第142話 親睦とメイド
地震やばくね?
「いらっしゃいませだにゃ! ご主人さま~♡」
……。
何がどういう状況なのか。
目の前でフリフリのメイド服を着た猫耳の女の子が、体をくねくねさせながらカナンたちを店内へ迎い入れている。
「ここは僕がプロデュースした飲食店の支店でね。メイドカフェっていうんだ」
メイドカフェ?
なんだその電波に毒されてそうな異文化は。
発案者の中に絶対異世界人いるでしょ。
さて、何がどうしてカナンたちがこのメイドカフェなるお店へやってきたのか。
それは、この金髪のイケメン少年ことローゼスくんが「せっかくみんな集まったんだし、親睦を深めようよ!」と提案したからに他ならない。
「おぉー、すげぇ! 変わった格好した姉ちゃんがいっぱいだ!!」
萌えに毒されていない赤髪純粋少年ジムくんは、ただすごいすごいと言うばかりだ。そもそもオレの先入観がいけないのかもしれない。
「ぐう……」
そしてこいつ。
紫色の髪をしたこの男子。レントという名前らしいが、ほとんどずっと眠りっぱなしである。名乗った以外何も喋っていないし、寝ながら歩いてたし。よって、こいつは名前以外何も知らない。
……いかん。
カナンが紅一点と化している。男子に囲まれては、オレの嫉妬心が疼いてしまう。影の中から見ているのがもどかしい。
ちなみにもう一人セミヨンちゃんという女子がいたのだが、今日はあいにくバイトで来れなかったそうだ。
「ご注文をしてほしいにゃ、ご主人さまっ!」
……ぶりぶりという音が聞こえてきそうだ。
この子のプロメイド意識には敬服せざるをえない。
というかよく見るとこの子の猫耳や尻尾、自前か。獣人なんだな。
「おう! それじゃあおれはオムライスで!! ドリンクはオレンジジュースがいいな!!」
「僕もオムライスで。飲み物はアイスティーにしてください」
オムライス……メイド……もしかして定番のアレ、やるのか?
「じゃあ私もオムライスでいいわ。飲み物はトマトジュースがいいわね」
「かしこまりましたにゃ~♡ そこの眠っているご主人様さまはどうしますかにゃ~?」
「……俺は、みんなと、同じで、いい……。飲み物はオレンジジュース……で」
ずっと寝てんなこいつ。レントくんはもそもそとうつ伏せのまま注文すると、そのまま再び眠りについていた。
そうしてメイドさんはお店の奥へと去っていった。
「おれ、メイドさんって初めて見たぜ! すげえなぁ。そういえばローゼス、お前ん家って偉いとこなんだっけな? そっちにもメイドさんはいるのか?」
「いますよ、たくさん。彼女らがいないと僕の家は何も回りません。僕はメイドを尊敬しています。メイドこそが世界を回していると言っても過言ではありません。何より従者にはメイド長を選びましたし。つまりメイドは至高なんですッッ!!」
「お、おう……」
なんという熱量……。その年でメイドマニアとは、なかなかだな。
そんな熱く語るローゼスくんにカナンは
「ローゼスちゃんってもしかして、どこかの貴族なのかしら?」
「メイドは素晴らし……ハッ?! そ、そうだ。あまり言いたくはないのだが、僕はアルマンド王国の第四王子なんだ」
まさかの王族かよ!
