第156話 船内制圧戦
おちゃかわ
爆炎が港を包み、衝撃は周辺の船を軒並み転覆させる。
爆心地は停泊していた巨大貨物船であり、海上には燃える瓦礫が浮かんでいた。
「怪我人がこっちに! 誰か手伝ってくれー!!!」
「くそったれ! 何が起こってやがるんだ!!」
喧騒は小さな港町を支配し、あちこちで血を流す人間が倒れていた。
「そんな……カナンちゃん」
「だ……大丈夫よぅ。カナンちゃんだったらこんな爆発くらい、きっと耐えられるわよぅ……」
とはいえカナンが無事ならば、海から這い上がってくるはず。
それが無いという事は――
最悪を想像し、思わず二人はお互いを抱きしめ合った。
*
「……あら?」
オレとカナンが甲板に踏み込んだ瞬間、妙な音が聞こえたと同時に眩しい光に包み込まれた。
この感じ、前にも経験したような……。
光が収まると、船は大海原の真ん中に浮かんでいた。水平線には陸の影も形も見えない。
まさか……船ごと転移したのか?
「座標は……なんてこと。港から900km沖に飛ばされてるわね」
「なんやて? 転移陣か……? にしてはこれほど巨大なもんをここまで遠くに飛ばすなんて、どうなっとるんや……」
「なあなあ、転移って何か制約があるのか?」
「まあな。大きさや飛ばす距離によって魔力の消費量が増えるんや」
ふーむ、便利ではあるけどそのぶんコストもかかるのか。
こんな巨大な船をここまで離れた所に転移させるには相当な魔力が必要になりそうだな。
この船にそのぶんの魔力を貯蔵していた……とも言える訳だ。
「なんじゃテメエらは?」
「私は憲兵中尉のエルメス。この三人は腕利きの冒険者だ。この船で不審な動きがあってな、内部を改めさせてもらうぞ」
甲板で少し留まっていると、またしてもごろつきがこちらへ下衆な笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「へっへっへ、ここがどこかわかってんのか? 偉い憲兵様でも、こんな海のど真ん中じゃ偉さに意味なんてねえのさ! おめえら! こいつらを魚の餌にでもしてやれ!」
やれやれ、またか。
ワルス商会とやらの船なのに、こんなにごろつきが乗ってるとは。
「おーちゃん」
「ああ」
オレは両手でゴスロリのスカートの裾を摘まんで持ち上げる。ついでに一礼もしておく。オシャレでしょ?
すると、スカートの中から無数の黒いナイフが溢れるように落ちて……床へ当たって跳ねて、そしてごろつきどもへ刃を向けると勢いよく飛んでいった。
「ぐぁっ!?」
「な、なんじゃこりゃ!!?」
無数の黒いナイフの弾幕に襲われるごろつきの集団。
オレはオレ自身の影の中で、常に闇と氷製のナイフを大量にストックできるようになった。
実戦では先に【影装】状態のカナンに使われてしまったが、オレも使えるのだ。
オレ自身の体に映る影――袖の中や手のひら、光に接していない部分。
その中で最も影の面積が広いのは、スカートの中である。
「おーちゃんったらおしゃれね。その攻撃方法、私は気に入ったわ」
「どーも、オレも気に入ってるんだ」
技名は何にしようか。
ってこんな悠長に考えてる場合じゃないな。今は適当に『おーちゃんすぺしゃるアタック』とでも呼んでおこう。
「こ、殺したのか?」
憲兵さんが怯えながら聞いてくる。
「さあ? 生かす気も殺す気も無かったからな。何人かはまだ生きてるんじゃないかな?」
全身をナイフの棘山にされたごろつきどもが辺りに転がっている。【闇魔法】の効果で出血する前に血液が消えてしまうのだ。おかげでスプラッターな事にはなっていない。
まあ、それでも大半は闇魔法で体を崩壊させられて死ぬだろうな。
……。
人を殺す事は悪い事だ。
でも、全くと言っていいほど罪悪感を感じない。
「よしよし、さすがおーちゃんね」
まあいっか。そんな事より主様になでなでされちゃった。嬉しいな。
さて。
この船はかなり大きい。カナンやジョニーちゃんの探知によると、生徒たちは船内にいくつか分けて閉じ込められているらしい。
「ここは二手に分かれた方が良さそうね」
「そうやな。憲兵のあんちゃんはワイとや。カナンちゃんらにとってはワイですら足手まといになりかねん」
「あぁ、頼むぞジョニー殿」
オレたちの勝利条件は、船内の敵を制圧した上で生徒たち全員を無事にこの甲板まで連れてくる事だ。
そうすれば、この船を動かすなり転移陣なり飛竜を呼ぶなりして大陸へ戻る事ができる。
