涙の叫びを受け続けるしかないのであった。
*
「で、結局私の〝紅影〟のメンテナンスはどうなったのよ?」
「あぁ、それならもう終わったんだよ。歪みや歯刃こぼれも無いし、問題なかったんだよ。
鉄とかとの合金だったら錆びの問題もあるけど、純魔鋼や霊晶魔鋼は錆びないんだよ」
落ち着かせ、機嫌をなんとか取り戻したフィアーノちゃんは紅影のメンテナンスをいつの間にかしていたらしい。あの頬擦りってメンテナンスだったんか……
「けど、何かあったとしてもワタシには修理は無理なんだよ。ワタシじゃ魔鋼の形を僅かに変える事もできないんだよ」
「そうなのね。けど、何ともないのが分かって良かったわ。けっこう無茶な使い方……特級の魔物の防御を無理やり削ろうとしたりしたしね」
竜巻のサメと戦った時の話だ。
あのときはフィアーノちゃんも現場にいたっけ。
思えばカナンは刀を使うときはかなり負担をかけてそうな扱い方をしてきた。
それでいて一切問題がない、というのはメルトさんの技術がそれだけ凄いという事なのだろう。
――特級錬金鍛冶師。
フィアーノちゃんは、メルトさんの事をそう呼んでいた。
なんでも、〝神〟の力に耐えられる……あるいは神に届く程の武具を産み出した鍛冶師に与えられる称号なのだという。
メルトさんの逸話はかなりたくさんあるらしく、その中でも〝明星の勇者〟の愛剣『心星剣』を造ったという功績はかなり大きいのだという。
何せ、明星の勇者はその剣で本当に神を二柱ほど滅ぼしているというのだ。
マジもんの伝説の剣である。
ひと度振れば、天を割り、空間を切り裂き、大地を分ち、大海を引き裂く、とか言われているのだ。どんなえげつない兵器だよ。
だがそれ以上に、オレたちからすればメルトさんが『明星の勇者』と親交があったという方が驚きだった。
「心星剣ってどんな剣だったの?」
「それがどんな能力を有する魔剣だったのかは、残念ながら伝わってはいないんだよ。
ただ、紅い〝心型〟の魔石を核にしてたらしいんだよ」
ハート型だって?
……ちょっと待って。かつてコルダータちゃんと一緒に寝ていた時、たまに体内の魔石が透けて見えた事がある。
あの時見えた魔石の形は――
「おーちゃんどうしたの?」
「ちょっと気になる事ができた。後で話す」
「そうなのね」
メルトさんの話が頭の中で再生される。
『――コルーの身体には、本来あるべき魔石が生まれつき欠損していてね。
幼い内に亡き恩人のものを移植してもらったのさ』
まさか、とオレは思った。
もしそうならば、狂信国が……ティマイオスがコルダータちゃんを器にしようとしていた理由の辻褄が合う。
だがそれは、ただの仮説に過ぎない。
考え過ぎだ。
その後、カナンとオレは用事を終えフィアーノちゃんのお家を後にしようとした。
その時。
『我が主、今よいか?』
ドレナスさんからの【念話】が、カナンとオレの中に届いた。
*
全く、今日はずいぶんと忙しくなるな。
ホントだったら帰ってカナンとお料理するつもりだったのに。
今日はグラタンにしよっかな~なんて。
「我が主! すまないな、付き合わせてしまって」
「全然平気よ? それより、こうして声をかけてきたって事は踏ん切りがついたって事なのね?」
「ああ。ただその前に、もう一度だけ手合わせしてほしいそうだ。そうだろう、ドルーアン?」
ドレナスさんの隣には、うつ向いたまま大人しくしているドルーアンちゃんが立っていた。
こうして会うのは交流戦以来だ。
見た目はカナンより少し年上の少女で、ドレナスさんのように真っ赤な髪をトライテールに纏めている。
その制服姿はなんというか、めちゃくちゃ似合っている。
正直一瞬、カワイイと思ってしまった。
ごめんなさい主様。今夜はいっぱい主様を悦ばせよう……と、小さな決意を固めた所で話は進展した。
「私としては、戦わなくてもこの場で〝主従契約〟してもいいけれど」
「わかってる……。これはぼくが、自分と決着をつける為にやることだから。付き合って、ほしい」
ドルーアンちゃんは、姉のドレナスさん同様カナンの配下……眷属になりたいらしい。
前はドレナスさんよりも自分が強いと証明する……なんて躍起になっていたが、以前の交流戦でカナンに負けずいぶんと丸くはなったらしい。
しかしどうやら、長年心に積み重ねてきた姉への劣等感の裏返しは、今も完全には消えず僅かに燻っているそうだ。
