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第138話 夜郎自大

アルセウスたのしい(廃人)

 日が沈み、薄明の空が墨を垂らしたように黒く染まってゆく。

 狭くて暗くて逃げ場も無い路地裏へ、カナンは自ら迷いこんだ。

 相対するは、頭をすっぽり黒マスクで包み込んだジャックという男だ。


「ふひっ、ひゃははは! もっと俺様にビビれよ! 情けねぇ顔で泣きじゃくれよ! 俺様は16人も殺した切り裂き魔様だぜ!!!」


「16人、ねぇ。それの何が凄いのかしら? 記憶力自慢?」


「じ、16人も殺すなんて凄い事だろ!!?」


 カナンの冷静な反応に狼狽する切り裂き魔。



 ――あぁ、コイツはあれか。きっと平和な所で育ったんだな。殺す殺されるという選択肢が日常に入らないところで。


 そう、影の中から見守るオーエンは思った。


「も、もっと俺様に恐怖しろっ! 俺様は切り裂き魔だぞ?!」


「私が怖がるにはぜんぜん足りないわね」


「こ、こ、この、クソガキがぁ!」


 思い通りの反応を見せないカナンに激昂し、ジャックは拳を振るう。

 しかし、カナンはそんな大振りを物ともせずに軽くいなした。


「そのナマクラは使わないのかしら?」


「クソクソクソっ! ガキのくせに見下してんじゃねえぇ!!! 望み通り使ってやらああぁぁ!」


 ぼろぼろで錆び付いたナイフを向け、突っ込んでくる。


『あのナイフ……一応魔剣だな。ナイフだから魔短剣だけど』


『取るに足らないわね』


 それは何も大した代物ではない。弱めの風魔法が出せるくらいの程度の簡素な魔剣である。そもそも手入れを怠っているので、その効果も薄れている。


「俺様の強さを思い知れぇっ!!」


 ジャックはカナンの心臓めがけてナイフを突き出した。


 が、そんなものが当たるはずもなく、というか避ける必用すらなく。


「なまっちょろい貧弱な攻撃ね」


「は……えっ?!」


 カナンは手首で刃を受け止めた。

 刃はそこで止まり、カナンの肉どころか薄皮一枚すら切り裂けない。


「ふーん、これって【絶対切断(ザンテツケン)】よね? ぜんぜん使いこなせてないみたいだけど」


「な、な、なんなんだお前っ!?」


「私はカナンよ。覚えなくてもいいわ。どうせすぐ……」




 ――【絶対切断(ザンテツケン)


 それは、万物を〝絶対〟に切り裂く驚異の能力(アビリティ)である。

 この力の前に防御は無意味。どんなに硬い物質であろうと、硬度を無視して切断できるのだから。


 ……そのハズだった。




 ――何故? なぜこのガキの手首を切り落とせない? なぜ俺の特別な能力の事を知っている?