港町は今頃パニックだろうなぁ。何せ船が消えたんだから。
さてさて。
ジョニーちゃんと分かれ、カナンとオレは船内に潜入した。
細い通路や階段を下り、探知の反応がある場所へと進んでゆく。
「おや? 脱走してるのがいるな」
「私は外から来たのよ。あんたらをぶちのめすために」
当然、船員にも会う。
その都度カナンは威圧で失神させ、更に手足の腱を切断していた。
「おやおやおやおやおや、お嬢ちゃん強いねぇ。さては冒険者だなぁ?」
「そうよ。あんたは何者かしら?」
「俺はそうだなぁ、末端の兵ってとこかなぁ。悪いがお嬢ちゃん達にはここで消えてもらうよぉ?」
目的の場所までもう少しという所で、銀髪の青年がカナンの前に立ち塞がった。
手には短刀を持っている。
「悪いって思うなら、みんなを返しなさいよ」
「ははは、ダメだね。あれらは我が組織の為に有効利用する手はずなのだから」
「あっそ。じゃあ死ね」
キンッ――
カナンの【絶対切断】が、青年の首を斬り飛ばした。
頭部が床に転がり、胴体はビクビク痙攣しながら倒れこむ。
「弱すぎて話になんないわ」
死体に背を向け、カナンは先を急ぐ。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「「「おやおやおやおやおや、俺が殺されているじゃないかぁ。強いねぇ君ぃ」」」
「なっ……」
後ろの階段の奥から、今殺した青年と全く同じ顔と服装の男が何人も降りてくる。
《個体名:アル 種族:普人》
《個体名:アル 種族:普人》
《個体名:アル 種族:普人》
《個体名:アル 種族:普人》
《個体名:アル 種族:普人》
「なんじゃこりゃぁ!?」
明哲者で視ると、恐ろしい事に全員同一の存在のようだった。
八つ子……いや九つ子?
いや、クローンか?
何がどうなってるのか意味分からないが、敵対するなら鏖殺するだけだ。
「数を増やした所で無意味なのよっ!!」
「それは」
「どうかなぁ?」
「存外に強いかも」
「しれないぞぉ?」
なんだこいつ、思考でも共有してんのか?
一匹ずつは大した強さじゃないが、意味が分からねえ。
カナンがいくら切り刻もうとも、どんどん湧いて数を増やしてくる。まるで巣から出てくる蟻のように。
「元を駆除しなきゃダメみたいね……」
このままでは死体で埋め尽くされてしまう。
そう考えたカナンは、オレをお姫さまだっこして奴らの図上を飛び越える。
「同じ反応が多くて探知が役に立たないわね!」
奴らが来る階段の上。そこに何かがあるはずだ。
カナンは階段を一気に駆け抜ける。
「……暑苦しいったらありゃしないわ」
階段の上も、大量の〝アル〟で埋め尽くされている。
しかし発生源はここではない。もっと奥の、あの部屋だ。
「ちょっと飛ばしていくわよっ!!」
襲いかかってくる奴らをひき肉に変えながら、奥の部屋へと突進する。
さっきから不思議な事に、奴らから血しぶきのようなものは出ないのだ。
やはり何かあるのだろう。
「さあ、やっと着いたわよ。いるなら出てきなさい、本体」
「いやぁ、この俺が100人がかりでも倒せないかぁ。こいつは参ったなぁ」
拍手をしながら、一人の〝アル〟が現れる。
腰には手鏡のようなものと黒いナイフのようなものを差している。さっきの連中は持っていなかったな。
「なら降参しなさい? 命だけは助けてあげなくもないわ」
「はっはっは、そいつは無理な話だねぇ。こっちは仕事で来てるんだからねぇ」
そう応えるアルに、カナンは刀を向ける。
「あっそ。なら殺すわ」
「おっとぉ? それはやめた方がいい。こっちには人質がいるんだ」
恐らく本体の〝アル〟がパチンと指を鳴らすと、さらに二人のアルが現れた。その二人は傍らに一人ずつ子供を抱え、首にナイフを押し当てている。
少年と少女……うちの学校の制服を着ており、少女の方は間違いない、セミヨンちゃんだ。
しかしなんだか虚ろな表情だ。意識があるように見えない。
「落ち着きなさいってお嬢ちゃん達。そんな敵意を向けられたら恐ろしくて話もできやしないぜぇ?」
「……話って何よ?」
「君達が大人しくするってんならお友達を悪いようにはしない。その武器を捨てて、仲良くしようじゃないか。友達を死なせたくなかったら言う通りにしなさいな。もちろん判断は君たち次第だがね……OK?」
人質を傷つけられたくなければ言うことを聞けって事か。
どうするかだなんて、そんなの決まっている。カナンも同じ事を考えているはずだ。
「ふふ……」
「さあ、OKかNOか答えるんだ」
