第145話 仙術科と〝怪物〟
それは至近距離で雷が落ちたかのような轟音だった。
大地を震わせ、衝撃は交流戦の行われている結界内を激しく揺さぶった。
「何が起こったんだ……?!」
「どうやら物理学科の水晶が完全に破壊されたらしいわね。今のは仙術学科が出した攻撃の余波じゃないかしら」
カナンは思った。
今の衝撃は恐らくは魔法。強力な魔法も使えて、仙術……近接戦闘もこなせるとなるとかなりの強敵だ。
今のが魔法だとすると、肌で感じただけの推測になるが、何かしらの上位魔弾……いや、高位の魔弾の可能性すらある。
「いきなりでびっくりしたな! 何が起こったんだ?!」
分断されていた魔導戦闘学科の面々が合流する。
驚き興奮するジムと、うなだれて気分の優れなさそうなセミヨンが森の奥から帰ってきた。
「仙術学科が物理戦闘学科の水晶へ攻撃した衝撃だ。例の〝怪物〟、まさかこれほどとは……」
「で、これからどーすんだよ?」
ローゼスが水晶の周囲に構築しようたしている術式は、ほぼ完成している。
他の学科に遅れを取っていたが、とにかくこれである程度自由に動けるはずである。
しかし、大火球を食らえば一発でおしまいだ。
「ん、敵が三人接近してきてるわね。まだ遠いけど、このままここで迎え討つのかしら?」
「いえ……その、やっぱり……」
「ふーん、その様子じゃ指揮は難しそうね。よーし、私とセミヨンちゃんとジムちゃんで突撃するわよ!」
「よっしゃあ! ついに来たぜ!!」
ローゼスは悩んでいた。
指揮を取る事は、王子という地位に立つものの義務と思っていた。
しかし、自信が失くなってしまった。
度重なる想定外、皆の期待へのプレッシャー。それらが、ローゼスの心に鎖を絡ませる。
カナンの探知能力と先程の正体不明の攻撃。
カナンが実力を隠していた、あるいは遊んでいるだけか。どちらにせよ、カナンならば〝怪物〟に対抗できるかもしれない。
ローゼスは、カナンを筆頭にこちらからも攻勢に出る事を考えてはいた。
むしろ、出し渋っていたから先程のような危機に陥ってしまったのだ。
しかし、一歩踏み出そうとする気持ちを不安が遮ってしまう。
他人から見れば些末な悩みであるし、ローゼスは頑張っているとさえ言うだろう。
だが彼はまだ子供なのだ。
*
三人は森を進んでいった。他チームの初期に転送された場所は、常に脳内マップに表示されるようされているので、迷う事はない。
そして、茂みの奥で何かが葉を揺らし動いた。
「そこだあああっ!!!」
すると突然、ジムは火球をボールのように蹴り飛ばし茂みにぶちこんだ。
それを合図にセミヨンとカナンは走ってジムの所から分かれた。
敵は他にもいる。いっそ、水晶の所まで突撃して破壊してしまうのも手だ。
しかし、枝の上から黒い影が二人に向かって飛びかかってきた。
「にゃ、避けられたにゃあ」
それは黒髪に猫耳を生やした、猫獣人の少女だった。
「あ、えぇ!? シュミットさん!?」
「って、セミヨンにゃ!?」
二人は知り合いである。
というか、バイト先の同僚だ。何より、メイドカフェに行った時にメンバーへ接客してきたのはこのシュミットである。
お互い、まさか敵になるとは想像もしていなかったようだが……
「にゃー、しゃーない。二人纏めて倒すにゃ!!!」
「い、行ってカナンさん! ここは、わ、わたしが……!」
「遊んであげたいけど、そうもいかなそうね」
突如、上空から火球がカナンとセミヨンめがけて降り注いできた。
カナンは咄嗟にセミヨンを抱えてそれらを避ける。
「なるほどねぇ、楽しくなってきたわね」
凄まじい気を放つ存在が、遥か上空からこちらを見下ろし威圧しているようだった。
あれが噂の〝怪物〟か。
カナンは瞬時に理解すると、〝おーちゃん〟の翼を部分召喚して怪物の元へ飛んで向かう。その顔は、とてもとても嬉しそうな笑顔に歪んでいた。
*
一方、水晶の防衛に当たっていたローゼス側はというと。
「ぐぅ……ぐぅ」
レントは相も変わらず眠っている。
しかし問題は無いだろう。敵はカナンらが相手をしている。そもそもレントの能力の都合上眠らないといけないのだ。
しかし、もしもこちらに敵が到達してしまったら?