「ぼく自身、お姉ちゃんより強くなるとかもうどうだっていいんだ。今は友達もいて、大結界に封じられていた時とは比べ物にならないくらい楽しい日々を送れている。
……だからこそ、この未練を完全に断ち切りたい。どうかぼくの我が儘に付き合ってほしい……」
我が儘だが、オレは別にいいと思う。未練を断ち切った上で、カナンの眷属となりたいと言うのだ。
「その未練ってドレナちゃんと戦うのじゃダメなの?」
「戦ってもたぶん、今でもお姉ちゃんには負けると思う。けれどそうしたらまた、囚われてしまう気がする……。だから、カナン……ぼくはキミに全力をぶつけたい。その上でぼくに勝ってほしいんだ。
キミにしか頼めない……我が儘なのは承知の上なんだ」
「ふーん、まあいいけど。勝っても負けても恨みっこなしよ?」
そうしてオレたちは、仙術学科の修練場――模擬戦などを行うドーム状の建造物までやってきた。魔導戦闘学科と同様、コロシアムみたいな見た目だな。
やっては来たが、いきなりやる訳にもいかない。
内部では休日なのに模擬戦に励む生徒たちもたくさんいるのだ。アポやら許可やらを取ったりしなければならない。
そもそも二人が本気で戦ったら、余波で街のひとつや二つ容易に消えかねないのだ。
周囲の施設やら諸々にも頭を下げなきゃいけない。
……と覚悟していたら、仙術学科の学長がカナンを大歓迎してくれた。
許可とか準備の諸々を完全に引き受けてくれるらしい。
そんなこんなで、カナンとドルーアンちゃんの戦いは2日後に行われる事となった。
なった、のだが……
「ど、どうしようおーちゃん……」
カナンは目の前の騒ぎに愕然としていた。
「んメェ~。カナンちゃんの戦いを間近で見られるんだメェ~」
「負けたら許さないのさ! 絶対に勝ってきてよね!!」
パラヒメちゃんやリースリングちゃんといったクラスメイトのみんなも
「カナンさん、応援していますからね?」
「今度はこの目で直接お前の戦いを見られるなんて、ワクワクするぜ!!」
「が、がんばってくださいっ……!」
「Zzz……」
交流戦の仲間たちも、みんなみんな集まってきた。
向こうの仙術学科のひとたちも、たくさん来ているみたいだ、ドルーアンちゃんの友達もたくさんいるだろう。
それだけじゃない。物理戦闘学科や、知らない学科の生徒や教員たちも……みんなみんな集まってきてしまっていた。
お祭り騒ぎである。
中にはフィアーノちゃんとその両親も来ている。
ど、どうしよう……。オレもどうすればいいかわかんない。
い、いや。一応オレには役割がいくつかあるからな。
まずは――
「おーちゃん。よろしく」
「わかった。【着衣創造】」
カナンが着ていた衣服を【次元収納】に取り込むのと同時に、オレの魔力で造り出した黒い服をカナンに着せる。
いつもの冒険者としての紅い軍服風をモチーフにした、黒い軍服風の「戦闘フォーム」である。着るならあっちでも良いのだが、最悪焼き尽くされてしまっても困る。そういう理由から、オレの【着衣創造】を利用した。
それだけじゃない。オレは名残惜しくもカナンと別れると、裏方の仕事――【多重結界】の構築に協力しにゆく。
そこには魔導戦闘学科の教員らや、ドレナスさんにネメ……フェブルス先生やジョニーちゃんといったメンバーも結界の構築に力を入れていた。
だが、それでもまだ足りない。
カナンとドルーアンちゃんの全力戦闘の余波を完全に抑えるには、オレも手を加えなくてはならない。お互いそれだけ強大な存在なのだ。
そして、結界の中……コロシアムの中心。
多くの観客がカナンたちを見下ろしている。
「思ってたより大きな騒ぎになっちゃったわね……」
「そうだね。ぼくは既になんだか楽しくなってきちゃったよ」
カナンとは対照的に、ドルーアンちゃんはお祭りを楽しんでいるようだった。
カナンも「まあいっか」と諦めて、紅影を構える。
「それじゃあ、ぼくのワガママをよろしくね?」
ドルーアンちゃんも露出激しい〝戦闘ふぉーむ!〟に姿を変え、両手両足が竜のものとなる。
「うふふ。私も最近あまり戦えてなくて溜まってたのよ。それじゃ、始めましょうか?」
そして、二人の戦いの火蓋は落とされた。
なんで学園編のキャラが集結しだしてクライマックスみたいになってんの……? プロットにはそんなこと書いてないのに……(恐怖)
 




