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第179話 呪詛キャンディって虫下しみたい

 黒曜の骨の手が、カナンの白いお腹の上でゆっくりと紋様を描くように指でなぞってゆく。


「ま、(ますたー)に変なことしたら許さないからなっ!?」


「案ずる事はない、体内の呪詛をひとまとめにしているだけです」


 そう応えるのは、黒いローブに身を包んだ真っ黒な骸骨だった。





 ――不死王(リッチ)


 かつてカナンとオレ、そしてコルダータちゃんと共に挑み、かなり苦戦した敵だった。

 最後はルミレインの〝心象〟で倒されたと思っていた……のだが。





「ネメシス先生って、あの時私たちと戦った不死王(リッチ)……と同じ個体なのね? なんでこんな所にいるのよ?」


「それはルミレイン様の命令……それと、我に託された使命を全うすべくここにいる」


「使命?」


 使命とは一体。

 それを聞こうとすると、ネメシス先生は……カタカタと骨を鳴らして首を横に振った。


「今この場で話す内容ではない。カナン……いいえ、カナン()よ。貴女こそが、我が使命に相応しい御方です。故に、我が〝使命〟はこの場で軽々しく話す事ではありません」


「なんだか重たそうな話ね……。ルミちゃんが関わってるなら、またあとで時間を作って聞かせてもらうわよ。ネメシス先生」


「ええ、感謝します」


 腑に落ちない所は色々あるが、ひとまず 向こうに敵意が無いことは分かった。

 それに、今のオレなら不死王(リッチ)相手でも余裕で勝てるだろう。


「……終わりました。取り除いた訳ではありませんが、カナン様なら時間をかければいずれ分解できるでしょう」


 ネメシス先生が言うには、カナンのお腹の中いっぱいを汚染していた呪詛を、一粒の飴玉のように纏めてくれたのだそうだ。


 これはカナンの身体に影響が出ない範疇で呪詛を常時放出するらしく、いずれは全ての呪詛が溶けてカナンの身体に吸収されるだろう、とのことだ。


 カナンも苦しさが収まったようで、むっくりと起き上がった。


「安静にしてた方が良いのかしら?」


「数日は大人しくしているに越した事はないでしょうね。学校で授業を受けるくらい問題無いと思いますが」


 呪詛が効かないハズのカナンが影響を受ける程の呪詛。

 安静にするという事の意味は、カナンの身体の為ではなく、周囲のためのものらしい。


 カナンの身体から僅かにでもこの呪詛が漏れれば、惨事になりかねないという。今のカナンはそのレベルの爆弾を体内に抱えているのだ。


「ありがとう、ネメシス先生。しばらく大人しくしてるわね」


「それでは我……私は戻るとします。呪詛が全て消えた時、私の〝使命〟について語ります」


「……分かったわ」


 ネメシス先生は手袋とフードを被り、部屋を後にした。


 まさかネメシス先生の正体が、あの時の不死王(リッチ)だったとは。

 どういう風の吹きまわしなんだか。あと言わずもがな、先生の正体については秘密にしといた方が良さそうだ。


 すると、再びコンコンと扉からノック音が聞こえた。


 忘れ物でもしたのか? と思い、扉を開けると……



「カナンちゃ~ん!! 心配したんだメェ~~~!!!」


 パラヒメちゃん!? 真っ白なもふもふ羊巨大娘が、扉を開けるなり巨体を押し込み入ってきた。


「あたしもいるのさ!」


 パラヒメちゃんの制服のポケットから、小さな妖精(フェアリー)の少女、リースリングちゃんも顔を覗かせた。


「二人ともよく来たわね。一体どうしたのかしら?」


「メェ……どうしたもこうしたも、いきなり窓から飛び降りて、二人とも何処で何をしてたんだメェ~!! ほんっとに心配したんだメェ!!!!」


 あの温厚なパラヒメちゃんが、オレたちに珍しく怒りを露にしている。


「本当にごめんね……」


「申し訳ないとは思ってる。でも、何をしていたのかは詳しくは言えないんだ」


 カナンと一緒に頭を下げる。

 友達を、心配させてしまった事を謝るために。


「メェ~、納得できないメェ」


「パラヒメ。人には友達にも話せない事情くらいいくつかあるものなのさ。あたしだってパラヒメにも言えてない事だってあるし」


「メェっ!?」


 リースリングちゃんにも人に言えない秘密があると聞いて、パラヒメちゃんは面食らった様子だ。


「カナン、オーエン。秘密は誰にでもあるのさ。だからあたしはとやかく言うつもりはない。

 だけど、自分をもっと大事にしてほしいのさ……友達としての、お願いなのさ」


「……分かったわ」


 カナンには、自分は苦しんでも構わないという節がある。

 友達のためなら、目的のためなら。自分が傷ついても、それでいいとしてしまうのだ。


 オレにとっては、たとえ自らの意思であろうと、主様(ますたー)傷つく姿は心苦しい。

