第182話 赤く罰する緋色の少女よ
どこからともなく、オルゴールの音色が響いている。
そこは、七色の彩色が飾る、七柱の天使を象ったステンドグラスの塔。
その内側にある円柱形の床の上に、オレは立っていた。
久しぶりにここに来た気がする。
「久しぶり、なのだー!」
目の前には、何処からか持ってきた人をダメにしそうなソファーの上にふてぶてしく座る、白髪白ワンピースの少女の姿があった。
「久しぶりだなアスター」
「のだー。あー、めちゃくちゃ疲れたのだ……。まさかこんなにはやく〝ヤツ〟が動くなんて……」
「何の話だ? ヤツって一体……」
「わたしが〝守って〟いるものなのだ。アレについて直接話そうとすると、認識阻害が起こるからめんどくさいのだ。
ただ、カナンちゃんのいる方の世界にも〝ヤツ〟と接触したことのある人間たちは一応いるみたいなのだ。早い話、そいつらに聞いた方がいいのだ……」
投げやり……。
いかにも疲れはてたような様子だな、アスターは。『ヤツ』とやらをどうこうするのはかなり大変なのだろう。
「それより、カナンちゃんまた変なもの拾い食いしたのだ?」
アスターが指差した先には、空中で十字架に張りつけにされている白い修道女の姿が……ってあれ、〝秩序の神〟じゃねーか?!
「アレがもう少し成長していたら、神性を得てマジもんの神に成ってたかもなのだ。早いうちに倒せてよかったみたいなのだ。……食べちゃうのは意味わかんないけど」
『……』
張りつけにされたシスターの姿が霞んでゆき、やがて1枚のカードへと形を変えた。
ここで【魂喰】で魂を能力に加工すると、カードになるんだが、アレもそういうことだろう。
直前に【高位能力:罰するもの】を獲得していたのを思い出した。
「わたしには、かつて好きなひとがいたのだ」
「どうした藪から棒に? ノロケ話か?」
「違うのだっ! 昔話なのだ!!」
急に自分の昔の恋愛について語り出すとか、なんだこの幼女? オレも幼女だけど。
「年寄りの昔話くらい聞いてほしいのだっ。
わたしの好きだったひと……あいつは、わたしがこの役目をする事に最後まで反対していたのだ。
でも、わたしがこうしなければこの世界は滅んでいたのだ。
だからわたしはこの裏側から、あいつは表側から世界を守る事にしたのだ」
アスターは、今までに見たことないくらい悲しそうな顔をしていた。
「……いつか、カナンちゃんとキミが、わたしを解放してくれるって信じて、話すのだ――」
*
「う……」
瞼が重い。少しの間寝てしまっていたようだ。
夢に久しぶりにアスターが出てきたな。疲れていたけど、元気そうでよかった。
途中からどんな事を話してたのか、よく覚えてないけど。
「どうしたのおーちゃん?」
「あぅ、主様……?」
瞼を開くと、いちご一個も入らない距離にカナンの顔があった。
あぁ、そうだった……。朝まで主様に抱かれてる最中だったんだ。
「大丈夫? 痛くしちゃってたかしら?」
「ううん、ちょっと居眠りしちゃっただけ。続けていいよ」
「よかった。……ふふ、それじゃ遠慮なく♡」
夜はこれから更けて行く。
朝はまだまだ遠かった。
*
数日後。
自由学科で〝怪事件〟が起こった。
校内で失踪者が出たのである。
失踪したのは、グラム王国伯爵家の子息、ザードベッグリンと、彼のクラスの担任をしていた教員一名である。
捜査員がクラスメイトに事情聴取するも、全員が何らかの事情を知っている様子ではあるものの誰一人として口を割らない。
いや、〝何か〟に怯えて話せないのである。
その怯えかたは尋常ではない異様な状態であり、中にはその〝事件〟について問うと、発狂して暴れまわる生徒もいる始末。
鎮静剤を投与しても、具体的な情報は得られないままだった。
ただ、一人だけ〝何か〟について話した生徒がいた。
彼女はこう言った。
「ザードは、緋色に喰われたっ……!!!! あぁ、あたしも喰われる! どうせみんな……もう死んでも逃げられない……」
その直後、その女子生徒も大量の血痕を残して失踪した。
また、事情聴取に携わった調査員も、原因不明の精神異常を起こして再起不能に陥った。
