第15話 二人だけのヒミツ
「う……ん……むにゃ?」
朝かと思って瞼を開けると、外はまだうっすら白み始める時間帯だった。まだ眠っていられるな。快適な二度寝に入ろうとした、その時だった。
下腹部に電撃の如く走る強烈な尿意。
女の子の体は男のモノとは勝手が違う。一つ例を挙げるなら、膀胱から出口までの長さは倍くらい短い。
よって、オレは今すぐお花を摘みに行かねばならないのだ。
「あぅ……あ?」
暗闇に目が慣れてきて、気がついた。
股から腰を両足に、肩から背中にかけては両腕で。オレはカナンに全身がっちり抱き枕のようにホールドされていたのだった。顔は胸に埋めるような形で、ちょうどおでこにカナンの寝息が当たる。
カナンの鼓動を聴きながら、オレは史上最悪のピンチを迎えていた。
「ま、主様……起きて……トイレに行かせてくれ……」
「んふふ……むにゃ……おーちゃんは甘えんぼさんね……よしよし良い子……」
寝ぼけとる! あ、いかん……ホールドがよりキツく締まってきた。
……え、今漏らしたらどうなるって? そうだな、ちょうどカナンの股間辺りに放水する事になってしまうな。最悪である。
「頼む……離してくれないと……オレは……」
「おーちゃんったら……しょうがないわね……はい、ぎゅーっ」
なんてタチの悪い夢見てんだよ!?
あぁ、ダメだもう……ふあぁ――
オレとカナンは腰にタオルを巻いて、バシャバシャと脱衣室に響く水の音を聞いていた。
「ぐすん……もうお嫁に行けない……」
「ごめんねおーちゃん……元気出して」
やめろ、優しくされると逆に辛い。
――脱衣室にあった洗濯機のような謎の機械は、そのまま洗濯機だったようだ。搭載された魔石に貯めた魔力で動くのだという。やったね。
「まさか私のお股におねしょするなんて……もしバレたら私がやったって事にしておくわ。ごめんね」
「ぐすん……ひっく……お風呂の後、オレに何かした?」
風呂場で気絶してから、オレのカラダはどうなったのか。知るのは怖いけど、知らないのも嫌だ。
「私もコルちゃんも別に何もしてないわよ? 気絶しちゃったから私がずっと抱いて眠っていたの。それだけよ」
ほんとに……? コルダータちゃんの事だから何かしてそうな気がするけど……。
いや、さすがにコルダータちゃんを信頼しなさ過ぎか? いくら変態ロリコンのコルダータちゃんでも、気絶しているオレを襲うほど拗らせてはいない、か?
「それなら良かった……のか?」
「ふっ、安心しなさい。おーちゃんったらホントにカワイイわね」
ポンポンと上から頭を撫でてくる。それだけでオレはとても気持ちが落ち着く。
「――ところでおーちゃん。起きたらどうしてか不思議な事に〝アビリティ〟というものがいくつも私の中にいつの間にか入っているの。なぜか使い方が自然と分かるのよ。これ……おーちゃんの仕業でしょ?」
「アビリティ……そうだ、言おうと思ってたんだけど使い方解るのか。手間が省ける」
コルダータちゃんも、魔法の使い方が自然と解ったと言ってたような。アビリティを会得すると使い方が解るのが自然なのかもな。
「うん。今は使わないけど【吸血姫】はなかなか面白い性能していたわ。どうやってあんなにたくさんアビリティを手に入れられるのよ?」
「夢の中に女の子が出てくるんだ。アスターっていう白髪の子。その子がオレとカナンが最初から持ってる【魂喰】というアビリティの補助をして、殺した敵の魂を加工してアビリティを作り出すんだってさ」
「なんだか難しい話ね。でも、納得はしたわ。今までもなんとなく魂を『食べる』感覚があったような気がしてたし。アスターちゃん、私も会ってみたいわね」
会ってみたい――か。そういえばアスターはカナンの事を知っているみたいだったし、どこかで既に会っているのだろうか。
明日また夢に出てきたら聞いてみよう。
―――
「おはようですおーちゃん。おはようですカナちゃん! 昨晩はお楽しみでしたね?」
「……何の事かなー? ははは」
「何って、夜中にカナちゃんにお姫様抱っこされて二人きりお風呂に行ってたじゃないですか! あれは――」
「あーっ! あぁーっっ!! 違うんだ、あれは……その……」
ニヤニヤとオレとカナンを交互に見やるな。ちょっとだけカナンを見る目が羨ましそうなのは、気のせいだと思いたい。
オレの純潔はカナンのおかげで奇跡的に守られているのだ。あれは断じて夜這いなどではない。でもちょっと惚れた。
「おやおや早起きだね三人とも。今日も冒険に行くのかい?」
「メルトさんおはよう。私達は今日からDランクを目指すのです! 目標はダンジョンよ!」
「張り切っちゃって。コルーも本格的に冒険者をやるつもりか。
