第160話 学園都市の騒乱
白亜の街並みの中を、どす黒いケダモノどもが跋扈していた。
ケダモノたちは人の姿を見つけると敵意をむき出しにして、襲いかかる――
が、それは叶わない。ここは学園都市。
逃げ惑う生徒ばかりではなく、中には立ち向かう強者もいる。
「上位悪魔なんて初めて見た……」
「下がっていてくださいローゼス坊ちゃま。ここはワタクシが」
金髪の少年のローゼスを悪魔から庇うように、茶髪のメイドがナイフを手に持ち構えた。
「リーニャ。僕も戦うよ。一緒に戦わせて!」
「坊ちゃま……」
リーニャはローゼスの同伴者のメイドである。
ローゼスは幼い頃から常に彼女に守られ続けてきた。
彼女は元暗殺者とだけあり、かなりの戦闘力を持っている。悪魔相手にもそれなりに戦えるだろう。
だがローゼスは幼いとはいえ男である。
好きになってしまった人を守りたいと思うのは、男として当然の感情なのだ。
「はぁ……良いでしょう。坊ちゃま、くれぐれも足だけは引っ張らないように」
「ふっ、今日もリーニャは辛辣だね。そこがまた……」
そして二人は二足歩行の猪のような姿をした悪魔に立ち向かった。
『ブオォォォ!!』
リーニャが素早い動きで悪魔の気を引いてる中、ローゼスは辺りのあちこちに反撃魔法の罠をしかける。
悪魔が不用意に攻撃をすれば、あちこちで魔法が発動して悪魔を怯ませる。
そしてできた隙に、リーニャが仙術を応用したナイフの攻撃をかます。
かなりタフな上位悪魔を相手に、二人は激闘を繰り広げた。
そして悪魔の体が崩れ、黒い塵となって散ってゆく。
「や、やった……やったよリーニャ!! 僕たちが悪魔をやっつけたんだ!!」
「そうですか。おめでとうございます坊ちゃま」
「えぇ……もっとこう、喜んだりしないのかい?」
「いえ、敵対者を倒すのは当然の事なので」
リーニャは感情の起伏に乏しいのである。
とはいえ口では冷静にしているが、ローゼスが喜んでいるのならまんざらでもないのであった。
だが、災難はまだつづく。
何者かによって召喚された悪魔どもは学園都市中にいる。
「坊ちゃま!!!」
何かの殺気に気付いたリーニャは、咄嗟にローゼスの手を引っ張って抱き寄せる。
するとローゼスがいた場所の地面から、巨大で何かおぞましいものが浮き上がるように現れた。
黒く黒く、人形の体にカラス頭を3つ備えた、異形の怪物――。
『縺�繧九∪縺輔s縺�』
それは深淵の女神の眷属に類する存在。
上位悪魔とは比べ物にならない、上位魔将と呼ばれる存在であった。
「くそ、僕の魔力ももうそんなに無いっていうのに……」
「坊ちゃまはワタクシの命に変えても護り抜きます……!」
目の前にいるのは、さっきの悪魔とは比べ物にならないレベルの存在。
この悪魔は、強度階域にして第5域『災害級』の上位に位置する。
これは冒険者のSランク以上に相当する強者でなければ、対処不可能な怪物であった。
『縺九#繧√°縺斐a!!』
上位魔将が周囲の影から更に上位悪魔を大量に召喚する。
もはや、疲弊しているリーニャとローゼスに勝機は無い。ここまでかと思われた、その時だった。
突如上空から降ってきた大きな火の玉が上位魔将の脳天を貫き、一撃で葬り去ったのは。
同時に上位悪魔も真っ赤な炎に焼かれて消滅した。
「大丈夫か貴様ら。怪我は無いか?」
そしてその場に立っていたのは、真っ赤なチャイナドレスを着た竜人の女……そう、ドレナスであった。
「あなたは……」
「む、貴様は交流戦で我が主と同じ〝ちーむ〟を組んでた者だな。無事で良かった! ではワタシは行く!!」
ばさりと翼をはばたかせ、ドレナスは嵐のように去っていった。
「……主?」
唐突な事に戸惑いながらも、リーニャとローゼスは助けられた事にとりあえず感謝するのであった。
*
悪魔を召喚した何者かにとって、唯一の誤算。
それは、学園都市を『炎竜女王』が守っていた事である。
「くはははは! 我が主と我が妹の為に、学園から出ていってもらうぞ悪魔ども!!!」
ドレナスは背に竜の翼を生やし、上空から目についた悪魔に魔法やブレスを放って仕留めて回っていた。
「お姉ちゃん張りきりすぎ! ぼくだってあんな下級の悪魔くらい倒せるもん!!」
妹のドルーアンも、共に悪魔を狩っていた。
焔を纏った拳で、竜化した爪で、尻尾で。それぞれほとんど一撃で。
学園都市内に解き放たれた悪魔の数はおよそ100体。内90体ほどが上位悪魔であり、残りの10体ほどが上位魔将だった。
しかし二人は上位悪魔も上位魔将も分け隔てなく、ほぼ一撃で屠ってゆく。
更に教師陣や戦闘学科の生徒たちが奮闘しているおかげもあり、ここまで奇跡的に死者は出ていない。
「しかしドルーアンよ、お前も変わったな。他人の為に戦うとは」
「ふ、ふん! ヘタレになったお姉ちゃんに合わせてやってるだけなんだからね!」
ツンとしてドレナスと目を合わせないドルーアン。
しかしドレナスはそれを微笑ましく、嬉しく思った。
強さだけに固執していたあのドルーアンが、学園でできた「友」を守るために戦うとは。
妹の成長を嬉しく思うと同時に、あまり構ってあげられなかった事を少し悔いた。
「くはは! これからはお姉ちゃんが好きなだけ遊んでやろうぞ!!」
「何言ってんのお姉ちゃん?」
それから姉妹は都市内の悪魔どもを無事に全て殲滅した。
時間こそかかったが、害虫の駆除はさほど難しい事ではなかった。
「これで全部かな、お姉ちゃん?」
「うむ、もう悪魔の気配は感じぬな」
だが……。
ドレナスは、まだ不安を拭えていなかった。
何者かがこの悪魔どもを召喚したとして、一体何の為に?
