第133話 契約更新
夕方更新!!
ゆっくりと階段を登ってゆく。
木の優しい香りに包み込まれ、壁の隅には草や蔦が繁っている所もある。
天井からは蔓やランタンが垂れ下がっており、秘密基地感がどこか懐かしい。
要塞樹の寮は、見てると新鮮でなかなか楽しいな。
「ただいま~」
カナンは小さな木製の鍵で扉を開けた。
オレたちは今日からこのお部屋で生活する事になる。
広めのアパートの一室といった感じだ。明光石に光を灯し、オレたちは制服を脱いでとりあえず室内着に着替える。短パンと半袖シャツだ。ラフったらありゃしない。
「なあなあ主様。お腹すいてるか?」
「うーん、あんまり空いてないわね。でも夕ごはんを抜きにすると夜中にお腹空いて大変そうね……」
軽食のつもりだったが、あのピザだいぶお腹に溜まってるな。
けれど、カナンの言う通り夕食抜きは後々堪えそうだ。
「仕方ない、軽くなんか作るか。何か食べたいものあるか?」
「おーちゃんが作るものならなんでも食べたいわ。けれどそうね、玉子料理がいいわね」
玉子なら収納にたっぷり入ってるし、だし巻き玉子でも作ってみるか。
ふむ、ちゃんとキッチンも完備されてるな。さすがにここは木製じゃなくて金属製だ。じゃないと燃えちゃうもんな。
オレはピンクのエプロンを羽織り、収納から調理器具と食材各種を取り出し早速調理を始めた。
どうやら魔力を込める事で色々と動かせるようだ。
コンロには火炎の術式と風の術式が刻まれており、着火と火加減を調整できる。いざという時のために天井に水の術式まで刻まれている。
なんっていうか、地球の文明にも劣らないくらいハイテクだな。
さて、だし巻き玉子はハッキリ言うとそこまで難しい料理ではない。
玉子と出汁とお砂糖をしっかりかき混ぜてからフライパンで半熟になるまで焼いて、長方形に折り畳んでくるくる巻いて……。完成だ。
黄色い長方形のものを食べやすいよう一口大に切って、お皿に盛り付ける。
この間10分くらい。
「はい、あーんっ」
カナンのお口に放りこんで、もぐもぐ。
「んん~!! 美味しいっ、さすがおーちゃんね!」
うん、成功だ。久しぶりに作ったにしてはかなり良いな。
ん? 久しぶり?
まあいいや。
「ふう。お腹も膨れたし、一緒にお風呂にはーいろっ♡」
「にゃうっ!? い、いいよ……」
と、いい感じの雰囲気でお風呂に入ろうとしたのだが……
「せ、せまい……しかもシャワーがひとつしかないわ……」
愕然とするカナン。今まで露天風呂つきのシャワーが複数ある所に慣れきってしまっていた。だからか、思わぬ所でショックを受けるとは。
仕方がないので一人ずつシャワーを浴びる。先にカナンがシャワーを浴びて、後からオレも浴槽に浸かる。
うう、柔らかい……。狭いのでお互いに色々と大変だ。明日も学校だから、カナンも我慢しているはず……
そうしてお風呂も出て、少し早いけど今日はもう寝ることにした。そうして窓際のベッドを二人で共有して、いつも通り密着して寝る。
おっと、その前に。オレはむくりと起き上がった。
「なあ主様、ひとつ相談があるんだけど」
「なあにおーちゃん? 契約の更新をしたいって事かしら?」
「え、何で分かったんだ?」
「あの時【明哲者】の声が私にも知らせてきたのよ。だから私も同じことを相談しようかと思ってたわ」
話が早くて助かるな。
確か最初の時は、アスターの力で召喚されてたんだっけ。そこでカナンと約束をして、契約を交わすに至った。
今度は何を約束しようか。もう簡単には達成できないような、永続的な約束。
「私は願う。〝私が死ぬまで一緒にいて〟と。だからおーちゃんも、私に願って」
「オレは……オレも主様と、〝死ぬまで一緒にいたい〟!」
オレの理想、オレの夢。それは、カナンと最期まで一緒にいる事だった。
「気持ちまで一緒ね……。それじゃ、契りを結ぶとしましょう」
「契り……? 今ので契約できたんじゃないのか?」
「まだよ。今のは書類に条件を書き記したくらいのものよ。ちゃんと印を押さなきゃ契約はされない」
何だか複雑なんだな、契約って。
するとカナンはおもむろにオレを横に寝かせた。
「印を押す方法はいくつかあるわ。主従契約なら主側の体液を従側に摂取させるとかね。けれど、今からやるのは最も原始的かつ最も手っ取り早い方法よ」
「あ、あぇ……?」
カナンが、あお向けのオレの上にまたがってくる。
舌なめずりをしながら、上から見下ろしてくる……!
「もう分かったかしら? こういう事よ♡」
「にゃ!?」
しまった、罠だ!!
って、いつの間にか手首をリボンで縛られてるんですけど?!
