第132話 薄明の切り裂き魔
次々話からと言ったな、あれは嘘だ
日の沈んだ空は薄明に染まり、白かった雲はだんだんと闇色に溶け込んでゆく。
学生たちが帰路へとつく時間帯。
学園都市の街並みの中で、表通りから遠く離れた建物と建物の入り組む迷路の奥の奥。
人気の無い暗い暗い路地裏で、一人の少年が息を切らしつつ走っていた。
「はぁっ、はぁ……く、来るなぁ!」
制服の少年は片足から血を流しながら走っており、足どりはおぼついていない。
そんな少年をゆっくり歩いて追いかける、黒い服装に黒いマスクを被った男がいた。
男の手には小さなナイフが握られており、その刃からは血が滴り落ちている。
「し、死にたくないよっ……! 助けて……助けて誰かっ!」
少年の悲痛な叫びは闇に吸い込まれる。
そして少年は躓き転んでしまった。
足の傷は見た目以上に深い。無理して走った事で、更に深くまで破けてしまったのだ。
「ぐ、うぐ……」
とうとう男は少年に追い付いてしまう。
いや、初めからわざと泳がせていたのだ。悶え苦しむ様を楽しむために。
マスクに包まれた男の表情は見えない。しかし、その目は愉悦に歪んでいた。
そして少年がもう限界だと悟ると、男はナイフを少年へ何度も振り下ろし――
*
放課後。
今日はどうやら、編入生の紹介だけで授業は無いらしかった。
とはいえ、この校舎めちゃくちゃに広すぎる。すべての施設を回りきるのに2時間はかかった。
そうして学校の探索が終わると、そのまま今日は解散となった。
今の時間は3時くらい。お昼ごはんには遅く、夕食にはまだ早い。
が、パラヒメちゃんとの約束なので、食堂でごはんを食べる事にした。
「んメェ~、ここのお料理はとっても美味しいんだメェ」
食堂ではちらほら生徒が軽食をとっているのが見てとれる。
サンドイッチだったり、スパゲッティだったり。
そんな中で目の前の席に座る羊娘は、オレの顔ふたつぶんはあろうかという大きさのステーキを頬張っていた。
「すげぇ……」
それしか感想が出てこない。
器用にナイフとフォークを使っているのだが、それもまたデカイ。ナイフなんて柄の長い包丁くらいあるし、フォークに至っては小さめの三又槍にしか見えない。
しかし、パラヒメちゃんが使うと普通のサイズに見える不思議。
「ねえリースちゃん、パラちゃんっていつもこれくらい食べるのかしら?」
「ん、そうだよ。これでも少ないくらいさ、これくらいはパラヒメにとって軽食らしいさ……」
この量で軽食って……。
「もぐもぐ、ドラゴンステーキ美味しいメェ~」
お肉を頬張り、幸せそうにほっぺを押さえるパラヒメちゃん。
今お口の中に詰め込んだ一口でさえ、リースリングちゃんよりもずっと大きそうだ。
「これほど量のお肉をどこから仕入れているんだか」
「ああね、冒険者が討伐した魔物のお肉を買い取ったりしてるらしいのさ。パラヒメが食べてるのはワイバーンの肉だね」
黄色い花の蜜の入った小さなコップを片手に、ふよふよ浮いてるリースリングちゃんがそう答えた。
「ワイバーンか……」
一月くらい前、ドレナスさんの配下のワイバーンを大量に討伐してギルドに納めたりしてたな。あれらもここでステーキになってたりしたんだろうか。
「そんな事より私達も食べましょう? 冷めちゃうわよ」
「おっと、そうだな」
圧巻の食べっぷりを見ていて忘れていたが、カナンとオレもごはんを食べるつもりだったのだ。
注文して受け取ったのは、チーズとバジルのたっぷり乗ったピザである。マルゲリータともいう。
そう、ピザ――。
「そういえば、おーちゃんってピザを食べたがってたわね」
「そうだったっけ?」
ほとんど忘れていたが、カナンとの〝契約〟にはオレにピザを食べさせるというものがあったのである。
それがようやく達成されるのだ。感慨深いものがあるような、無いような……
うーん、まあいっか。
とりあえず冷めないうちにピザを食べないと。
「もぐ……うんまぁ!?」
このもちもち伸びるチーズはモッツァレラ……! トマトソースの甘味と酸味がチーズを引き立てて、バジルの爽やかな香りが食欲を刺激していくらでも入る!
この味だよ、そうこの味! オレはピザが好物だったんだ!
