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閑話 ぷりんあらもーど

 「かふぇ」なるお店にやって来た。

 というのは、種類豊富な甘い料理と飲み物を中心に提供するスタイルが通の間で話題の飲食店だという。


 「いらっしゃいませー!」


 若い女性の店員が歯切り良く言う。

 床から天井まで木を基調とし、観葉樹の置かれた落ち着ける空間。客はまばらながら少なくはない。

 店名は『ステラバックス』で、ちなみに全席カウンターである。


 「おーちゃんから好きなの選んでいいよ?」


 カウンターの上に貼られている厚紙には、書かれているメニューの名前に味のあるイラストが添えられている。オレはまだこの世界の文字は読めないが、イラストでなんとか判断できそうだ。

 やはり豊富と評判なだけあって、次々目移りしてしまう。


 「じゃあオレは……これとこれにする!」


 「えっと、〝ぷりんあらもーど〟と〝みるくてぃー〟をそれぞれ2つください!」


 「あっ! 私も同じのにするー!」


 「3つでお願いします!」


 店員さんは微笑ましそうにメニューの確認をする。それから注文分の金額を払ってお釣りをもらう。

 それらが済むと、席にかけてお待ちくださいと座るよう促された。



 「ぷりんあらもーど、楽しみですねー!」


 「どんな食べ物なのか、良い意味で想像がつかないわ」


 「ぷりんあらもーど……プリンアラモードか……」


 ふと、疑問が少し口に出てしまう。

 『カフェ』と『プリンアラモード』という異質(・・)な言葉。ひょっとすると、オレの他にも異世界人がこの世界には来てるのではないか?


 「どしたのおーちゃん? 難しい顔してー」


 「何でもなむにゃっ?! 頬っぺをつまむな(ほっへをうあむあ)ー!」


 右から左から、二人にむにむに頬っぺを引っ張られる。なんだか考えていた事がアホらしくなってきた。


 「さて、目標はまずDランク。ダンジョンに挑めるランクだったわね」


 「わたしも頑張ってランクを上げなくっちゃいけませんね! 頑張ります!」


 コルダータちゃんってそういやEランクだったっけ。よくわかんねーが、本人いわく落ちこぼれだってのによくランクを一つ上げられたな。凄い事なんじゃないか?


 「お待たせしましたー、ぷりんあらもーどとみるくてぃーでございます、可愛い子ちゃんたちっ!」


 3人分のスイーツが到着する。匙の添えられたグラスの上には想像した通り、プリンを中心に生クリームやフルーツで彩られた芸術的な食べ物が載っている。


 「あまーい!? 何これ、この世にこんなに凄い食べ物があったのっ!?」


 「は、初めて食べましたけど、匙が止まりません!」


 ふっ。珍しくカナンが動揺してる。オレは前世の現代日本で様々な食べ物を食べてきたはずだ。当然舌も肥えているはずで、これもんなにこれんっま!!!?


 「ほわぁ……」


 か、カラダが勝手にプリンを頬張ってゆく…… オレの意に反してそんな幼女みたいな声を出すな……?!


 「がっつき過ぎよ、おーちゃん」


 「おーちゃんが珍しく見た目通りなリアクションしてるです」


 み、見ないで! これはなんというか、心が体に引っ張られたというか……

 あぁ、ほろ苦いカラメルが甘さを引き立て、フルーツの酸味が口の中を常に爽やかにしてくれて……とにかくおいしい! やめられない止まらなぁい!



 「いらっしゃいませー」


 必死にプリンを貪るオレの背後で、カランカランと扉を開く音がした。新しいお客さんが入ってきたようだ。カウンターで〝ぷりんあらもーど〟を注文している。美味しいもんね。


 ……いやちょっと待て? あの人ルミレインじゃね?


