第143話 銃など効かぬ
つよつよカナンちゃん
数日後。パラヒメちゃんとリースリングちゃんが復学し、日常が戻ってきた。
「カナンちゃんすごいメェ~。ぼくも一緒に交流戦、出てみたかったメェ~」
「ま、仕方ないのさ。一クラス一人までなのさ、今回はあんたに譲ってやるって事よ!」
ふふんと無い胸を張ってなぜかドヤるリースリングちゃん。
パラヒメちゃんはそれを微笑ましそうに見つめる。なんか可愛い。
「なーんか敵にめちゃくちゃ強いやつがいるらしいわよ。今回は私が頂くとするわ」
「今回は譲るのさ! やったれカナンちゃーん!!」
「応援してるんだメェ~!」
二人の応援も受けて、カナンは交流戦に向けて気持ちを改めて臨む。
カナンと同格なんてそうそう現れはしないだろうが、今回の戦いは個の強さだけではないのだ。
しっかりと策を練り、チームワークを高める事が大切だ。
*
ルールの再確認をしよう。
5対5対5の3チーム戦。
広大なフィールド内にて、敵チームがそれぞれ守護する〝魔水晶〟を破壊し、最後まで自チームの水晶を守った学科が勝利となる。
このフィールドは異質物で作られており、自チームの魔水晶が破壊されるか結界内で一定以上のダメージを受けると、自動で結界外へ転送されリタイアとなる――
なおこの際肉体は結界へ入った時点の状態に巻き戻されるので、たとえ大怪我しようが死亡しようが問題ない。
また、能力や魔法の使用、更に申請さえすれば武器や召喚術の使用も全学科に許可されている。
……つまり持てる手段全てを出しきり、全力で戦えと言っているのだ。
物理戦闘学科が魔法攻撃を使ってくる可能性もあるし、逆に魔法学科のこっちが物理攻撃でゴリ押しても良い訳だ。
深淵の月、38日。
ここに編入して、地球の感覚でおおよそ二月くらい経った。
今日は各戦闘学科の交流戦当日だ。
舞台となる結界内へ転送する転移陣の上に待機し、オレたちは事前に考えた作戦を振り返る。
「うふふっ、腕が鳴るわね」
「作戦通りでいくからね、独断の行動はなるべく慎んでくれ」
「もちろんよ。作戦通りそっちに合わせるわ」
カナン単独で動けば案外あっさりと決着がつくかもしれない。しかしそれでは何の学びにもならない。
カナンはあえて力を制限し、4人や他の学科の戦いかたを観察するつもりのようだ。場合によっては本気になるかもしれないが……
「ヤバくなったらおれが助けてやるからな! 安心しろよな!!」
「あ、た、頼りにしてます……!」
いつの間にかセミヨンちゃんとジムくんが仲良く(?)なってるし。
「さて、そろそろスタートだよ」
間もなく交流戦が始まる。
ここでの活躍はクラスのみんなだけでなく、著名な冒険者ギルドや貴族など一部の有力者が観戦しているのだという。
ここで目立っておけば、進路が有利になる生徒もいるだろう。
まあ、カナンにはあまり関係ない話かもしれないが。
『開始まで10秒前です。10、9、8、7……』
「お、ついにか。楽しみだなぁ、滾るぜ!!」
「Zzz……」
「わ、わたしにできるかなぁ……」
「覚悟を決めるんですね、やるしかないのですから」
みんな緊張している。模擬でない対人戦など、初めてなのだろう。
カナンは無言で腕を組み、脳内のオレに話しかける。
『仙術学科の怪物とやらが強かったら、場合によってはおーちゃんの力を借りるかもしれないわ』
『おう、どんどん使ってくれて構わないぜ』
『ありがと、大好きよおーちゃん』
ふふふ、なんか嬉しいな。
召喚解除してる間はカナンの感情も少し伝わってくるんだ。ワクワクするぜ。
そして足元の陣が青白く発光すると、カナンたちは見慣れない場所へ飛ばされていた。
*
カナンたちが飛ばされた場所は、森の中だった。
一行の側には六角形の淡く光る大きな水晶が浮かんでいた。それが破壊される事はチームの敗北を意味する。
「さてさて……森か。少し厄介だね」
「そーなのか?」
ローゼスの言葉の真意は、戦略的に不利であるという意味だ。
