第163話 まさか実在するなんてよ
おのれテラリア
「ん~~~!♪」
ほっぺを押さえ、幸せに満ちた顔で悶絶するカナン。
オレたちは、放課後に街角のスイーツ屋さんでのんびり甘味を堪能していた。
「噂には聞いていたけど、とっても美味しいんだメェ~!」
「ちょっとここのスイーツサイコーなんだけど!!」
隣には巨大羊少女ことパラヒメちゃんと、妖精っ娘のリースリングちゃんもいる。
失踪事件から1週間。学校も平常通り再開し、3年生の交流戦も問題なく執り行われた。
ちなみに勝者は物理戦闘学科だった。達人並みの武器の扱いに加え、落とし穴を掘ったり枝を加工したりした手作りの罠で撹乱していた。
原始的な罠こそ逆に魔力や気配察知に引っ掛からず、有効だったのだろう。
まあカナンだったら落とし穴とか通用しないけどな。
それはともかく。
「このパンケーキ美味しいんだメェ~!!」
パラヒメちゃんがとっても嬉しそうに小さなケーキを少しずつ食べている。
ここのスイーツめっちゃ美味しいな。ウスアムの街にあった『ステラバックス』を思い出す。
あそこのプリンアラモードも美味しかったなぁ~。じゅるり。
ここはパンケーキが特に美味しい。お布団みたいにふわっふわの生地に〝エンプレスハニー〟という蜂型の魔物の蜜をかけたらもう最高だ。語彙が失われるくらい美味しい。
「もむもむ……」
「おーちゃんったら、またほっぺにおべんとついてるわよ」
「んぅ~……?」
あぅ、また心がガチ幼女になってしまってたな……。
カナンに食べかすを取ってもらって、オレはまたパンケーキを頬張る。
「相変わらず超ラブラブなのさ……。どうしてそこまでくっつけるのか些か疑問なのさ」
「仲良しなのは良い事なんじゃないんだメェ~?」
「別に良い事だけど、気になるのさ」
山のように大きなパンケーキにもたれかかったリースリングちゃんが、オレとカナンへ不思議そうに聞いてきた。
「なんでって言われてもねぇ、おーちゃんが大好きだからとしか言えないわよ」
「答えになってないのさ……。オーエンはカナンと契約してる魔霊の人化形態なんだっけ。カナンと出会う前は何をしてたのさ?」
「出会う前……? んー、それ以前の記憶は無いんだよな。召喚されて、契約して、そのままずっと一緒にいるんだ」
「何なのさその純愛っぷり……。産まれてすぐ契約してずっとイチャイチャしてるってコト? あたし怖くなってきたのさ」
純愛って。
確かに他人からはそう見えるのかもしれないな。
「お待たせしましたー。ミルキースライムパフェでございます~」
おっ、注文してたパフェが来た。
ミルクとヨーグルトをふんだんに使ったパフェの上に、スライムを象った丸く青いゼリーが乗っている。
それがオレとカナンとパラヒメちゃんの三人分。
「なにこれめっちゃかわいいんですケド!?」
そう言うリースリングちゃんは体が小さくて食べきれないので、パラヒメちゃんのから分けてもらっている。
役得だな。
うーん、美味しい。パンケーキも美味しかったが、これもなかなかだ。ヨーグルトの酸味とスライムゼリーのラムネっぽい風味がなかなか合っている。
っと、話が逸れたな。
「――オレでも怖いくらい主様とべったりだとは思うよ。てかそもそも魔霊ってどうやって生まれるんだ?」
物質的な肉体を生命維持に必用とせず、精神のみで成り立っている生き物。
オレも広義的には魔霊の範疇らしい。だが、生き物であるからにはどこからか産まれてくる必用がある。
オレはカナンの魂の中から産まれたが、野生の魔霊はどのようにして産まれてくるのか。
その答えは、どうもひとつではないらしい。
「あたしも詳しい訳じゃないんだけどね、自然発生するやつ以外に人々の心から産まれてくるタイプの魔霊もいるらしいのさ」
「人の心から?」
「そーそー。畏怖、憎悪、信仰……多くの人が共通の感情や畏れを抱くモノには、多くの人から抜け出した微弱な魔力がより集まって魔霊や精霊が産まれることがあるんだってさ。ほら、魔力って人のイメージによって動きが色々変わるから」
なるほどね。
例えば、あそこのトイレにはお化けが出る……なんていう噂が流れて人々が恐怖すると、そこに恐怖する人々から漏出した魔力が集まって『お化け』が出来上がると。
恐怖だけじゃなく、信仰でも産まれるってそれはもはや神様なのでは?
まあとにかくだ、人の心から産まれるっていうのは意外だったな。
オレもカナンの心から産まれた存在ではあるけど。
*
空が薄暗くなり、遠くで烏の鳴き声がこだまする。
「はぁ~、楽しかったわね。みんなお疲れ様」
放課後の甘味やショッピングを堪能し、満足した各々は帰路につく。
「今日は楽しかったメェ~!」
パラヒメちゃんらはオレたちとは寮が違う。なので、そろそろ今日はお別れだ。
女の子の放課後って、なんかこう、テンションが凄いんだよな。
オレもそれについていけてるあたり、そろそろヤバいかもしれない。
ただ、めっちゃ疲れた。
「お疲れかしらおーちゃん?」
「あうぅ、帰ったらはやく寝たい……」
眠い……。
思わずカナンの肩にもたれかかってしまう。
「よしよし、だっこしてあげようかしら」
「う、それはちょっとヤダ……。もう少しがんばる」
「やれやれ、まーたイチャついてるのさ……」
冷めた目でリースリングちゃんが見てくるが、問題はない。こういうのにはもう慣れた。
しかし今日ほんとに疲れたな。いつもよりスタミナが半減してるんじゃないか?