生徒たちの失踪事件が仮に、カナンやジョニー・ナイト・ウォーカーといった強者を外部に誘導するものだとしたら。
悪魔どもが、真の企みから意識を逸らす為のダミーだとしたら。
――これらが全て〝騎士〟の仕業だとしたら。
「ドルーアン。行くぞ」
「お姉ちゃん? 悪魔は全部駆除したでしょ?」
「いや、まだだ。恐らくヤツの……騎士の狙いは――」
――イセナランダ学園都市は世界屈指の研究施設でもある。
魔法や様々な技術の研究はもちろん、呪物や異質物といった物の研究もされている。その中には、特級魔物の力を封じた品もあるという。
そんな危険な品々は一体どこに保管されているのか?
答えは、強固な結界に護られた都市の地下である。
では、そこへの出入口はどこにあるのか。
「急ぐぞドルーアン!!」
「どうしたってのお姉ちゃん!?」
ドレナスはドルーアンを連れて、学園都市の中央へ向かう。
地下倉庫への門は学園都市の中央に位置しているのだ。
この門は外からも内からも、多重結界や異質物の作用といった非常に強力な力で封じられている。
はずだったのだが……
「なんだこれは……」
地下への昇降機乗り場に通じる扉が、結界ごと破壊されていた。
辺りには若い男たちが皆虚ろな顔で佇んでいる。
彼らは門番と周囲の警護を行う兵だったものだ。
「おーいおにーさーん? どうしたんだろ、寝てる……訳じゃないみたいだね」
ドルーアンが目の前で手を振っても、揺すって軽く叩いても、彼らはまるで魂が抜けたかのように何の反応も示さない。
彼らは皆、廃人と化ししてしまっていたのである。
「やはり……騎士のヤツが来ていたようだ」
ドレナスは知っている。
騎士が他者の精神に干渉する力を持っていると。
その時だった。
「ほう。これはこれは〝炎竜女王〟殿とその妹君ではありませんか」
破壊された扉の奥から、真っ黒なコートを身に纏った男が現れた。
頭はフードですっぽり覆い隠し、表情や顔つきまでは分からなかった。
「しかし、なぜこんな所に貴女ほどの者が?」
「黙れ。この一連の騒動は貴様が企てた事か?」
「質問しているのはこちらの方だ。しかしなるほど、炎竜女王ともあろう者が我々を裏切ったという事か。
クックック、……そうだとも。我が神に背く叛逆者どもに神罰を降したまでよ!! 貴様らにもいずれは神罰が降るであろう!!!」
〝騎士〟は表情を見せないまま、ゲラゲラと高らかに笑う。
「なんだか知らないけど、ぼくの友達によくも悪魔なんて差し向けてくれたね! お前はぼくがやっつけてやる!!」
「おお、なんとわんぱくなお嬢さんだ!! 躾がなっていないようだ」
竜の拳を握り、騎士へ殴りかかるドルーアン。
しかし
「!! 下がれドルーアン!!」
「へ?」
その刹那、騎士の足元から上位魔将の腕が飛び出しドルーアンを影の中へ捕まえようとした。
「チッ、小癪な真似を!」
驚きはしたものの、ドルーアンは冷静にそれを避けると炎弾を炸裂させて悪魔を消し飛ばした。
「それでは二人とも。また会いましょう」
「待て!!」
騎士の体が透けてゆく。
ドレナスとドルーアンは逃がすまいと飛び出すが、上位悪魔数体に阻まれてしまう。
ここで大技を出せば、悪魔どももろとも騎士を倒せていたかもしれない。
だが、この近くには関係の無い人間もいるのだ。
やむを得ない判断だった。
悪魔どもを徒手空拳でなぎ倒してゆくも、騎士の姿は既にそこには無かった。
――
学園都市をパニックに陥れてまで騎士が都市の地下から盗み出した物品は、僅か二点のみ。
【特級異質物:『正義ノ狂鬼の指環』】
【特S級指定モンスター:『大怪蟲 ゼオ・フィルドス』の核】
二点。しかし、それらはいずれも使い方を誤れば大陸すら滅ぼしかねないモノ。
騎士は、これらを己の〝神〟に捧げるべく持ち出したのであった。
おちゃかわが足りない