第14話 おしおき
反転していた色彩が、黄昏に染め上げられる。間もなく見えない壁も消失し、オレは即カナンの内に戻された。
また、不思議なことにコルダータちゃんが魔法でせり上げた地面や、切断されて転がっていたはずのカナンの足は、いつの間にか消えてしまっていた。初めから何も無かったかのように。
一体何だったんだ、悪魔を召喚したあのフードの男は。
「足は平気ですか?」
「平気よ。感覚もあるし変わらず動かせるし、元気そのもの。コルちゃんのおかげだわ」
「えへへ、照れるじゃないですかー」
まさかコルダータちゃんが、あんな凄い魔法を使えるなんて思わなかった。だってあれ、切断された足が生えてきたんだぜ? ヤバいだろ?
おまけになんか地面操ってたし。この子も何か魔法の天才なんじゃないか?
「私も負けていられないね。明日からはDランク目指して依頼の傍ら、魔物狩りよ!」
「おー!」
何事も無かったように意気込んで、オレ達はコルダータちゃんの家へと帰宅した。二人のメンタルが強すぎる。
オレは一度殺されたりして精神的にヘトヘトだから早よ休みたい。
「おやおやお帰り、コルーとカナンちゃん」
庭先の小屋から出てきたメルトさんと鉢合わせた。分厚い前掛けを着けているのは、小屋の中で何か作業をしていたからか? 汗だくでかなりの重労働をしていたと見える。
「お母さん剣を作ってたの?」
「コルーのおかげで借金も片付いたし、また鍛冶仕事を再開しようと思ってね」
鍛冶って、もしかしてコルダータちゃんのあのイカした剣はメルトさんが作ってたのかも。
「借金?」
「あー、こっちの話さ。昔に高い買い物をしてしまってね」
「そっか。返済できたなら良かったわ」
あまり触れられたくない話題なのだろう。カナンはそれ以上は掘り下げず入っていった。
「今日はわたしがごはん作ります! お母さんとカナちゃんはゆっくりくつろいでてね!」
シンプルなリビングで宣言すると、コルダータちゃんはエプロンをつけて台所へと行ってしまった。なんだか張り切ってるな。
「今日はずいぶんと機嫌が良いね」
そういえば、最初に会った時と比べてかなり笑顔が増えたな。コルダータちゃん、カナンに会う前はかなり暗い子だったのかもしれない。
――チーズと魚を使った料理が多かった。食事中、今日あった事をコルダータちゃんはメルトさんに楽しげに話している。
巨大な鳥に捕まったことや、美味しいスイーツを食べた事など、どれもメルトさんは驚いたり笑ったり、楽しんでいるように見えた。
しかし……
「帰ってくるちょっと前にね、凄く強い魔物に襲われたの。カナちゃんとおーちゃんが戦ってくれたけど、なかなかに手強かった。
そこで、わたしも何かできないかってやってみたら、凄い魔法が使えたの!」
「そうそう、切られた私の足がすぐ治ったの。かなりレベルの高い治癒魔法だったわ」
「……魔法?」
メルトさんの匙を持つ手が止まる。
「そう……だけど?」
「いや、何でもない。続けなさい」
どうしたのだろう、コルダータちゃんが魔法を使った事に少し拒否感があるような。何か訳があるのかもしれないが、これもカナンはそっとしておく事にした。
食後、少し時間を置いてお風呂に入る事になった。先にコルダータちゃんが脱衣室に入っていく。
……昨日のトラウマが掘り返されるんだよなぁ。オレはカナンの体という逃げ場の無い中で、あんなことやこんなことを……あぁ、思い出すだけで頭が沸騰しそうだ。
「さて、おーちゃん。〝おしおき〟の時間だよ?」
あぅあっ!?
わ、忘れたんじゃなかったのか!?
『なあ、脱衣室はそっちじゃないぞ?』
「知ってるわ」
一体カナンは何をするつもりだ……?
