第131話 羊と妖精
あけおめです。晨星落落編の改稿を行ったりして執筆が疎かになっていました。
晨星落落編でのカナンちゃんの過去を大幅加筆しました。ストーリーへの影響は少ないですが、興味のある方は読んでいただけると幸いです。ラクリスくんのゲスっぷりに磨きがかかってます。
正面にずらりと子供たちが並んでいる。
年齢はまちまちだが、みんな若い。幼い子供も大人に近い年齢の人もいる。
みんな椅子に座り、中には机に頬杖をかけている人もいる。
「――はじめまして、私はカナン。
今日からお世話になるわ、よろしくね」
「オレはオーエン。カナンの同伴者として来た。よろしく」
ひとまず無難な自己紹介を済ませて、正面の同級生たちを眺める。
女子の編入生とあって、男子たちがそわそわとしているのが見てとれる。
「か、可愛い……うちのクラスの編入生は当たりだな……」
ふっ……。気持ちはわかるぞ少年たちよ。オレも男だったからな、女の子の転校生が来る嬉しさはよくわかる。
さて、教室の印象は言うなれば、大学の講義室に似ているだろうか。椅子と長机が何列も並んでおり、奥にいくにつれて階段みたいに高くなっていく。
ただ座席数は講義室ほどではなく、50人いかないかくらいだ。
「では、適当な空いている席に座りなさい」
赤茶色いコートを纏い、顔をフードですっぽり隠す『ネメシス先生』にそう言われ、カナンは席を探す。
「こっちにおいでよ!」
「ここ、ここ空いてるよ!」
「あんな所よりここの方が座り心地いいよ!!」
……うわぁ。
男どもがみんな自分の隣に座らせたがってる。下心丸出しだ。
気持ちはわからんでもないが、こうも露骨だとドン引きだな。
「それじゃ、一番奥の席にするわ」
カナンが座ることにしたのは、一番奥の一番高い席。
ちょうど二人ぶん空席がある。……が、なんだあれ?
空席のとなりに、真っ白でふわふわの巨大わたあめみたいなものが机の上に乗っかってる。
「ふわぁ……んメェ?」
「わっ、起き上がった?」
それは羊人の女の子だった。
ふわふわの白髪は入道雲のようで、そこから巻き角が飛び出している。
前髪で目が隠れているが、見えてるのだろうか。
いやそんな事よりも、とんでもなくばかでかい。
座っているのに、隣に立つカナンよりも目線が上だ。
腕だけでオレの胴体くらい太い……なんで魔法科にいるのか不思議なくらいムッキムキだ……
「へ、編入生のカナンよ。隣の席に失礼するわ……」
「そうなんだ、ぼくはパラヒメっていうんだぁ。よろしくメェ~」
とりあえず優しそうな娘だ。
体格には少し驚いたけど、そういう種族なんだろう。とやかく言う筋合いは無い。
「よろしくね」
カナンとオレは、そのパラヒメちゃんの隣に座ることにした。
……が
「ちょっと! ここに座ってもいいけど、あたしに挨拶も無しなのはひどいんじゃない!?」
「!?」
とつぜん、どこからか甲高い声で怒られた。一体どこからだ? キョロキョロ見渡すも、声の主の姿は見つけられない。
「ここだよここ!! 下を見るんだよ!!」
「え、ええっ!?」
声の主は、机の上に立っていた。
しかし見えないはずだ。なぜなら、パラヒメちゃんのあの大きさに目がいってしまっていたから。
わずかティーカップくらいの身長しかなあ彼女の姿が、そこにはあった。
「うっかりしてたわ、ここに座らせてもらってもいいかしら?」
「ふん、まあいいさ。あたしはリースリング、よろしくなのさ」
「私はカナン。それのこっちの子はオーエンよ、よろしくね」
リースリングというその子は、一言で表すなら妖精だった。
アゲハ蝶のような羽をひらめかせ、金髪を後ろでポニーテールで結んでいる。気の強そうな切れ長の瞳は翠色で、こちらを睨むように見上げている。
「リースリングちゃんはメェ、誤解されやすいけど優しい子なんだメェ~」
「なっ、いきなり何を言うのさパラヒメっ!?」
「嫌だったメェ?」
「うっ、別に嫌じゃないけど……いきなりは困るのさ」
……仲良いなこの二人。体格差はすごいけど。15cmと300cm弱、改めてとんでもない身長差だ。
それからオレたちは、先生の指示で校内探索を行う事になった。
編入生のために、設備の案内をしてくれるらしい。
男子たちがそれとなく近寄って一緒に行かないかと誘ってくるが、カナンは全部払いのけてパラヒメちゃんと歩く事にした。
「しかし……」
身長が高すぎて顔が見えない……。
少し離れて見ると骨格はちゃんと女の子のもので、その上に分厚い筋肉の鎧を纏っているのがわかる。が、その大きな胸が脂肪なのか胸筋なのかよくわからない……。