 〝薄明の切り裂き魔〟ジャックは、自分の力に酔いしれていた。こんなに粗悪なナイフでも、バターのように人間の体を切り裂ける。


 この力がある自分は特別なんだ。


 目立つことができる。


 自分の無力感を否定できる。


 見下している奴らに復讐できる――




「な、なんなんだよっ……俺様は〝薄明の切り裂き魔〟様だぞ?! 16人も、16人も殺した! 成し遂げたんだぞ……!?」


「あなたって今までに食べたパンの枚数をわざわざ覚えてるタイプ? 私はめんどくさくて覚えて無いわ」


 カナンは、目の前に落ちている憐れな一切れのパンにゆっくりと歩み寄る。

 慈愛に満ちたような、しかしドス黒くおぞましい何かを孕んだ顔で。


「何を言って……や、やめろっ……来るなっ!」


「ふふっ、うふふ。もうおしまいかしら? まだまだ遊べるわよね?」


 カナンは腰が抜けたジャックの手をそっと握る。

 そして、不気味なほどに優しげでおぞましい微笑みを浮かべた。


「ひっ、は、離れろぉっ!!」


 ジャックはカナンの手を振り払い、走って逃げ出した。

 細く暗く迷路のように入り組んだ路地裏を駆けて、この異常な存在から離れるために。


 しかし……


「あら。気が利くわね、ジョニーちゃん」


 ジャックの行く手を目に見えない透明な壁が遮った。


「クソっ!? なんだよこれ!」


「さぁて、一緒に楽しく遊びましょう?」


 カナンが切り裂き魔の前で手をかざすと、そこに量産型のショートソードがガシャンと音を立てて放り出された。

【次元収納】から取り出したものだ。


「そんなナマクラよりも、こっちにした方がマシじゃない?」


「け、剣……」


 ジャックは、今まで触った事も無かったホンモノの凶器を前に震えていた。

 突如手にした力で何人も殺めても、心の奥にある価値観はそうは変われなかった。


「剣を握った事もないのかしら?」


「な、嘗めるなよクソガキぁ!」


 剣を手に取り、持ち上げようとする。するとジャックは、剣の想像以上の重量に驚いた。


「うお、うおおおっ!!」


 大きく過剰に振りかぶり、カナンへ刃を振るう。【絶対切断(ザンテツケン)】を込めているが、重心が剣に振り回されたお粗末な一撃だった。


 何と言うこともない、いたって普通の剣である。

 ジャックの筋力があまりにも貧弱すぎて、まともに剣すら振るえないのである。


「ぜぇ……な、何したのか知らねえが、ずるいだろそれ! 正々堂々と勝負しやがれ!!」


 カナンは切り裂き魔の一撃を避けなかった。避ける必用すら無かった。

 ただ、弾かれた。反発する磁石のように。


「いいわよ。それじゃこっちからいくわね」


「は……?!」


 切り裂き魔の視界から、カナンが消えた。

 そして次の瞬間、腹部に衝撃が走った。


「おごっ!?」


 四つん這いに倒れ、黄色い胃液を吐き出すジャック。

 カナンはその頭を上から踏みつけて嗜虐的に微笑んだ。


「ほらほら、頑張れ頑張れ♡」


「うぐ……ごほっ」


 カナンはジャックが激昂して襲いかかってくるものかと思っていた。しかし、ジャックが見せた反応は予想外のものだった。


「い、いだいよおぉ!! こんなことしてタダで済むと思うなよぉ!!?」


「あ?」


 突如幼い子供のように泣きわめくジャック。

 自分が長らく浸っていた万能感を叩き潰され、子供の癇癪のようなものを起こしたのだ。


「ぐすっ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって……俺を見下しやがって。

 この力で思い知らせてやろうとしていたのに、こんなのあんまりだぁ!!!」


 怒りと無力感に身を任せ、ジャックは剣を力任せに振るった。


 すると、前方の建物に一条の亀裂が走った。


「はは、ははは! 俺様の力はまだまだこんなもんじゃない!!! 後悔しろ! 俺様を馬鹿にしたツケを払わせてやる!!!」


 極限まで追い詰められたからか、【絶対切断(ザンテツケン)】の性能を一時的に底上げした。


 ハイになったジャックを中心に地面が、壁が、風でさえもが、目に見えない斬撃に切り刻まれてゆく。


 一時的とはいえ、潜在能力が覚醒して範囲と干渉力がそれまでの数倍に膨れ上がったのだ。

