第167話 小さな小さな支配者
黒く暗く、それでもどこか安心感のある世界。足元には小さな白い花々がまばらに咲いていた。
「心の中のおーちゃんも変わらずカワイイわね」
「あうぅ……」
こんな所でも主様はオレをなでなでしてくる。精神的世界なのに、しっかり感触あるし。
そんな世界の中心に、白いピアノと一人の少女が佇んでいた。
「またおはなししに来たわよ」
「待ってたよ、2人とも」
茶髪を三つ編みにしたメガネっ娘のエスペランサちゃんだった。
あれからカナンは、定期的にあのピアノを弾きに行っていた。ピアノに取り憑いているエスペランサちゃんと、こうして会話をするためである。
エスペランサちゃんはカナンと談笑するのが楽しくてたまらないようだ。ジョニーちゃんは立場上忙しくて行けない事もあるので、頻繁に話ができるカナンが心の拠り所になっているみたいだ。
「アタシの産まれた国はね、とっても小さな小さな国でね――」
エスペランサちゃんは、故郷の国では貴族の血筋だったそうだ。
とはいえ国も裕福という訳ではなく、それもあって領民と貴族の距離感はご近所さんくらいのものだったという。
世界屈指の学園都市、イセナランダ――。
受験に合格し、晴れてあのイセナランダに通う事ができる。
親戚一同や領民たちに背中を押され、ひとり自由学科に入学した。
「みんないい人たちだった……。パパ、ママ……会いたいなぁ」
自由学科とは、特定の分野を専攻せずさまざまな方面の勉学を満遍なく学べる学科のことだ。その方針から、貴族階級の生徒が多いという。
エスペランサちゃんもここであらゆる知識を取り込み、故郷で役に立ちたいと願っていた。
しかし。
自由学科の内情は、貴族生徒による熾烈な序列争いの場であった。
平民でもなく、貴族ではあるが小国の裕福とは言えない家の出身。
エスペランサちゃんはどちらにも属する事ができず、排斥、あるいはいじめの対象となった。
「でもね、自ら命を絶ちたいとは思わなかった」
「自殺ではなさそうよね? それはジョニーちゃんから聞いたわ」
何かが隠蔽されている。エスペランサちゃんの死因すら怪しいし、なんなら自由学科では毎年全く同じ時期に自殺者が出ている。
「何か、思い出せる事はないのか?」
「うーん、今まで思い出そうとはしたさ。でも……いや、あれ?」
「どうしたのかしら?」
ふと、エスペランサちゃんが何かに気づいたようだ。
「ひとつだけ思い出せた……。アタシは死ぬ直前、アタシの笑う顔を見たんだ……アタシが、アタシを嘲笑う顔が……」
自らの顔? どういうことだ?
「それが何だったのか思い出せるかしら?」
「わからない……ただ、アタシに悪意を向けていたのは覚えてる」
ひどく怯えている様子だ。あまり詰めるように聞いてはかわいそうだな。
しかし、幻覚? あるいはそういう魔法か?
