第157話 シャークネード
カナンと共に甲板へ出てみると、さっきまで晴れていたのが嘘のような嵐に包まれていた。
「何よこれ……」
船の周囲には巨大な生き物のような竜巻が何本も立っており、まるで船を取り囲んで逃げられないようにしているようだった。
いや、逃げられないように囲んでいるのだ。
「な、何だあれ!?」
「邪魔よ! 中に引っ込んでなさい!!」
洗脳解除して意識を取り戻した生徒が何人か、甲板まで様子を見に来た。
絶句している、というか顔を真っ青にしている。
ジョニーちゃんには少しでも戦いの余波を和らげてもらうために、多重結界を船内中に張ってもらう事になっている。生徒らにはその船内で隠れていて欲しいのだ。
なぜなら、これから全力を出すのだから。
『ディィィィオォォォォォォ!!!!』
金属が軋むような轟音が、一際太い竜巻の中から聞こえてくる。
あの竜巻、直径は300mはありそうだ。
それがこっちに向かって近づいてくる。
なるほど、あの中に暴風大竜鱶の本体がいるらしい。
「いくわよおーちゃん! 〝影魔召喚〟!!」
久々の完全召喚だ。おーちゃん頑張っちゃうぞ。
オレは召喚されると、船の上空へと飛び立った。
まずは船の周りの竜巻どもだ。あれらを排除しないとな。
『凍闇徹甲弾幕――!』
オレの翼から、黒く大きな弾丸が何発も放たれる。
船には当たらないよう気をつけながら、周囲の竜巻にそれぞれ1発ずつ弾が吸い込まれてゆく。
『衝撃に備えろ、主様』
『はーい!』
漆黒の大爆発が竜巻を消し飛ばし、荒れ狂う黒い海に巨大な水柱が何本も立つ。
後はアレだ。暴風大竜鱶本体が入っている特大の竜巻……。
オレはカナンの側に戻り、甲板に降り立つ。
「やむを得ないわね、私の魔法も使うわ」
『あぁ、ぶちかましてやろうぜ』
カナンの舌に込めた全魔力を消費して、最大威力の広域雷魔撃をかますのだ。
それだけではまだ不安なので、オレの闇魔法を纏わせて【黒死雷】に変異させる。更に凍闇徹甲弾幕も加える。
「喰らいなさい!! はあああぁぁ!!」
カナンの口から紅く黒い極太の雷が解き放たれる。
稲妻は眼前の巨大竜巻を飲み込み、更にオレの放った弾幕が竜巻の中で大規模な爆発を何度も発生させる。
『ディィィィオォォォォォォ……』
黒い爆炎が晴れると、中からとうとうヤツの姿が顕になった。
「あれが……」
《呼称名:暴風大竜鱶
種族:風海帝竜霊
強度階域:第八域
能力:解析中……》
全身を節のある甲殻に包まれた、白いサメ……。
胸鰭は鳥の翼かあるいは手のひらのような形状をしており、神々しさすら感じさせる。
だが何より、頭部が異様だった。
鼻先、というのだろうか。その部分だけが長くブレード状に飛び出した形状をしていた。
地球に生息していた、ミツクリザメにとてもよく似ている。
しかもバカでかい。
大きさは200mはありそうだ。今まで戦ってきた魔物の中でも最大級だな。
『ディィオオォォ!!!』
空中を泳ぎ、かなりの速度でこっちへ向かってくる。
竜巻は消したが、そのまま体当たりを仕掛けてくるようだ。あんな大きさの物体がぶつかったら、こんな船なんて粉々になってしまうだろう。
ヤツは船体よりも巨大なのだ。
『多重凍闇結界!』
船とヤツの間に、巨大な氷の結界を作り出す。
少しでも防いでる隙に、ヤツの注意をオレたちへ逸らすつもりだ。
『オォ……ディオオオオオ!!!』
結界にぶつかり、サメは不機嫌そうに横方向へ逸れて泳いでいった。
動きかたがほんとにサメそのものだな……。正体はサメの姿をした魔霊や精霊の一種、らしいけど。
何はともあれ、今のうちにあいつの注意をこっちに逸らすのだ。
今は戦力がいる。
『ドレナちゃん、今大丈夫かしら?』
『すまないが我が主、今は手を離せない。学園内に大量の悪魔が攻めこんできたのだ』
『何よそれ……なんで……』
『案ずるな、死者は今のところいない。ワタシとドルーアンが共に速攻討伐して回っている。誰も死なせはしない!!』
学園都市に悪魔……まさか、あのコート野郎が?