 制御できるかはさておき、並みの冒険者では太刀打ちできないだろう。


「うひゃひゃひゃひゃ!! 全部壊してやる! 俺様が本当は1番だって思い知らせてやる!!!」


 強度階域にして第四域(マグナ)。村や小さな街を壊滅させうる力を持っている。

 能力込みでも元が第三域(シュタルク)の最下位級だった事を鑑みれば、その上がり幅はかなり大きい。



「あっそ」



 しかし〝第七域(ディザスタ)〟には通じない。

 用意周到な国を単体で滅ぼせる災禍の前には――


「てめえを微塵切りにし――へぁ!?」


「ぜーんぶ無駄よ」


 絶え間無い斬撃の嵐の中を、目の前の金髪の少女は平然と歩いて近寄ってくる。

 髪の毛一本すら乱れていないその姿は、バケモノと呼ぶ他なかった。


 カナンはとりあえず、ジャックを止めるために顔面に拳を叩き込んだ。


 後方に吹っ飛ばされるジャックだったが、後ろの壁をも斬撃で切り刻まれてしまった。完全に無意識下でも発動している。


(制御不可……暴走に近い状態のようね。

 一撃で倒す事もできるけど、こいつには聞きたい事があるわ。一旦取り抑えたいし、それなら――)



「うっ……な、なんだこれっ!? なんなんだよこれはぁ!?」


 ジャックが我に帰ると、自分の置かれた状況に愕然とした。

 カナンの影の中から伸びた真っ黒で巨大な腕が、ジャックの胴を掴んでいたのだから。


「まだ潰しちゃダメよ、聞きたい事があるから」


 カナンは捕らわれたジャックへと近づいてゆく。

 今尚ジャックの【絶対切断(ザンテツケン)】は暴走を続けているが、カナンもオーエンの腕もそんなものを物ともしていない。纏っている干渉力が遥かに違うのだ。


「なんで……クソ、クソ……こんなの聞いてない! クソ、こんなの理不尽だっ!!」


「囀ずるんじゃないわよ、虫けらが。勢い余って殺しちゃうわよ?」


「ひっ!?」


 軽くカナンの殺気に当てられただけで、ジャックは失神しそうになる。しかし、カナンがそれを良しとしない。


「私の質問に答えなさい。なぜ、連続殺人なんて下らない事をやったの?」


「く、下らない……? 凄い事だろっ!? 16人も、16人も殺せた……」


 16人も殺した事は凄いことだ


 そう言いかけて、ジャックはようやく気づいた。

 カナンの『今までに食べたパンの枚数をわざわざ覚えてるのね』という発言の意味を。目の前にいる少女の正体は、底の知れない怪物なのだと。


「へぇ? もう一度だけ(・・)聞くわよ。動機は?」


「は、はひっ……! た、たったくさん殺す、したら凄い事だとっ思って……」


「はぁーあ。そんな事だろうと思ったわ」


 カナンはめんどくさそうにため息をつくと、オーエンにジャックを離すように指示をした。

絶対切断(ザンテツケン)】の暴走は収まっている。


「そ、それに……たくさん殺すほどにこの能力が強くなるらしいって」


「らしい? 誰かから聞いたのかしら?」


「お、教わったんだ! 騎士様に! 騎士様は俺を特別だと言ってくれた! 俺が特別だからこの能力をくれたんだ!!!」


「へぇ?」


 騎士――

 カナンとオーエンの脳裏に悪魔をけしかけて来た黒コートの男の姿が浮かぶ。


 七王を唆して結界の外へと連れ出した存在も、自らを騎士と名乗っていたという。


「その〝騎士〟について詳しく教えてくれないかしら?」


 見えない大きな敵が、この国の闇の中にいる……。


 カナンは膝を曲げ、ジャックに優しくはにかみながら目線を合わせて聞いた。


 どうせ聞いたら殺すのだが。

虎の尻尾をふんずけた方がマシなレベル。


面白いと思っていただたら、ブクマや星評価、最近追加されたいいね機能もご活用ください。おーちゃんかわいい。

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― 新着の感想 ―
[一言]一瞬だけメスがきになってるの見て笑った
[良い点] はァァ、かっこいい(挨拶)  カナンちゃんに心バキバキに折られたいくらいにカッコイイ……  言動、行動、すべてが圧倒的で恐ろしいのに、カッコ良さがあるダーク感がマジヤバい(語彙力)  『…
[一言] ジョジョー!!!!
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