「それにしてもオーエンちゃん、ちっちゃくてかわいいメェ~」
「あ、ありがと……」
ヒグマみたいな体をしているけれど、心は普通の女の子のようだ。
けれど、カナン以外に『かわいい』って言われると未だに戸惑っちゃうのはなんでなんだ。
「小さい子は好きなんだメェ~」
パラヒメちゃんからしたら大半の子が小さくて可愛くなりそうだけど……。という内心はしまっておく。オレは大半の人から小さくて可愛い存在と認識されているのだから。
……たぶん一人を除いて。
「ち、小さくて可愛い!? あたしはあんたたちよりも年上なんだからねっ!」
なぜかリースリングちゃんが反応した。
確かに小さくてかわいらしいけど、誰も彼女の話なんてしていない。
そうこうしている内に、2階の大食堂へ到着だ。
「ここには一流の料理人が何人も勤めている。朝昼夕、授業中でなければ好きに利用するといい。一部のメニューを除き大半が無料だ」
「ずいぶん太っ腹ね」
学校の給食にしてはかなり豪華だ。一流シェフが作る料理を毎日食べられるなんて、贅沢極まりないな。
「お腹空いたメェ~」
「ついさっき食べたばかりでしょ?」
「そうだったメェ~」
ぐるぐる鳴るお腹を擦るパラヒメちゃん。
あの巨体だと、それなりにカロリーを消費しそうだな。
「……そうだ、カナンちゃんとオーエンちゃん。よければ、放課後一緒にごはんを食べたいんだメェ。……いい?」
「あら、いいわよ。おーちゃんも食べに行く?」
「た、食べる……。一流シェフのお料理なんて、楽しみ……」
……はっ、いかんいかん。一流シェフと聞いてたらオレもなんだかお腹が空いてきちゃったぞ。じゅるり。
「あ、あたしも一緒に行ってもいいんだからねっ?」
「はいはい、ぜひとも来てほしいんだメェ~」
「そ、そこまで言うなら仕方ないわね……行ってあげるのさ!」
うーん、ツンデレ。
ツンデレ歳上妖精とか、なかなかな属性だ。
とまあ、こうして放課後に4人でごはんを食べる約束をしたのであった。
「え、カナンちゃんって魔力を持ってないのか!?」
それからあちこちを巡り、教室へと戻ってきた。
そこで他の男子たちも交えて、質問攻めにあっていた。
「その通りよ。魔力はおーちゃんから術式で借りてるって感じね」
「へえ、それじゃあオーエンちゃんは魔力いっぱいあるんだ?」
「まぁ、オレは魔霊の魔人だからな。魔力量にはそれなりに自信がある」
「オレっ娘カワイイ!」
初めは下心丸出しだった男子たちとも打ち解けつつあり、早くもクラスに馴染み始めてきた。
「将来は何をするつもりなんだ? 冒険者とかか?」
「冒険者なら既になってるわ」
「そうなのか!? すげえ!!」
オレとカナンに興味津々だ。
特に若い男の子ほど、たくさん質問をしてくる。
学園で冒険者やってるやつなんて珍しくは無さそうだが、どうやらカナンの年齢ではかなり少ないらしい。
早くても15くらいから始めるのが普通なんだとか。
「……で、そんな子がなーんで魔導戦闘学に来たのさ。物理戦闘学の方が向いてる気がするんだけど」
話を聞いていたリースリングちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「うーん、理由は色々あるのだけど、物理戦闘学だと私に敵う相手がいなくて勉強にならなさそうなのよね」
というカナンの返答にざわめきが生じた。
それに対しリースリングは半ば呆れたように口を尖らせる。
「ちょっと、さすがに嘗め過ぎなんじゃないのさ? 他の学科にもうちのジョニー先輩に準ずる化け物がわんさかいるのさ。彼らに勝てるだなんて、思い上がりも甚だしいのさ! 井の中の蛙っ!!」
そのジョニーにカナンは1度勝ってるんだけどな……。
しかしあえて口にせず、否定もしない。
「そうね、その通りかもしれないわね。けれど私は、あえて一番苦手なこの魔法を学びたかったのよ。魔法を使うのが昔は夢だったから……」
「人には色々あるんだメェ。学びたいから来た、それだけなんだメェ~」
「ぱ、パラヒメが言うなら仕方ないのさ……。けれど覚えといで! 編入試験でボコボコにされて知っているかもしれないけど、ジョニー先輩が最強なのさ!」
無い胸を張るリースリングちゃん。ジョニー先輩、試験で倒しちゃってるんだよなぁ……。果たしてその事を言うべきか……
「確かにジョニーちゃんは強かったわね。覚えておくわ」
自信満々なリースリングちゃんへのためか、カナンは言わない事にしたようだった。
メェ~~~
次々話から『切り裂きジャック編』が始まります。