 扉近くの席で足をゆらゆら揺らしながらプリンが届くのを待っている。


 「お待たせしましたー」


 その声が聞こえた瞬間、目に光が宿る。

 そして、匙でプリンの角を掬い取って口に運ぶ。


 「~~~~っ!!」


 至福の表情だった。満面の笑みを浮かべ、今にも小躍りしそうなくらい幸せそうにしている。


 「意外。甘いものが好きだったなんて」


 「もっと無愛想な人かと思ってました」


 二人がそう評する中、彼女と目が合ってしまった。

 オレ達の存在に気づき、プリンを口に運ぶ匙がピタリと止まって数秒の硬直の後に、スッと無表情となる。


 「これは……その、たまたま興味があっただけだから、だ、断じて甘いものに弱い訳じゃないから……!」


 言葉の裏に動揺が見え隠れしている。ちょっとツンツンしていて、どこかカナンに似てるのは気のせいだろうか。


 「もう一度言うぞ! ボクは決して、甘いものに目がない訳じゃない! 誤解!」


 必死に甘党である事を否定する姿がなんだかいたたまれなくなってきた。


 そんな時の事だった。



 「俺様の舎弟が世話になったガキどもってのはいるかぁ!!?」


 乱雑にカフェの扉を叩き開け、いつかの荒くれ男二人とガタイの良いスキンヘッドの大男が入ってきた。


 「い、いらっしゃいませ……?」


 店員は困惑しながらも、一応は挨拶をする。良い心がけだ。

 しかしこいつら、店でなくオレ達に用があるらしい。


 「あそこに座ってるガキどもです! アニキやっちまってください!」


 「なるほどてめえらか。このオレ様の弟をずいぶんと痛め付けてくれたそうだなぁ?」


 指をボキボキ鳴らしながらゆっくり近づいてくるスキンヘッド。店内の客達はそそくさと奥の方へと避難していた。……ルミレインを除いて。


 「聞いて驚け、アニキはなんとCランクの冒険者だ! 今朝からやられた分、キッチリ体で返してもらうぜ!! 覚悟しな!!」


 ……ぶっちゃけカナンの敵じゃないと思うが、この素晴らしき店内で暴れるのは少し憚られる。穏便に済ませたいがどうしたものか。


 「来ねえならオレ様の方からいくぜっ!!」


 巨大な拳を振り上げ、店の事などお構い無しに殴りかかってきた。

 カナンは咄嗟にオレとコルダータちゃんを抱えて横へと回避する。数秒前まで座っていた椅子が、スキンヘッドの拳で叩き潰された。


 「へっ、すばしっこい奴め。こいつならどうだっ?!」


 スキンヘッドはただでさえ狭い店内で縦横無尽に拳(グルグルパンチ)を振り回す。

 椅子が、カウンターの上の装飾が、鉢の観葉植物が、ことごとく粉砕されてゆく。

 それは高かったのにという店員さんの悲鳴は騒音に掻き消されていった。


 「卑怯よ! やるなら表に出て正々堂々勝負しなさい!!」


 「正々堂々なんざ反吐が出る! てめえらをいたぶって連れ帰り、舎弟どもとぶち犯す! それだけが目的よ!」


 ぞわっとした。

 カナンとコルダータちゃんは、その言葉の意味を理解していないと思うが、気の良いものではないと分かっている。


 「いいかげんに……」


 ――その時、スキンヘッドの拳がルミレインのプリンを叩き潰してしまった。

 刹那、カフェ内の空気が瞬時に変わったのを全身で感じ取った。


 「ボクの……プリン……」


 「あぁなんだ? てめえも股にぶちこまれてえのか!?」


 気づかないのはスキンヘッド達だけ。

 凄まじい殺気を放つ少女の肩を、左手で強引に掴もうとした。



 バキンッ

 グシャッ



 鈍い音が響く。スキンヘッドの左腕が、肘から先がタコのようにだるんでいた。まるで骨が無くなったかのように。あるいは、そう見える程まで粉々に砕かれたか。


 「あぁん? ……これ俺様の腕? え……あ……あぁぁぁ!? いでえいでえいでえいでぇぇぇぇっ!!!!!」


 絶叫をあげるスキンヘッド。背後の荒くれ二人は何が起こったのか理解できず、その光景を呆然と眺めている。


 「ボクの……スイーツタイムをよくも……償え……!」


 「げぶっ!?」


 次の瞬間、荒くれとスキンヘッドの姿が店内から消え失せた。

 正確には、ルミレインに蹴り飛ばされ、荒くれどももろとも開けっぱの扉から外に吹っ飛ばされたのだ。外で通行人が悲鳴をあげている。


 「はあぁ……せっかく楽しみにしてたのに……最悪」


 悲しそうに席を立とうとするルミレイン。その哀愁たっぷりな背中に、オレは思わず声をかけてしまった。


 「なあ、今度また会ったらプリン奢ってやるよ」


 「……そう、感謝する」


 うっすら微笑んで、ルミレインはステラバックスを去っていった。彼女の悲しみが少しでも解消されたなら、本望である。



 「あーあ……お客様、申し訳ないですけど今日は店じまいです」


 ぞろぞろと店内の客らが出てゆく中で、オレらはあえて最後に残った。


 「片付け、手伝ってもいい? あいつら呼んだの私たちみたいなものだから……」


 店員さんも災難だったろう。

 責任を取って、オレ達三人は残って後片付けを手伝う事にした。


 粉々に砕かれた植木鉢と撒き散らされた土。散らばった液体調味料。どれも完全に片付けるにはたいへんな時間と苦労が伴い、あの店員さん一人にやらせるのは酷というものだ。


 そして片付けがようやく終わった時、外はもう黄昏時であった。

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