第16話 南西の森にて
芍薬って良いですよね。
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正義の味方なんて、糞食らえ。
やれ世間的に正しくないだの、〇〇は××でなくてはならないから間違っている、だの。そういう偏窟な「正義」とやらで、他者の尊厳を踏み躙る輩のなんと多いことか。
共通不変の正義なんざ存在しない。そこには代わりに、ただただ理不尽な「力」があるだけなのだ。
――神でさえそんな曖昧な物を諦めているのだ。気に入った人間を助け、どうでもいい奴は見捨てる。それが、ボクだけの正義。
――
「はぁ……」
最悪だ。せっかく美味しいプリンを提供するお店を見つけたというのに、こんな事に巻き込まれるなんて。いっそサボってしまおうかな?
いやまあ依頼でこの街に来たんだけどね。
『上位悪魔が出現した可能性がある。他の高ランク冒険者たちと調査してきてほしい――』
突然ギルドに頼まれ、初めは断ろうかと思った。正直メンドイしそんな義理も無い。
しかしこの辺境の街々にいる冒険者はほとんどがCランク以下。
Aランクを超すような魔物に、Cランク冒険者をいくらけしかけても死体が山積みになるだけ。どうでもいい連中とはいえ、さすがに寝覚めが悪くなるのはこりごりだ。
やむなく了承し、わざわざこうして件の『ウスアムの街』までやって来た訳である。あぁ、早く帰りたい。
「さっきから黙りこんじゃって、どうしたのルミレインちゃん? もしかして怖いのかい? それなら安心して☆ 上位悪魔からはこのボクがキミを守るから☆」
……うざい。なんなのコイツ。
このキザぶった金髪の細身なうざい男……名は確かザッコルだったか。ランクはボクと同じくB。うざい。
何度でも言おう、クソウザイ。
飽きもせず、さっきからボクを口説こうと必死だ。ボクの胸に集中する視線が、コイツの下心を物語っている。うざい。
「クソッ……Aランクのオレ様が、なぜBランクごときの軟弱者どもと手を組まねばならないのだ!?」
一方、巨大な戦鎚を抱え鎧に身を包む大男、アガス。Aランクであり、自身より下のランクの冒険者を見下している軽蔑すべき男。
低ランクでも高ランクに匹敵する実力者は多からずいる。ランクや数字でしか相手を量れない者など、真の強者ではない。てゆーかAランクの中でも下の方だろコイツ。
「……馴れ合うつもりなんて無い。さっさと済ませて帰る」
――ふむ、問題の森の前まで来たが、確かに妙な事にはなっている。
ここだけ異様に濃い魔素で満ちていたのだ。悪魔の潜む気配は無いが、これだとAランクに類する魔物がいてもおかしくはない。
「ったく、何が悪魔だ。オレ様にかかりゃ一撃だっつーの。お前らみたいな雑魚どもは邪魔にしかなんねーよ、帰れ」
「えー、そんな事言わないで一緒に頑張ろうよー? ほら、ルミレインちゃんも何か言って?」
帰ってもいいなら、ボクは真っ先に街に戻って〝ステラバックス〟の美味いプリンを食べに行きたい。あそこはホント最高……。あぁ、はやく食べたいなぁ……。甘くて舌の上でとろける食感がほわわぁ……
ハッ!
