第174話 メデューサ的な
「はぁっ、はぁっ……」
物言わぬ首だけのカナンを抱えて、オレは一人灰色の廊下を走っていた。
〝秩序の神〟の法廷からなんとか脱出できたはいいものの、このままではどうしようもない。
うぅ……主様ぁ。
死んで……はいないよね。だって、オレがまだこうして存在してるのだから。カナンが死んだら、その一部であるオレも消えてしまう。
影魔とはそういうものらしい。
「主様……」
瞼を閉じたまま、腕の中のカナンは何も答えない。
廊下の隅で、オレは一人頭をフル回転させていた。
どうすればアレに勝てるか。
カナンの胴体を、どうやって取り返すか。
しかし、ヤツは――
《呼称名:秩序の神
種族名:爵位悪魔:公爵
高位能力:断ずるもの
強度階域:第8域》
――特級。
この解析結果を見たとき、オレは正気を疑った。
正体が悪魔であると分かったのは良い。
だがなんでこんな所に特級相当の大悪魔がいるのか。
しかし、今のオレでは勝てる望みは薄いだろう。
勝てる可能性自体はある。だが、かなりキツイだろう。
一か八か魔霊形態で特攻し、〝有罪〟が発動する前に心象を顕現させる。
そして心象が相殺される前に、物量でゴリ押す。
だがそれは、オレが〝有罪〟の発動より先に顕現できればの話。
仮にここまで上手くいったとして、顕現した後にどれだけ押し合いに耐えられるか。
ジョニーちゃんがしばらく耐えていたが、あれば外側から押し当てているような状態だ。
心象の主を巻き込んだ上での押し合いとなれば、オレにかかる負荷はその比ではない。
最悪、一瞬で抑え込まれる可能性だってある。
ヤツとの魔力量の差はそれだけあるのだ。
クソ、よくも主様を。
「ぐすん……主様っ」
うぅ、涙が出てきた。
起きてよますたぁ……。
眼を閉じたまま、カナンの頭は何も言わない。
多重結界に閉じ籠りながら、カナンをぎゅっと抱き締める。
ごめん、あの時オレが動いていれば……。
『おーちゃん……』
「ゆぇ?」
『あぁ、相変わらずおーちゃんのお胸は柔らかいわね……』
え、主様の声がする?
『頭だけっていうのも以外と気楽なものね』
「うぇ、ええぇ!?」
腕の中のカナンの生首を見たら、なんと眼を開けてぱちくりオレを見上げていた。
『いやー、まさか首だけでも私って生きていられるのね。とんだ新発見だわ』
首だけになっても生きてる……。良かった……けど、普通に喋ってる?
いや、これは念話か。
『ふふふ、肺が無いから肉声で喋れないのよ。驚かせたみたいでごめんね』
「びっくりしたけどだいじょぶ。主様が生きてて安心してる」
首だけで意識を保ててるのはたぶん、再生能力や窒息耐性、それと首無死姫の性質か?
ともあれ、オレの精神的にカナンがこうして生きてたのはとても安心できる。
『とはいえ首だけじゃ何もできなさそうよね』
「あぁ、どうにかして主様の胴体を取り返したいんだが……」
『正直ね、時間をかければ身体を再生できそうではあるわ』
えぇ……うちの主様人間辞めてない?
あぁ、とっくに辞めてたわ。ずっと一緒にいるから普通の人間のスペックを忘れつつあったな。
「って事は、このまま身体が治るまで時間稼ぎするのか?」
『ううん。そうじゃないわ。絶対取り返す。
あの身体にはいっぱい思い出がある。おーちゃんをいっぱい抱き締めたし、いっぱいシたし』
「あうぅ、確かにあっちの身体とはたくさん思い出があるっちゃあるけど……」
『それより何より、おーちゃんの本体の魔石はあっちの心臓の中にあるのよ? こっちで身体を再生してもおーちゃんはどうするのよ?』
あ、確かに。
あっち取り返さないと最悪オレが消えちゃうんじゃね?
