第17話 ルミレインはチョロい
最近体調が優れません……
ズズーンと地響きをたてて、2つに割れた巨大なドラゴンが森に墜落した。
「ヤバいわよ……」
「……ヤバいですね」
コルダータちゃんはともかく、カナンまでもが目の前で起こった出来事に唖然としている。
「ルミレイン……化け物かよ」
何が起こったかって、いかにもファンタジー世界に馴染む巨大な青いドラゴンが、ルミレインの前に一瞬で両断されてしまったのだ。
怪力だとかちゃちなものじゃねえ、もっと何か恐ろしいものの片鱗を見てしまった気分だぜ……
「フン。そこに隠れてるのは分かってる」
何……だと? 気づかれていたのか? 一体いつから?
「あなた、やっぱり強かったのね。何者よ?」
オレ達は、カナンを先頭にルミレインの前に姿を見せた。改めて姿を見ると、他とは異質で圧倒的なオーラを感じさせる。あと腹筋めっちゃ割れてるな……
それにポーカーフェイスってヤツだろうか。ルミレインの感情が全然読めない。
「……君たちと同じ。ランクに不相応な力を持っているだけの冒険者」
「つまり教える気は無いって事ね。いいわ」
「フン。それより丁度良い。君たち三人に、この森で起こっている異変を解決してもらおうかと思ってた」
上位悪魔が出現したという話だろうか。カナンがそう聞くと、ルミレインは首を横に振って抑揚の少ない声で答えた。
「……その上位魔霊本人に害意は無さそう。むしろ協力を願いたい所」
細めた瞳でオレを見る。まるで、「全てお見通しだ」とでも言うように……。
「ふうん。じゃあ魔物が大量発生している事? さっきあなたが倒したドラゴンもかなり強そうだったけど」
「その通り。この森に迷宮の入り口が出現した影響で、大量の魔素を取り込んだ周辺の魔物が凶暴化、あるいは〝進化〟してしまってる。
解決には、迷宮の奥にある核を破壊するしかない」
「核?」
「大迷宮は時折、節目に核を発生させ成長する。
大迷宮本体から、成長に必要な大量の養分が核を通して送られてくる。その時に余って溢れ出した魔素こそが、事の原因」
……なんというか、やけに詳しいな。というか入り口まだ見つけてないのに断定しちゃってるし、もしや専門家なのか。
「なあ、これをもし放置したらどうなるんだ? 迷宮が侵食して街が呑み込まれる事になるとか?」
「その心配は無い。けど、周辺の魔物が活性化するし、かつ大増殖したものがこのままだと十中八九近くの街を襲う。
君たちも経験したはずだ、幾千ものゴブリンたちが、命を投げ売って襲いかかってくる所を」
あれってそういう事だったのか。てか何でゴブリンと戦ったこと知ってるのこの人。……今は深く考えない事にしよう。
「さて、さっそく入り口を探しに出たい所だけど……他の高ランク(笑)冒険者たちが雷に打たれて死にかけてる。そこのコルダータ。回復魔法で癒してやって」
「わ、わたし!? わかりましたよ……なんでその事を……」
なぜかお見通しなルミレインに怯えながら、オレ達は少し離れた所に倒れていた二人の元へ近づいた。……金髪細身の方は気を失っているだけのようだが、鎧を着けた奴は皮膚が黒く炭化しており、もはや到底生きているようには見えない。
「死んでないかこれ?」
「問題無い、まだ辛うじて息はある。早くやって」
「うぅ……いたいのいたいの、飛んでけ……」
不安そうにしながらも、コルダータちゃんは黒焦げ鎧男の顔に手を翳した。
淡く優しい光の雫がコルダータちゃんの手から滴り落ち、男の口だった部分に入る。
「……わたしの魔法なんかで助けられるんですか?」
「大丈夫、問題無い」
雫が男の口に入った数秒後、硬い炭化した皮膚にパキパキとヒビが入る。それから、卵の殻を破るように下から正常な肌が現れる。
同時に顔の欠損したパーツまでもが淡い光と共に浮き上がるように再生し、男は意識を取り戻した。
「ぐぁ……オレ様は一体……」
「コルダータ、金髪にも」
「は、はい!」
コルダータちゃんはすぐに金髪の方にも同じ魔法をかけた。
即座に起き上がり、不思議そうに辺りを見渡す。
「ボク、生きてる……? ひょっとしてルミレインちゃんが助けてくれたの?」
「フン、感謝はこの娘にして。名前はコルダータ」
ルミレインが金髪男にそう言うと、鎧男が何かを思い出したように起き上がり、突然罵声を浴びせてきた。
「てめえ、まさかこのオレ様に不意打ちしやがったな!!」
な、何を言っているんだコイツ?