……おっと失礼。
しかしこれはギルド直々の特別依頼である。
そこに責任が生じている以上、易々と投げ出す訳にはいかないのだ。
「Aランクのくせに仲間と協力する事すらできないの?」
「あぁ?! Bランクの分際で口答えか?! いいからさっさと帰れ、命令だ従え!!」
「フン。上のランクの者の指示に絶対従わなきゃきけないルールなんて存在しないから。ボクは一人でも依頼を続行する」
「このっクソ女……街に戻ったら覚悟しやがれ……!」
ふん、この場で怒りを爆発させない程度の理性は持ち合わせていたようだ。爆発させたとしてもボクが息の根ごと止めるだけだが。ただその際には目撃者もろとも消し去らなければならなくなる。命拾いしたな、ザコ……ザッコス? あぁザッコルだった。
そんな事も露知らず、二人はしぶしぶボクの後を追って森へ足を踏み入れる。
「……ん」
……何か隠れていると思えば、昨日のあいつらか。あえて気付かぬ振りをして様子を見ておいてあげるか。
――
ここがギルドの言っていた場所だろう。溶けかかった氷は未だ森中を包み込んでいる。透明な氷の中には、相当数のゴブリンの凍死体が標本のように包まれていた。
「こ、こんな大魔法……一体どんな化け物が……」
ザッコルが青ざめて氷に触れる。
アガスは不機嫌そうに氷を戦鎚で何度か叩き、ようやくヒビを入れる事に成功した。
「こ、こんな程度の魔法大したことねえ!! 悪魔なんかオレ様が叩き潰してやる! 雑魚は引っ込んでろ!!」
強がるしか能の無い奴め。ボクの中ではまだザッコルの方がマシだ。ウザイけど。
さて、今回の目的は調査である。その中にはこの氷を〝採取〟してくる事も含まれている。これがどんな術式で発動されたのか、可能な限り特定する為だ。
……まあ、これは術式ではなく、強力な能力によって発動されたものだ。
その主はやはり、上位悪魔以上の魔力を持った魔霊である。
……アイツだ。カナンという妙な少女が連れていた、受肉済みの魔霊。名は確かオーエン。全く不思議な奴だ。
よし、この氷を【空間拡張】の刻印が施された袋に容れて持ち帰れば、任務は完了。
……ただし、急襲してくる魔物の群れを倒してからだが。
「ブゴブゴッ!」
「うわっ、ゴブリン!?」
しげみの中から突如、数十体のゴブリンが現れボク達を取り囲んだ。
単独ではE~Dランクだが、徒党を組むとC~Bランクに跳ね上がる十分危険な魔物だ。下級魔霊が中途半端に人化した歪な存在、つまり魔人のなり損ないである。捕まえた男は食料、女は性欲の捌け口に使う知恵を持った猿のような魔物だ。
――そういえばカナンはもう1人魔人を連れていたな。つくづく不思議な奴だ。
「ここはボクに任せて☆」
……うぜぇ。それでボクが靡くとでも。
ザッコルは短剣を抜き、【風魔法】の術式を刀身に付与する。彼を中心につむじ風が発生し、近づくゴブリンを吹き飛ばしていった。
「それっ! ウイングカッター!!」
ザッコルが短剣を振るうと、真空の刃が薙いでゴブリンを真っ二つにしてゆく。
さすがにBランク相応の実力は伴っているようだ。
「格の違いを見せてやるぜ軟弱者ぉっ!!」
「うわあっ!?」
アガスが戦鎚を地面に叩きつけると、衝撃で隆起した土の塊がゴブリンを捕まえて呑み込んでゆく。【身体強化】のアビリティと【地操作魔法】の術式が合わさって成せる技だろう。一撃で10匹近くのゴブリンが即死する。
実力だけは申し分ないな。実力だけは。
二人が暴れるだけでゴブリンどもを倒しきれるだろう。
動くのメンドクサイし出る幕じゃないか。ボクは、近づいてきたゴブリンだけを斬り捨てていた。
――その時だった。
「ヴォオオオオーーン!!」
上空から響く、雷を思わせる重厚な咆哮。ゴブリンどもが一斉に逃げ出す。
見上げれば、青い巨大な飛竜が上空でボク達を見つめていた。
……飛空竜か。
上位悪魔にも匹敵するAランクの魔物だ。
〝強度階域〟に換算すれば、第4域から第5域程度か。
「な、なんでこんな所にあんな……る、ルミレインちゃん逃げっ――」
ザッコルがボクの前に守るように立ち塞がった瞬間、青白い稲妻が彼の体を直撃した。口から煙を吐き出して、ザッコルはパタリと地に伏せた。
「はは……ははは!! これだから軟弱者はぁ! あんなドラゴン風情オレ様の敵じゃな――」
ズダァン!!
