第140話 おーちゃんの受難
箸休めのイチャイチャ回です
「カナンちゃんとオーエンちゃん。あの二人……いいよな」
「すげえよくわかる……」
「見てるだけで癒される……」
「カナおーてえてえ……」
「かわいい、間に挟まりたい……」
「「「「は?」」」」
「なんだぁ? てめぇ……!?」
「分を弁えろ痴れ者が」
「存在してはいけない生き物だ」
「てめーは俺らを怒らせた」
うん。
「……なーにやってんだ男子どもは」
オレがカナンと手を繋いで帰ってるだけで、なんか幸せそうな顔をしてんなと思ったら、その内の一人をボコボコにリンチしてるし。
「あいつらなんて放って、行きましょおーちゃん」
「そうだな」
今日も学校を終えて、尞へと帰る。
中が建造物のような構造に育つ巨木、要塞樹。ここの生活にも慣れたものだ。
『おやおや、お帰りなさいませ』
中に入ったオレたちを迎えたのは、ここの大家ともいうべきドライアドの女性だ。名前という文化に馴染みが無いからなのか、未だに名付けられた名前を思い出せていないらしい。
「ただいまナナシちゃん」
『ナナシ……?』
「私これからナナシちゃんって呼ぶわ。嫌だったら言ってよね」
勝手に名づけっていいのか。しかも名無しって……
ここでもカナンのちゃん付け呼びは続くようだ。
『ナナシ……構いません。わたくしもこれよりナナシと名乗ることにしますね』
それでいいのかナナシさん……
本人が良いならそれでいいのだろうな。
さて、お部屋へ帰ってからは夕ごはんの支度だ。外食することもあるが、今日はオレの手作りだ。ピンクのエプロンを身に付けてひき肉をこねこね。
「今日は何作ってるのー?」
「ハンバーグさ。隠し味に凍らせたコンソメスープの欠片を中に入れてから焼くつもり。そうすると肉汁が溢れて美味しくなるんだ」
「へえぇ、やっぱりおーちゃんって凄くお料理上手ね。良妻よ」
「あうぅ……」
良妻って。
散々あんなことやこんなことされてるのに、こういうのは未だに慣れないな……。
それにしても。
オレってなんでこんなにお料理できるんだろ?
本当は前世は女の子だった……?
いやいや、料理男子なんてのもいるんだし軽々しくジェンダーを語るべきではない。
オレはオレ。おーちゃんなのだ。
「――ごちそうさま。ふう、おーちゃんの作るごはんは格別ね」
「えへへ……今度は何作ろうかなぁ」
「うふふ、またカレーを食べてみたいわね」
前に作ったカレーがお気に入りみたいだ。ルーの残りもまだあるし、明日はカレーを作ろうかな。
サクッとお皿を片付けて、お風呂に入る。
さっぱりしたらくつろぎタイムだ。
「お~ちゃ~ん♡」
カナンがオレの膝枕の上でネコみたいに甘えてくる。胸に顔を埋めてきたりしてかわいい。
「よしよし主様……♪」
オレがなでなですると、カナンはもっとごろごろすりすりしてくる。ネコみたいだ。
これは永久機関が完成してしまったかもしれない。
「主様……かわいい」
「うふふ、おーちゃんもかわいいわよ♡」
胸の中からオレの顔を見上げて笑うカナンを見ると、胸の奥がどきどきして体が熱くなる。
あぁ、オレの心はカナンのものになってしまったんだな……。
オレにだけ見せる甘くて優しい表情のカナンはかわいいし、敵には冷酷で無慈悲なカナンは美しい。
そのギャップもたまらなく愛おしい。
けれど、こうしてお互いに愛で合う度に心の片隅に浮かんでしまう。
コルダータちゃんの顔が。
「うふふ……あは、あぁ……あぁぁぁ」
「よしよし、大丈夫だよ主様……」
唐突に唸り声にも似た嗚咽を吐き、過呼吸気味に涙を流しだすカナン。
今でもたまにこうなる。
きっとこれからも起こるのだろう。