助けられた事に気づくどころか、ルミレインに気絶させられたと思ってるらしい。
「阿呆か。あんたは上位飛空竜に一撃で殺されかけた。それを回復魔法で救ったのはこの娘。礼が先、言葉わかってる?」
「る、ルミレインちゃんの言う通り! 女の子には優しくしなきゃ!」
「あぁ?! 低ランクのてめえらは黙ってろ! 小娘、名前は? 冒険者ならランクも教えろ!」
「わ、わたしはコルダータ、Eランクです!」
「へぇコルダータ。Eランクか。お前はこのアガス様のパーティに入れてやる。命令だ」
「え、ちょっと?」
はぁ? 何だこいつ偉そうに? コルダータちゃんはカナンとパーティを組んでるってのにスカウトって、しかも命令?
「……ん、なんだ? コルダータの仲間か? ランクは?」
「……Fランクよ。先日冒険者になったばかり。コルちゃんは渡さないわ」
「ハッ! もったいねえ! Fランクの雑魚なんかより、有能なオレ様がこのコルダータを有効活用してやる! 安心しろ!」
……アガスつったか? パーティに誘うつーか無理やり従わせようとしているというか。とにかく嫌悪感が半端じゃない。友達居ないだろこいつ。
「あなたいい加減に……」
「SSランク並の強者でも、冒険者になれば例外無くFから。あんたはそんな事すらも知らないらしい」
「あぁん!?」
手が出そうなカナンを制し、ルミレインがアガスの前に立った。
「……今のあんたの体はダメージの回復に体力を使い果たしてる。……そんな状態で、万全のボク達と戦う?」
これ以上馬鹿な真似をすれば殺す。そう言っているような口振りだ。
たとえアガスが万全だったとしても、ルミレインの前には瞬殺なんじゃないだろうか。圧倒的な力の差を感じさせる。
「……チッ! オレは先に戻っている。てめえら街に戻ったら覚えていろ……。二度と生意気な口を聞けぬほど完膚なきまでに痛め付けてやる……!」
「あっそ」
アガスは、ぶつくさ文句を垂れながら去っていった。一応Aランクなんだし、さっきのドラゴン以外には負けないだろう。
「待ってよルミレインちゃん、ボク何がどうなってるのかさっぱり分かんないよ?!」
女子共の中に一人取り残された金髪の青年が、ルミレインに縋るように尋ねる。
「フン。恐らく、迷宮の入り口が森に出現してる。それもAランク以上、よもやするとSに達する危険度」
「え……Sランク!? ぼ、ボクも帰りますね……ギルドに知らせてきます!」
金髪の青年も、慌ててオレ達の前から去っていった。よほどSランクとやらが怖いらしい。
「フン」
カナン、コルダータちゃん、ルミレイン、そしてオレは、それから迷宮の入り口を探す事になった。どうも、ルミレインが言うにはある程度の目星はついているらしい。オレ達にはさっぱりだが、感覚を研ぎ澄ませば魔力の流れを感知できるようになるとか。ほんとかなぁ。
「ルミレイン……いや、ルミちゃんが強いのはわかったわ。そこで取り引きをしたいのだけど、いい?」
「ルミちゃんはやめて……それで、取り引きってなに?」
「率直に言うわ、私に剣を教えて欲しいの。弟子にしてくれる?」
で、弟子ぃ!?
まさかカナンがそう来るとは思わなかったな。ルミレインの無表情な瞳が一瞬キラリと輝いた。
「ほう、ボクの弟子になりたいと。 で、対価は?」
「ルミちゃんがこの街を去るまでの間、甘いものを好きなだけ奢るわ。どうよ?」
「あ、甘いものっ?! こほん。あ、アドバイスくらいはしてやってもいい。べ、べつに釣られている訳じゃないから。勘違いしないでよ?」
ルミレインのポーカーフェイスが一瞬、よだれとこぼれ笑みで崩壊してしまっていた。
もしかしてあんた……案外チョロいのか? 甘いもので剣技を教えてくれるって、それでいいのかルミレイン。いや、チョロレイン。
よもやすると、カナンはこの化け物を餌付けする事に成功してしまうのかもしれない。
ルミちゃんのおっぱいは8割甘いものでできているのです。