「おーちゃんったら、そんなにがっついちゃってかわいいわね」
ピザはワンホールカナンと半分つ。一枚ずつ取り皿に取り分けて、先っちょから頬張っていく。
あんまりお腹空いてないはずだったのに、どんどん入っちゃう。
自分でも不思議なくらい夢中になっていて、気がつくともう無くなっていた。
《解析中……〝魂の主従契約〟の一部が履行されました。予期せぬ不具合が生じる可能性があります。個体名:カナンとの魂の契約の一部の再設定を推奨します》
え、なんだそれ?
よくわからないけど、ヤバそうじゃないか? 寮に帰ったら相談しておこう。
「……ねえ、あんたたちってどういう関係なのさ。ただの主従契約には見えないのさ」
「リースちゃん察しがいいわね。私たち、実は恋仲だったりするわ」
「こ、恋仲っ!?」
オレの肩を抱き寄せて、カナンはいかにもラブラブですよと見せつける。
「お、同じ性別で恋仲だなんて……」
「うふふ……何か問題あるかしら?」
そういう関係なのはオレも認めるけど、公言しちゃうのはちょっと恥ずかしい……
「――けぷ、ごちそうさまだメェ~!」
そんな会話をぶち壊すように、パラヒメちゃんが盛大に完食したようだった。
「あんたは気楽そうでいいね……」
「何の話だメェ~?」
「何でもない!」
顔を紅く染めてツンツンしているリースリングちゃん。パラヒメちゃんは不思議そうに、とりあえずほがらかに笑っている。
この二人、ホント仲良しだな。
軽食も済み、談笑をするオレたち。
すると、ふと周りの生徒たちの会話が耳に入ってきた。それは、とても不可解で気になるものだった。
「……ねえ、昨日また出たんだって、〝薄明の切り裂き魔〟が。今度は自由科の一年生の男の子が……」
「もう何人目だっけ? 怖いねぇ……」
切り裂き魔?
通り魔みたいなやつかな。通行証が無いと蟻すら出入りできないこの学園都市で、そんな事件が起こるんだ。ちょっと意外。
「薄明の切り裂き魔が気になるのかい? 物好きだね」
「あぁ、ちょっとその話題が聞こえてきてな。良ければ教えてくれないか?」
「薄明の切り裂き魔は、最近学園で頻発してる通り魔の通称さ。
そいつは夕暮れ時に一人でいる生徒を狙って、どこからか現れる。ヤツに目をつけられたら最期、異様に鋭利な剣で八つ裂きにされてしまうのさ。
もうかれこれ十数人は犠牲になってる」
切り裂きジャックみたいだな。
夕闇に紛れて子供を八つ裂きにする……とんだ猟奇趣味がいたもんだ。カナンなら返り討ちにできそうだけど。
「物騒だメェ……怖いメェ~」
「ま、あたしにかかれば一撃さ一撃! あたしを狙ったが最後なのさ!!」
その自信はどこから来るのやら……。まあ、リースリングちゃんの魔法は強いのかもしれない。
あるいは、パラヒメちゃんに見栄を張っているか。それはそれでなんか可愛らしいな。
「……人を殺すなんてね、誰でもできる事なのよ。誰もやらないだけで、やろうと思えば簡単にできる。
少しでも尖っているものが手元にあれば、隣で油断している人の喉笛を引き裂くのに5秒もかからないわ」
「いきなり何を言い出すのさ……」
「つまりはね、その切り裂き魔とやらは雑魚って事よ。夕闇に隠れて独りの弱い子供ばっかり狙っている。大して強くないって証明よ」
さすが25万もの魔人を鏖殺した魔物の言葉は違うな……。いやオレもだけど。
「……どんな人生歩めばそんな答えにたどり着くのさ」
「私の長い長い冒険譚を聞きたいのかしら?」
「い、今はいいのさ……気が向いたらにする」
「悪いな、うちの主様はこういう所があるんだ」
ちょっとドン引かせてしまったので、ここはオレが謝っておく。
「まあいいのさ。なんだかあんたらなら切り裂き魔を返り討ちにできそうな気がしてきたのさ」
リースリングちゃん、かなり勘が良いかもしれないな……。
カナンを切り裂けるようなヤツがいるとしたら、この学園都市はとっくにおしまいだろう。
「切り裂き魔怖いメェ……」
「大丈夫なのさ。もし出くわしてもあたしが守ってやるのさ」
「それなら安心だメェ~」
無い胸を張るリースリングちゃん……のために多分怖がる演技をしているパラヒメちゃん。
ゆるふわに見えてけっこう計算高いぞ、この羊ちゃん。
「面白い」
「メェ~~」
「おちゃかわ」
「カナおーてえてえ」
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