 けれど、それでもオレはカナンの意思を尊重したい。



 それから、せっかく来てくれた二人と一緒にご飯を食べ、なんだかんだで楽しく一日を終えたのであった。




 翌日。もちろん昨日の一件でカナンとオレとジョニーちゃんはしっかりお叱りを受けた。


 既に魔導戦闘学科の中では、カナンとジョニーちゃんらがとある学科の校舎を隠れ蓑にしていた大悪魔を倒した……なんて話も囁かれていた。

 と言っても所詮は噂。本気で信じる人なんていないはず。


 そしてカナンの体内の呪詛が完全に消えるまで、だいたい一週間。

 この間、いつも通り学校で授業を受けて、いつも通りの日常を送った。とは言っても、あまり無理な運動は避けて安静に。


 カナンにとって少し退屈で暇らしく、一日の終わりにはその欲求不満が全てオレに向いて大変な目に遭わされてしまうのであった。

 あうぅ、一週間毎日はさすがにおかしくなっちゃうってぇ……。






 そして一週間後の放課後。

 カナンの体内にあった秩序の神の呪いは、問題なく全て吸収され糧となった。


 〝ネメシス先生〟から、放課後に展望室で待っているようにとの言伝だ。


 今はその展望室で、先生を待っている所である。


「時間もあるし、ピアノでも弾いてようかしらね。エスちゃんともおはなししたいし」


 オレは側でカナンのピアノの演奏を、ゆっくりと聴いている。

 エスペランサちゃんと会話をしているのだろう。優しくて、もの悲しい旋律とともに〝秩序の神〟が、カナンの中で完全に滅んだという事をピアノを通じて話している。


「や。お話し中みたいやな」


 オレの隣にジョニーちゃんが腰かける。


 やや赤みがかった黒髪は夕陽に照らされて、不思議な色合いに輝いていた。


 整った顔立ちが、紅い瞳が、演奏を聴いている寂しげな表情が、やっぱりカナンにとてもよく似ていた。


「どうしたオーエンちゃん? ワイの顔になんかついとったか?」


「いや、別に」


「ふっふっふっ、あんまりワイが綺麗やからって、そんなに見てたらカナンちゃんに怒られちゃうで?」


 冷やかすようにジョニーちゃんは言う。

 別に決して見とれていたとか、そんなんじゃないんだけどな。


 ただ、やっぱり似ているんだ。カナンとジョニーちゃんは。


 そうしている間にカナンの演奏が終わった。



 前髪を指で軽くとかすと、カナンはこっちを向いて微笑んだ。



「良い演奏でした、カナンさん」


「あら、聴いてたの先生?」


 近くの柱の陰からネメシス先生が現れ、軽く拍手を送ってきてくれた。


 オレとカナンが待っていたのはネメシス先生である。


 先生の……いや、不死王(リッチ)であるネメシス先生がカナンに託したいという、〝使命〟についてを。



「さて、カナン様……〝例の話〟を始めましょう」


「……もしかしてワイはお邪魔かな?」


「……いいえ、ジョニーさん、貴方にも無関係な話ではない。一緒に秘密を共有しましょう」


 ネメシス先生はそう言うと、カナンが席に座ったのを見計らって指を弾いた。


 パチンと軽やかな音が響くと同時に、周囲にドーム状の透明な結界が構築される。


「これは……防音結界と軽い認識阻害やな。どうやらなかなか大事なお話みたいや」


「当然です。これから話す内容は、この世界に大きな影響をもたらす話なのですから。

 準備はいいですか?」



 カナンは一呼吸置いてから、頷いた。

 話を聞く準備ができたと。


 カナンの意思を確認した先生は、手袋とフードを脱いでその骨だけの姿を露にした。


 ジョニーちゃんは一瞬驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻しネメシス先生の目を見据えた。



「さて……。まず、私の真の名は〝ネメシス〟ではない。

 我が真の名は――〝フェブルス〟


 かつて〝勇者ソフィア〟と共に人魔大戦を終結させた、偉大なる〝深淵の魔王・バルベロス〟様……その忠実なる(しもべ)である」







ネメシス先生もとい、フェブルスさん。実は獣王よりも強かったのに、カナンに呪詛は効かないわ、4倍弱点の治癒魔法の使い手までいて負けたのです。ホントは大魔王幹部。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おちゃかわ(詠唱破棄) [一言] お前…強かったのか…まぁ心象使えてる時点で強いのは確かだし、ルミレインが来てなかったら多分負けてたし当然か。
[良い点] リッチお前………実は強かったのか………… まぁかなちゃんに出会った時点で敗北フラグは成立するからね仕方ないね() [一言] 初コメゲット!
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