いや、騎士の野郎……!
そうか、ヤツの狙いはカナンを都市から引き離す事だったのか!!
クソ、してやられたな。
思えば転移したのも船にカナンが踏み込んだ瞬間だった。その先もサメの縄張りだ。
全て仕組まれていた、と考えるのが妥当だろう。
『そう、悪かったわね。あとでまた連絡するわ』
『あぁ、我が主。生きて帰ってくるのだぞ』
……。
クソ、ドレナスさんの力を借りれないとなると、更にハードモードだな。
特級モンスター相手にどこまで食い下がれるか。
「こっちよデカブツ!!」
カナンとオレは、海上に出てヤツへ魔法でちょっかいをかける。
暴風大竜鱶は完全にオレたちをターゲット認定したようだ。
『ディオオオオォォォン!!』
こっちに向かって突進してくるな。
いいぞ、そのまま来るといい。船から離れろ。
そしてオレの攻撃を食らうがいい。
『凍闇徹甲弾幕!!』
黒い弾幕が暴風大竜鱶へ殺到し、漆黒の大爆発がヤツを包み込む。
特級とはいえ、こんなの食らって無傷で済むはずが……
油断などしていない。だが、相手は特級モンスター。何が起こるかわからない。
「おーちゃん!」
『主様!?』
突然、オレとカナンの合間に目に見えない何かが走った。
すると、オレの片手が切断されていた。
風……まさか真空波ってやつか?
頑丈なオレの腕すら切り裂く威力の……
『ディオォォ!』
「う、後ろよ!!」
爆炎の中を注視していたオレたちの背後に、あの巨体の暴風大竜鱶が回り込んでいた。
それも全くの、無傷。
ほんの刹那の隙。
しかし暴風大竜鱶は、それを見逃さなかった。
「ぎゃんっ!?」
『ぐぁ!?』
か、雷!?
雲からの雷撃を食らってしまった……
ま、まずい。ヤツの巨大な尾鰭が凄まじいスピードで迫ってきて……くそ、避けられない。撥ね飛ばされる!
『ご……が……』
「お、おーちゃん……」
カナンを庇い、防御姿勢で攻撃を食らう。
しかしなんて破壊力だ……
多重結界で防御していたのに、たった一撃でオレの魔力が半分も削られてしまった。
ただ尾鰭で打ち付けただけなのに。
カナンはオレが庇ったから生きてはいるが、手足が折れたりとかなりのダメージだ。
『だ、大丈夫か……』
「うぅ……」
クソ、再生に10秒はかかりそうだ。
戦いにおいて10秒はあまりにも致命的な隙だ。
オレもまだ体の再構成が完了していない。
『ディィィィオオォォォォォォォ!!!』
げ、まずい。暴風大竜鱶が、大口を開けてこっちに迫ってきている!
ヤバい、このままだと食われる……!
動け体……!!
くそ、ダメ……か……
その時だった。
「やれやれ、世話の焼ける後輩やなぁ」
体に紅いロープのようなものが巻き付いて、強く引っ張られる。
そのおかげで、サメの噛みつきを紙一重で避けられた。
「ジョニーちゃん!」
「ここはワイも戦うしかなさそうやな」
ジョニーちゃんが黒い翼をはためかせ、カナンを抱えていた。
今のはジョニーちゃんの血でできた紐だったのか。
ジョニーちゃんは強い。恐らく準特級の相手とも渡り合えるくらいに。
だが、相手は準などつかない正真正銘の特級のバケモノ。
それでもありがたい。今は少しでも戦力が欲しかったのだ。
「【影魔召喚】!」
ジョニーちゃんの背後に、紅いドレスを纏った白髪の少女人形のような魔霊が現れる。
眼窩には黒い窪みがあるだけで、なかなか不気味だ。
「カリス、ありったけの【造血】や!」
『了』
〝カリス〟とジョニーの周囲に、幾百幾千もの血の珠が浮かぶ。
「いくら体が頑丈でも、目やエラならどうや」
紅い水玉が暴風大竜鱶の全身にまとわりつき、各所でさまざまな属性の魔法が炸裂する。
撹乱させたその隙に。
ジョニーの血の珠のいくつかが、暴風大竜鱶の目やエラへ向かって氷の上位魔弾を放った。
「倒せはしなくても、戦意喪失してくれりゃあなぁ」
「そう簡単にはいかないわよね……」
やはり、無傷だった。
急所を狙ってもダメか。あの体、恐ろしく硬い。いや、硬いというよりも何かが違う。だがその違和感がわからない。
なら、硬度を無視して切断できるカナンの攻撃ならどうだ?
