第150話 決着
オチャニウム不足
栗色の髪は蒼く光る水のティアラに飾られ、身体には透き通る水のドレスを纏う。
精霊とは、大自然の化身とも言うべき精神生命体である。
セミヨンはそんな精霊たちに生まれついて愛される稀少な存在だ。
セミヨンが自らを精霊の愛し子だと気づいたのはごく最近。
だから、戦いなんてやったこともない。
「ゆえぇ……ふえええ!!!」
身に纏った水の精霊の力を、セミヨンはべそをかきながらがむしゃらに振るう。水の刃が四方八方へ飛び交い、周囲の木々はズタズタになっていた。
「何で泣きながら攻撃するんだにゃ!?」
「わたし、戦った事なんてないんだもん!!」
「そればかりはしゃーないにゃ! よほどの天才でもなけりゃ最初から戦えたりはしないにゃ!!!」
がむしゃらに放たれる水の弾幕をくぐり、黒猫族の少女のシュミットはセミヨンに近づいてゆく。
お互い仲は悪くないが、今は敵同士。倒さなければならないのだ。
「ふえぇ、来ないでっ!!」
セミヨンはシュミットに、一際大きな水弾を放った。
しかしシュミットはそれを真正面から拳で打ち消した。
「もっと本気出すにゃ!! もっとイメージを練るにゃ!! お前の能力はまだまだそんなもんじゃないはずにゃ!!」
シュミットは、セミヨンの攻撃を弾きながら成長を促そうとあれこれ言う。
強い相手に勝ってこその結果なのだ、セミヨンが強くなきゃ倒しても意味がない。
「うぅ、水精霊……もっとわたしに力を貸して!!」
セミヨンは、半ばヤケクソに能力を開放した。
できるとは頭で分かっていても、無意識にセーブしていた力。
精霊の力の真価を、解き放とうとしていた。
「それでいいにゃ!」
セミヨンへ向かって、無数の水玉が集まってゆく。
それは辺り一帯の「水分」だった。水の精霊の力は生物の体内にあるものを除き、地中や葉につく露、更には大気中など周囲に存在する全ての水分を集束させ始めた。
「へ、えぇぇ!?」
ここでセミヨン、精霊の力が予想外の事態を引き起こす。
大気中の水を一点に集めようとした結果、辺りの空気ごと一気に集まってしまったのだ。
その結果、周囲の気圧が一気に低下。セミヨンを中心に暴風が渦を巻き、風が木々を薙ぎ倒す。
それはすなわち、小さめの竜巻である。
「な、なにこれ!? わたしこんなの知らない!?」
「にゃああああ!!」
暴風にシュミットでさえも巻き込まれ、吹き飛ばされてしまう。
しかしシュミットには【空中跳躍】があった。
すぐに体勢を整えると、拳をセミヨンへ向けてまっすぐに飛びかかる。
体内で気を練り巡らせて、数秒間だけの身体強化で肉体の耐久力を高める。
更に拳の先に気の力を集中させる。
「どうしてこうなったかわからないけど、し、勝負です!!」
「それでいいにゃ!!! それでこそ倒しがいがあるにゃ!」
そして、セミヨンの竜巻とシュミットの体がぶつかり合った。
砂利や小枝や石がシュミットの身体を切り裂き、ズタズタに切り傷を作ってゆく。
しかし耐久力を高めたおかげで致命傷は免れている。
身体強化が切れるまでの数秒間、セミヨンはシュミットを近づけさせまいと更に広い範囲の空気から水を集める。
「はあぁぁ……!」
「にゃああああ!!」
竜巻は更に太く威力を増し、シュミットの体に更にダメージを与えてゆく。しかしシュミットはどんどんセミヨンへと近づいてゆき、そして体に拳を届かせた。
「あたしのっ、勝ちだにゃ……!」
〝無拍子〟!!
セミヨンの体に強い衝撃が浸透し、くの字に折れて吹っ飛ばされる。
ぼろぼろのシュミットは、辛うじて退場になっていないセミヨンを見て満足げに笑った。
「ごほっ、やっぱりシュミットさんは、強いなぁ……」
「何を言うにゃ。かなり危なかったにゃ」
森を滅茶苦茶にした竜巻が消えてゆく。
シュミットは地に倒れこんだセミヨンに、とどめを刺そうと歩いて近づこうとした。
だが――
《ただいまをもちまして、仙術学科の水晶が破壊されたため退場となります》
「あぁ~、負けだにゃ。ドルーアンの姐ちゃんもそっちのちっこいのにやられたみたいにゃ。仙術学科の生き残りもあたしだけだったみたいにゃ」
「え……えっ?!」
シュミットの体が透けてゆく。
いや、セミヨンの体も透けてゆく。
交流戦の決着がついたので、フィールドに残る全てのチームメンバーが送還されるのだ。
「決着はおあずけだにゃ。明日からはまた、バイト先でもよろしくにゃ」
「……うん!」
元々二人は仲が良かった。
だから、シュミットもセミヨンに成長してほしいと願っていたのだ。
そしてその願いは叶えられた。自らは結果を出せなかったが、それでも得るものはあった。
二人とも、とても満足していた。
*
「ぜぇ……ぜぇっ」
「クソ、何をしたんだお前!?」
仙術科のエヴァンたち二人は、目標である魔法科の水晶を前に死にかけていた。
身体中に火傷を負い、疲労困憊である。
「何って、下位の炎魔弾だけど?」
そんな彼らと対するのは、癖のある紫の髪をした少年、レントだった。
ずっと眠っていたレントだったが、うるさくなってきて目を覚ましたのだ。
「レント……あとで好きなだけ寝て良いから、あの二人を倒してください!」
「ふわ~ぁ。りょーかいローゼスくん」
水晶を守るべく全力で結界を張るローゼスに、レントは眠そうに応えて仙術科の二人へと手を向ける。
「くっ、エヴァン! お前が水晶を壊しにいけ!! 恐らく地面に魔法の罠が張ってあるはずだ!」
「クソ、わかったよやりゃいいんだろ!!」
レントの掌の照準から逃れ、エヴァンは空中から水晶へ飛びかかった。
結界があるとはいえ、仙術を用いれば結界を貫通できなくもない。
「姐さんに勝利を捧げるのは、おれだあああああああああ!!!!!」
そして水晶に手刀を突き立てる……が、しかし。
罠は地面だけではなかった。
「残念だったね」
「ぐはっ!?」
水晶の表面から氷の弾が放たれ、エヴァンの顔面に直撃した。
エヴァンは水晶から弾き落とされると、再びレントに照準を向けられてしまう。
「くそう、こんな所で……へ?」
その瞬間、エヴァンらの脳内に通知が届いた。
〝ドルーアンが敗北した〟という、信じがたい知らせが。
「はぁ、ねむ」
そんな彼らを、レントの掌から放たれた紫色のビームが焼き付くす。
これは魔法ではなく、ただ膨大な魔力をぶつけただけだ。
が、それだけで二人は一秒ももたずに退場となってしまった。
「ふう、なんとか守りきれた……」
「眠い。寝る」
安堵のため息をつくローゼスと、再び眠りにつくレント。
ところがその直後、二人の体が透け始める。
同時刻、仙術科の水晶がカナンの手によって破壊された。
あまりに突然の勝利に、ローゼスは歓喜する間もなく送還されてしまったのであった。
次話こそはイチャイチャ回書くんや……!
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