森は人が隠れやすい。気配を消されてしまえば容易に敵の接近を許してしまうだろう。
魔法学科も体術の練習を行ってはいるが、基本は魔法による遠距離攻撃・範囲攻撃がメインとなる。
近接戦となると、他の学科相手では不利になってしまうだろう。
「なるほどね。そこまで悲観する事も無さそうよ」
「ああ、森の中とは予想してなかったが、想定外ではない」
カナンは【広域探知】と【明哲者】を併用し、周囲の地形を即座に把握した。
また、2キロ先の敵の水晶の位置も。
このまま突撃してもいいが、それでは面白みが無い。
まずは自チームの水晶の防衛を優先するつもりだ。
「結界術式起動……多重障壁構築。【多重結界】を発動」
「あの、ローゼスくん……わたしたちはどうすれば」
「あぁ、事前の打ち合わせ通り二人は一組で水晶周辺の警戒を行っていてくれ。僕の術式の設置が完了したら、セミヨンとジムの二人は物理戦闘学科へ攻撃に行ってくれ」
「おっしゃあ! 楽しみだな、セミヨン!!」
「あ、えう、そ、そうですね……?!」
ローゼスは策略家である。
二人の能力が、物理戦闘相手には相性が良いと踏んでの指示だ。
また、レントとカナンは二枚の『切り札』として使うつもりである。
仙術は魔法と相性が悪い。純粋な干渉力を高めた『気』を操って戦うため、魔法の効果が届きづらいのだ。
レントは瞬間出力で無理やり打ち消せるし、カナンは近接戦闘もできるという貴重なカード。
もっともカナンは実力を味方にも隠しているのだが……。
しかし、悠長に作戦を振り返っている間にも、敵は待ってはくれない。
遠くで破裂音が響いた。
「どいて」
「え……?」
カナンはおもむろにローゼスの肩を突き飛ばすと、水晶を庇うようにその手で何かを弾き受け止めた。
「これは……?」
「弾丸ね。ふふ、どうやら敵は遠距離もいけるクチみたいよ」
「なんだって?」
「まあ安心しなさい、超遠距離攻撃ができるのは一人だけみたい。ちょっとそいつ潰してくるわね。行ってもいいかしら?」
「確実に倒せるのかい? 確実に負けないのなら、引き留めはしないが……」
「大丈夫、ちょっと遊んでくるだけだから」
物理戦闘学科の異端児、キルベガンは狙撃手である。
茶髪に気だるげな眼。猫背で細身なその風体は、とても物理戦闘学科とは思えない。しかし、彼もまた天才と称される存在なのだ。
森は彼にとってこれ以上ない狩り場だった。故郷では獲物を狩るために弓を使っていたが、ここへ入学してからは銃の方が自分に馴染むと気がついた。
たとえ数キロ離れていようとも、その瞳に宿る能力と超人的な勘で弾丸を必中させる。
獲物が隙を見せるその一瞬までただじっと耐え忍び、一瞬のチャンスを確実に貫く。彼に与えられたミッションは、魔導戦闘学科のリーダーと水晶を共に弾で射ち貫くこと。
キルベガンはチャンスを見逃さなかった。
しかし――
「は? な、なんで反応できるんだよ?!」
ローゼスの側にいた金髪の少女が、弾丸を素手でキャッチした。
結界で弾かれるならまだしも、完全な死角かつ数百メートル離れた場所から放った弾を、なぜ素手で防げる?
それだけじゃない。
少女が、こちらを見た。弾が飛んできた方角を見ているのではない。
確実に自分を認識している。こっちへ向かって歩いてきている。
なにもかもがおかしい。
キルベガンは撃った。
少女は片手で弾を弾いた。
もう一度撃った。
今度は当たった。
しかし、少女は歩みを止めない。まるで効いていない。
「なっ、なんだアレは!?」
狩る側だったキルベガンは、まるで兎にでもなってしまったかのような錯覚に陥った。
失敗だ。
逃げなくては。
伝えなくては。
〝怪物〟がいるのは、仙術科だけではなかったと。
目に汗が滴り、思わず一瞬瞼を閉じる。
そして次に目を開けた時には――
「み ぃ つ け た ♡」
眼前で、悪魔のような少女が逆さまに笑っていた。
そしてそれが、天才キルベガンが脱落する前最後に見た光景となったのであった。
キルベガンくん「かなり恐怖を感じた」




