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第137話 切り裂き魔の正体

アルセウス楽しすぎてヤバい

 彼が住む建物はごく普通のアパートのようなものだった。

 その一室……カーテンも閉めきられた薄暗く散らかった部屋。

 そこでその男は布団の中で一人、半開きの口からは並びの悪い歯列が覗かせ笑っている。


「ふひっ、ひひひ……」


 男は一人妄想に耽る。ぼろぼろのナイフを見つめて万能感を満たし、虚栄心を満たし、そして――


 ガサッ


「ひっ!?」


 たまたま足元にあったゴミ袋に指先が当たり、軽い音をたてた。

 それに驚いた男は、途端に怒りの感情を爆発させる。


「ゴミのくせに驚かせやがって!! クソクソクソクソクソが!! 死ねぇ!!!」


 無造作に纏められたゴミの塊を、男は何度も踏み潰す。


「死ね、死ねっ! し、ぐぁっ!?」


 そして、勝手に滑って転んだ。


「クソがぁ……クソ……」


 やがて怒りが収まると、男の心を支配したのは「虚しい」という感情だけだった。








 ――中肉中背の若い男。

 角や尾のような身体的な特徴は見られず、恐らくは人間。

 瞳の色は緑。顔は黒いマスクですっぽり隠していたためそれ以上はわからない。


 リースリングちゃんの証言から得られた情報はこのくらいだった。


 今日は休日。オレたちは本格的に切り裂き魔の捜索を始めた。


 リースリングちゃんとパラヒメちゃんが大怪我をしてから、数日経った。

 あれから切り裂き魔の被害者は出ていない。


「にしても手がかりが少なすぎるわね……」


「だな。ヤツが生徒なのかさえわからねえし」


 少なくとも、弱い生徒が一人でいる時以外には全く現れないらしい。そもそも今まで出会った生徒はみな死んでいるので、性別や身体的特徴が分かっただけでも大きな手がかりと言えなくもないのだが。


 ……いや、もうひとつ手がかりがあるな。


 パラヒメちゃんが気絶する前に、ヤツを遠くへ吹っ飛ばしたらしい。

 ひょっとすると、その時にどこか怪我をしているかもしれない。


 初めて殺せなかったショックからか、怪我が治るまで大人しくしているつもりか。どちらにせよ、次の被害者が出る前に見つけなければならない。


「怪我をしている……という事なら、ひょっとするとリースリングちゃんらが戦った場所の近くに手がかりがあるかもな。血痕とか」


「確かにね。そこから何か分かるかもしれないわね」


 地球だったら血痕からDNA鑑定で犯人を割り出せたりするが、オレの【明哲者】でいけるだろうか。試してみる価値はあると思う。

 ここ数日は雨も降ってないしな。


 そうしてオレとカナンは、リースリングちゃんらが襲われた路地裏へとやってきた。


 灰色をした建物の壁と壁が複雑に入り組んでいる。真昼なのに薄暗くて不気味だな。


「ここ、血の痕があるわね。このにおいは……パラちゃんのものかしら」


「え、匂いでわかるのか?」


「え、わかるものじゃないの?」


 きょとんと首をかしげるカナン。血の匂いで個人を判別できるって、どんな超人的な嗅覚をしてるんだよ。いやカナンは超人だったわ。

 もしかしたら、これも吸血鬼の特性なのかもしれない。


 それは置いといて。


「くんくん……この建物の上からちょっぴり乾いた血の匂いがするわね」


「パラヒメちゃんの魔法で吹っ飛んだ、って言ってたな。行ってみるか」


 壁を交互に蹴って登るカナンと一緒に、オレは翼を羽ばたかせて匂いの元の屋上へ到着した。


 うーん、見たところ血の痕っぽいのは見当たらないが……


「あったわ、ほんのちょっぴりだけどね」


「んー? え、こんなちょっとのに気づいたのかよ……」


 建物の屋上の床の一部に、数滴の血痕があった。鼻血が零れたレベルのごく少量のものだ。こんなのなんでわかんだよ……


 とりあえず、【明哲者】でこの血液から個人の特定ができるかどうか試してみよう。



 《解析中……。

 種族:普人(ヒューマン)

