第134話 編入2日目のできごと
スマブラたーのしー!(錯乱)
「低ランク冒険者の中で最も死亡率の高い役割は魔法職である」
顔も肌も何もかもを赤茶色いローブで隠したネメシス先生が、授業中にカナンを指さして言い出した。
「何故だと思う?」
「大抵が『少し魔法を使える』だけの魔法使いとは呼べない奴らだからよ。
冒険者以外に行き場が無く、それでいて前衛として出られる耐久力も物理攻撃力も機動力も無い。だから僅かに使える魔法をウリに後衛についている。そんなの敵からすれば格好の的だし、流れ弾を一発もらっただけでも簡単に死ぬわ」
貧弱過ぎて前衛に出られない……とは。なんかどこかのオレを連想するなぁ。いやまあオレには防御の術があるし、全力戦闘をやる時にはこの姿じゃないし。
「正解ですカナンさん。
ところが、上位の冒険者になるほど死亡率は逆転します。多種多様な魔法術式で防御も回復も行い、低いランク帯では弱点だった身体能力もカバーし、彼らは前衛にも劣らない機動力と体術を会得しているからです」
ふーむ、そういうものなのか。
実力も無く、ただ少しだけ魔法を使えるだけで魔法使いとして冒険者の活動をし、そして死に至る者が多い……と。今まで関わった冒険者のみんなって、けっこう上のランクばかりだったな。
カナンはそういうのも本で読んで知ってたのかな。
「なので、ここでは魔法の腕前と同時に体力と体術も身につけてもらいます。
つまり今から体育の授業です」
た、体育……!?
*
校舎の側に建てられた、四角い大きな建物の中。床は黒い石製で、壁も全面分厚い鉄板だ。
ここは言うなれば巨大な体育館だ。
「ひ、ひいひいふうっ……あうぅ」
まって、死ぬ……
死んでも蘇生できるけど、死ぬっ!
同伴者も一部授業に参加できるので、オレもカナンと一緒に体育もとい筋トレをしようとはりきっていたのだが……
5kgの重りすらまともに持ち上げられないなんて、この体貧弱すぎりゅ……!
「無理しなくていいのよ?」
「は、あぅ……」
カナンはオレが持ち上げようとしていたダンベルをひょいっと取り上げると、指先でくるくるとペンのように回し始めた。
「頑張ってて偉いけど、無茶はよくないわ。もっと軽いものから始めましょ、ねっ?」
「あうぅ……」
魔法抜きだとオレってこんなに弱いのか。うう、腰と腕が痛い……。少し休もう。
一方、パラヒメちゃんの方を見ると大変なことになっていた。
「15……16……んメェ~っ!!!」
ぶっとい鎖のついた岩の塊を軽々と上げ下げするパラヒメちゃん。岩は自らの倍くらいの直径はありそうだ。これはまたすさまじい。見た目以上の筋力してるんだな。
「やるわねパラちゃん、私にもやらせて!」
「いいけど、大丈夫なんだメェ?」
日本だったらしめ縄を巻かれて祀られそうなほど巨大な岩をドシンと下ろし、パラヒメちゃんは不思議そうにカナンを見つめる。まさかカナンにそんな膂力があるとは思っていないのだろう。
カナンは岩の側まで行くと、両腕で抱きつくように抱える。そしてゆっくりと、大岩が宙に浮いた。
「おぉっ! 凄いメェ~!!」
「どんなもんよ!」
……うん。
何度も見た、知っている光景なはずなのにやっぱ目を疑ってしまう。
軽々と大岩を何回も上げ下げすると、カナンは岩を降ろした。
「あ、あの編入生の子……何者なんだ!?」
「カナンちゃん……試験でジョニー先輩と戦って勝ったらしいぜ」
「ジョニー先輩に!? まじかよ、どおりで……」
すっかり注目の的になっているカナンは、気にせず次に進む。
重量上げの次は高跳び……20mは上にある天井に頭をぶつけていた。
その次は握力測定……。握ったとたんに計測器が弾け飛んだ。
50m走……並大抵の動体視力ではほぼ瞬間移動。
どうやら今日は体力測定も兼ねているようだが、カナンがやるとほとんどが『測定不能』に陥ってしまう。強すぎて。
「カナンちゃん凄いメェ~!」
「と、とんでもない馬鹿力ね……何者なのさあんた?」
「さぁ? 私って何者なのかしらね、私だって知りたいわ」
こうして、今日の体育の授業はカナンの無双で終わった。
そしてその後はお昼休みに入った。
たくさんの生徒たちで賑わう食堂で、オレたちも昼食をとる。
大きめなハンバーガーとポテトのセットにドリンクは野菜のミックススムージーだ。運動の後にはとっても身に染みるジャンクフードたちである。
あー、体いたい。
オレは筋力だけで戦ったら猫にも負けそうだ。このクラスの中でも最弱級だろう。
でも、スタミナだけはちょっとだけあるんだよな。持久力だけ下の中くらい。他はぜんぶ下の下なのに。
「どうしたのおーちゃん?」
「ううん、なんでもない」
その理由はなんとなく察しているが、口に出す訳にはいかない。しょっちゅうカナンに鍛えられているなと、脳裏に光景が浮かんだので振り払う。
お布団の上での運動はトレーニングとは呼びませんっ!!
