第159話 大海の支配者
――七女神。
この世界に数多存在する、『神』を冠する者どもの七つの頂点に君臨する者。その力は絶大で、戯れで星の環境さえ変えてしまいかねないという……。
『なんで……こんなところに』
それは鮫ようで鯉のようでウツボのようで鮭のようで鯨のようで、そして蒼い巨龍のようでもあった。途方もない巨体と、そこにいるだけで空間さえ歪ませる力の塊……
その存在の呼び名は、大海の女神のその化身――〝蒼神龍〟。
――海を統べる支配者の形。
七女神の一柱が、どういう訳か目の前で暴風大竜鱶と大怪獣バトルを繰り広げていた。
「なんで女神さまがあのサメと戦ってるのよ?」
「にわかには信じられんが、好都合や。これに乗じて船へ待避や! 転移陣を起動させればワイらの勝ちや」
あり得ないはずだ。なのにまるで、オレたちを護ろうとしているように思えた。
あるいは、黒死姫を出させない為に……
「そうね、おーちゃんは私の中に戻ってて。少しでも魔力を回復させるわ」
『あぁ、そうさせてもらう』
もう召喚解除ギリギリの魔力残量だったので、カナンの中に戻る事にした。
転移陣を発動させる為にはとにかくたくさんの魔力が必要なのだ。
『ディオォォォ!!!』
暴風大竜鱶は自らの体に噛みつく蒼神龍へ、雷や竜巻をぶつけたりして反撃する。
暴風大竜鱶がもがく度に嵐は更に荒れ狂い、叩きつけるような波が船を襲う。
カナンとジョニーちゃんはそれから船を守る為に空中で立ち回っていた。
『ディィィオォォォォォ!!!』
何度も何度も蒼神龍へと嵐による攻撃をぶつけるも、一切効いている様子は無い。
『……』
すると蒼神龍は、もがく暴風大竜鱶を海面に叩きつけた。
白い水柱が空高く登り、津波のようにせりあがった海面が船を呑み込もうとする……が、不思議な事に船へ到達する前に波は消えてしまった。
『ディオォォォッッ!?』
蒼神龍は更に何度も何度もそれを海面に叩きつけてから、空中へ放り投げる。
『シャアァァァァァ!!!!』
突然、蒼神龍が高らかに咆えた。
すると、空を覆っていた暗雲や嵐がたちまちに消え失せていく。
そして、嵐なんてまるで嘘だったかのように晴れ渡り、海は凪いでいた。
開放された暴風大竜鱶は、すかさず空中を泳いで蒼神龍から距離を取る。
そしてヤツの口元へ、魔力を帯びた大気が超高密度に圧縮され集まってゆく……
「あれはヤバい……さすがに防ぎきれん!」
あの魔力の感じ……属性こそ違うが、まさか――
――【広域暴風魔撃】
一瞬、世界が無音になった。
その直後、超一点に圧縮された大気が解き放たれ、白い霞のような空気の波が音速となって押し寄せてくる。
ヤバい、全方位への攻撃……防ぐのも避けるのもできない!
多重結界でも防ぎきれそうにない。
【思考加速】の引き延ばされた時の中で、迫りくる暴風の塊に打開策を見出だせないでいた――
が。
「っ……?!」
瞬きする合間に、船は水の結界に包まれ護られていた。
蒼神龍……大海の女神がやったのか?
オレたちを、護ってくれている……?
「ジョニーさんたち! 緊急事態だ!!」
すると、船の中から憲兵さんが声をあげた。
彼は船底の部屋にあった転移陣をうまく起動させてもらう役割だったのだが、緊急事態とは。
「さっきの揺れで船底の転移陣が破壊されてしまった!!」
「な、なんやって!?」
は、破壊!?
くそ、さっさとこの怪獣バトル現場から離れたいというのに、これじゃ……
「しゃーない、こうなったらもう神様に祈るしかないで。どうかワイらが生きて帰れますようにってな」
「とんだ皮肉ね」
こうなれば、本当に目の前の女神さまに祈る他ない。
サメを倒してくれたとて、この沖合いから帰れる保証はどこにもないのだから。
『ディィィィィオォォ!!』
げ、暴風大竜鱶がこっちに来る!?