やべーじゃんか。
「でも〝秩序の神〟の分身がそこらにわんさかいるんだよな。傷つけたらまた〝有罪〟にされて同じ事になっちゃうし、どうすりゃいいんだ」
『それなら私に考えがあるわ』
*
大量のシスターたちの群がる【多重結界】を解除して、カナンの頭を抱きながらオレは前に歩きだした。
当然、シスターたちは白い槍を突き付けこちらに襲いかかってくる。
だが――
『ふふっ、私と目が合ったわね?』
〝秩序の神〟の分身たちに、カナンの【タナトスの誘惑】が発動する。
以前にも、分身をけしかけてくる相手と戦った事がある。
そいつの分身に【タナトスの誘惑】をかけた時。
あの時、何が起こったのか。
『譛臥スェ繧ョ繝ォ繝�ぅ――』
シスターたちが、踵を返して空き教室の方向へと殺到してゆく。
『私たちも行くわよ!』
オレも、翼で滑空して〝秩序の神〟のいる教室へと戻った。
そこでは――
分身のシスターたちが、自分たちの本体である〝秩序の神〟へと槍の攻撃を仕掛けていた。
そう、自死を強制させる【タナトスの誘惑】を分身にかけると、分身たちは本体を殺めに向かうのである。
『有罪――』
〝秩序の神〟は、己を攻撃する自らの分身に〝有罪〟を下そうとして、そのまま固まってしまった。
これは賭けだった。
この心象の効果である〝秩序〟の強制は厄介だったが、このルールは自らも対象になるのではないか?
〝秩序の神〟は己を攻撃した対象に〝有罪〟をかけようとする。
だが、自らのシスターを断罪する事は自らのルールの『分身体の破壊の禁止』に抵触する。
その矛盾を、カナンは突いたのだ。
賭けはひとまず成功だ。さあ、ここからどうするか――
『〝秩序〟を変更――現〝秩序〟の破棄――』
!!
あいつめ、ルールを撤廃しやがった。
その上で分身体を異様に大きな下半身のスカートの中へと吸い込むようにして吸収している。
……だが、今がチャンスだ。
『後ろよ!!』
『!!』
その時、〝秩序の神〟の背後で何かがむくりと起き上がった。
それは――首の無いカナンの身体だった。
頚の断面からは今も血が溢れだし、そして血しぶきと共に繰り出された拳が振り向いた〝秩序の神〟の顔面に炸裂した。
〝秩序の神〟は大きく吹き飛ばされて床に落ち、再び他のシスターたちに群がられる。
「主様のか、身体が……動いてる?!」
『びっくりしたかしら? どうやら頭が近くにいれば動かせるみたいね』
こっちに手でVサインを送る、首無しのカナンの身体。
なかなか不気味なんだけど。
『さぁ、やっと身体が戻ってきたわね』
オレはこっちに駆け寄ってきた首無しの身体にカナンの生首を手渡した。
首の切断面がぐじゅぐじゅと音を立てて癒着してゆき、やがて傷痕も残らないくらい元通りに治癒していた。
「やっぱ自分の身体が一番ね。おーちゃん頑張ってくれてありがとね」
元の身体を取り戻したカナンは、オレの頭をぽんぽんと撫でてくれた。
これで元通り……あぁ、そう考えたら安心してきた。
「はあぁ、良かった……」
「まだ安心するのは早いわよ」
「おっと、そうだった」
まだ敵はいる。
群がっていた分身体のシスターどもを全て吸収した〝秩序の神〟が起き上がり、こちらを睨み付けている。
だが、今は〝秩序〟が一時的に撤廃されている。
今こそ好機。
一転攻勢のまたとないチャンスである。
「やっちゃえおーちゃんっ!」
そしてオレは、今現在持てる力の中でも最大級の技を発動させる。
「心象顕現……〝形影相弔〟!!」
シスターでヴァラクなのはとある映画のオマージュです。
『面白い』
『おちゃかわ!』
『おーちゃんカワイイ』
『がんばれカナンちゃん』
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