「美味し~いメェ!」
うわー。パラヒメちゃんったらまた大量に食べてるな……。
オレの顔くらいあるハンバーガーが10個くらいお皿に盛り付けてある。
それを一個につき一口で……。
それと比べるとリースリングちゃんは――
「何見てるのさ?」
不安になるくらい小さいな。
主食は相変わらず花の蜜で、大食いのパラヒメちゃんと比べると数百分の一くらいになりそうだ。
「それにしても……カナン、あんたの種族は何なのさ? 人間……にしか見えないけど、違うでしょ?」
「うーん、色々な魔人が混ざってるらしいわよ。詳しくは私も知らないわ」
知らないというよりは語りたくないのだろう。狂信国での一件は、まだカナンの心に深く突き刺さっているのだから。
「ふーん……。なんにせよ羨ましいさ。そんなに強い肉体を持っているだなんて……」
「メェ? どうしたんだメェ?」
「なっ、なんでもないのさっ!」
一瞬寂しそうな表情を見せたリースリングちゃんに、パラヒメちゃんは心配そうに言葉をかけた。
リースリングちゃんにも、何かコンプレックスがあるようだった。
*
たくさん身体を動かしてごはんを食べて、その後は魔法の実践授業だった。
場所は模擬試験でも使った演習場。サンドバッグ役の土人形を使って術式をかますという内容だ。ハッキリ言って、カナンがどの程度の魔法を扱えるのかをみんなへ周知する内容だろう。
「さて」
カナンの手の中に紅い雷でできた剣のようなものが浮かび上がり、なぎ払った。そして次の瞬間には、土人形たちは両断されていた。
オレはてっきりカナンが広域雷魔撃を放つのものかと思っていたのだが、なんだその技。オレも初めて見たんだけど。
それを見ていたクラスメイトたちから歓声があがる。
ここの男子たちは強くて可愛い女の子が大好きなようだった。
更にその後は術式の基礎についての復習を授業で行った。
術式を扱うにもある程度の適性が必要な事や、ひとつの術式を極めると稀に能力へ昇華する事もあるだとか。
そうして今日も学校を終えて、寮へと帰宅する。
オレンジ色に染まる街並みが、どこか切なさを醸し出している。
リースリングちゃんとパラヒメちゃんはオレたちとは別の寮なので、早々に別れてしまった。
あの二人、同じ寮なんだな。
「今日もおつかれ、主様」
「おーちゃんもね。お疲れ様」
2日目だけど、すでにかなり疲れたな。身体を動かすのは苦手というか。明日は筋肉痛間違い無しだ。
そんな事を考えながら、オレたちは人気の少ない路地へと足を踏み入れる。
――薄明の切り裂き魔。そういえばそんなヤツがいたな。
もしもここでカナンの目の前に現れたりしたら、連続殺人事件に終止符を打てるのに。
そんな風に考えていた矢先。
そいつは現れた。
「……さっきから私たちを追けてきて、一体何のつもりかしら? 殺気が駄々漏れよ」
オレたちから10mほど後ろの建物の陰から、真っ黒なコートを纏った男が現れた。頭までフードですっぽりと包んでおり、顔は見えない。
「……夢を見せてやろう。――【上位悪魔召喚】」
「あら?」
突如、地面に巨大な魔法陣が展開され、そこから黒い液状のものが溢れ出す。それはやがてカラスの頭部と腕を4本備える異形の生物の形をとった。
……思い出した。あの黒コートの男、以前にも会った事があるな。その時も悪魔をけしかけて来たが……
「縺九#繧√°縺斐a!」
巨大な悪魔がオレたちへ拳を振るう。
しかしその動きは緩慢で、ちっとも恐ろしくは感じない。
「無駄よ」
カナンは拳でそれを相殺すると、その懐に潜り込んで膝蹴りをおみまいした。
悪魔の巨大な体がくの字に折れ、カナンの一撃の衝撃はその胴体を貫き孔を開けた。
すると悪魔の身体は瞬く間に黒い塵のようなものを残して消滅した。
さて、あとは悪魔をけしかけてきた黒コート野郎なんだが……
「チッ、逃げられたわね」
またしても姿を消してしまった。
「しかしなんだったんだアイツは……。ヤツが例の切り裂き魔か?」
わからない。しかし、オレたちを狙ってきたのは確かだ。なぜオレたちを?
まさかデミウルゴス教が関係しているのか……?
考えても、その答えが出る事は無かった。
カナンちゃん鬼つええ!! このまま逆らう奴全員ぶっ殺していこうぜ!!!
15話くらいで悪魔をけしかけてきた人です。作者ですら存在を忘れかけてましたが、カナンちゃんとちょっぴり関係ある人です。