当局は、下手に調査をする方が危険であると判断し、調査を撤退した。
手を出さなければ、何も起こらないのだから。
その後、ベッグリン家が派遣した非公式の調査員がクラスメイトに接触する。
その結果、生徒数名と調査員数名が同様に行方不明となった。
しかしベッグリン家は諦めず、生徒を一名グラム王国へ誘拐してしまう。
そこでBランク冒険者が数名、グラム王国のベッグリン家へ生徒の救助に派遣されたのだが……
しかし誰もいなかった。
使用人すら、一人も。
書斎の机にはまだ熱いマグカップのコーヒーが置かれ、厨房には火にかけられた鍋が吹き零れていたという。
まるで、ついさっきまで日常がそこにあったかのように。
ベッグリン家の者は全員が行方をくらませ、家は事実上の断絶となった。
学園は、冒険者協会は、この事件の調査を完全に打ち切った。
人知れず、この事件を闇に葬り去ったのだ。
知ってはいけない。
教えてはいけない。
なぜなら〝彼女〟に食べられてしまうから。
唯一、シーバルという男子生徒を除いて。
後に、各国の若い貴族の間にも失踪者が複数出る。
その共通点は、過去16年の間にイセナランダ学園都市の自由学科に在籍していたこと。
しかしその共通点に気づいた者は、みな消えてしまう。
真実は深い闇の奥で、手まねいているのだ。新たな獲物を求めて。
*
あの事件から何週間も経った。
すっかり夏の気配も消え、今は秋のシーズンだ。
「食欲の秋ね~。もぐもぐ……」
呑気に隣で魂を食べているカナン。
「うふふ……またルールを破って〝真実〟にたどり着いちゃった哀れなひとがいたみたいね」
……ドン引きである。
カナンの新しい能力のあまりのえげつなさに。使いようによっては第三者へ〝感染〟させられるとか、人の心とかないんか?
そして問題の自由学科はしばらく閉鎖されているみたいだ。
校内で次々に生徒が失踪する事件が起きているのだという。その犯人はもちろんカナンなのだが、そこにたどり着くまでに確実に死ぬ。
そんなこんなで学園都市内では、すっかりある都市伝説が話題だ。
それは、『知ったら死ぬ、語っても死ぬ怪異』である。
その特性上、どんな怪異であるのかすら広まらない、異様な都市伝説である。
おそらく自由学科の惨状から広まったのだろう。
「いいわ、様になってるじゃない……あはははははっ!!!」
そんな噂を耳にしたカナンは、邪悪な魔王のように笑った。
*
「――貴様が〝騎士〟だな?」
「ほう? 何者だ?」
人の気配も無い静まり返った真夜中の街の路地裏で、ルミレインはその男に問いかける。剣の切っ先を向けて。
「質問してるのはこっち」
「クックック、誤魔化しても無駄なようですな。
いかにも、この私が〝騎士〟である!!!」
黒コートに身を包んだ〝騎士〟が、パチンと指を鳴らす。
するとルミレインを取り囲むように、3体の巨大な上位魔将が出現する。
が、しかし。
ルミレインが剣を振るうと、たった一撃で3体もろとも消滅してしまうのであった。
「上位魔将3体ですら足止めにすらならないか。
その力、その姿……もしや貴様が噂に聞く〝調停者〟か。まさか実在したとは」
ルミレインは何も言わず、騎士を見据える。
「クックック、〝調停者〟が相手では部が悪いですな。
せっかく育てた爵位悪魔を手にしたかったが、倒されてしまえば仕方がない。もうここに用は無い」
再び指を鳴らすと、貴様の姿が霞に溶けるように透けてゆく。
ルミレインはそれを見つめたまま、何もせずに見逃した。
――あれは、カナンたちが倒すべき敵。ボクが倒しては、彼女たちの成長に繋がらない。
ルミレインはそう考え、弟子のためにあえて騎士を逃がしたのだった。
*
世界に新たな魔王が、〝黒死姫〟が現れる事件が間もなく起ころうとしていた。
黄昏の時代の訪れは、近い。
影魔ちゃんを書くきっかけになったなろう小説のアニメの1話を観ようとしたら、たまたま別のチャンネルでやってた韓国映画に夢中になった親と姉にテレビ占領されて観れませんでした。マジで泣いてます。