「「……OK!!」」
その刹那、人質を抱えた二人のアルの首と腕が宙を舞った。
さらに無数の黒いナイフが残った〝アル〟の周囲を円形に取り囲んだ。
「は……?」
「妙な真似をしたら殺す。お前が何人いようと全員殺す。何処へ行こうと必ず殺す」
「こんなもの……」
「おーちゃんの言った事を破るのね?」
許可なく動いた。その瞬間、アルの左手の小指が粉微塵に切り刻まれる。
「ぐぅっ……!?」
「血が出てるわね。やっぱりあんたが本体で間違いないって訳ね」
カナンは床に転がった生徒二人を抱え、こっちに移動してから床に寝かせる。
「どうかしらおーちゃん?」
うーむ、明哲者の鑑定によると何らかの異質物によって洗脳されてるらしいな。
「異質物で洗脳されてるらしい。どうすれば洗脳を解けるのやら……」
「その異質物自体が解除の鍵になってるんじゃないかしら? 前のあの小槌も柄に触ったら元に戻れたしね」
なるほどな。じゃあ問題の異質物だが……
「ねぇ、この子たちの洗脳を解除する方法を知らないかしら?」
カナンが動けなくなっているアルに問う。
「し、知らねえ……!」
「ふーん。じゃあ次は親指ね」
「がっ!?」
親指がアルの体から離れ、空中で粉々になった。
「おーちゃん。これ解除してもいいわ」
「はいよ主様」
アルを囲むナイフが黒い塵のように崩れて消える。オレの意思で魔法を解除したのだ。
「ククク……俺を助けろ分身ども!!」
ほう、拘束を解除した途端にこれか。
アルが腰に差していた手鏡を翳すと、周りにアルの軍勢が現れあっという間に部屋を埋め尽くした。あれも異質物っぽいな。
「俺が逃げるまでの時間を稼げ、俺どもぉ!!」
「了解だぜ俺ぇ!!」
大量のあいつが襲いかかってくる。だが無駄だ。手間が増えてめんどくさいだけだ。
「〝死ね〟」
短く、しかし強く冷たくカナンが〝命令〟すると、アルの分身たちは踵を返した。
「ど、どうしたんだ俺ども……?」
「か、体が……」
「勝手に動いて……」
「ヤバい、逃げろ俺ぇ!!」
カナンは【タナトスの誘惑】をアルに対して発動したんだが、まさか分身たちが本体に襲いかかるようになるとは。
「へぇ、そうなるんだ。興味深いわね」
「や、やめろ俺たちぃ!」
「ダメだ、体が勝手にぃ!!」
無数の自分に襲われ群がられるアルという男。大人しく従っていればあと一時間くらいは寿命が延びたかもしれないのにな。
「わ、わかった! 洗脳を解く方法を教える!! だから助けてくれ!!」
「そう。じゃあ10秒だけ待つわ、言いなさい」
カナンの意思で【タナトスの誘惑】が一時的に解除される。
「お、俺が持ってるこの黒曜の短刀が洗脳の異質物なんだ! 相手を刺した瞬間に所持者が念じた命令を聞くように洗脳できるってブツなんだ!!」
「で、それの解除方法は?」
「お、俺がし……いや、ナイフの柄の部分で洗脳された奴に触れれば解除できる!!」
俺がし、か。死ねば解除されるらしいな。
「一人ずつやるんじゃめんどくさいわね。前者をやるわ」
「うわああああ!!! やめろおお!!」
カナンは刀をくるくる振りながら本体のアルに歩み寄る。慈悲など無い。くれてやる必用もない。
「わ、ワルス商会の正体について教える!! この国の闇に蔓延る組織について!!」
「バカ俺! それは秘密厳守って……」
「うるせぇ! 死にたくねえんだよ!!」
自分自身と喧嘩してら。愉快だな。
「ふーん? わかった、その命乞いに乗ってやるわ。けれど勘違いしないことね。
この世界の何処にいても、たとえどれだけ私から離れていても、私がその気になればあんたの命を奪って貪れるって事をね」
「は、はひ……! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!!」
部屋にすしずめだった大量の奴らは一瞬で霧散し、そこには本体ただ一人が土下座していた。
「さて、一応拘束させて――」
その時だった。
船が立っていられない程に激しく揺れ動いたのは。
いや、揺さぶられている方が正しかった。
「おった! カナンちゃん大変や!!」
「どうしたのジョニーちゃん!?」
大慌ての様子で甲板の方から降りてきたジョニーちゃんが口にした事。
それは、あまりにも――
「最悪や……この船、特級魔物 暴風大竜鱶の縄張りに入りよった!!」
おーちゃんすぺしゃるアターーークっ!!!
やべえ所に転移させられてしまった憐れなワルス商会。色々とヤバいですわよ。