「こっちを向くんやサメ野郎!」
『ディオォォ!!!』
ジョニーちゃんがサメの注意を引いてくれている。
その隙にカナンは、意識を集中させて絶対切断の干渉力を最大まで高める。
オレはある事をやるために、一旦カナンの影の中に入った。
「やれ! カリス!」
カリスの顎が機械的に開き、そこから赤みを帯びたビームが発射された。
『上位光魔弾』
ビームは暴風大竜鱶の顔に直撃する。
だが、やはり効いている様子は見られない。
しかし、これでいい。
ジョニーちゃんの攻撃は目眩ましである。
本命は、ヤツの体の下側から接近するカナンだ。
「はあぁぁぁぁぁっ!!!」
カナンは暴風大竜鱶の胸部あたりに刀を突き立て、そこから腹部側へむかって斬り抜ける。
『ディオォォ!?』
ガリガリと金属のようなものが削れる音が響き渡り、白い火花が迸る。
「はぁ……どうよっ!」
全身全霊のカナンの攻撃を受けた暴風大竜鱶は、驚き怯んだ様子を見せた。
……が、それだけだった。
「嘘……」
『ディィィィオォォォォォォォ!!!!』
無傷……いや、ダメージはあった。
だが、ヤツにとってはかすり傷にも満たない微々たるものだった。
しかも、ほんの一瞬で塞がってしまっている。
「カナンちゃん!!」
暴風大竜鱶の暴風を纏った尾びれが再びカナンに襲いかかる。
が、2度は当たらない。カナンはギリギリで避けると、サメから距離を離しつつジョニーと共に上空へ高く高く飛び上がる。
「ジョニーちゃん、照らして」
「了解や。カリス!! 全方位を照らせ!!!」
『了』
そして、カリスの全身がまばゆく強烈に輝いた。
この光魔法に攻撃力は無い。
ただ辺りをとても強く照らすだけだ。
そんなカリスの側にいたカナンには、海上にとても長く長く濃い影が映し出される。
「今よおーちゃん!!!」
『あぁ!!!』
この時を待っていた。
オレはカナンの長く伸びた影から飛び出し、影の中で作っていたそれを引っ張り出す。
「こりゃまた凄いわね、おーちゃんったら」
オレが影の中で造り出したのは、一振りの剣。
それもただの剣ではない。
あの巨大な暴風大竜鱶を両断できる程に、長く大きくとても大きく造り出した黒い剣。
暴風大竜鱶に匹敵する長さの剣は、あまりにも巨大すぎて普通のカナンの影からは出せなかったのだ。
だから、天高くから照らし影を大きくしてもらう必要があった。
『うおおぉぉぉ!!!』
柄の部分だけで魔霊形態のオレよりも太く長い剣を引っ張り上げ、そして暴風大竜鱶の巨体めがけて振り下ろす!!
『ディィィィオオォォォォォォォオオン!!!』
『はああああああっ!!!』
暴風大竜鱶の巨体と小山すら切り裂ける超巨大な剣がぶつかり合う!!
カナンもオレの側に来て、少しでも攻撃力を上乗せすべく柄に触れた。
【絶対切断】の効果を乗せてくれているのだ。
『ディオォォ……』
ギリギリと拮抗する剣とサメの体。これだけ魔力を込めた剣でも斬れないとは、やはり特級はとんでもねえな……
そして、剣とサメの鍔迫り合いは決した。
この勝負を制したのは――
怪獣バトル
 