そうだ、今度あたしの姉の仕立て屋を呼ぶから、戦闘にも耐えられる服をオーダーメイドしてみないかい? 戦いの度に破れちゃキリないからね。きっとまけてくれるよ」
メルトさんは鍛治師でその姉は仕立て屋。職人姉妹なのかな。
「コスチュームってやつね? 楽しみだわ! おーちゃんは当然ゴスロリよ?」
「まだ忘れてなかったのかよそれ」
オーダーメイドつってんだから、絶対オレはカッコいいヤツを注文してやるからな。
それから談笑を交えて朝食を済まし、オレ達はギルドへ向かって行った。
「なあなあ、前々から気になってたけどダンジョンってなんだ?」
「あぁ、ダンジョンっていうのはね――」
カナンの話を掻い摘むとこうだ。
世界にいくつかある『大迷宮』。
魔物が自然発生する洞窟や遺跡のような場所で、それぞれ大陸中に根のごとく張り巡らされるほど大きい。
迷宮がどうやってできたのかは誰も知らないが、中では貴重な素材や〝異質物〟と呼ばれる物品が出土するという。
この異質物を発見して提出すれば、たいへんな報酬が貰えるんだとか。まさに一攫千金。おかげで危険を犯してまで挑戦する冒険者が後を絶たないのだ。
そして、そこに入って調査を行える資格こそが、Dランク以上の冒険者なのである。
「まあ私は異質物より発生する魔物に用があるんだけどね」
「だと思ったぜ」
そんな説明を聞いている内に、ギルドに到着した。
(あれが噂のカナンちゃん? 思ったより幼いな)
(その妹のオーエンちゃんもかなりヤバいらしい。年齢的にまだ冒険者登録はできないが、既に姉と同じくらいには強いんだってよ)
(マジかよ、二人とも幼女の皮を被った化け物だな。初日からBランクを軽々屠ったとか)
根も葉もない噂がギルドに入った途端聞こえてくる。
オーエンちゃん妹説は思った以上に冒険者の間で浸透してるらしいな。
「依頼ってどこで受けられるの?」
「受付横の掲示板で選んで受付に申すのです。カナちゃんはFランクなので、ランクFの依頼しか受けられないですよ」
「Fランク……これとこれと……どれも素材集めばかりじゃない。ちぇっ、討伐依頼は無いわね」
「仕方ないですよ。ランクを上げるにはクエストをこなすしかないんですから、素材集めでも楽しむしかありません」
二人がそんな会話をしている後ろで、オレは必死に背伸びをして掲示板を見ようとしていたのであった。結局見れなかったぜ、ちくしょう。てか見れても文字読めないか。
*
カナンの目が死んでいる。
死んだ目は虚空を見つめているが、手先は土の中からビー玉のようなものを掘り出しては袋に詰めるという作業を淡々と繰り返していた。
「つまらん」
久しぶりにカナンが声を発した。
そりゃあそうだろう、このクエストは街の北西にあるぬかるみの中から、ひたすら〝古魔石〟を200個掘り集めるというだけの簡単なお仕事なのだから。
「あと68個です」
「おっ、見っけ。あと67個だな」
「うぅ……苦行ね……これも強くなる為と思えば……」
カナンがここまで辛そうにしている所なんて、初めて見たぞ。よほど嫌なんだなこの作業。オレも正直好きじゃない。
「他の依頼もこんなのばっかなのー?」
「Eランクになればちらほら討伐依頼も出ますから、それまでの辛抱ですって」
「うぅー」
――それからカナンは似たような依頼をいくつもこなしていった。
だんだんと無感情となり、悟りの境地に至りかけたその時、カナンの押さえ込んだ感情は爆発した。
「……そうだ、南西の森へ行こう。高ランクの冒険者とやらを見てみたいわっ!!」
「行くなって受付の人に言われなかったか?」
「上位悪魔が出たからよね。というかもう一回倒してるし、そもそも件の犯人はおーちゃんよ? むしろご本人登場って感じで良いんじゃないかしら?」
「良いんじゃないですか? 見つからないようこっそり行けば」
「コルダータちゃんまで……」
特に反対する理由も無く、オレ達は一昨日も通った南西の深い森へ足を運ぶ事になった。
街からはそこまで離れていないので、すぐに森の入り口まで到着した。
「もう森の中にいるのかしら?」
「わからん。どこからも見つからないようにそろそろ隠れていようぜ」
近くの巨木の影に身を潜ませる。すると、ちょうど街の方向から人影が3つ近づいて来たのであった。
一人は巨大な戦鎚を抱えた気の強そうな鎧の大男。
もう一人は、金髪で細身の、イケメンだけどなんかうざい雰囲気を纏った若い青年。
そして、その少し離れた所を歩く、緋色の髪をサイドテールに纏め、赤いパーカーに黒いショートパンツを履いただけの軽装な少女。
あの人とは昨日会ったばかりだ。何かと縁があるな、まさかあんたが高ランク冒険者とやらだったとは、ルミレイン。
時々自分でも引くくらい変な性癖掘り当ててます