有無を言わさず、アガスの頭上にも雷撃が直撃した。
Aランクとは言っても、1人でAランクの魔物と互角という訳ではない。A級冒険者がパーティを組んでようやく、Aランクの魔物と対等に戦えるのだ。
結局打たれたアガスは何ひとつドラゴンに食い下がる事なく撃沈した。これだから軟弱者は。
上空飛空竜の額の一本角が再び青白く発光する。
ボクにも雷撃を加えるつもりらしい。
やれやれ、正体と力を隠しているとこういうメンドクサイ目に遭うのが難点だな。隠さなければそれはそれで大変な事になるけれど。
剣を天高く掲げ、ボクは自ら雷撃を受けに行く。
大気を引き裂く凄まじい轟音と共に剣先に稲妻が直撃するが、その程度のものでボクはダメージを負ったりしない。
【魔力操作】――魔力によって放たれた稲妻を、剣に触れた瞬間からボクの支配下に置いた。これにより電気の流れをコントロールし、刀身の中で完結させているのだ。
そして貯まった電撃を、元の持ち主にお返ししてやる。
「フン!」
飛空竜の腹部に剣先から射出された青い雷弾が炸裂。
耐性があるためダメージは大したことないものの、それなりの衝撃がドラゴンを襲う。
「ヴァギャオォン!!?」
ドラゴンの高度が下がった。これならわざわざ飛び上がらなくてもボクの攻撃が当たる。
「【中位炎魔弾】!」
木々の合間を駆け巡りながら、上空のドラゴンに向けてほどほどの魔法を放って気を引く。
倒れている二人を巻き込む訳にはいかないからだ。
怒り、ドラゴンは青い雷をボクめがけて何発も降り注がせた。
しかしそれはほとんどボクには当たらないし、当たっても跳ね返される。
やがて雷の攻撃は通用しないと気づき、ドラゴンは低空で直接物理攻撃をする手段に打って出た。
長い尾を薙ぎ払い、顎で噛みつき、ボクはそれらを全てギリギリで回避する。そうしてドラゴンは、徐々に苛立ちに理性を支配されてゆく。
「ふん……」
森の中でも一際高い針葉樹を駆け登り、ドラゴンの文字通り目と鼻の先に躍り出る。
「ヴァオオオオオオオオ!!!!!」
怒りに呑まれ、我を忘れた飛空竜が大きく口を開き、飛翔しながらボクへ真っ直ぐ突っ込んでくる。
「……一撃で決める」
腰に帯刀する剣を一瞬だけ抜き放つ。
【絶対切断】
突進の軌道が僅かに逸れ、ドラゴンはボクを噛みつかずそのまま後ろへ飛び去った。
「ヴァ……ガガ……」
ドラゴンの体の正中線にピシッと亀裂が走る。
亀裂は大きく広がり、巨大なドラゴンの肉体を左右半分に引き裂いたのだった。
――さて、これほどまでの魔物が発生しているとなると、この森では大変な事態が起こっているようだ。
例えば、迷宮への入り口が新たに口を開いたとか。
ボクが解決してやってもいいが、めんどくさい上にそこまでする義理は無い。一応ギルドに伝えるだけ伝えてやるか。
……おっと、その前に。
「……そこに隠れてるのは分かってる。出てこい、カナン」
近くの木の後ろから幼い影が3つ、おそるおそる現れた。
ザッコルよりもアガスよりも、よほど強いFランクの少女。おまけに、上位魔人と人化した魔霊も。
「あなた、やっぱり強かったのね」
姿を見せた金髪少女のカナンは、驚きよりも期待感に満ちた瞳でボクを見つめている。変わった子だ、ちょっと気に入った。
さて、帰ったらプリンを奢ってもらおうか。
作中最強格の強さとおっぱいのルミちゃんをすこれ