夜風に当たってくるとメルトさんに言い、玄関から庭先に出た。
……なんか嫌な予感がするぞ。
「〝オウカ〟!」
はぁ!? こんな所でオレを出したら大変な事になるぞ?! あー、ヤバい。オレの意思じゃ召喚止められないわ。
「もうどうなっても知らな……え?」
「こんばんはオーエンちゃん? さ、お風呂入りましょうねー?」
な、なんということでしょう……オレの幼女フォームを直で召喚しやがった……
「うあぁ! 離せぇオレはお風呂には入らないからな!!」
「命令よ、一緒にお風呂入りなさい」
「んなリフジンなぁ!!」
じたばた決死の抵抗虚しく、オレはカナンに抱えられて脱衣室へ連行され、そこで無理やり服をひっぺがされてしまったのである。
連行途中、メルトさんに助けを求めても「あらあらうふふ」と笑うだけでろくに掛け合ってくれなかった。ちくしょう。
「あうぅ……」
「おーちゃん、よければ体洗ってあげましょうかぁ?」
「そ、それくらい自分でできるし!」
木製の湯船に浸かるコルダータちゃんの視線がオレの背中……いや、お尻に突き刺さって痛い。まるで獲物を狙う獣のようだ。ロリコンに体を預けたら貞操観念がオーバーキルされてしまう。何よりオレは男なんだ、幼い女の子と一緒にお風呂なんて罪悪感で死んでしまう。
「そんな背中を丸めてたら体洗えないじゃない。ほら、背筋伸ばして」
「うわ、な、何をする!?」
サイドテールをしゅるりとほどいた怪力娘に無理矢理押し倒され、オレは色々と隠す手足を広げさせられてしまう。
オレが恥じらいでいるのに対し、向こうは隠す気なんてさらさら無いのだ。つまり初めから勝ち目などなかった。
そしてその手には泡立つ石鹸が握られていて…… うわぁ
「ふっふっふ、〝おしおき〟よ。覚悟しなさい……!」
「や、やめろぉ! 人の子など孕みとうない!」
あんな所やこんな所まで、石鹸でくまなくぬるぬる。押さえつけられて抵抗もできません。
オレの貞操はもはや風前の灯だ。
「我慢できません……わたしもヤりたいです!!」
「ふえぇ!?」
あ、終わった。コルダータちゃんが息を荒くしながら湯船から参戦してきた。
それからはもう、なんの……
「えぐっ……うぐぅ……やめてぇ!! 見ないでぇっ!!」
心が体に引っ張られるとでも言うのだろうか。オレは自分でも驚くような情けない声を上げて、とても言葉では言い表せない屈辱を身に受けたのであった。
――――
……あれっ? ここは天使の塔の内側じゃないか。螺旋階段上の丸い足場にオレは立っていた。
確かオレはお風呂でコルダータちゃんに貞操を消し飛ばされたハズ……まさか、湯船で気を失っちゃった? あんな所に指を……おぉ、思い出すのはやめておこう。
『どうしたのだ? 目が死んでいるのだ』
すぐ隣で、白衣白髪のアスターがなぜかプリンを幸せそうに食べていた。カフェでオレが食べたものと同じようだ。
『これは、その、聞かないでくれ……。それよりそのプリン一体どこから出したんだ?』
『ここは魂と物質の狭間の空間なのだ。キミの記憶からプリンを再現する事くらい、〝大人〟なわたしには造作もないのだ。ふふん!』
無い胸を張っているのはともかく、ますますアスターの正体が謎になる。魂と物質の狭間とやらにいる彼女は何者なんだか。どうせ聞いても教えてくれないだろうが。
『……そうだ、今日も〝素材〟を持ってきたぞ』
『ほほう? 早速このわたしに見せてみるのだ』
オレは懐から水色の砂粒をいくつかと、青い珠と黒い珠を数個取り出してアスターに渡した。それを光に透かして眺めたりする。
『スライムに怪鳥ロック。それから悪魔か。悪魔まで喰らうとは、【魂喰】恐るべしなのだ。……さて、今回はどんなアビリティが欲しいのだ?』
『とりあえず、オレには高速の移動手段が欲しい。それと、カナンには身体能力の向上と、瞬間の判断力を上げるようなものがあれば助かる』
『なるほどなるほど。ずいぶんと実用的なものを望むのだな』
アスターがどこからか分厚い本を取り出してパラパラ捲る。しばらくページを眺めた後、顔を上げた。
『まずキミには【影移動】がオススメなのだ。影と影の間を瞬間移動できる、とっても便利なアビリティなのだ。
それから、カナンちゃんにはいっぱいあるのだ。まずは――』
――アスターがオススメした中から、コスト等を考えて今回カナンに獲得させるアビリティが纏まった。
【闇耐性】
【氷結耐性】
【思考加速(100倍)】
【膂力強化】
【吸血姫】
……やっぱこれゲームっぽいな。
ざっくりこれらの説明をしとこう。
【闇・氷結耐性】
こいつらはオレの魔法がうっかりカナンに当たっても、ダメージを減らしてくれる防御のアビリティだ。ありがたい。
【思考加速(100倍)】
これは咄嗟の判断を助けてくれるものだ。考える速度が100倍になる……つまり、世界が100倍スローモーションになる効果だ。差し合いやカウンターに重宝するだろう。
【膂力強化】
これはそのまんまだな。全身の筋力が増強され、さらに怪力になる。
そして【吸血姫】……
生き血を啜る事で、魔法出力・膂力・思考力などが一定時間強化される。制限時間は摂取した血液が体外に排泄されるまでらしい。
また、啜る量や相手の魔力が多い程に強化の度合いが増すとのこと。
以上だ。
『――これでいいのか? 良いなら魂を消費して作っちゃうけど?』
『問題ない。頼む』
アスターの手の中の珠達が淡く光る。
形を変え、魂たちは黒いカードの束に姿を変えた。オレがそれらを受けとると、カードらは黒い粒子となって手の中に吸い込まれていく。
『成功なのだ』
『サンキュー。起きたらカナンも喜ぶ事だろうな』
『カナンちゃんによろしく頼むのだ。む、そろそろ時間が近いのだ。また明日なのだ!』
『またな』
また明日って事は、これから毎晩ここに来る事になるのか。
そんな事をぼんやり考えながら、オレの意識は普通の眠りの中に沈んでいった。