女神さまが気を引いていたサメが、なぜかこちらに矛先を向けて突進してくるではないか。
だが、蒼神龍がそれを許すはずがない。
海中から水でできた東京タワーくらいはある三又鉾が飛び出して、暴風大竜鱶の胴体を串刺しにした。
それだけじゃない。
一帯の海全てから、巨大な剣や槍や矢といった無数の水の武器の軍勢が立ち上ぼり、まるで魚群のように暴風大竜鱶へと襲いかかった。
だが、暴風大竜鱶もやられっぱなしではない。
【分割思考】
暴風大竜鱶の頭が3つに増えた。
そしてそれぞれの口から【広域暴風魔撃】が放たれる――。
しかし、蒼神龍は一吠えしただけでそれを打ち消すと、水武器の軍勢がサメへと襲いかかる。
『ディ、オォォォ……』
【絶対防御】で守られているはずの暴風大竜鱶の体を、当然のように武器の軍勢は貫き傷つける。神の前には、絶対防御さえ紙切れ同然なのか……
更に――
「きゃあっ!?」
「なんや!?」
突然船が大きく揺れた。
見ると、海面が激しく泡立っていた。これは……まさか海が沸騰してるのか?
海の奥底から、熱く巨大な何かが登ってくる。
その何かは、海中で真っ赤な光を放ちながら、暴風大竜鱶の真下へ近づいてゆく。
まるで、海の中に巨大な太陽が現れたかのようだった。
それは、大きな山くらいはあろうかという溶岩の塊だった。
海から飛び出した溶岩は不定形に形を変え、小さな暴風大竜鱶の全身を呑み込む。
それだけじゃない。
蒼神龍の姿と、水平線まで見渡す限り全ての海水が突然消えた。
何キロも下の黒くゴツゴツとした海底が顕になり、まるで別の惑星に迷いこんだような光景だった。
だがオレたちの乗っている船だけは、金魚鉢のような球状の結界の中で浮いていた。
「な、何が起ころうとしているんだ……」
目を覚ました生徒たちが様子を見に外へ出てきていた。
もはや、危険だから戻っていろなんて言う気にもならない。
蒼神龍の姿も見えない。
ただ、何かとんでもない事が起ころうとしていた。
「上よ……ヤバいのが来るわ!」
天高く、蒼く強烈な光を放つ巨大な珠が浮かんでいる。
その下に、ごく小さな小さな何かが浮かんでいた。
カナンの高い視力でも辛うじて認識できるそれは、人のような形をしていた。
『ディオォォォ!!!』
溶岩の中から暴風大竜鱶が抜け出した。
しかしそこへ、蒼き流星群が降りそそぐ――
あんなに苦戦していた暴風大竜鱶が、流星群に射ち貫かれてみるみる内に形を失ってゆく、
いや、あれは流星ではない。
正体は一帯から上空に吸い上げた海水だ。あの巨大な蒼い珠の正体はそういうことだ。
途方もない大魔法に見えてその実、ただ圧縮した水をぶつけているだけなのだ。
流星群が収まると忽然と海は戻り、何事も起こらなかったように穏やかになった。
『ティィィ~ッ!!』
遠目に小さな白い珠のような何かが、チロチロと何処かへと逃げ去ってゆくのが見えた。
たぶんあれが暴風大竜鱶の核なのか。
ヤツはオレや悪魔同様に精神生命体らしく、肉体を失っても死にはしないらしい。
時間が経てばそのうち復活するだろう。
『お前が例の面白いモノか――』
突然脳内に響く、少女の声。
その主は――
「な、何よ……やるのかしら?」
『……』
船を護る結界が消えると、船の上から途轍もない存在がこちらを見下ろしていた。
瞳は蒼く、耳は魚のヒレのような形状。膝下まで伸びる蒼い髪の毛の1本1本までもが、空間を歪ませる程の力を纏っている。
白く繊細な肌の身体は、さざなみを想わせる蒼く長い羽衣に包み、腰から蒼い鱗を備える魚の尾鰭が伸びていた。
そして何より、背面に浮かぶ蒼い青い月のような光輪。
――イルマセクさんのお城のダンスホールで見た、神々しいステンドグラスを思い出した。あれが、そうか。
大海の女神――
「……!」
大海の女神が、ゆっくりと手を翳す。
カナンは警戒して臨戦態勢を取る。
アレは、味方なのか?
だが、戦って勝てる相手じゃない。暴風大竜鱶相手にも一切本気ではなく、まるで遊んでいるようだった。
この場の何もかも全てが死因になりうる。
アレの機嫌次第で、オレたちの生き死にが決定付けられるのだ。
『……』
大海の女神の全身から、膨大な魔力が立ち登っているのが見てわかる。
「な、なんや!?」
突然、船の真下から眩い真っ青な光が溢れだし、視界が蒼に染まる。
攻撃ではない――
それを理解したのは、光が収まってから。
気がつくと、船は元の港街の沖合いに浮かんでいたのであった。
サメとの決着はおあずけ。カナンちゃんがチェンソー使えるようになったら再戦させます()
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