もしかして……女の子の日が始まりつつあるからか……?
うぅ、今回は少し重そうだ。
……ん?
カナンにもたれつつ人通りの少ない道を歩いていると、ふと一人の少年と目が合った。
他人と目が合うなんてよくあるよな。
「え……えぇぇ!?」
うん、目が合った少年が幽霊でも見たような表情を浮かべながらいきなり走って逃げだすのも。
よくはないな。
「パラヒメ!! よくわかんないけどアイツを捕まえるのさ!! きっと何かやましいことがあるのさ!!!」
「よくわかんないけどわかったメェ~!!! 待つんだメェ~!!」
え、ちょ、パラヒメちゃんが巨体に見合わない速度でドスドス少年を追いかけていっちゃったんだけど?
「……おーちゃん大丈夫?」
「うぅ……お腹痛くなってきた」
色んな意味でお腹痛い。
あの男の子はなんでオレを見て逃げだしたんだ?
それからそんなに経たずに、パラヒメちゃんが戻ってきた。手には仕留めた兎みたいにあの少年がつまみ上げられていた。
パラヒメちゃんの巨体だとほんとに兎サイズなのヤバいな。
「た、食べないでください!!」
「食べないメェ!!?」
黒髪にメガネで地味~な感じの少年は、半泣きでめちゃくちゃ怯えてんじゃねえか。
「さあさ何もかも吐いてもらうのさ! あんたが後ろめたいことを隠してるのはぜ~んぶこの名探偵リースリングの前にはお見通しなのさ!!!」
無い胸をこれでもかと張って、なんかノリノリのリースリングちゃん。対する少年は一層泣きそうになっていた。
「……とりあえず降ろしてあげないか? さすがにかわいそうになってきた」
「それもそうだメェ~」
パラヒメちゃんは少年をそっと降ろす。
そして女子四人組に取り囲まれたメガネの少年は、震えながらこちらを見てやけくそに叫んだ。
「し、知らなかったんです!! まさか……まさかカナおーが実在するだなんて!!!」
はぇ?
カナおーって、カナンとオレのこと?!
彼の名前はシーバルというらしい。自由学科の一年生、14歳の普人。
詳しく話を聞いたところ、道端に落ちていた小説……というか冊子みたいなものに書かれていた物語にハマっていたら、目の前に物語の中の〝カナおー〟そっくりなオレたちに遭遇してパニックになったと。
「あぁ、なるほどね……。陰からこそこそ私たちを見てる連中がいたけど、そんなの書いてたのね」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「いや別に謝らなくてもいいわよ? 直接迷惑かけないなら裏で何してても良いしね」
「あっ、えっ、あの……うわっ!?」
さすが主様、優しいな。予想外だったのだろうな。カナンの対応に驚いたシーバルくんは、立ち上がろうとしてそのまま足がもつれてずっこけた。
「大丈夫か?」
「あの、うぅ……あぁっ!?」
ん、なんかカバンが開いて中から紙が散乱してら。
「何さこの紙……へぁっ!?」
まとめて戻してあげようかな、と思ったら、紙をめくって裏を見たリースリングちゃんがへんな声を出した。
「どうしたんだリースリングちゃん?」
「へ、や、べべ別に……みみ、見ない方がいいのさ!!!!」
なんか顔を真っ赤にしてるぞ?
一体何が書かれてるんだ?
「リースちゃん見せて~……あら、はは、これは凄いわね……」
「あ、あぁ、うあぁぁぁ……もうだめだぁ、おしまいだぁ……」
「おしまいじゃないわよ、すごくよく描けた絵よ。良いわねぇ、こんど何か描いてもらおうかしら?」
絵、なのか?
オレにも見せてとせがんでも、カナンはなぜか見せてくれない。
おーちゃんにはまだ早いとか言って。
言ってる意味がわからない。
「あの、その、いいんですか? 僕なんかを見逃して……」
「全然いいわよ。むしろあの絵はすごく……よくリアルに描けていたわ。気にせず私たちをこっそり見ててくれていいわよ」
そう言って、カナンは散乱した紙をまとめてカバンにしまうとシーバルくんに返した。
シーバルくんは挙動不審に眼鏡をかけ直しながら受けとると、そのまま立ち上がって駆け足で立ち去ろうとした。
が
「ちょっと待てって。ひとつ気になってたんだけどさ、顔とか腕とかアザがいっぱいあるよな? どうしたんだそれ?」
「あ、な、何でも……いえ、ちょっと転んで……」
いくらなんでも転びすぎなんじゃないか? 顔にも青アザもくすんだアザもたくさんあるし。
なんか違和感あるんだよな。
まあ本人が転んだっていうならそういう事にしておこう。
「ほらっ、回復薬1本やるよ。元気でな」
「あ、ありがとうございます……?」
おー、戸惑ってら。
9才くらいの幼女が大人びた男言葉を使いながらどこからともなくポーションを取り出して渡してきたのだから。
うんうん、それでもちゃんとお礼言えて偉い。
そうしてシーバルくんが去るのを見守ったら、オレたちも今度こそ帰るのだ。
「メェ、なんであの紙にカナンちゃんとオーエンちゃんが抱きあってる絵が――」
「だぁーーーっ!! 言わなくていいのさ!!」
ん? それってつまり……
「ふふ……気づいちゃったの?」
「ふえぇ……」
頬を赤らめさせ、妖しく微笑むカナンを見て全てを察したのであった。
ほほう、あいつ物好きだなぁ。
テラリアに時間吸いとられる……
でもおーちゃんがカワイイ限り影魔ちゃんはエタりません。




