第169話 虎の尾の上でタップダンスをしよう!
幼い少女2人を、高校生くらいの男子生徒何人もが取り囲んでいた。
取り囲んでいる理由は、オレらを逃げられないよう従わせようと威圧しているつもりなのだろう。
こいつらのリーダーは、見た目麗しいオレとカナンを手篭めにしたいらしい。
〝二人揃って俺の妾になれ〟そう、オレたちに指図してきた。
「――それが遺言なのね?」
それが、カナンの逆鱗に触れた。
「ぷっ! 遺言っ、遺言だって? ギャハハハハハッッ!!!!」
「まさか俺たち相手に、お前らみたいなメスガキが喧嘩で勝つつもりでいるのかい!?」
ゲタゲタと下衆な笑いが響き渡る。
こいつらは知らないのだろう、カナンの強さと異常さを。
この世界では、見た目は必ずしも強さに関わらないのだと。
――【威圧】
カナンは腹の内にある鋭い殺意を、ほんの少しだけ外に向けた。
たったそれだけで、野次馬をも巻き込み辺りの空気が凍てつくような錯覚に陥った。
「あ……あれ、なんで……腰が抜け……」
先程まで威勢の良かった貴族男子生徒諸君の膝が笑っている。
カナンはただ軽く威圧しただけだ。戦闘力を持たない一般人に威圧を使えば、つまりはこうなる。
最も本気で威圧してれば意識も奪えるのだが。
「クソ、何をしたお前――」
軽く、ぴょんとカナンがその場でジャンプした。膝ほどの高さまで飛び上がると、そのまま落下して……
着地と同時に、カナンの周囲の大地は激しい破裂音と共に砕け、クレーター状に凹んだ。
舞い上がった塵が小雨のように降り、土煙の中では衝撃で吹き飛ばされたザードたちが仰天の表情でこちらを見ていた。
「……で、誰が私たちをどうするって?」
「ひ、ひいぃっ!? こんなの聞いてねぇよぉ!!」
「ま、待てっ!? 俺を置いていくな!!?」
何人かが即座に立ち上がって逃げ出したが、カナンはザードだけは逃がすつもりは無い。
【威圧】を当て続けながら、ゆっくりと近づいてゆく。
「ち、近寄るなっ! この俺に手を出せばどうなるかっ……」
「ねえ。誰をあんたの妾にするって言ったの?」
カナンは腰の抜けたザードの髪を掴み、至近距離で目を合わせた。
もう、何時でも命を奪える。
カナンは【威圧】の出力を上げ、貧弱なザードが失神するギリギリに調整する。
いかなる抵抗も、いかなる命乞いも、我が主様の前には無駄であると。
そうして、心を折る仕上げに入ろうとした時の事だった。
「や、やめてカナンちゃん!」
シーバルくんが、間に割って入ってカナンを止めた。
シーバルくんはこいつにいじめられてるっぽいけど、どういう意図だろうか。
「大丈夫だから……もういいからっ」
そう言うシーバルくんの表情は、曇天のように暗く感情の見通せないものだった。
「……主様。念のため言うけど、今ここでそいつを殺したら面倒では済まない事になるぜ?」
「……そう、分かったわ。
あんた、おーちゃんとシーバルちゃんに免じて特別に見逃してやるわ。わかったらさっさと失せなさい」
威圧を解き、ザードを見下してそう言った。
ザードの心はまだ折れておらず、その目にはカナンへの憎しみが籠っている。
「許さねぇ……絶対に泣かしてやる。この学園で生きられないようにしてやる……!!」
「あぁそう。せいぜい頑張りなさい」
ザードは負け犬の遠吠えを吐いて、そのまままだ笑う膝を動かして去っていった。
伯爵家だっけか、あいつ。この学園でその権威が個人の嫌がらせとして通じるとは思えないのだが、あの感じはこれからカナンに何かしてきそうだ。
心はまだ折れていない。
カナンの〝料理〟はまだ完成していない。
今後、シーバルくんのいない所で〝料理〟は完成することだろう。
それでも
「本当にこれでいいのかしら、シーバルちゃん?」
「いいんだよ……。本当に悪いのは、僕だから……」
「あっそ」
カナンは、シーバルくんに何か思う所があるようだった。
しかし、当のシーバルくんがこれなので、それ以上の詮索はやめた。
詮索はしない……が、身体中の傷は大丈夫ではなさそうだ。
「ほらよ。回復薬だ」
「え、あっ……ありがとう」
とりあえずシーバルくんにポーションを投げ渡すと、オレたちはその場を去るのであった。
*
「――結局、大した収穫は無しかぁ」
ため息をついて、ソファーの上でうつ伏せに寝転んだ。
自由学科の校舎まで遠征してちょっぴり疲れたなぁ。
そんで結局、何かが分かった訳でもない。
「しらみつぶしにやるしか無さそうよね」
カナンはまだまだやる気だ。とはいえ、自由学科に巣食う存在に関しては何の手がかりもない。
遠目で見るだけじゃなぁ。いっそ校舎の中に入って調べたりできたらいいんだが、他の学科の生徒は立ち入り禁止なんだよな。
そう頭を悩ませている時だった。
「……あら?」
「どうした主様?」
「アイツにかけてた【タナトスの誘惑】が……弾かれたわ」
え、弾かれた!?