この〝もう一人の自分〟とは、一体何なのか。
嫌な予感がする。
「とにかくね、私はエスちゃんを殺した犯人を絶対に許さないわ。必ず報いを受けさせてやるわ」
「ありがとう。でも、アタシみたいに死んじゃだめだからね?」
*
「もの一人の自分、か……」
翌日、カナンは図書館にてジョニーちゃんと新たな情報を共有した。
エスペランサちゃんが死の間際に見たという、〝不気味に笑う自分の顔〟。
その正体が何なのか、この一連の自殺の連鎖の裏に何が潜んでいるのか。その手がかりになるかもしれない。
「なるほどな、少し気づいたわ」
ジョニーちゃんは自らの影の中から書類の束を取り出し、丁寧に机に並べた。
「これはワイが半年前、死霊のエスペランサちゃんと初めて接触してから集めた情報や。この中に……あった、これや」
ジョニーちゃんはその中から、数枚の束を抜き取った。
それらは、過去の犠牲者の情報を纏めたものと、自由学科の校舎の間取り図だった。
「前から気づいてはおった。が、法則性がわからんかったんや。犠牲者たちの死んだ場所についてな」
16人。
過去に自由学科で亡くなった彼らの、死体が発見された場所。
各階のトイレ、更衣室、階段の踊り場、そして使われていない空き教室。
16人も死んでいて、死体が発見された場所は各階トイレを一ヶ所とすると4ヶ所のみだった。
「カナンちゃんらのおかげや。気づいたで」
「どういう事だ?」
「間取りをよく見てみるんや。犠牲者たちが見つかったこれらの4ヶ所には、必ず――」
ジョニーちゃんが指す所には、確かに必ずそれがあった。
「これ、自由学科の学長さんに相談した方が良いんじゃないか?」
「とっくにしてるで。しかしな、ただの偶然やとろくに掛け合ってくれんのや。だから、ワイらで何とかするしかあらへん」
*
「寂しいなぁ。俺たちに無断で他所の奴等と遊ぶなんて、酷いじゃないか? なぁ、シーバル」
灰色の階段の踊り場で、壁に押し付けた一人の少年を体格の良い数人の男子生徒が取り囲んでいた。
「うぐっ……」
「オラッ!! これ、友としてのケジメだから!!」
髪を掴まれたシーバルの顔を、ザードの拳が殴打した。
ザードはシーバルを囲むグループのリーダー各であり、日常的に肉体的暴行をシーバルへ加えていた。
今回も、いつもの〝儀式〟の真っ最中。
ザードを筆頭に、何人もの男子生徒がシーバルの体を押さえつけ、殴り、蹴り、ライターの火を押しつけ……
「クスクス……やぁねぇ」
「あれこそ自業自得ってヤツっしょ~」
他の生徒たちはというと、離れた所からシーバルを見てクスクス嘲笑っている。
誰も助けちゃくれない。
先生も通りかかりはするが、一瞥するたけでなにもせずに去ってしまう。
味方は、いない。
――僕が悪いんだ。
僕が、〝みんな〟と馴染めないのが悪いんだ。
僕が、〝みんな〟の空気にうまく従えないのが……
それでも、耐えなければ。耐えれば放課後にまた、みんなと……。
シーバルはぐっと鉄の味を飲み込み、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
『――』
「えっ?」
ふと、シーバルは自分の名前を呼ばれたような気がした。
顔を上げると、正面には踊り場に設置された鏡があった。
鏡――
シーバルは見た。
鏡の中の自分の顔が、一瞬……渦をまくように歪み、まるで何処かへと通じる穴のように――
「おいシーバル、何ボーッとしてんだよ!」
「殴られ過ぎてパァになったか? お?」
シーバルは朦朧とする意識を辛うじて引き戻した。
鏡にはザードたちと情けない自分の姿がうつっているだけだった。
「起きろシーバル~? そろそろごはんの時間でちゅよ~?」
「うっ!?」
我に返ったシーバルの目の前に、黒い何かを持った手が突きだされる。
黒い何かはうねうねと動いており、それが虫だと気づくのにそうはかからなかった。
「ほら、あーん! 食えるって、美味しいよぉ~!」
「やめ……うぇ、ごほっおぇぇ!」
シーバルは口に無理矢理押し込められる異物を吐き出そうとするが、どんどん奥に突っ込まれてしまう――
「オエエェェッ! げほっ、うぇぇっ」
「ギャハハハっ!! ア~ハッハハハッハッハハハ!!」
シーバルがもだえ苦しむ姿を見て、ザードたちはとてもとても楽しくなっていた。
「ほら、おかわりもあるぞ!!」
シーバルへの〝おふざけ〟は止まらない。
ザードたちは友達と楽しい一時を過ごし、青春を満喫していた。
そこに悪意は無く、この愉快な遊びは今までもこれからも繰り広げられるのだ。
みんなの空気の導くままに、空気に従わない者には遊びの罰を。
――
――それは、白く華奢な両手を組み合わせて祈った。
もうすぐ憐れな子羊が捧げられる。
祈り経て、闇を経て、眠りより覚める時。
謝肉祭は、もうすぐだ。
先日エゴサしたら、なんと韓国の個人サイトで影魔ちゃんが全話翻訳転載されているのを見かけましたわ。おちゃかわは言語の壁をも越える……!