「心配しないでいいわ。今日はすぐに終わらせるから♡」
「あぅ、あうぅ……」
そうしてオレは、手首を縛られろくに動けないままカナンに――
*
手足に巻きつく鎖の紋様が濃くなった気がする。
「おはよー……って、どしたのさオーエン?」
「あぁ、うぅ、おはよう……。ちょっと寝不足でな……」
翌日、オレとカナンは朝食目当てに早めに校舎の食堂を訪れた……んだが、いかんせんオレは寝不足。ちょっときつい。
なんで寝不足なのかは察して……。わからないのなら綺麗なままのキミでいてくれ。
「おはようメェ~!」
「おはよう、パラちゃんにリースちゃん」
お肌ツヤツヤなカナンは、二人へ元気に挨拶をする。
手のひらくらいの大きさしかない、妖精のリースリングちゃん。
カナン二人ぶん以上の身長とガタイの良さを持つ、羊の獣人のパラヒメちゃん。
カナンはさっそくこの二人と意気投合したのだった。
「朝からけっこう食べるんだな……」
「メェ?」
パラヒメちゃんの前には、マグロらしき巨大な魚を塩焼きにしたものがお盆の上に乗っていた。
この魚、オレより重そうだな……
「あむっ、もぐもぐ……ごっくん」
一口が、でかい。お魚を鷲掴みにして一口でオレの胃袋のキャパシティくらい食べてやがる……。しかも骨ごとばりばり食べてるし。小魚ならともかく、マグロの骨ってそんなふうに食べられたっけ?
そして巨大な魚の体は、瞬く間にパラヒメちゃんの口の中へと消えてゆく。
そしてあっという間にマグロは姿を消した。食べ始めてから2分も経っていない。
「ぷはぁ、ごちそうさまだメェ~」
「はは……」
乾いた笑いしか出ない。
オレよりも巨大な魚が、そっくりそのままパラヒメちゃんの胃袋に収まってしまったのだから。これには若干ゃ恐怖を感じるんだが。
「心配しなくても、パラヒメは人を取って食べたりなんてしないのさ」
一方のリースリングちゃんはと言うと、お花の蜜でできたジュースを特注の小さなカップから飲んでいた。
妖精はお花の蜜が主食なのかな。
オレたちも、受付からサンドイッチを受け取ってもぐもぐしている。
うん、美味しいな。生ハムが入ってるようだ、トマトの酸味とレタスのしゃきしゃきに挟まる塩気がありがたい。
「美味しいわね、おーちゃんの手作りの次くらいにね」
「あぅ……」
カナンは時々こういう事を真顔で言ってくるから困る。照れちゃうじゃないか。
「ずいぶんと仲良しなのさね……」
「仲良しなのはいいことだメェ~」
既に色々と察していそうなリースリングちゃんと、何もわかってなさそうなパラヒメちゃん。
見ているこっちが微笑ましくなってくる。
それから朝食を食べ終え、オレたちが席を立って教室に向かおうとしていた時の事だった。
「あっ、いたいた」
いかにもチャラそうな男子生徒が二人こっちに来た。するとリースリングちゃんは露骨に顔を歪める。
「げぇっ……」
「誰よあいつら」
「別のクラスのチャラいやつらなのさ……いっつもナンパしてるのさ」
ナンパ……。
「君たち二人が編入生だね? 初めまして!」
「……初めまして。私に何の用かしら?」
「いやなに、君たちなんともかわいらしいね。3年もすればとんでもない美人になりそうだ。どうだい、今日の放課後一緒にお茶でも……」
「悪いけど、お断りさせてもらうわ」
「そ、そんな……どうして?!」
なんだこいつら。初対面にちょっと図々しいな。
「だって私たち、こういう関係だから」
「にゃ、あう?」
おもむろにカナンはオレの肩を抱き寄せた上に指を絡めてくる。
相手に恋仲である事をアピールするように。
それを見たチャラ男くんは、ショックを受けたのか茫然としている。
するとそこへ
「朝からなーにやってるんやお前ら」
「じ、ジョニー先輩!!」
赤黒い髪をポニーテールに束ねた紅い瞳の少女、ジョニーちゃんが現れた。
「ははん、さてはカナンちゃんらをナンパしてフラれたって所やな。ずいぶんと大物を狙うようになったんやなぁ」
「大物……といいますと?」
「何や、もっと噂になってるかと思っとったのに。カナンちゃんはな、編入試験の模擬戦でワイを負かしたんやで? このワイが手も足も出なかったわ」
「……え?」
「それは言い過ぎよ。けっこう苦戦したわ」
「えっ、え……?」
カナンとジョニーちゃんの会話に、その他数人は目を点にして沈黙いる。
「みんなどうしたんだメェ~?」
……パラヒメちゃんを除いて。
「信じらんない……冗談だよね、ジョニー先輩?」
「……一年は近々〝仙術学〟の奴らと交流戦をやるやろ? そこでカナンちゃんの実力を確かめるとええ」
ジョニーちゃんは腕を組んでうんうんと頷きながらカナンを褒める。
「なになに交流戦? 楽しそうね、わくわくするわ」
戦い、という言葉に嬉しそうなカナン。
ルミレインが教師を勤めている学科なのだから、果たして仙術学とやらにカナンを満足させられる強者はいるのだろうか。
そんな事を考えつつ、オレたちは教室へ向かった。
つい先日知ってびっくりしたんですけど、影魔ちゃんが一二三大賞の一次選考を通過していました。つまりおーちゃんの可愛さがお墨付きになったということです。おーちゃんかわいい。