アルマンド王国……。聞いたことないな。カナンだったら知ってるんだろうか。
「ま、マジでぇ!? ローゼスってうちの国の王子様だったのかよ!?」
「しーっ! 声が大きい! ……まぁ、そういう事だ。第四王子に王位継承権なんて無いに等しいけどね」
よほどの事が無い限り王位の継承なんて3位くらいが範疇だろう。上位3位までがよほど無能だったり、死んだりしたら分からないが。
口ぶりから察するに、自分は実質蚊帳の外って雰囲気だ。
「ま、僕は玉座なんかに興味は無いし、おかげで自由を満喫できるのさ」
「権力ってめんどくさそうね。私は貴族に産まれなくて良かったわ」
「ははは、貴族も苦労は絶えないが平民だってみんな頑張っているよ。彼らの頑張りのおかげでこうした日常を送れるのだから」
そう言ってローゼスは屈託の無い笑顔を作った。
彼は本当に政治に興味が無いのだろう。政治を動かしたいのなら、魔法の勉強をしている場合じゃないだろうしな。
「よくわかんねーけど、ローゼスおめーいい奴っぽいな! ダチになろうぜ!!」
「ええ、なりましょうなりましょう! 今後ともよろしくお願いします!!」
「うーん……それ、私も混ぜてもらえるのかしら?」
「え、カナンさんも友達になってくれるんですか!?」
「そのつもりだけど?」
「よっしゃあああ! レント! おめーもダチになろうぜ!!?」
「むにゃ……?」
なんか意気投合してるな、赤髪金髪ブラザーズ。
カナンも友達は欲しい。というか権力者との繋がりが欲しい。
しかしなぁ、カナンが男子と一緒にいるってなんかモヤモヤすんだよな。
「あ! な、ナポリタンをお持ちしました……にゃご主人さま! おいしくなぁれっ、きゅるきゅるりんっ!」
新人の娘だろうか。
他のお客さんに料理を運んでなんか呪文を唱えているけど、声が上ずってたりしている。改めて考えてみると、凄い商売やってんなこれ。
栗色の髪を後ろでポニーテールに纏めたメイドちゃん……
ん? 見覚えがあるような……
「おー? セミヨンじゃん! ここでバイトしてたのか!」
「あっ、えっ!? ど、どうしてここに……!?」
そのメイドは、バイトで来れなかったセミヨンちゃんだった。
うわ、冷や汗ダラダラで凄く嫌そうな顔してる。
わかる、バイト中に知り合い来ると気まずいもんな。
しかしそんなセミヨンちゃんの気持ちを露知らず。
ジムくんはぐいぐい食い込んでゆく。
「その服似合ってるな! メイドってなんかすげえらしいし!」
「えっと、あの、その……」
しどろもどろになってゆくセミヨンちゃん。……なんかいたたまれなくなってきたぞ。
「すいませーん、注文してたプリンアラモードが来ないんすけどー?」
「あ、はいっ! ただいまお持ちします、にゃ!」
「あのー、こっちも注文してるのが来てないんですけどー」
むちゃくちゃ忙しそうだ。
ちょっと涙目になってるのが一瞬だけ見えた。
「おー、すげえなあんなに頑張って! 頑張れセミヨン! 頑張れセミヨン!!」
さすがにかわいそうになってきた。悪意0の純粋な善意だからこそ、なかなかひどい。
『主様……セミヨンちゃんがかわいそうだからジムくんを止めてやってくれ……』
『そうね。さすがの私もいたたまれなくなってきてたわ』
そうしてカナンは、セミヨンちゃんに声援を送るジムくんのうなじに手刀をかまして失神させたのであった。
「交流戦って選抜された強い生徒ばかりなのよね? 作戦会議とかはやらないのかしら?」
「もちろんやるつもりだとも。ただそれは、全員が集まってからにしたい。とりあえず、交流戦に向けて僕が知っている限りの情報は共有しておこう」
失神して痙攣しているジムくんと、そもそもずっと寝てるレントくん。二人を置いて、ローゼスくんは何かを話そうとした。しかしそこで
「お待たせだにゃご主人さま~♡ オムライスができたんだにゃ~♡」
「あぁ、ありがとう」
黒髪の猫耳メイドちゃん……。ぶっちゃけかなり可愛いが、この子もどこかの生徒なのだろうか。
彼女が台車に乗せて運んできたオムライスは、どれもケチャップでハート型の模様が描かれている。
「おいしくなぁれ♡ きゅるきゅるりんっ♡」
おまじない……。なんというか、徹底しているな。やっぱりオタクの異世界人が発案したんじゃねこれ?
「んー……めし……」
ずっと寝ていたレントくんがのそのそと起き上がり、スプーンを手に取りオムライスを食べ始めた。
「はっ、なんでおれ寝てたんだ!? ってオムライスがあるっ! うまそー!!!!」
そして分かった。ジムくんはバカなのだと。
悪い奴ではないが、バカなのだ。
「……今回の交流戦は、どうやら仙術科に怪物がいるそうだ。作戦は後で練るが、この情報はあらかじめ共有しておきたい」
「怪物ぅ? どんな魔物なんだ? つーかモンスターでも入学できんだな! がはは!!」
「怪物っていうのは比喩だよ……。つまり、仙術科の選抜生徒には恐ろしく強いヤツがいるらしい。物理戦闘科も油断ならないが、その〝怪物〟は特に警戒しておきたい」
怪物か……。
そんなに強いのにジョニーちゃんのように名前が広まってないってことは、カナンのような編入生かもしれない。
「ふーん。よければその怪物、私に相手させてもらいたいわね」
カナンは真っ赤なトマトジュースを飲み干すと、吸血鬼のように牙を剥き出しに笑うのであった。
メイドおーちゃん見たら尊死しそうなローゼスくん。
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