ローゼスはまだ実戦経験が無い。
兵法を知識としては知っていても、いざ実戦ではあまり活かせていない。敵が想定外の動きをしたり、想定よりも速く攻めてきたり。ローゼスは考えるのは得意だが、経験が足りなかったのだ。
一歩間違えれば危うかった。
防御に気を割くあまり、セミヨンを危険に晒してしまったのだから。仙術学科の〝怪物〟の力を過小評価してもいた。
焦りと不安と少しの高揚が、未知の感覚に誘う。
いざとなれば、自ら戦わねばならない。
――王子という肩書きのもと、ローゼスは生まれた時から守られ続けてきた。
しかし、守られるだけでは嫌になったのだ。彼女に守られるだけの存在にはなりたくないのだ。
彼女の後ろ姿だけでなく、横顔も見たくなったのだ。彼女の隣に立っていられるくらいに強くなりたかったのだ。
だから、魔法による戦いを学ぼうと思った。傷だらけの彼女にばかり戦わせ、自分は後ろで怯えてる。そんな自分が嫌になったから。
もう、悩むのはやめた。
それは突然の事だった。
水晶からほど離れた位置の地面に、脈絡もなく魔法陣が展開されたのである。
「……!」
身構えるローゼス。
すると次の瞬間、魔法陣の上に二人の生徒が現れた。仙術学科だ。
「まさか転移陣……!? そんな、どれ程の魔力を……」
「ふふふ、姐さんのお陰さ魔法学科くん。姐さんの魔力は桁違い。そして仙術の達人でもある。そこにあの先生の指導も入り、我々は二月前とは別次元に立っている」
饒舌に語る、仙術学科の黒髪の少年。
彼は〝怪物〟と呼ばれる彼女に心酔しており、一方的な好意を寄せていた。
もっとも彼女側からは恋愛対象どころか名前すら覚えられていないのだが。
「姐さん……怪物の事か」
「怪物だなんて失敬だな、あの人は美しい。この学園で、いいや世界でだれよりもね!」
「もういいエヴァン、さっさと水晶を壊すんだ」
エヴァンという少年に指図するもう一人の少年。彼は怪物にそこまでの好意は抱いていない。
ただ冷静に目の前の課題をこなすだけだ。
「させるか! 中位水魔弾!!」
ローゼスは杖の先から水の弾を二人へ向けて飛ばした。
しかし弾速は遅く、見てから避けるのも可能な速度だった。
「はっ、なんだよそれ」
避けずとも、素手で弾ける程に弱い弾だった。
「弱い、弱いなぁ! お前はあれだな、魔法学科のお荷物ってやつだな!?」
「くっ……」
ローゼスの魔法の出力は確かに低い。
中位魔弾でもかなり弱い威力しか出ないのだ。
「そこの奴は寝ているし、お前は弱いし! ラッキーだぜ!!」
そしてエヴァンは、ローゼスの背後に浮かぶ水晶へ走ってゆく。
手刀を作り、水晶を両断しようと飛びかかる――
しかし。
ローゼスの能力は、ここで真価を発揮する。
「うぎゃあああああ!?」
突如、強力な電撃がエヴァンの体に迸る。
レントやローゼスが魔法を使った様子は無い。しかし、それは確実に魔法だった。
それも仙術による防御を貫通している。この干渉力は少なくとも、能力を介したものである。
「エヴァン!? な、何をした……!」
――【反撃魔法】
ローゼスの能力は、敵が〝敵意を持って攻撃してきた時〟に初めて発動する。
敵が攻撃に込めた力の強さや敵意の強さ。それに応じて、出力が上がり攻撃を防ぐ事もできる。
ローゼスは、自らの能力の権能を付与した術式を水晶の付近に罠のように仕掛けていたのだ。
更に先程の水魔法と発動した雷撃魔法。それにより、高い干渉力で魔法から身を守る仙術使いの体にも多少のダメージが通る。
「ぐ、小癪な……」
とはいえ、さすがにこれだけで倒しきれるはずも無い。エヴァンはローゼスを怒りの満ちた眼で睨み付け、確実に倒すと決意した。
その時の事だった。
空に2つ目の太陽が現れたのは。
いや、それは超巨大な火球だった。
熱く、熱く、全てを焼き焦がす業火の塊が、空を駆ける小さな影へ向けて放たれる。
しかしその小さな影に触れると、火球は一気に勢いを失い小さく萎んでゆく。
すると小さい影は、火球を放ったもうひとつの影に向かって突撃していく。
そして二人の拳が交わるだけで、耳をつんざく程の爆音が轟き響鳴した。
「あれが……〝怪物〟?! いや、それよりも……」
「ね、姐さんと互角だと……?! なんだあいつは……」
仙術科の〝怪物〟と魔法科の〝怪物〟。
バケモノ同士の戦いが始まったのであった。
おーちゃん……おーちゃんはどこ?(末期症状)
さて、ご存知の方もいるかとは思いますが、この度コロナ陽性になってしまいました。今のところ症状も軽く、発症当日以外は比較的楽に過ごせています。しかし、今後何があるかわからないため、更新に間を開けさせていただくかもしれません。