アレって弾けるものなのか?
事実、解除されてしまっているようだ。
効果範囲外に出る等以外で、何らかの手段を用いて解除したか。しかしあんな雑魚にカナンの能力を解除できるだろうか。
「私の能力よりも高い干渉力で打ち消したとしか考えられないわね。一体どうやったのかしら……」
――仮に、自由学科に潜む〝何か〟が、縄張りのモノを守ろうとした……
そう考える事もできる。
根拠は無い。しかし、その〝何か〟がカナンと同等の干渉力の能力を持っているとしたのなら。
「ふふ……思っていたより楽しめそうね」
カナンは、不敵な笑みを浮かべた。
翌朝――
登校していると、校舎の入り口に何やら人だかりができていた。
「どうしたのかしら?」
何かあったのだろうか。
疑問に思っていると、そこへパラヒメちゃんとリースリングちゃんが駆け寄ってきた。
「た、大変なのさ!! カナンちゃんとオーエンちゃんが――!!」
――魔導戦闘学科1年の生徒『カナン』およびその同伴者の『オーエン』は、男子生徒を対象とした違法な売春行為に手を染めている。
そんな事が書かれた紙が、校舎の正門前に大量に散乱していた。
誰がやった……?
誰かがオレと主様を陥れる為に、こんな嘘を?
「カナおーが売春なんて真似するはずない!」
おぉ、ほとんど誰も信じてはいない。それだけは幸いだな。
「そうだそうだ!! Sランク冒険者でもあるカナおーがお金に困ってるハズない!!」
「それに、カナおーがお互い以外に肉体関係を持つなんてあり得ない!! そんなの周知の事実だ!!!」
……うん?
なんか変なのが混じっていた気がするが、気のせいだろう。そんな事実、周知されてたまるか。
「カナンちゃんらはそんな事しないメェ」
パラヒメちゃんもそうだそうだと言ってるしな。
それから一旦普通に登校して、いつも通りに授業を受ける。
同じクラスのみんなは普通に接してくれていたが、接点の薄い他のクラスや他学年の生徒の中にはオレらを見てヒソヒソする奴もいる。
所詮は噂だ。時間が経てばみんな忘れるだろうを
それに、あの紙をばら蒔いた犯人も大方昨日のアイツだろうな。今度殺そっと。
そして、当然っちゃ当然だが、オレとカナンをいつも陰から見ている連中が本気でキレているようだった。
それ以外にも、親しい人たちもかなり怒ってくれている。
「犯人に心当たりがあるんやな?」
「まあね。昨日シメたグラム王国とやらの伯爵とやらよ」
ジョニーちゃんもカナンを心配して見に来てくれた。
場合によっては犯人に圧力をかけるつもりらしい。
「その話、僕も混ざっていいかな?」
「あら、ローゼスちゃん? 少し久しぶりね」
この金髪のイケメンくんは、先日の交流戦で一緒に戦った生徒のローゼスくんだ。イケメンな上に性格も良いとか、男としては嫉妬するんだが。
「小国の伯爵ごときが僕の友人にこんな仕打ちをするとはね……」
「これはどうやらワイらがその伯爵くんとおはなしする必要がありそうやなぁ?」
ローゼスくんは、大国アルマンド王国の第四王子である。
更にジョニーちゃんも、故郷ではかなりの権力者の血筋らしい。
「ジョニー先輩も貴族なんですか?」
「ワイは『夜の国』の王様である〝夜王〟の血筋を引き、更に次期候補でもあるんや。継承権バッチリやで」
「おぉ、それは心強い!」
「さぁて、一緒に彼の元へお話しにいこか。……クックック」
うわぁ、ジョニーちゃんが悪い顔してる。
吸血鬼の王国である夜の国の、次期国王候補……。だろうとは思っていたけど、ジョニーちゃんとてつもない大物だったな。
そんな王族2人に守られてるオレたち。
若干ザードくん相手に過剰戦力の気もするが、まあこれでもう向こうから嫌がらせはしてこないだろうな。
ローゼスくんがその気になれば、大国の圧力で彼の家ごと潰せる訳だし。
「二人ともありがとうね」
「いえいえ、友達を助けるのは当然ですから」
「せやせや。カナンちゃんらはワイの妹みたいなもんやからな。守るのは当たり前や」
そうオレたちに微笑みかける二人の裏には、確かな怒りが見えかくれしていた。
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