 性別:男性

 年齢:19歳前後 と推定されます。個人の特定には本人の情報と照らし合わせる必用があります》




 さすがにこれだけで名前まで解ったりはしないか。

 しかし、これで少なくとも片っ端から解析して調べるという方法ができるようになった。


 だが、これでもさすがに途方がない。

 もう少し情報を絞り込む必用がある。


 とりあえず、この血痕を床ごと削り取って収納しておく。


「あとはジョニーちゃんがやってくれているかしらね」


「聞きにいってみるか」


 ジョニーちゃんは別方向で調査をしている。

 警備兵や生徒、お店の店員に至るまであらゆる人間に探りを入れているという。


 その成果を聞くべく、オレたちは休日なのに学校へと向かった。







 *







「――証言と一致する輩を三人まで絞り込めたで。三人とも直近で怪我をしておる」


 見上げる程に高い本棚が並ぶ巨大図書室は、休日とあってそこそこに混んでいた。本を娯楽にしている人も、勉強したい人もいるのだろう。


「ここまで絞り込めたのね、すごいわジョニーちゃん」


「凄いのはワイだけじゃない、調査に協力してくれたみんなや」


 ジョニーちゃんは学園最強の名で知られている。そんな彼女には親衛隊のように勝手に慕って付き従う集団がいるらしい。


 ジョニーちゃんの情報網すごいな……


「こっちも犯人のものとおぼしき血痕を採取したわ。後は直接照らし合わせれば犯人を特定できるわね」


「照らし合わせる、やと? なるほど解析能力持ちか。凄いなぁ」


 やたらと褒めてくれる。ジョニーちゃんの情報収集もなかなかだと思うがな。


 それからオレたちはジョニーちゃんから聞いたそ情報をもとに、その三人を直接見に行くことにしたのであった。







 《解析中……個体名:ジャック・グスタ と採取した血液の情報が一致しました。》


 ――ジャック。

 〝自由科〟三年生、19歳の男。

 明哲者が示しだした犯人は、こいつのようだった。


 年齢にしては低い背に、ひょろっとしたかなりのやせ形。しわしわのシャツを着て、薄汚れたズボンを履いている。


 目元までかかった黒髪は手入れをしていないのか、寝癖と皮脂で奇妙な髪型を作り出していた。


 厚ぼったい瞼の下には緑色の瞳が覗かせており、やはりリースリングちゃんが言っていた条件とも一致する。


 しかし妙だな。

 そんなに強そうには見えないのに、戦闘学科のパラヒメちゃんにあそこまでのダメージを与えるだなんて。



 《解析中――》



 ……なるほど、どうりで。


 ジョニーちゃんが調べてくれた情報によると、なかなかな問題児らしい。


「うわ……一人でなんかニヤニヤしてる」


 食料品店に入ったのを見つけ、離れた所からそれとなく観察していたのだが……。なんというか、アレな人だ。他の人も近づかないようにしてるし。


 戸棚に並んでるお菓子を見てなんかニヤついてるんですけど。怖くね?


「あら、動いたわよ」


 ジャックは何か気になるものでもあったのか、お菓子売り場の棚の端のほうへとがに股で移動する。


 そして、特売品らしいそのお菓子へと手を伸ばそうとした。

 しかし、その直前に別の少女のお客さんが取ろうとした商品を掴んでいた。


 同じものは他にもある。

 が、ジャックはよほど癪に障ったのか、病的に白い顔を真っ赤にして震えだした。


「この、クソ……ガキ……がぁ!」


「きゃっ!?」


 ジャックは、幼い少女からお菓子を無理やりひったくった。


「な、何するんですか……?」


「あ……お、前が悪いんだぞ。馬鹿にするんじゃねぇ……!」


 うぇ、ちょっとまずくないか?

 オレくらいの年齢の女の子相手に勝手にキレだして、手を出しそうな様子だ。


「ちょっとあなた、やり過ぎじゃないかしら?」


「あ……ぁ? お前は関係ないだろ?」


 見かねたカナンがジャックの前に割り込んで、女の子を庇う。じゃないと、今度の被害者がこの子になってたかもしれないしな。


「関係なかったら何よ? 止める権利が無いとでも?」


「次から次へと何なんだよぉ! 俺様を見下しやがって、馬鹿にしやがって……!」


 めちゃくちゃ拗らせてんな。コンプレックスの塊のような男だ。


「それより大丈夫かしら? さ、行きなさい」


「あ、ありがとうございます……!」


 絡まれていた女の子を退避させて、カナンはジャックと向き合う。


 それをオレは後方からハラハラしながら見ているのだが……


「……チッ」


「あら、逃げるのね」


 もっとキレ散らかすかと思いきや、ジャックは軽く舌打ちをするとそのまま何処かへ行ってしまった。


 さて……これで下準備はできた。


【タナトスの誘惑】によるマーキングも済んだし、今度のあいつのターゲットはカナンになると思われる。


 万一の場合も想定して、【広域探知】で常にジャックの動向を察知しておく。


「おーちゃんは私の影の中にいてね」


 お店を出ると夕方だった。遠くの方からこちらを見ているジャックがいる。

 カナンよりずっと後ろから、ジャックがついてきているのがわかる。


 なるほど、カナンを斬殺するつもりのようだ。


「飛んで火に入るなんとやら、ね」


 カナンは自ら人気の少ない路地裏へと足を踏み入れる。

 こちらを追うジャックの足取りが、だんだんと早くなってゆく。追いかけながら、ジャックはどこからか取り出した真っ黒なマスクで頭をすっぽり包み隠している。


 ちょうどいい、今はまさに夕暮れだ。

 誘い込まれているとは露知らず、ジャックはカナンを追いかける。


「おい、く、クソガキ!」


「はぁい? 何かしら?」


 呼ばれて振り返ったカナンに、ジャックは粗悪でぼろぼろのナイフを向ける。


「あらあら、そんなものを私に向けてどうするつもりかしら?」


「てめえを……今から、こっ……殺してやる!」


 ジャックは本性を現した。


「聞いて驚けぇ! 俺様はあの薄明の切り裂き魔様だ! ここのエリートなガキどもを! 16人! 殺してやったんだぞ!」


「はじめまして、会いたかったわ。そしてさようなら♡」


 怒りと虚栄心をさらけ出すジャックに対し、カナンはとてもとても嬉しそうに笑うのであった。


ガチでヤバいやつに喧嘩を売る、自分をヤバいヤツと思っている小物

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― 新着の感想 ―
おちゃかわ
[良い点] カナおーは人類の宝(あいさつ)  『さようなら♡』に込められた、殺意と喜びが入り交じった笑顔良いですねぇ  切り裂き魔くん、もう助からないゾ♡ [気になる点] さてぇ、死体は残すとか言って…
[一言] 虎を前にして威嚇のために一生懸命体を大きく見せようとしているハムスターと考えればワンチャンカワイイ…? …ダメだ、ハムスターに失礼だわ。
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