コルダータちゃんを目の前で失った記憶が、突然にフラッシュバックするのだ。
今思えば、コルダータちゃんの事も好きだったのかもしれない。オレも、カナンも。
もし……もしもコルダータちゃんを生き返らせる事ができたなら……オレたちのこの関係はどうなるんだろうか。
コルダータちゃんなら……
いや、考えるのはやめておこう。今はただ、カナンの愛を享受するだけだ。
「ん……おーちゃん」
おもむろに背後から抱き締めてくる。
耳に温かい吐息が当たって、胸の奥がほぐれていくような感覚を覚える。
「今日も、吸っていい?」
「いいよ、好きなだけ飲んでいい」
今日は吸血日だ。
2~3日に一回、オレの血を飲ませる日。
ジョニーちゃんから聞いた吸血鬼の生態いわく、吸血鬼は血を吸わないでいると死ぬ事もあるらしい。カナンもそうなのだろうか。
カナンはオレの服のボタンを後ろから外すと、上半身をはだけさせた。
そして顕になった肌へ――
「ふぅ、ふぅっ、あむっ……」
「んぅっ……」
後ろから、首と肩の間くらいの所に牙を立てた。
ここを噛まれるのは初めてだ。
いつもと違って顔を見られないけど、後ろからされるのはなんだかいつもよりゾクゾクしてて気持ちいい。
「んー……」
しばらくして満足したカナンは、オレの首筋から牙を抜いた。
貧血気味なオレは回復薬を飲んで減った血を増やす。いつものことだ。
「ふう、ごちそうさまおーちゃん。ふふふ、お腹の中がぽかぽかしてる♡」
ぺろりと唇についた血を舐め取るカナン。
この後は大抵アレをするのだ。カナンの欲求をオレの身体で受け止める行為を。
カナンに襲われる事は嫌ではない。
けれど、心の奥でまだ葛藤している所が残ってるみたいで、無意識の内に抵抗してしまう。無意味なのに。
それがまた、カナンの嗜虐心に火をつけてしまったり……。
*
翌朝。
カナンの胸の中で目覚めたオレは、先にベッドを抜け出して朝ごはんをつくる。最近はカナンの抱きしめから脱出できるようになってきたのだ。これもオレの成長だな。
そして朝食ができたらカナンを起こす。
「おきて主様っ」
「うーん、あと5分……」
あと5分って、このままではごはんが冷めてしまう……。ならば奥の手、ほっぺにちゅー!!
「っ! な、なんてかわいいことするのおーちゃん……!?」
これぞ我が秘伝、目覚ましほっぺにちゅーだ!! これにはさすがのカナンも飛び起きて……ってなんで舌なめずりしてうわおふとんに引きずり込んでなにをするやめ、にゃーー!?!?
「ぐすん……ひどいよ主様」
5分後には解放されたけども……。
存外冷めたごはんも美味しかったけども……。
「ごめんねおーちゃん、可愛すぎてつい……。放課後にカフェでプリン食べさせてあげるわ」
「ぷりん!? たべる!!」
体が甘いものを求めている!
数分前にされた仕打ちなどもはや頭には残っておらず、オレは放課後を楽しみにしながらカナンと部屋を出た。
その先にトレントのお姉さん……ナナシさんが立っていた。
「おはようナナシちゃん」
『おはようございます。……疑問なのですが、雌しべ同士をいくら接触させても受粉はいたしませんよね? それなのになぜ、お二方は雌しべに該当する部位を――』
「おあーっ!? あーーー!!! それ以上言うなーっ!!!」
な、ナナシさんなんでその事を!?
『この要塞樹はわたくしの一部のようなものです。その気になれば居住者が何をしているか手に取るように分かります』
「その気にならないでほしかったわね……」
『もしかしてわたくし、余計な事しちゃいました?』
「う、うん。そうね……」
遅刻する前にさっさと行こう。何も考えずに……。
おちゃかわおちゃかわ。




